ネルフ主催、ジオフロント夏祭り会場。

今日は一部に一般の立ち入りを許可している為、ジオフロントはかつて無い賑わいを見せている…
私とアスカとヒカリは今、屋台の立ち並ぶ公園の正面にある噴水の前で…
碇君達を待っている。

「…ったーくも〜!アイツらこーんな美人を待たせて、何様のつもりよぉ!!」
「でもアスカ、まだ10分も経ってないんだから…」
「…そうよ、私達が単に待ち合わせを早くしただけだし。碇君達との約束は、丁度今になるわ。」
アスカが腕を組み、そっぽを向いた。
「それでもアイツら、来ないじゃないの!!」

「あれ?もう来てたんだね…」
碇君達が到着した。
「おっそぉ〜い!!」
「…大丈夫、大して待ってないわ。」

「なんや、ジオフロントにこないなぎょーさん人おると思っとらんかったんや。ラムネ奢ったるさかい、怒らんといて〜なぁ…」
「物で買収する訳じゃないけどね。ほら!」
相田くんが私達にビンを配る。
「へー、これがラムネ?…キャップ外しても飲めないじゃない。」
アスカが不思議そうに飲み口を覗き込む。
「あれ?そういえば瓶のラムネは飲んだ事無かったんだね、アスカ。」
「…私も、どうやって飲むか知らないわ。」
碇君が優しく微笑む…
「…そっか。えっとね…蓋をこうして…」
ポン、と軽やかな音を立ててビー玉が沈む…

「ひゃあ!?」
「…あら。」
押し込んだ隙間から泡を立てて液体が流れ出る…
特にアスカは、周りに被害が及んだ。

「つわぁッ!?コラ惣流!!足にかかったわい!!」
「…あ〜びっくりした。だってあたしは知らなかったのよ?事故よ、事・故。」
「ほら鈴原、これで拭いて…」
「…はぁ。」
碇君も被害を受けていた…私は持っていた巾着からハンカチを取り出し、液体のかかった碇君の胸元と顔を拭こうと近付く…
「…あっ、綾波!?だ、大丈夫だよ僕はっ!」
不意に碇君が私の手を握り、止めた。
「あっ…」
「あっ…」

その時、確かに感じた。

私のあの苦しさが消えるのを。

「…さ、そんじゃ屋台で何か食べ…ッ!!」
アスカが私達の手をはたいた。
「ほら、何してんのよ!さっさと付いてらっしゃいシンジ!!」
碇君は、アスカに腕を掴まれて人込みへ…

「…そ、そやな!ワイらも行こか!!」
私達も鈴原君に続き、慌てて二人を追って人込みへ。

屋台と人のひしめく空間、お祭り。
ネルフ本部はブルーでライトアップされて、今日は…今夜だけは、ここが違う世界であると思わせる様だった。





あなたと居る未来まで
    レイ猫。 ◆/75iL116..





番外 “匿名の手記”

行き交う人々、屋台から上がる威勢の良い声。
未知との戦いに従事していた面々は今…
ジオフロントへ初めて降り立つ人々に、希望を植え付ける戦いに挑む。

地上の市街は、今でこそ荒れ果ててしまった…
避難先から戻った中には、この街を捨て疎開先へ移り住む人もいたそうだ。
だが住人の多くは、再び生活を始めているのだ。

土方の知り合いを呼ぶ者、炊き出しの手伝いを申し出る者、青空学級を開始した学校等…

…余談だが、倒壊寸前の住宅施設等の除去作業をエヴァで手伝う話も進んでいる。
これは、ネルフ側からの提案だった…

第三新東京市は、前よりもっと良くなるだろう。

これだけの、良い想いに包まれた街なのだから…

某月…ネルフ・第三新東京市復興プロジェクト草案発表・開始式典会場にて。


**********


人込みを分けて進むと…屋台では見覚えのある顔が、汗水を垂らし接客をしている。
「やぁ君達!よけりゃ食ってくかい?」

声の主は青葉さんだった、頭にタオルを巻いて長髪をまとめている。
「焼きソバでっか…はー、えらい繁盛してまんな!ごちになりまーす!!」
「おいおーい、お金はちゃんと払って貰うぞ?こっちも商売だ。」
「ケチ臭い事言わんとー…そや、6つ買うから値段は…」
鈴原君が青葉さんに交渉を始めた近くの屋台で、アスカは碇君に何かをねだっている…
私はそちらへ向かった。

