かつて、約束された未来があった。

でも、それは私の居なかった未来。

今私は、ここに居る。

望む未来を叶える為に。
あなたと、居る為に。





あなたと居る未来まで
    レイ猫。 ◆/75iL116..





「おはよう、綾波。」
「おっはよー、ファースト!」
使徒の脅威も去り、ゼーレも沈黙した。
私は皆と、学校生活を満喫している。

「おはよう、碇君。セカンド。」
「あの、さぁ…二人とも、いい加減名前で呼び合えばいいんじゃ…ないかなぁ?」
碇君が、困った様に頭をかく。

「ん〜、そうねぇ…ま、アタシは馴染んでるから今のままでも悪くないけど?」
セカンドが、私へ振り向く。
「…じゃあ、次からは惣流と呼ぶわ。」
惣流が変な顔をした。
「アンタねぇ…ただ呼ぶだけなら今のままで変わらないわよ!!」
「そうなの?」

惣流が頭を押さえ、溜め息をつく。
「シンジは要するに、もう少し仲良さそうにしろって言ってんの!」
「そう…」
「アタシはあんたをレイって呼ぶわ、アンタはあたしをアスカって呼びなさいよ。」
「分かったわ、アスカ。」
アスカが満足気に腕を組む、碇君が声をかける。
「あの…取りあえず学校、早く行こうよ…」
アスカが鞄で碇君を叩く。
「あんたが言い出したんじゃない!アタシとファーストん仲良くさせたいって!!」
「…私、レイじゃないの?」

四季は無くなってしまったが、太陽も、風もある。

私はここに居る。







「…夏祭り?」
「そ、皆で行くのよ!」
アスカが私の席の前で、息巻いている。

「…ネルフの人が、屋台出したりするんだってさ。」
…そう碇君が続く。
「ま、ネルフ絡みの事だし?アンタにも声かけるべきじゃない?」
アスカは得意げな表情。
「…分かったわ。」
碇君の表情が、少し明るくなる。
「そ、そう…良かった。」
「…それはそうとアンタ、浴衣は持ってるでしょうねぇ?」

ゆかた?
聞いた事はあるわ。でも、
「ないわ。」
アスカが軽く溜め息を漏らす。
「アンタも年頃の女だったら、少しはシャレっ気持ちなさいよ…」
「シャレっ気…?」
「ま、そういうかと思ってね…ヒカリと途中まで作ってあげたわよ、感謝しなさい!」

洞木さんが、持っていた包みを開けて青い布を取りだし…微笑む。
「あとは、身体に合わせて微調整するだけだから…」
「そういう事!帰りにヒカリん家に集合よ!」



放課後…
洞木さんの家で、浴衣の寸法を合わせた。

「…レイ、ちょっと脱いでもらって良いかな?」
洞木さんに言われるままに、制服を脱いでゆく。
「…ちょっ!?アンタ、下着は着けたまんまでいいのよ!!」
「…そう。」
外しかけたブラジャーを戻す。
洞木さんが私に浴衣を着せて、いくつかの待ち針を差し込む。

「…うん、大体はアスカのくれた寸法で良かったわね。」
「…これで、良いの?」
洞木さんが顔を上げた。
「うーん、そうね…もう少し裾を短くしたら見栄え良いよね?アスカ。」
「ヒカリが見立てるんなら、間違いないでしょ?」
洞木さんが微笑む。
「うん、じゃあ後は私に任せて頂戴ね!」
「ほらレイ、もういいのよ。」
「…そうなの?」

「…って、アンタ何処行くのよ!?」
洞木さんが慌てて追いかけて来た。
「あ、あのね?まだ手直しする所が有るから、脱いで良いよって事なのよ…」
「あら、そうなの?」
碇君や司令に、見せに行こうと思ったのに。

洞木さんの家を後にして、私はアスカと途中まで帰った。
アスカからお祭りについて、幾つか話を聞いた。
屋台…食べ物と娯楽の簡易店舗。
盆踊り…和風のダンス。
花火…特殊な火薬を空に打ち上げる、綺麗なもの。

