碇 レイ

私を表す言葉がこうなったのは半年ほど前…碇君、そう。シンジさんがプロポーズしてくれてから。

公園にある池のほとりの木陰…きっといつまでも覚えているわ。
あなたが優しく握ってくれた手の中の違和感…それは、指輪だった。
第三東京には、そんな小洒落たお店は無かった筈だけど…
私の掌で淡く優しい輝きを放つピンクサファイアをあしらったリング、まるでこれからあなたと得るであろう穏やかな日常を映し出す魔法の水晶に思えた…

嬉しかった。

私は多分、生涯で初めての、涙を流した。





望む世界、変わる未来
    レイ猫。 ◆/75iL116..





それは「私」の…大切な思い出の、一つ。


使徒は、全て葬られた。
世界は終わり、また始まる…筈だった。

碇司令は一糸纏わぬ私を抱き締める。私の肩に何かが当たり、弾ける。

「司令。なぜ、泣いているの?」
「…」
返答は無かった。

かつてロンギヌスの槍があった場所、十字架に張り付けられた白い巨人…リリスの居る場所。セントラルドグマ。
地上ではセカンドがエヴァシリーズを相手にしていた…が、じきに果ててしまうと思った。

私を包む司令の腕がほどける。ふと思った…碇君は、無事だろうかと。

「…レイ」
「…」
司令の手が、私の腹部に触れる。
…しばらくすると司令は眉をひそめ、手を下げた。
「…もはや、お前はユイの器では無い。このまま儀式を進めても、誰も幸せにはなれんだろう。」
「…」
「…私は忘れてしまったんだろうな。ユイに似せて創られたお前は、決してユイにはならない…」
司令は、リリスを見上げ呟く。
「不思議だ…今の今まで、何故忘れていたんだ。」
「彼女が、笑っていたのを…なぜ…忘れていた…」

司令の頬を、一筋光が走る。

司令は私を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、先程まであった陰りは無い。

「…零号機のプロトタイプが、かろうじて動く筈だ。ケージの場所は、この通路の先にある。」

そう言って司令が指す方向は、リリス。
どうやら裏に道が在るらしい。
「…セカンドと、サードを…よろしく頼む。」

「…了解。」
私はすぐさまケージへと向う…そこには赤木博士がいた。
「レイ、手短に説明するわ。プラグに入って。」
私はプラグスーツも着ず、シートへ体を預ける。LCLが満たされ零号機に格納される。
「弐号機は地上にて交戦中…思わしくないわ。初号機はケージにて待機中、あなたは弐号機のバックアップに専念して。」
「…はい。」

リフトオン。
上昇する零号機の中で、私は司令の言葉を思い浮かべた。

「セカンドと…サードを…よろしく頼む。」

碇司令が、初めてパイロットを守れと言った。

私は、負けられない。

エヴァが少しだけ、私の事を抱き締めた様に思えた。



弐号機は、劣勢だった。
「多勢に無勢」という言葉、まさにそれだった。辛くも既に3、4体は撃破したが…
アンビリカルケーブルはとうに焼き切れ、手持ちの武器はもうない。量産型のあの武器は使い勝手が悪かったし、ナイフはもう刃こぼれしていた。
「…ジリ貧、ね。」

せめて武器があれば。
援護があればもう少しはマシに戦えたろうに…
アスカは唇を噛む。残り2分半。
やって出来ない訳でもない、でも、完璧ではないから。
アスカは心の何処かで待っていた。彼が、来る事を。
そのせいか6体目を撃破した時開いた射出口に、瞬時気付く。

「遅いわよ!バカシン…」
現れた機影は、彼女の思い浮かべた色では無かった。黄色。
零号機はマステマを弐号機へ投げ、その片手でグレネードランチャー。段幕を張る。
弐号機はマステマを受け取りそのまま体をねじる、2体をこれで撃破する。
零号機は低姿勢で弐号機の足下へ滑り込み、電源パージ。弐号機へ接続する。

