部屋を暗くすると、明かりとなるものはテーブルに置かれたロウソク一本だけになった。
…今日はマイが生まれてから1年目の日。

「「「「ハッピーバースディトゥユー♪」」」」
今日も家には沢山のお客様…お父様に冬月さん
「「「「Happy Birth dey to you♪」」」」
アスカに赤木さん、相田君夫妻
「「「「「「「はっぴばーすでぃでぃーあマイちゃ〜ん!!」」」」」」」
鈴原夫妻に葛城夫妻、マヤさんに日向さん青葉さんも。
こんなに居るといつもは広めな部屋もぎゅうぎゅう詰めで、何人か立ってもらうハメに…
「「ハッピーバースディトゥユー♪」」
「…さぁ、マイはちゃんと吹き消せるかな?」
「シンジ君、言葉も喋れないのにそれは無理よ…私達で消してあげましょ?」
薄明かりの中頷くシンジ君とタイミングを計り、せーので火を吹き消した。





Aurora Tour
    レイ猫。 ◆/75iL116..





…沢山の拍手と共に電気が点いて、マイのお誕生会が始まった。
マイは色んな人に抱き上げられてはビックリしたり泣きそうになったりでとても忙しそう。
この分だと今日は早めに寝付いてくれるかもしれない…
「マイ〜♪ほらほら、ぶぁ〜っ」
アスカは特にマイを随分と可愛がってくれていた、まるで自分の子供みたく。
…お父様はそのせいか少し寂しげ。
「青葉シゲル、遂に結婚が決まりましたーっ!!」
とかなんとか騒いだ拍子にマイが泣き出してしまった…

ご近所には前もって一言「ご迷惑おかけします」と言ってはいたけど、皆のテンションは高過ぎるわ。



…夜が更けるにつれ「もっと騒ごう!!」と言ってカラオケに行く人達、「そろそろおいとまするね…」と静かに帰る人達。
流れ解散となって、今家に残ってる来客はアスカだけになった…

「アスカ、旦那さんをほっといても良いの?」
「…いいのよー、心配する様な事はなんも無いんだから〜。」
ベランダで涼むアスカは、さっきまでの笑顔をどこかに置き忘れた感じがした。
「そんな薄着じゃ風邪ひくわ、中でテレビでも見る?」
「アンタねぇ、こういう時ゃ普通『大丈夫ぅ?』とか『何か悩み事でもあるのぉ?』とか気ー利かせるモノでしょが。」
「私はそんな嫌ったらしい喋り方じゃないわよ?」
「あ〜もーいいわよ、んな事。」
ぶっきらぼうに話した後、アスカはベランダの縁に寄り掛かる…

「マイ可愛いよね、ホント。」
「ありがと。あなたもいずれ子供欲しくなった?」
「んー、まぁね…でもダメかも。」
風が、アスカの髪を散らす。
「あたしのママはさ、赤ちゃん出来にくいんだか生めないんだかであたしは試験管ベイビーなのよ。」
「…初めて聞いたわ。」
「へぇ…シンジ、話してないんだ?まぁとにかく、もしあたしもそんな体だったらそんなの想うだけ無駄になるじゃない。彼にも彼の親にもガッカリさせるだろうし。」
「それで、検査したの?」
「まだ。いざそうだって判ったら…彼の顔見れないから」
「そんなの間違ってる!!」
いきなりシンジ君が現われ、私もアスカも目が点になる。

「シンジ君?」
「その、夫としちゃ子供云々よりも君の事が心配だろうし、そういう問題を抱えてる時は支えてくれる人が必要だと…思う。」

シンジ君が一息ついた所で、アスカが体を起こして怪訝な顔をする…
「アンタ、今の聞いてたんだ?」
「えっ、あっ!!…うん。」
「いい根性してるわよ全く、立ち聞きして説教かますなんてさ。」
「でもシンジ君の言う通り、それは旦那さんと一緒に乗り越えるべき問題だわ…あなた一人で抱え込んでたら、彼だって悲しむ筈よ?」
「…そう言ったってね、怖いのよ!しょうがないでしょ!?あたしはママみたくおかしくなりたくないの!!二度と見放されたりしたくないのよ!!誰からも!!」
「…じゃあ私が一緒に付き添うわ。
何か行動を起こさなきゃ何も良くならないし、変われないもの。」
「それなら僕も付き添うよ。大丈夫さ、アスカって昔から体丈夫だし。
あ、コーンポタージュ飲む?もうぬるいけど…」
アスカがシンジ君に抱き付いて、鼻をすする…
「…体が丈夫なのは関係ないでしょ、バカ。」

