「レイー、着いたよ〜?」
車のドアを開けて空を仰ぎ伸びをする…ふぁ。

シンジ君の提案でマイを含めた私達3人は「はじめての家族旅行」に来た…場所は箱根湯本、言わずとしれた温泉街。
山道の頂上付近にある高台を、風が軽やかに吹き抜ける…
「マイ、ここが湯本よー…あらもう、どうしたの泣いたりして?」
いつもは高い高いしてあげると喜ぶのに、空気の違いに敏感なのかしら?
「ねぇレイこっち来て!レイも見てみなよ、下の方がパンフ通り湯煙で白くなってる!!」
「…シンジ君、前に私を連れて来た時の事を覚えてる?」
「えー?あっ、あーハイ…今回は、気を付けマス。」

大学時代にも他の所に旅行へ行ったけど、その時のシンジ君は私を放ったらかして一人温泉街に消えて行った…しかもようやく見つけたら「はぐれた私が悪いよ」なんて言い出したから、怒った私の平手とローキックが炸裂。
…そういえばあれが始めての喧嘩(一方的なのは普通そう呼ばない)になるのかしら、そう考えたら良い思い出かしらね?
「レイ、あの時は本当にごめん…だ、だからもう怒んないでね?」
「…気分悪いの?顔が白いじゃない、大丈夫?」





Aurora Tour
    レイ猫。 ◆/75iL116..





「レイの水着姿って、久し振りに見れた気がする…相変わらず綺麗だよ。」
「…恥ずかしいから、お湯の中で手を握らないで。」

私達は水着で入れるスパリゾート…こと「ゆー◯ぴあ」で各種の温泉を巡っている。
マイのお気に入りはジャグジーとお酒の湯らしい…ジャグジーに入ると目を見開きびっくりした表情で固まるし、お酒の湯に入ると目をトロンとさせて笑うし。
「マイも温泉大好きよね〜、ざぶー。」
「…あのさ。もしかしてマイはただジャグジーがはじめてで、びっくりしてるだけじゃない?それにお酒の湯だって…」

「そんな事無いわよ?私達は楽しんでるのよ、ねぇマイ〜♪」
「…レイ?なんで後ろに缶チューハイがあるのか気になるんだけど。」
「私、飲んでるって言うの?顔が赤いのは血行が良いだけよ、温泉効果〜。」
「…僕が今トイレ行った隙に買って来たね。」
「何を言うのよ…さてはあなたも飲みたいの?良いわよ〜買ってらっしゃい?私の分もね。」
「やっぱり飲んでる!ダメじゃないかマイが居るのにこんな所で飲んだら…」
「シンジ君急に口うるさくなってどうしたの…あ、もしかして溜まっちゃってるのね〜?」
「なっ!?こ、こんな所で…違っ!!何言って」
「あらあらマイ、ぐで〜ってして…それじゃ私達先にあがるわね。」

「…なんだか、少しミサトさんを思い出したよ。」



「お女将さんが子供好きで良かったね、ほんとここは良い所だなぁ♪」

お女将さんにマイを預かってもらって、マイが産まれてからは初めての二人きり…心なしかシンジ君の語尾が軽い。
「ん、レイは嬉しくないの?こんな機会滅多に無いよ?」
「…複雑な心境だわ。マイが大切なんだけど、シンジ君の言う様に少し嬉しいと思う私も居るから…」
「…うん、実際僕もそうだよ。」
苦笑いするシンジ君の顔に、光の加減で薄く影がつく…
「でもさ、僕らの時間だって欲しくはあるんだ。今まで頑張って来た、そのおかげで在る訳でしょ?この生活も。
今僕らにはちょっとぐらいの好意に甘えたり、わがままになる権利はあると思うからさ…」
私の頭を後ろへ撫で付け、シンジ君がすっと立ち上がる。

「どっちがより大事かよりも、今は欲張って全ての幸せが欲しい…かな?」
「じゃあ、あなたは昔に戻ったのね?」
「え、そりゃ僕がわがままだったって事…そうなのね。」
「そうは言ってないでしょ?」
「…僕にはカッコで閉じられた言葉が見えるよ。」

またそうやっていじける…でもそんなあなたも好きなのよ?
新しいシンジ君も、変わらないあなたも。
私が好き…好意を寄せたのは、何か理由があった訳じゃない。

…心を、感じたから。





「ふぅっ…へぁ…ふはっ…」
「あら、もうバテちゃったの…ダメねシンジ君、男の子でしょ?」

大阿久谷の上の方にあるロープウェイの駅から、少し歩き回ってみた私達。
たちこめる硫黄の匂いが何とも…
「はぁっ…レイ、少し…戻って休もっ…」
「ん〜、それじゃ駅の辺りまで引き返しましょ。」
「へぅ…ちょっと、待ってぇ…休もう、ここで…」
「えぇ、それじゃちょっとだけ休みましょ…さ、おいでマイ。」