屋台には〈リンゴ飴〉と書かれている。
「はい、どうぞ。…あらレイも?どうぞ、好きなの選んでね♪」
伊吹さんが浴衣姿で売り子をしていた。
「あ、綾波…僕が払うよ。」
そう言って碇君が代金を差し出す…
「あ、いいわよシンジ君?赤木先輩が居たらダメって言うけど…まだ来てないし、内緒よ♪」
唇に人差し指を当てて片目を閉じた。

…片目を閉じるのは、きっと秘密にする合図なのね。
使ってみようかしら…

「おうセンセ!焼きソバ買うたで〜!」
鈴原君が軽やかに人を避けてこちらに来た。
アスカが今、舌打ちをした様な気がする。

屋台から少し外れた所で、私達は焼きソバを食べた。
私は口の中がパサつくので、先程の飴を食べてみる…
杏子と水飴が絡み合うそれは、冷たくて微かな酸味と甘みが混じる…始めての味だった。

「さ、それじゃ自由行動と行きましょ!!花火は…21:00からだったわね。スイカ畑に集合よ!!」

そう言って、アスカは屋台へ走り出して行く…
途中で振り向き、片目を閉じてまた走り出す。
…私は何故か碇君をふと見た…が、きょとんとしてるだけ。

「…約束は、無いのね。」
「えっ?」
「何でもないわ…」

丁度その時、ヒカリが碇君と私の肩を叩いた。
「碇君…レイはこういうお祭りの事よく知らないらしいの、だから一緒に付いてってあげてよ?」
「ケンスケ!わいらはミサトさんをお誘いに…ケンスケ?どこやー?」
ヒカリが肩を少し落とす。

「…私は鈴原を見張ってるから。よろしくね?碇君!」
そう言うとヒカリは私の耳元で囁く…
「…頑張ってね♪」

「…じゃ、適当に回って見ようか?」
「…えぇ、行きましょう。」
そうして私達は、また人込みへと入って行った…

「…さっきよりも、人が多くなってるみたいだね。」
「えぇ…」
碇君の言う様に人を避けて進む事は出来ず、左右にある人の流れに沿って歩いていた…
屋台の一つに、水槽に泳ぐ魚を置いている所がある。
興味があったので、少し立ち止ま…「っ!?」
…後ろから来る流れに押されて、よろめいた。

…気付いた時私の手は、碇君が握っていた…


胸の痛みはもう、無かった。




番外、ケンスケ恋花火

碇といい、トウジといい…既に組になってんじゃんよ。

「…はぁ。」
俺には、焼きソバが少ししょっぱい気がした…
そう、きっとこれは心のなみ…ん?
あの子、何やってんだろ?
足下をもぞもぞやってる女の子…下駄の鼻緒が切れたのかな?
…うわぁ〜、良く見りゃすげー可愛い!
…相手、居るのかな。やっぱ…

「!!」
そんな事考えてたら目が合った!
うわ〜、困ったなった顔がまた可愛い…
…ダメだ。
ここで見放しゃ男がすたるって感じだよな!!
俺は気合いを入れてその娘の元に!
「あの〜、大丈夫ですか?」
「…あ、僕…鼻緒って付け方分からなくって…」
うっひゃ〜!!
近くで見るとますます可愛い…声がハスキーなのも、こう、くすぐる感じで…
何か、綾波が白くなったみたいな顔立ち…でも綾波よりも鋭い感じが…くぅ〜っ!!

「…良かったら、付けて貰えないかな?」
「は、はい!喜んでッ!!」

わー!!また脚がスッゲー綺麗!!!
神様…どうかこのチャンスをモノにさせて下さいッ!!

「…はい、もう大丈夫ですよ。」
「どうもありがとう…お礼がしたいな、良かったら一緒に回らない?」
「え、えっ!!はい!」

彼女がニコッと微笑む…
「ありがとう、一人でちょっと心細かったんだ…」

うわぁーーーーーーーーーッ!!
ゆ、夢か!?違うよな?!
神様っ!!ありがとぉーーございまぁーーっス!!

「ほら、早く行こうよ!」
そう言って彼女が俺の手を握って…
はぁぁぁっ…これが手の温もり!!
俺今日の事忘れねーっ!!