アスカに抱き付かれ苦笑するシンジ君からマグカップを一つうばって、私はさっさと部屋に戻りシンジ君のポタージュをすすった…

翌朝見るとソファでくっついて寝ている二人。
「…シンジ君?」
シンジ君の腕には幸せそうな寝顔のアスカがしっかりとしがみついている。
「…昨日は仕方ないにせよ、翌朝もこういう状況を見たら私も怒って良い筈よね?」
早速二人を叩き起こし、シンジ君をど突きまわした。





「私も何か、これって言う趣味を持つべきかしら?」

チェロをケースから取り出すシンジ君を眺め、漏らした言葉に自分で驚く。
「チェロやってみる?レイなら何やっても上手く出来そうだけど。」
「ん〜、できれば手軽に練習出来る方が良いかしら…せっかくの申し出だけど。」
「むぅ、軽くヘコまされたよ。」
そう言ってシンジ君はチェロを拭いたり、何か塗ったり、磨いたりしている。
今から出来る事…できればこれから先もずっと、何処に居ても出来る事をしたい。

…色々と考えてみたけど、なかなか良い考えって出てこないものね。
絵画とか色々と揃える物が多いとマイを見ながらじゃ出来ないし、どこかで習い事というのも家の事やる時間が削れてしまいそうだし…
考えても答えは出ずに結局今日も終わる、お風呂に身を沈めて目を閉じる。
(私には残せる物も出来る事も、何も無いのかしら…)
天井から滴る水滴が冷たい。

「…マイ、眠れないの?目はおねむなのに。」
マイの寝付きが悪い夜は、ゆっくり揺らしながらテレビで聞いた歌を歌う。
「♪魂が揺れる時 それが合図 私が私で居られる様に 在るがままを受け止めて 心の翼で…」

「…マイ、寝たみたいだね。」
「えぇ、ようやくね。」
「レイ、歌うのはどうかな?」
「え。でも、私上手くないし…」
「そう?今のもなかなか上手だと思ったけどなぁ…先に部屋行ってるよ。」

歌、かぁ…
私は特に声が大きい訳じゃないし、今までも喋る方じゃなかったんだけどな…
まぁ、歌ならお風呂とか料理しながらでも練習出来るし、道具とか要らないし…ちょっと練習だけしてみようかな。



産後から冷え性になったらしく、家では秋口には居間の電気カーペットがオンになっている。
…しかし、ついこないだお湯がこぼれてカーペットは機能しなくなっていた。

「レイ、見せたいものがあるんだ…」
「なぁに、また何か壊したの?」
昼間に比べ冷え込みの厳しくなってきた中、買い物から帰ったばかりの私は少し不機嫌。
…だって他でもないシンジ君なんだもの、カーペット壊したのは。
「き、今日はいい知らせなんだから!ほらほら居間に来てよ?」
買い物袋を下ろしてすぐさま襖の前に立たされる…冷えるんだからリビングに立たせ
「ジャジャーン!」

と、シンジ君の声と共に開かれた居間の中には…盛上がった布団とそれに乗る板。
「…で、何これ?」
「え?やだなぁ『コタツ』だよ、暖めといたから入って入って!」
暖めといたから〜って、それより早くお風呂…
「あっ、あぁ〜んっ♪」
布団の端をめくり足を突っ込んだ瞬間から広がるこの暖かさ、何これ!?
布団1枚隔ててここだけ別世界じゃない!!
「今までレイも特別寒がらなかったし電気カーペットもあったからできるだけ使わない様にって思ってたんだよね。」
「…布団の中は凄く暖かい、素敵だわ。」
「…ねぇ、『コタツ』ってもしかして初めて聞いた感じ?」
「うん、こんな不思議な物聞いた事も無いわ。」
「やっぱりそうだよね、実は僕もこないだ初めて見つけたんだよ…」