血飛沫があがる。
倒したはずの量産機の何体かが、ゆっくりと体を起こして来た…
その様は、まるでB級ホラーを昼間から見せられた様だった。

(…なんで、アンタが来るのよ。)
正直、助かったのだが府に落ちなかった。
(アイツはどうしたってのよ!?あのバカ…)
距離を詰める赤と白のまだらになった量産機達が、より一層癪に触った。
「こぉんのぉーっ!!」

マステマが内1体を3枚におろす。
「ダメ、コアになる部分を完全に破壊しなければ…」「わぁかってるわぁよぉーーっ!!」
ファーストのもっともな判断すらも、癪に触った。
声を荒げながらも確実に弐号機はコアを潰していく。
残り5体…
アンビリカルケーブルを零号機へ渡す、刹那飛び掛かる量産機を叩き落とす。
コアにトドメを入れ後は4体。イケる。

だがそこへ、一閃。何かが飛んで来る。マステマで幸い急所こそ外せたが、それは弐号機の右胸へと突き刺さる。
「っっっ!!?ぐぅぅっっぁっ…」
呼吸が苦しくなる…
よく見れば遠目に、倒し損ねた奴が起き上がる。5体…
今の状況では、勝率は足りなかった。

「フゥッ、はぁっはぁっ…ファーストッ、グレイヴはあるッ!?」
「ダメ。今近接戦闘に入るのは、危険よ。」

くやしい。
悔しい悔しい悔しいっ!!
自分でも頭に血が昇ってるのが分かってる、だけど…引き下がりたくなかった。
ボロボロになったマステマを腰溜めに構えて、アタシは突撃した。
この時を狙ったかの様に、4本の槍が飛んで来る…ダメだ、避けられない。

ならせめて、あいつらを片っ端から切り刻んで死んでやろうと考えた。
あんな、捌きかけの白ウナギに気持ちまで負けたくなかった。

セカンド…弐号機は私の言葉も聞かず突撃してしまった。
ポジトロンライフルを構え、打つ。1、2本なら反らせられるかもしれなかった。
でも、このままでは…

司令の言葉を、守れない。
碇君…何をしてるの?

このままじゃセカンドは…

弐号機の目の前の地面が、突然割れる。
…いや、これは射出口!
(碇君、少し遅いわ。)
防御隔壁がそびえ立ち、幾許か槍の勢いは弱まる。
弐号機は、マステマで何とかこれを払い隔壁の影に滑り込んだ。
「アスカっ!?大丈」
「大丈夫に見えんのッ!?この状況でッ…!!」
「ごっ、ごめん…」
「ハァッハッ…シンジ、あと5体よッ、何とか…してみなさいッ!!」
「…うん!」

「碇君…良かった…」
「あ、綾波?」
「もう、来てくれないかと、思ってたわ…」
「ぁ…ごめん、遅くなって…」
「…いいわ。今は、量産機を破壊しなくては。」
初号機の手には、マゴロクEソードが握られていた。
壁の端から、覗き込む体勢。
距離が詰まった所で初号機が走り様2体を切り捨てる、零号機はそれに追い討ちをかけてコアを微塵に砕く。

そこからの形勢は圧倒的で、2分かからず全ての量産機を撃破した。
ネルフは、ゼーレの呪縛から解かれる事となった。



「良かったね、皆生きてて。」
「えぇ…」
「何言ってんのよ!?アタシの目が青い内は、目の前でむざむざ死なせたりしないわよ!!」
使徒の脅威も去り、私達の本来の姿…学生としての毎日が始まる。
「おぅセンセ、生きとったか〜!」
「トウジ!ケンスケも!」
「アスカ、おかえり!」
「ヒカリ!?引っ越してなかったんだぁーッ…っつ、イタタタタ…」

私も、あの一件以来皆と打ち解け始めている…
司令とは、最近会っていない気がする。
ネルフの、人達とも。

「碇君。」
「…え?」

チュッ

「えぇぇぇ〜ッ!!」
「な、何やってんのよアンタ!?」
「うっわ〜、あっついな〜!」
「おいおい、見せつけんなよー。」

私は、綾波レイ。

私は、ヒトとして、生きて行くわ。





+終わり+



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