その後、俺はこの「渚カヲル」ちゃんと屋台を回った!!
綾波より少し長い位の髪は、銀色でキラキラしててさ!目なんてその髪の隙間からこう
…きゅるって感じなんだけど、切れ長でクールビューティって表現が合いそう!
時間も忘れて過ごしたら、もう9時だ…

ええぃ、許せ友情!!
俺はこの奇跡をのがせんのだ!!
花火が見える高台に、二人で腰掛けた…
「ケンスケ…君。」
「な、何?」
「…君に会えた事は、運命だったのかもしれない。」

うーわぁ〜〜〜〜ッ!!
…女の子からそんなの聞くなんて…俺、幸せ過ぎて死んじゃうよ〜ッ♪
「…この祭りが終わっても、君の側に居れるといいな…」

かっ彼女が目を閉じたっ!?
…これは、キスか!?
キスなのかーーーっ!!
ええぃ、行くぜ俺ッッッ…

…次に大きな花火が上がった時、その光は地上の幾つかの場所で…男女が繋がったシルエットを形造った…
後に、一部例外が発覚するが…(汗)


**********


「あっ、綾波…コレ見たいの?」

碇君の体温と、私の体温が…掌で混ざり合う。
私の胸に苦しみはもう無い、あるのは…優しい気持ち。
うまく説明出来ない…優しい、温かい気持ち…
「…波?…や波、あ…み?」
心が溶かされて…
「綾波?」

「えっ?」
気が付くと屋台の前、〈金魚すくい〉と書かれた看板…水槽。
「綾波、やってみようか?」
「…どうするの?」
碇君が、代金の替わりに白いルーペと小ボールを受け取る…
水槽の前にしゃがみ、何かに狙いを付ける。
「よっ」
赤い小魚が一匹、ルーペを介して小ボールに入った。

狙い新たにもう一度…
先程より、少し小振りの魚が器に。
…そこで、ルーペの白い部分が裂けた。
「はぁ、2匹か。ほら、綾波も…」
ルーペに触れてみる…白い所は紙性、素早い動きには対応出来ないのね…
私は、構えて…すくい上げる。
手首に捻りを加え、わずかな流れに沿って差し込むと耐久度も余り消費しない事が分かる。
続けて2匹、3匹とすくい上げる。

「す、すごい…」
碇君の声が聞こえた所で5匹目。
視界の縁に黒い魚が居た…迷う時間は無い。
「今よ…」
胴体の重心をフレームにかけて、余分な水は引き上げる時に落とす…それでも白い部分がたわむ…
「あ。」
今度は屋台の人が、声を漏らす。

黒い魚は暴れた拍子に、私の器へ…



「綾波があんなに上手いなんて…」
碇君と、金魚(…と言うらしい)をぶら下げて歩く…
6匹は多かったので、赤と黒を1匹ずつ貰った。
「…碇君を見てて、やり方考えてみたの。」
「すごいな、僕なんて全然ダメだった…」
「…そんな事無い。碇君のおかげ、だもの。」

碇君が頬を掻く…
その後ろに、銃…にしては簡易的な物を置く、「射的」と書かれた看板…
「あれは…?」
「…あぁ、射的だね。…アレって、日向さん?」
頭にはバンダナ、ランニングにベージュのハーフパンツ…
誰が見ても、普段の姿とはかけ離れてるわ。

「あ、シンジ君!レイ!」
日向さんもこちらに気付いたので、私達は屋台に近付く…

…不思議ね。
次から次に、目移りしてしまうわ…

「…私、頑張ってみるわ。」
コルク栓を銃口にセット…激鉄を引き、狙い…打つ!

パコン
「おぉっ…!!すごい、2発打って今のとこ取りこぼしなしかぁ!!」
日向さんは商売というよりは、一緒にやっている子供達にも丁寧に教えたり…内緒だと言ってハンデや景品をあげたりしている。

「シンジ君、これはもう少し上…この辺りじゃないかな?頑張って狙ってね!!」

パコッ
「やったぁ!」
碇君は5発で、最終的に2つの景品を手にした…イルカの置物に、ステレオイヤホン。

「綾波、頑張ってね!」
碇君が応援してくれる…私の握る手に、さっきまでと違う力が加わる。

今私は、5/2回…景品は二つ、キャラメルに天使のマスコット。
ふと、後ろに張られた札が目に入る…
〈中央のダルマを倒された方には、正面右のジャンボぬいぐるみを贈呈!!〉
私が右を見ると…

「………っ!!」
人一人、そのお腹の辺りに寄り掛かれるほど大きな…兎のぬいぐるみが。

「…碇君、私…アレを貰うわ。」
私が指を差しそう言った途端、辺りが騒然となる…
「レイちゃん…本気だね?」
日向さんは、先程と別人の様な顔を見せる…
「…悪いけど、アレは素人にはお薦め出来ないよ…それでも、」
「やるわ。」

私は、あの兎の目を見た瞬間に通ずる物があった…あの子、欲しい!