急いでマイ連れて来たシンジ君も、ようやく笑顔でコタツに足を入れた。


セカンドインパクト以来四季の隔たりも無く暑いかせいぜい涼しいかぐらいしかなかった世界は、ほんの少しづつではあるけど昔へ戻りつつもあるらしい。

何処かの研究者の発表によると『このまま状態が良くなればあと100年で北極にまた氷ができ2、300年あれば四季折々の姿が甦るだろう』とかなんとか。
あ、ネルフもなんだかそれに協力してるらしい。
資料だけじゃなく目で四季を見られるなら、それはとても羨ましい事だわ…でも今現にこうして復興した街があるんだから、それはきっと絵空事では無いのよね。

「…まぁとにかく、機嫌を治していただけましたか姫君?」
「うむ、よきにはからえ…結構な働きぶりを褒めて遣わす♪」
コタツの中で、シンジ君の脚を私の足で撫で付ける。
「うひゃ、ちめたい。反撃開始!」
「やっ、シンジ君だって爪先冷たいじゃない!よくも…」
脛や腿をぺたぺたやりあうのはなかなか楽しかったし…久々ちょっぴりエッチな気分にもなってきた。
と、その前に。
「マイは小さすぎるからもう少し大きくなってからね、代わりに牛さんパジャマとタオルをたくさんかけてあげるから…」
マイも暖かくさせて、さぁ戦闘再開よ。
今度はもう少し上を狙って動けなくしちゃうんだから♪

…しかし、私は思い知らされた。
足だけとなると、シンジ君って…

すごいテクニックの持ち主だったわ。(///)




Aurora Tour〜“エピローグ”

「マイ寝ちゃった?」
私がマイを寝かしつけた所で、シンジ君が顔を覗かせる。

「えぇ、ちょうど今。」
「なんだぁ、マイが寝る所見たかったんだけどな。うとうとしてる時ってすごい可愛いじゃない?」
「そうね…でも寝顔だってとっても可愛いからいいじゃない。」
シンジ君も私の隣に立って、二人でマイの寝顔をじっと眺めている…

「ねぇシンジ君?」
「ん、何?」
「マイが私達の初めて会った時ぐらい、14才になる頃には…私達おじさんおばさんになっちゃうわね。」
「どうしたのいきなり?」
「ううん、ちょっとそう思っただけ…今はシンジ君、私の事だけ見ててくれるじゃない?
でも将来的にはきっと若い娘に目が行くのよ、どうしたって。」
「随分と先の事で悩んでるんだね…」
「遠い未来の話じゃないわ、だって初めて会った日から10年以上はとっくに過ごしたのよ?」
「確かにあっという間だよね、君は無愛想だったなー。」
シンジ君は私を抱き寄せて頭をくっつける…
「その無愛想さんも今じゃこんなによく笑う、僕が夢中にもなる訳だよね。」
伊達男が板に付いてきたシンジ君は、前よりも素敵になった。
アスカも何だかんだで今じゃ新婚さん、きっと素敵なお母さんになれるはず。
「おだてたって、私の悩みは消えないのよ?」

困った顔をして物思いにふけるシンジ君がようやく口を開く…
「約束するって言葉だけじゃ安心出来ないよね?」
「できないわね。」
「…それじゃちょっと寒いけど、ベランダ出ない?」


…今日の午後は風が強かったから、空は雲一つ無い星空。
地に潜る事を忘れたビルにへばり付くネオンも、深夜ともなるとさすがに明かりを落していて邪魔な光はほとんど無い。

「何度見上げても綺麗だよね、星空って。」
少し震えつつ、白い息を空へ放つ私達…
「私は寒いから早くコタツに入りたいな。」
「君ときたらたま〜にすごくツレない事言うよね…」
苦笑いしつつも、シンジ君が私の後ろからおぶさる様に抱き締めてくれた。
「今ここで、もう一回結婚式しようよ。」
「…ふぅん、そう。じゃあやりましょ。」
「随分とノリ悪いね…
汝碇レイは碇シンジを生涯の伴侶とし、愛し続ける事を誓いますか?」
「…誓います。
汝碇シンジは、碇レイを生涯…いや、いつまでも愛し続けると誓えますか?」
「誓います。生まれ変わっても、違う世界に生まれても、きっと君と一緒に居る事を…愛し続ける事を。」チュッ
「こら、誓いのキスはつむじじゃなくて唇にでしょ。」
「あー、待ちきれなかったから…」
窓の縁に座り直し向き合う私達…寒いからかこんな事をしてるからか、肩が揺れている。

