「…私に、勇気を下さい。」

誰に向けたか分からないその言葉を…雨上がり透き通る空へ、月へ。
戦う事を忘れると、心は恐怖に対して免疫がなくなるらしい。
見えないモノから己を守る見えない壁は、必要がないから消えてしまったのね。

「ただいま。」
「レイ、濡れなかった?さっきの雨すごかったけど…」
「平気よ。ご飯作るからお風呂どうぞ?」
「それじゃ、そうさせてもらお。」
…目を見たら顔が強張りそうで、シンジ君の顔すら見れない。
だからと言って戻る事も留まる事もできない、私は…

食事を終えてリビングでくつろぐシンジ君を、私は後ろから抱き締めた。
「シンジ君、大事な話が」
「…うん、様子おかしかったから分かったよ。」
もう、逃げる事は出来ない…そのままで、私はゆっくりと言葉を絞り出す。
「この先…どんな事があっても、あなたは側に居てくれるかしら?」
「…僕は、逃げない。逃げるのはだいぶ昔に止めたよ。」
私は狡い…質問の前に答えを聞くのは、対等な事じゃないと分かってる。
…でも、それ以上にシンジ君は優しかった。

事の次第を話しても、部屋の時間が動く事は無い。
「…レイ、泣いてるの?」
頬から零れた滴は、そのままシンジ君の髪を伝い首筋に流れている…
「…私は幸せとは、遠い生き物なの?あなたを…不幸に巻き込んでしまうの?」
「泣かないでレイ。今度は僕が守る…それに、まだそうと決まってないんでしょ?」
…シンジ君の声も、わずかに震えている。

私達は、過酷な道を行く羽目になるのかもしれない。
…でも。
あなたが居てくれるなら、私は頑張れるから…





Aurora Tour
    レイ猫。 ◆/75iL116..





私を奮い立たせてくれた言葉を、あなたのかき抱く想いを、生涯忘れる事は無いわ…

月日は巡り、やがて暦と共に暑さはピークに達する。
去年の今頃は海に山にと出かけていたけど、今年はそうもいかないみたい…お腹は膨れ上がり、もう立ったり座ったりだけでも大変。
初めてのエコーはネルフでとって、特に異常も無いので後は第三総合病院で見てもらっている…どうやら、女の子らしい。

シンジ君が、車で私を避暑地に連れて行ってくれた…免許はあったけど、車は最近ようやく買った。
bbがどうこうって言ってたけど、車には詳しくないから…

「レイ、さっそくだけどランチタイムにする?」
「…うん、ちょっとお腹すいちゃった。」
恥ずかしい話、お腹の大きさに比例して食べる量まで増えてしまった…
シンジ君がいぢわるして私の顎の肉をプニプニするから、週2でプールのマタニティクラスを受けて頑張っている。

車のバックドアを開けて取り出す材料を、シンジ君は手際良く踊らせてサンドイッチを作り出す。
「はいどうぞ、チーズも切っとこうか?」
クーラーボックスから冷えたシャンパンとグラスを片手に微笑むシンジ君…
近頃じゃ、加持さん二世とも噂されている。(もちろん、ネルフ内部での話。)
男の人は歳をとるごとに磨かれるなんて、誰が言い始めたのかしら…
確かに格好よくはなってるんだけど。

「…吹っ切れた、とか言うのかな?今、すごく良い顔してるよ…レイ。」
「ありがとう、あなたのおかげね…あなたこそ、随分と頼り甲斐のある感じになったわよね?」
「あはは…僕もまた、君のおかげでね。」
開け放たれたバックドアの縁に、二人寄り添い肩を抱かれる…
数日前までの不安は、もうすっかり無かった事にされた。

こんなにも強くなれるなら、もっと早くに出会っていても良かったのにね?
シンジ君…♪





予定日が近付く…

大事を取り、ネルフ施設内の病室でその時を待っていた。
もう慣れっこだけど、司令、冬月さんを始め毎日病室に来ては色々と置いてゆく。
備え付けの冷蔵庫や棚はお菓子諸々で溢れ返り、花に四方を囲まれるこの様は…葬式でもされている気分だわ。
まぁ、退屈しないのは素敵な事なんだけど…

「レイ、具合どう?」
「…あなたが来たから言う事無いわ♪」
他の人達が何でも持ってきてしまうから、シンジ君にはいつも手ぶらで来て貰っている…むしろ、多過ぎる荷物を毎日持ち帰ってもらっている。
「…また海苔だ。家のと併せたら何年かは海苔を切らさないかもね。」
「あ、それは一缶だけ置いていって。後そこの本は私の側に置いて…えーと、こっちが読み終わった方ね。」

「ふぅ、さてと…もう近いんだよね?予定日って。」
荷物の仕分けを終えて、うっすらと汗をかくシンジ君…この頃少し筋肉も付いてきて、ますます格好いい。
「えぇ…それで名前、今のうちに決めとかないとあの二人に先越されそうよ?」
「あー、やっぱり…?困ったね…僕は顔見てから決めたいんだけどなぁ。」
「私もできればそうしたいけど、あの二人の様子だと考えものよね…」
…そう、先に出生登録を出されたら変更は効かないから面倒なのよね。