…まだ、よく分からないわ。



「あ、綾波…」
「…碇君、何?」

コンビニにで碇君に偶然会った。
「あ…め、珍しいね?」「何が?」
「その、コンビニで会う…なんてさ。」
「そうなの?」
「い、いや!違うんだ!そういう意味じゃ…」
「何と違うの?」

碇君は、しきりに慌てている…何を言いたいかも、はっきりしない。
「…その、偶然の…出会いって…うん、良い事だよね。」
「…そうなの。」
よく分からないけど、自分で答えが出せたらしい。
「良かったわね。」
何故か、私の口元は上がった気がした。
「!!」
碇君の顔が真っ赤になった。
熱でも、有るのかしら。
「…ひゃっ!?」
顔に手を近付けると、碇君は普段見せない早さで店を出て行った…
「?」

「…シンジ〜?」
アスカが向こうの棚から顔を出して見回し、
「あらレイ!なんであんたここに居んのよ?」
私に気付く。
「…生理用品、切れたから。」
「へぇ、今そうなの?」
「…何が?」
アスカは私を睨み付ける。
「…んも〜、アンタは一々名前を出さなきゃ分かんないの!?」
アスカが声を落として言った。
「…生理、来てんの?って聞いてんの!」
「いいえ、多分まだよ。終わったばかりだもの。」
「はぁ…いいわねぇ。」
アスカが溜め息を漏らす。
「あ!シンジの奴飲み物持つって言ったのに!!後でシメてやる…」
息巻いてアスカはレジに向かう…

何?この感じ…少し、苦しい。



…これも、生理痛?







「…そう、終わったばかりなのにまた痛みが…」「はい。」

あれから、あの苦しさ…痛みは時折蘇る。
「変ね。」
「…変?」
赤木博士は軽く咳き込む。
「…あら、ヤダ。間違えたわ…恋、よ。」

「コイ?」
「そう、恋。」
眼鏡をかけて、今された質問の内容等を書いたボードを手に取る赤木博士。
「あなたのその痛みとするもの…苦しさは、特定の条件の下で再発するでしょうね。」
「…取り除けないの?」
「…いいえ。でもね、これには手術や薬ではダメなの。」
「方法は無いの?」

そこで、赤木博士は椅子を回して横を向く。
「…あら、シンジ君?」
「!!」
驚いてドアを見た…でも、ドアは開いてもいない。
「重傷ね。」
「私は、重傷なのね…」
「…フフ…アッハッハッ…」
突然赤木博士が笑い出す。
「何か、可笑しいの?」
うっすらと涙を浮かべて、顔を赤くする赤木博士。
少し、不快だわ…
「いえ、ね…あなたが露骨に…フフッ」
赤木博士が、椅子に座り直す。

「…あなたはね、シンジ君に好意を抱いてるわ。」

「好…意。」
「それが、原因。」
「…そう。どうすれば良いの?」
赤木博士が、今度は柔らかく笑う。

「それは、あなたにしか…あなたとシンジ君にしか、癒せない。」

「…分からないわ。」
「…大丈夫、きっと分かるわ。」

赤木博士はデスクの引き出しに手をかけて、中から取り出した何かを…小さな袋に入れる。
「今度の花火大会、行くんでしょう?」
「はい。」
「…シンジ君も一緒?」
「…はい、多分。」

赤木博士は、今の包みを私に差し出す。
「この包みの中身を、片方シンジ君にあげなさい。」
「…どうなるの?」
「良くなると、思うわ。」
「そう…」
「そうね、花火が上がる時…が良いかしらね?」
「分かったわ。」
赤木博士に、一応礼を言って外に出た。