…本当は今にも声を出して笑いそうになっていた。
こうして不思議な結婚式をしている事も、こんな風にしていられる平穏な日常も…そして何よりシンジ君とこうして一緒に居られる事が、幸せでしょうがなかったから。

「あ、ちょっと待って。」
「…雰囲気台無し。」
「ご、ごめんって!いや、アレを忘れてたんだよ。」

「では、二人の誓いに異議が無ければ沈黙をもって祝福を…」
…今夜は素敵な夜、そして不思議な夜。
車の音も人の声も、吹き抜けていた風の音まで止んでしまった様に感じた。
その静けさが笑いそうだった私を拭い去り、まるで夢の中だと錯覚してしまう位に淡く、でもはっきりとシンジ君の眼を見つめていた…

アアア゙ァーン、ア゙ァーンッ…

「ありゃ。」
「…マイは、自分も一緒じゃなきゃ嫌らしいわね。」
「じゃあ今度、三人で結婚式挙げようか?」
「フフ、そうね…アハハハハ♪」

心配や悩みなら、きっとあなたと乗り越えて行ける。
あなたとなら、この先もきっと素敵な毎日を過ごせる。

シンジ君との幸せな日々が、いつまでも続きます様に…

━━━━━━━━━━━━願いは遥か彼方、それはこの世界まできっと届くくらい…

空に、星が流れた。

おしまい☆彡








カーテンコール

━━━━━━━━━━━━第三新東京市、とある幼稚園。

「おとーさ〜ん!」
黒髪に赤目という、それこそ人目を引く園児が園内から駆け出してゆく…
バフッ
「おー、マイは今日も元気にしてた?」
「うん♪きょうはちゃんとおひるねもした!」
「えらいねマイ、よいしょっ」
男性が園児を抱き上げて笑う。
「今日はお母さんがご飯作る日だから、帰りにお買い物だよ〜」
「マイおてつだいしまーす!!」
「そっかぁ、じゃあ頑張ってくれたらお菓子買ってあげようかな?」
「おとーさんだいすき〜っ♪」
男性はしがみつく園児を降ろし、園児がその手をしっかりと握る。
夕陽に並ぶ長い影が家に付く頃には、他の家々からも夕食の薫りが立ち上ぼっていた…

「…あ、今日はロールキャベツがあるね。」
「すごい、おとーさんどうしてしってるのー!?」
「それはね、お母さんの作るご飯のにおいは『とくべつ』なんだよ。」
「とくべつ?とくべつってな〜に?」
「とくべつっていうのは素敵な事なんだよ…あ、でもそうじゃないのもあるか。」
「とくべつってすごいこと?」
「う〜、すごいけど、いや、すごいから…うーん…お母さんに聞いてみようか。」

二人が帰宅し、これまた人目を引く水色の髪に赤目という女性が夕飯の仕度を進める…



「ねーおかーさん、とくべつってなに?」
「あらシンジ君、今度は何教えたの?」
「おかーさんのごはんはとくべつなんだって!だからにおいでわかるの!」
「フフ…そうなの?」
「あー…うん、まぁ。」
「ねーとくべつってな〜に?なーに?」

「特別っていうのは、大切と言う事…特別ってつくのは、素敵な事よ。」
「じゃあマイのかばんもとくべつってつけるとすてき?」
「あら、マイの鞄は特別ってつけなくても素敵よ?とっても似合ってるわ。」
「えー?へんなのー!」
「地球には特別ってつけなくても素敵なモノがたくさんあるのよ、中には特別なモノもあるってだけ。」
「…わかんないー。あ、おかあさんのとくべつはなに?」
「んー、お父さんもマイも、アスカもおじいちゃんもみんな特別かもしれないわね。」
「とくべつっていっぱいあるの?」
「マイが頑張ったら、特別はいっぱいあるわ。」
「へぇー…じゃあマイがんばる!」
「うん、それじゃご飯にしましょ♪」

終始笑顔のこの家庭も、それは見た目の問題ではなく心の持ち方。

それこそ本当は特別ではない。

ヒトはその術を知っているから、希望やら夢やらの薄れそうな甘い想いも掻き抱く。
生きていく上で、本来は誰しもそれを捨てる必要なんて無いんだろう。




+おしまい+



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