ぼくは、おとなりのなぎさくんとなかよしです。いつも、こうえんで、あそんでいます。けんかは、しません。おすなばでも、シャベルとバケツは、ふたりでなかよくつかいます。
 「しんじくん、むこうにね、ないしょのものがあるんだ!」
 「ほんと!みたい!」
 かおるくんは、たんけんがすきです。いつも、ぼくに、いろいろなものをみせてくれます。かおるくんがみせてくれる、たからものは、きらきらしているきれいなものと、ふたりであそべるおもちゃです。かおるくんは、たからものがみつかると、いつもぼくにいちばんに、みせてくれます。かおるくんは、やさしいです。
 「はやくおいで、しんじくん」
 「まってよ、かおるくん!」
 かおるくんは、かけっこがはやいです。ぼくは、いつも、おいつけません。
 かおるくんは、ぼくのほうをみてはしっていて、おじさんに、ぶつかってしまいました。
 かおるくんのたおれた、ちょうどかおのあたりに、くるまが、びゅんとはしってきます。
 そして…、そして……、
紅い赤イ紅いあかい紅い赤アイあかい紅いあかアイ紅い……………………………………。


前編


 「あんたと付き合ってると、イライラすんのよね」
 アスカはそう言い、僕から離れていった。
 「結局あんたは、自分を慰めてくれる誰か、幼馴染みの私を失いたくなかっただけなんでしょ。好きじゃないなら、そう言ってくれた方がまだマシよ。そんな態度で付き合われたら私が傷付くだけじゃない。サイテ−ね、あんた。もう会いたくもないわ」
 その言葉が僕に対する彼女からの最後の優しさだと気付いたのは、彼女がドイツへ行ってしまった後だった。
 彼女の言うとおり、僕は両親を交通事故で亡くした孤独を紛らわせるためだけに、幼馴染みの好意を利用したのだ。これは、僕が中学二年生の時の話しだった。

 今僕は高校二年生になっている。クラスでは暗いやつ、変なやつだと思われていたが、そんなことはどうでもよかった。僕自身、何故か皆の輪の中に入り込めず、一歩引いたところから彼等を眺めていたから、見下しているとでも思ったのだろう。しかしそれは僕自身の気質的な問題で特に意図があった訳ではない。

 両親の死後についても話さなければならないだろう。これは後々の物語に関係してくるからだ。
 僕の両親の死後、冬月先生という両親の大学時代の恩師が、親戚のいない僕の保護者になってくれた。と言うよりは僕の希望を叶えてくれたと言い変えた方が適切だろう。それは、今現在住んでいる家に継続して住まわせてもらいたいということだ。家事は以前から仕事で留守がちな両親の変わりに僕が全てやっていたし、対外的な事柄については僕に任されていた、と説明し、幸い冬月先生の自宅も二駅程離れた近場であったこともあり、二週間おきに先生が、僕の家に訪問するとの条件でケリがついた。金銭については、その時に貰い、突然の出費に関しては連絡すればいつでも引きだせるようにしてもらった。遺産はかなりの額にのぼるらしく、その一部分しか使用出来ないが、全額あわせると大学院を卒業できる程あるというから吃驚だ。
 しかし、両親を弔った孤独はなかなか埋まらない。それを知ってか知らずかなにかと冬月先生は訪ねてきてくれたが、やはり老人とでは趣味があわないのである。その溝に橋をわたすため、僕は本の世界に耽溺し、他人とあまり関わらずに日々を過ごしていった。

 さて、僕はある晩担任から奇妙な言づてを受けた。どうやら転校生がやってくるらしく、僕に案内しろとの仰せだ。転校生ならば、転入試験の時分に学校へ来ていると僕は反論したが、葛城ミサト女史のたまわく、「だって〜、遊び場とか、周りのことなら生徒の方が詳しいでしょ。そ・れ・に、これはサービスなのよ。本の虫の碇シンジ君にかっわいい女の子を紹介してあげるんだから〜」ということらしい。彼女の思惑は別の所に会ったのだ。この時綾波レイの住所録を見てにやにやしていたに違いない。