「レイカ…何か違う。」
「アイ…これも違うわね。」
二人で頭を捻るけど、なかなかしっくりくる名前って出て来ないわ…
「やっぱり、顔を見て決めてあげたいわね。」
「そうだね。その為にも二人には…」

━━━━━━━━━出産予定日1週間前…司令部の頭二人が急遽、出張となった。
ドイツ支部から緊急の要請だったらしいが、2、3日現地で足止めを食った末に既成事実と判明。
慌ただしくも緊急ルートで帰国するのであった…



番外 “漢の戦い”

「おぉぉぉッ…!!」

━━━━━━━━━━第三新東京市・ネルフ日本支部内、医療施設。
柄の悪い中年が、上着片手に疾走している…
小粋なサスペンダー姿の筈が、そこを中心に汗ばんでいるのでサマになってない。
…随分と後方では、初老の男性が息を切らし突っ伏している。

中年が看護士に呼び止められた。
「ゼハァッ…そこをっ、退け…ッ!!」
「…はい?どうしたんです、落ち着い」
「碇だッ!!ハァッ、碇レイのッ…その親族だッ…」
「え、はぁ…で、何かごよ」ガシッ
滝の様な汗を流す柄の悪い男に肩を掴まれ、瞬間恐怖を感じる看護士…

〜 一方遥か後方 〜
廊下に突っ伏している冬月を、通り掛かった看護婦が発見。
人間ドッグ等で、よくこの区画にも顔を出していた冬月。
手厚く運ばれ点滴を受ける…
「…何かうわ言いってますよ、相当キツい仕事なんですかね?」
「副司令ってきっと激務なのね…今はゆっくり休ませてあげましょ。」

(レイ…子供は…生まれたのか…?)


〜 再びゲンドウと看護士 〜

「生まれたのかッ!?どうなんだッ!!」
「いぅっ!?…あのっ、機密区画ですので身分証の提示をッ…」
「貴様、私はネルフの司令だ!!碇ゲンドウだッ!!」
「…い、いや!ですから身分証の提示を…」
「ええぃまどろっこしい!冬月、お前から説め…」

中年は振り返るが、誰も居ない。
(この時冬月は急患扱いとして運ばれ、処置を受けていた。)
ついで説明するが、この末端の看護士は司令様との面識おろか顔すら知らないのでした。
「退かないならクビだ、そこを退け…」
「身分証の携帯は義務です、司令クラスなら随伴者が持ってる筈ですし…」
「だからそいつが居ないんだ、もう一度だけ言う…どけ。」
「…警備員、呼びますよ。」
「くっ…ぬぉぉぉッ!!」
強引にすり抜けた中年を、すぐさま警備員が押し潰した。

「あ、冬月さん…ですか!?」
「…あ、ああぁシンジ君!レイは…子供は生まれたかね!?」
冬月が病室へ運ばれる途中、たまたまシンジがレイの居る病室から出て来た。
「あ、はい。予定より早めに…女の子です、可愛いですよ!」
「そ、そう…か…」

脱力感諸々で、冬月は再び気を失う。
丁度その時、向こうから警備員を従えやって来るボロボロの父親…

何だかよく分からないこの状況に、シンジは何故か急に謝りたくなった。


**********


私の腕の中に、しっかりと息づく命。

産む瞬間こそ辛いものだったし、そこに至るまでの苦悩もあった…でも。

今ここにいるこの子。
ヒトの姿を持って生まれた、シンジ君との想いのカタチ…私には、もう不安も迷いも無い。

「…レイ、父さん達来ちゃってるけど…入らせても平気?」
さっき「飲み物を買いに」と出たばかりのシンジ君が、ドアの隙間から小さく顔を出す。
「いま起きた所だから大丈夫よ、入ってもらって?」
「レイ!!ユイは!?」
…開口一番、勝手な名前を呼んで飛び込んで来た司令。
「碇、騒いではマズいだろう…とはいえレイ、先ずはおめでとう。」
後から車椅子の冬月さんも入って来た…一体何があったかはともかく。

「今起きたばかりだから、泣かせないで下さいね…この子が、私とシンジ君の赤ちゃんです。」
「「ぉ、おぉ…」」
二人が、私の腕の中を覗き込む…

私に似て白くてプクッとした顔、髪はまだほとんど無いけど黒…くりっとした赤い瞳。
おおよそ健康とは無縁そうにも見える外見だけど、医療班の見解ではすこぶる健康体であると診断された…それがこの子。

「名前は…」
「ユイだな。」
「碇、なかなかだがそれでは芸が無い…そう、私が思うにこの子は」
…私の言葉を遮る二人。
「…あの、少し静かにしていただけますか?」
赤ちゃんを保育器に移す為に来た看護婦が、今度は二人の言葉を遮る。
「ぬ…しかし俺はまだ抱っこもして無いぞ。」
「私もだ…」
「父さんも冬月さんも、とりあえず今日は出直してよ…レイも赤ちゃんも疲れてるんだから。それに…」
シンジ君が、何とか唸る二人に言い訳して帰してくれた…ヨシッ

「言われたからじゃないけど、疲れたからそろそろ寝るわ…」
「うん、わかった。それじゃあまた明日来るよ…おやすみ。」

…そして静かになった部屋で、私は目を閉じた。
私を脅かす事は、何も無くなった…しばらくは、ゆっくり眠れるかしら?




+続く+



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