「…分かった。だけど、先に言っておこう。あのダルマに関しては、倒しても起き上がる…つまり台から落ちた場合のみ、有効だ。」
「…やります。」
私は、コルクを詰めて構える…
「…そうか。存分に、戦ってくれ…」

パコッ
…初球はダルマを揺らすが、倒れずに元に戻る。
…倒しても起き上がる…そう、つまりは。
パカッ
…次弾はダルマの胴体の重心軸左端に命中、その体を時計回りに回しつつ後退させる…まだ振り幅は足りない!
私は既に次弾の装填を終え、銃底を腿に当て激鉄を引く…完全な球体であればできない隙は、回り始めたダルマの頭。

「…いただきよ。」

パカーンッ…
乾いた音が、静まったこの世界で唯一響く…ダルマは、その体を縦回転させて後ろへにじり寄る…
周りで見ていた人々が、息を飲んで見守るのを感じた…日向さんは腕を組み、目を閉じている…

…歓声が、上がる。
ダルマは姿を消して、その空間はぽっかりと空いていた…
「…見事だ、おめでとう!」
日向さんが目を開けて、笑った。

「わぁ…すごいよ綾波!本当に取っちゃったんだ!!」
碇君も喜んでくれた…
「このぬいぐるみは、私が望んで勝ち取ったものなのね…」
奥に入り抱き付いてみた所を、誰かが写真におさめた。

私は自分の意思で、何か手に入れる事が出来るのだと…改めて認識し、噛み締めた。





あのぬいぐるみは、結局部屋に送ってもらう事になった。
…この人込みじゃ身動き、取れなくなるもの。

「綾波って、本当は色んな才能あるんだろうね…エヴァで戦ってた時は…覚えてる?」
碇君と飲み物を買って、屋台通りの最後まで来ていた…

「…私には何もないって、思ってたわ。」
碇君は頷く。
「…でも、他に試してなかっただけだった…のね?」
「…うん。きっとそうだよ…その、エヴァに乗って戦ってた時にはそんなヒマなかったって言うのもあるんだけどね。」
スイカ畑…
「碇君、私…信じても、良いのよね?」
「…それは、僕が決める事じゃないんだよ…綾波が、自分で決める事なんだ。」
碇君が、そこで顔を赤らめる…
「…いや、でも…信じてもらえると…嬉しいな、うん…嬉しいんだ。」
そんな碇君は、とても可愛いかった…そしてそんな彼と一緒に居れて、満たされる私…

「…恋?」

「碇君、私…少し違う所から、花火を観たい…」
「…うん、分かった。ちょうどこの先に高台があるから…行こうか?」
そう言って、碇君は手を出した…私はその手を、放さない様に握る。


愛しさを込めて…
しっかりと、優しく。


碇君と手を繋ぎ、スイカ畑から少し離れた高台…私達は、花火を見上げる…

花火…火薬ではあるけど、兵器とは違う。
その光と色は、幻想的な気持ちにさせる…
その音に、始めは驚いたけど…恐怖心を煽る銃声とは、違う。
身体に響くその音は、鼓動の高鳴りを強くする…

「…碇君。」
「えっ、何かあったの?」
碇君の驚いた顔が、妙に可笑しかった…

「ひどいなぁ…笑わなくても良いじゃないか…」
そう言った碇君も、顔は笑っていた…

「…あのね、碇君」
私は赤木博士から貰った袋を、取り出す。

「これを、貰ってほしいの…」

袋から取り出すと、それは所々光を放つ…二匹の白い猫が、尻尾でハートマークを描いている。
二匹を外し、青い蝶ネクタイを着けた片方を碇君に差し出す…

「…ありがとう、大切にする…」
碇君が私を見つめる…私も、碇君から目が離せない…
彼の顔を、花火が色とりどりに染める…でも、何色に変わっても優しい顔は変わらない。

私は何故か、目を閉じた。
しばらくすると、唇に感じる柔らかい温もり…
一際大きな花火が上がったのか、まぶたの裏が明るくなる…

涙が、流れた。

そして、私の中で何かが変わると…
それはとてもよいことと…予感がした。

声がする…
「…幸せに、なりなさい…」





+続く+



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