 当日、雨の上がった空を見上げ、少し早めに家を出た。待ち合わせの時間には十分間に合うはずだが、女の子を待たせることは具合が悪いということぐらい、幼馴染みの少女に叩き込まれている。しかしもう其処には、転校生、すなわち綾波レイが立っていた。余談だが、僕は一目惚れを信じないタイプの人間だ。生まれてこの方、いつも惣流・アスカ・ラングレーが傍に居たためか、美しい女性には見飽きている。しかしこの現象は、何処からどう見ても電撃の恋。深淵までまっ逆さまだ。蒼い髪は柔らかく揺れ、紅い瞳は整った顔によく似合っている。透けるような肌は、まるで雪の色を染み込ませたかのように純白だ。
 「あの、綾波レイさんですか?」
 少し声が裏返った。変に思われなかっただろうか。
 「うん。あなたが碇シンジ君?よろしくね」
 笑顔の彼女がしなやかな手を差出す。僕はひんやりしている彼女の手を握り返しながら、手の冷たい人は情に熱いなどという意味不明な言葉を反芻していた。
 「よろしく。僕のことは碇でいいよ。じゃあ、行こうか」
 「うん。あっ、わたしのことは、綾波でも、レイでもどっちでもいいよ。前のガッコ−ではあやちーとかってよばれてたんだけど…………………………」
 それから彼女は車中、通学路、職員室にいたるまで、話しつづけた。僕に入り込む余地を与えずに、だ。ぼくは、「へー」とか「うん」とか「ホント?」とか、そんな言葉を返すだけでよかったのだが、正直、このときの話の内容は憶えていない。彼女の、綾波レイと言う少女の、くるくるまわる表情に見とれていて注意をはらう余裕などなかったのだ。
見れば見る程に引き込まれていく。

 僕は無事彼女を職員室に送り、常連となった図書室の秘書の先生に本を返した。伊吹マヤという可愛らしい先生だ。年上の女性にかわいいは失礼に当たるかも知れないが、そう形容するほかない。

 綾波レイは嫉妬三割、好意七割でクラスに受け入れられた。恨んでいると思われる女子は、彼女の人を引き付ける美貌に嫉妬しているのだろう。だが、僕には何故か災難が降り掛かってきた。
 「はーい。じゃあ今日はうわさの転校生を紹介するわ」
 「綾波レイです。よろしく」
 綾波は満面の笑みを浮かべ皆に澄んだ声で挨拶をした。とたんに男子から歓声が上がる。
 「じゃあ、空いている席は、と、シンジ君の隣の席ね。あそこよ」
 ミサト先生はにやりと唇をつり上げ、僕の隣の席を指差した。男子から火花が散りそうな程強い視線を受ける。普段目立たないクラスメートとして存在する一介の少年が、殲滅すべき敵となった瞬間だ。さらに綾波の言葉が追い討ちを掛ける。
 「また一緒だね、碇君。よろしく」
 「うん…」
 視線をあげると、そこは冷たい怒りで満ちていた……。

 それからは、授業の合間を縫って綾波の周りに人だかりが出来た。男子も女子も我先にと彼女に話し掛けてくる。僕はいつもどうりに図書室へ避難していたが、質問の内容がなんであるか位想像がつく。ようするに、僕との関係だ。
 僕は引っ込み思案だから、彼女の手練手管には舌を巻く。皆に言葉を返し、巧みに情報を聞き出す。多分彼女はクラスメートに関することをほとんど把握してしまったのではないだろうか。

 昼食の時に、やはり皆が綾波に声を掛けようとすると、彼女は僕に話し掛けてきた。隣の為、クラスメートが動き出す前に話し掛けることができたのだ。
 「ねえ碇君、購買の場所、案内してくれる?」
 もちろん断るはずがない。だが、刺すような視線が僕の背後を貫いている。それは無視するに限るだろう。イニシアチブは僕がとっているのだ。
 「うん、いいよ」