…実を言うと、シンジ君は荷物もマイも抱えていたからバテるのが早かった訳なの。
そうしたいってシンジ君が進んでしてくれたんだけど…そんな手前、思いの他早めにバテてバツが悪そう。
「はぁ、悔しいなぁ…鍛えてはいるんだけどなぁ。」
「でも、その割には体力無いわね。」
「うー、そんな言い方ないでしょ…まぁ、本当では…あるんだけどさぁ。」
「持久力も付けなきゃダメよ、筋肉が増えたらその分の重みでスタミナの消費が多く…」
「レイに指導してもらえば良かったかな、今更だけど。」
…色々と良い事もありそうだし、私も久々にちゃんとメニュー組んでみようかな。

「いいわよ、鍛えてあげる…ただ、最初は少しだけ大変かも。」
「頑張りますので、よろしくお願いします。」
「フフ、良い返事ね…じゃあまずは、荷物を持って来た道を戻りましょ。」
「…も少し休まない?」
立上がり歩き出そうとする私を、苦笑いで引き止めるシンジ君。
「だめよ、こんな所で休んでたら身体が冷えるもの。それに…」
シンジ君の顔にぐっと寄り、上目遣いに軽く睨む。
「…旅館に帰ったら特別授業が待ってるわよ?」

「…荷物持ちは、男の仕事ぉッ!!」
そう残してシンジ君は、軽やかに駆けていった。
…冬月さんのドリンク、車から出して来なきゃダメそうかしら?



「レイ〜、お土産買って早く戻ろうよ〜♪」
息巻いて先に駅で待っていたシンジ君…あ、あのドリンクは!?
なんで車に隠しといたのがここにあるのよ…
「ほら、僕がマイ抱いてるから見てきなよ?僕はもう買ったからさ、父さんが言って湯の花にお酒とか。」
「わ、わかったわ。それじゃ待っててね?すぐ戻るから…」
「いいよ〜、ゆっくりでも!」
…目が爛々として、『今二人きりになったら確実に』って勢い。

ひとまず手早くお土産を買い、ロープウェイで下山…
「シンジ君も食べる?クロちゃん。」
「あ、それ買うの忘れてたなぁ…まいっか、貰うよ。」
名物の黒ちゃん玉子こと大阿久谷の温泉玉子。
前に来た時は二人してバクバク食べていたっけ…
「んー、おいひ…シンジ君、何してるの?」
唇で白身を挟んでは放し、挟んでは放し…一向に食べる感じがしない。
「プリプリして、スベスベで、白くて…まるでローションかけたレイのお」ムグッ
「…他のお客さんも居るんだから変な事言わないで、静かに食べててね?」
口に玉子を突っ込まれて頷くシンジ君。
今のあなたと居ると、私は顔で何か焼けそうな程に赤面してるんじゃないかと思えてくるわ…

「あの、レイ…さん?怒ってるの?」「何が?」
「だ、だって特別授業って…」
シンジ君はもう少し節操を持つべきなのよ…なので予定を変更して簡単な筋トレをさせている。
「…いけず。」
「これが終わったらマイを抱いてウォーキングといきましょう、文句言うごとに2km追加よ。」
ガバッ
「返事は…きゃっ!?」
「捕まえたっ♪今度は僕が教えてあげる番だよ…」

…え、選んだ場所が悪かったわ。人気の無い旅館の裏手を…や、やだっ!?シンジ君たらもうこんなに…そんな、ダメっ…でも…あ(ry

━━━━━━━━━レイさん、シンジ君にTKOの巻。



「レイって、冷静に見てるとよく食べてるよね。」

旅行から帰って一息つく私が、コイケヤのガーリック・ポテトチップスを食べていた所へシンジ君の一言。
「面白いわね。」
「ありが、いや。ダジャレじゃなくて…気付くと何かしら食べてない?マイが生まれる前ぐらいから、ずっと。」
「…食の喜びに目覚めたのよ、私は。」
「まぁ、口いっぱいに物を頬張る顔は僕も好きなんだけどさ。」ゲシッ
「痛っ!?何するんだよいきなりっ!」
「そんな顔見せた事無いわ、気をつけ…」
「こないだの玉子食べてるレイは、ハムスターみたいだっ」ベシッ
「言わないでよ、いちいち。」
…言われてみればおかしな話ね。
確か、私ってお肉とか色々ダメだった筈なんだけど…(今でもレアは食べれないけど)
あぁ、付き合ってすぐシンジ君に初めてお弁当持って行こうとした時にはもう食べてたわ。
大学時代にはアルコールも摂っていたし、その時にはシンジ君と食べ歩きもしたのよね…
で、マイがお腹に居る頃から無性にお腹空いて…
プニ
おもむろにお腹をつまむ…軽くヤバい?
「何してんのレイ?」「何も。」
「へぇ…今、お腹つまんでたでしょ〜。」
そういってシンジ君が私の後ろにまわっ…プニ
「うひゃー、お餅みたい♪」「放して。」
「え?そんな…もうちょっとだけ、こうしてて良い?」ゲシッ
「買い物行って来るから、マイの事おねがいね。」
「はい…い、痛〜。」
何て言うか、気にしてなんて無かった事に気付かされた…少し嫌な気分。
絶対太った筈ないのに、私のお腹にはつまめる部分が…こんな時、どこかの用語ではこう言うのよね。
鬱だわ…('A')




+続く+



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