でも…結局、この時大した解決にはならなかった。



「恋って…何?」



浴衣が出来上がったそうなので、洞木さんの家に取りに行った。

浴衣の着方を教わる為に、一度着てみる…
「わぁ…すごい、レイ…まるでお人形さんみたい…」
「…そう。」
余り嬉しく無い言葉。
私、元々は人形だったから…

「…碇君に、見せに行こうかしら?」
「え?ダメよレイ!」
「どうして?」
洞木さんは少し顔を赤らめて、こう教えてくれた。
「あのね、人が想いを込めて創った物には…魔法が宿るのよ。」
洞木さんは手を組んで目を閉じる。
「魔法はね、使いどころを間違っちゃいけないの…特に、恋の魔法はね!」
洞木さんが、うっとりしながら目を開ける。
「そう、シチュエーションとタイミングが大事なの…だから碇君には、浴衣は花火大会の時まで見せちゃダメよ?」
そう言って、洞木さんが片目を閉じる。

「…分かったわ。」
洞木さんが満足げに頷く…
「うん!恋の秘密を共有する私達は、もう親友よ!!」
「…そう、ありがとう洞木さん。」
洞木さんは困った顔をした。
「…レイ、私の事もヒカリで良いわよ?」
「分かったわ、ヒカリ。」

ヒカリの家を後にした。
浴衣を着たままなので、ネルフに少し寄ろうと思う。



「…ヒカリの言う、魔法って何かしら…」



「あらぁ、レイ。どしたのそのカッコ?」

葛城ニ尉に呼び止められた。
「浴衣を…作って貰いました。」
「へー、そんでお披露目ってワケね…あらー、よく出来てるじゃない。」
葛城ニ尉は、しげしげと浴衣に見入っている…
「…司令は、いらっしゃるでしょうか?」
葛城ニ尉が、ハッとして顔をあげた。
「えっ?えぇ…いらっしゃる筈よ。」
「では、失礼します…」
「あ、レイ。シンジ君なら今、身体検査で下に来てるわよ〜♪」
「…そうですか。」
そう…タイミングが悪いのね。
今会うとヒカリの言う魔法は、効果が無いらしい。
私は、気持ち早足になった気がした。

司令室。
「司令、失礼します。」
「レイ…どうした?」
「浴衣を作って貰いました…何故か、碇司令にも見て頂きたかったのです。」
「そうか…レイ、隣りに来い。」
…私が司令の隣りに立つと、司令は立ち上がった。
「ユイは、桜色の浴衣を着てたな…」
司令は私を暫く眺めた後、頭を撫でた。
「いや、すまん…昔の話だ。」
司令が、少し表情を変える。
「…後で、誰かに下駄を持って行かせよう。レイ、浴衣を着る時は下駄を履くものだ。」
「…了解しました。」
司令室を後にする…

そう…浴衣には下駄なのね。
確かにすれ違う人の視線に、違和感があったわ。






番外編 “now here”

レイが司令室を出るのと入れ替わりに、冬月が姿を現す。

「冬月…将棋の相手なら他に頼め、俺とお前では勝負にならん。」
冬月は苦笑する。
「碇…私を老人ホームの老いぼれと、一緒にせんでくれ。」
「…今のは一体何だ?レイが浴衣の下に、革靴という奇妙な物を見たが…」
ゲンドウは手を前で組む、自分の表情を隠す為なのだろうか?
「レイは、まだ知らぬ事が多いだけだ…いずれ、人として歩く日も来る。」
「…その為の、下駄か?」
「聞いていたな…」

冬月が、久しく隙を見せなかったこの男の隙を突いた。
つまり、それだけ平和になったと言う事…だろうか。

「レイは、ユイの言っていた可能性かもしれん。私もお前にならって、盆栽でも育てようかとも思う。」
「…私は、そんなもの育てた覚えはないが…?」

二人の男がその場所で、久しく忘れた時間を思い出し声も少なだが、笑った事を…誰も知らないだろう。
多分、知られる事も無い。

冬月の去った後…ゲンドウはユイと過ごした日を、淡いまどろみの中で思い出した…

ゲンドウの乾ききった心に、小さいが…とても小さいが…
泉の湧く音が、聞こえて来た…




+続く+



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