 彼女は意外にも大食らいらしく、僕の倍以上の量の昼食を買った。僕は案内役を果たしたので手持ち無沙汰に立っていると、彼女が人があまりいない場所を紹介してくれと僕に頼んできた。根暗軍団の総取りのような僕にとってこの手の質問は水を得た魚のように答えられるものだが、僕はいいように扱える案内役だと思われているのだろうか。…それでも無視されるよりはいい。惚れた弱味とはこのような思考を言うのであろう。
 僕は図書室のバルコニーに案内した。此処は一部の物好きな生徒しか知らない場所だ。綾波は僕の目の前に座ると、黙々と昼食を食べはじめた。先ほどとはうって変わって無表情な顔をしている。僕は何か不味いことでもしたのだろうかと悩み、半分程食事を残してしまった。
 「…ねえ、碇君」
 「っん、なに?」
 「いつも、購買部で昼食を買ってるの?」
 「うん、そうだけど…。僕は両親がいないから」
 自己開示だ。そうしなければ親密さは生まれない…という話をどこかで読んだ気がする。だがもっと話題を選ぶべきだったのだろう。綾波ははっと眼を見開くと視線を落とし、簡潔に、そう、とだけ答えた。不味い、完璧に話題をミスった。気まずい沈黙が場を支配する。
 「……実は私も両親がいないんだ。…ねえ、碇君、ひとつ聞いていい?」
 ?どうやら風向きが変わってきたようだ。
 「なに?」
 「どうして碇君は私の容姿の事で何も聞かないの?」
 言われてみれば確かに綾波は特異な容姿をしている。しかし僕にとっては別に違和感がない。
 「…多分、幼馴染みの娘がドイツ人だったからじゃないかな。その娘はドイツ人の父親と日本人の母親のハーフだったから、結構日本人ばなれした容姿をしてたし…」
 それだけではないような気がするが、それが一番真実に誓い答えだろう。綾波は満足したようににっこりと笑みを浮かべた。
 「そう……。みんな聞きたがるのよ。なんでそんな髪をしてるの?紅い眼ってカラコン?とかね。そういうのって、あまり聞かれたいことじゃないから……」
 確かにそうだ。周りと違うということは、意識し出せば劣等感になる。そういえば、アスカも昔、虐められていた。
 「それで、幼馴染みの娘は今どこにいるの?」
 「もうドイツに帰ったよ。二年半前くらいかな」
 また風向きが変わってきた。注意せねばなるまい。
 「その娘は美人だった?」
 「うん。美人だったけど……綾波程じゃないよ」
 うっかりと口を滑らせてしまった。取り返しがつかないのである。どうしようどうしようどうしよう。
 綾波は頬を染めて、俯いてしまった。ピンク色 白い素肌に よく栄える。などと僕は訳の分からない現実逃避をはじめたが、次の発言で宇宙へぶっ飛ぶはめになる。
 「わたし、碇君にあえてよかった……」
 トラ、トラ、トラ。アヤナミセンタイキシュウセイコウセリ。トラ、トラ、トラ、…。
 「僕も、綾波にあえてよかった」
 こう言葉を返せただけ上策だ。

 幸福な記憶に包まれ、僕は教室に戻った。クラスの皆は、ぼう然自失の僕と、頬を染めている綾波を交互に見つめ、何やらひそひそと囁きあっている。半数の男子は諦めの表情を浮かべたが、半数はなあにあいてはあの碇シンジだとでもいいたげに嫌らしい笑みを浮かべた。
 午後の授業が終わり、僕が帰り支度をしていると、先ほどまで委員長こと洞木ヒカリと話し込んでいた綾波は、僕が出ていこうとすると追い掛けてきた。
 「いっしょにかえろ」
 「うん、いいよ」
 帰りの電車の途中、綾波は今日引っ越してきたばかりで、しかも部屋にまだ訪れていないと聞き、驚いてしまった。
 「なら、僕が案内しようか?」
 できれば、家の場所は押さえておきたいポイントだ。
 「でも、碇君に頼んでばかりで…」
 「迷ったら、それだけ時間がかかるよ。…とりあえず、住所だけ教えて。必要なら、地図書くから」
 「そんなこと言って、ホントは私の家を知りたいだけじゃないの〜?」
 綾波が口をチェシャ猫のようにして僕に聞いてくる。僕はなるべく平常心で答えた。
 「そっ、そんなことないよ。ただ綾波が迷ったら可哀想だし、あの辺は暗いから危ないし、周りの事をよく知らないんなら、夕食だって大変そうだし………」
 「クスッ。まあいいわ。XXXXX-X-X-X-602号室だよ…知ってるの?」
 知っているも何もない。ようやくミサト先生が僕に綾波を紹介した意図がわかった。
 「それ…僕の家の隣り……」

 神に感謝だろう。クリスチャンになっても僕は悔いがない程舞い上がっていた。僕と綾波は二人揃って家につくと、確かに綾波の持っている鍵で僕の家の隣室は開いた。その後、僕は引っ越しの手伝いは必要ではないかと申し出ようとしたが、それはさすがに厚かましいだろうと思い直し、夕食の招待をするにとどめた。

 食事が終わり、二人並んでソファーに腰掛けてテレビを見ていると、綾波がぽつりぽつりと過去の事を話しはじめた。親に捨てられたこと、施設で育ちこの間両親の親戚が引き取ってくれたこと、そこが狭い街であったため気味悪がられ、遠巻きに邪魔だといわれ、東京に出てきたこと、……。
 話しているうちに、綾波の眼からは大粒の涙がこぼれだした。
 「私は、いらない子供だったの。生まれてすぐに親に捨てられて……。それに、みんなに気持ち悪がられて、それで……」
  僕は自然に綾波を抱き締めていた。大丈夫だよ、と背を摩りながら。
 「もし辛かったら、僕に何でも言って。綾波の力になるから。必ず」
 綾波は僕の顔を見上げ、ゆっくりと口を開いた。
 「ありがとう…。こういう時、どんな顔したらいいのかな……?」
 「笑えばいいと思うよ」
 白い花びらがほころんだ。




+続く+






◆shushluidさんへの感想・メッセージはこちらのページから◆


■BACK