■ HOPE  第拾六話 「Get it back」





レイが目を覚ますと台所に立つエプロン姿のシンジ。

「おはよう、綾波さん」

「………」

レイは眠そうに、体をベッドから持ち上げる。

「朝食作ったよ。食べて」


小さな円形テーブルには二人分のトーストと、スクランブルエッグ、そして紅茶。

シンジはどちらかというと朝食は和食派なのだが、レイの家には炊飯器が無いのでどうしてもパンになってしまう。

シンジの皿には焼いたベーコン。ベジタリアンなレイのお皿には野菜スティック。


シンジとレイはテーブルについて朝食を口にする。

レイは眠たそうに目を細め、トーストをちぎっては口に運んでいる。

そんなレイの姿を見てシンジはクスリと笑う。


「……何?」

「髪の毛」

「……?」

「寝癖。ついてるよ」


体を横にして寝ていたせいか、レイの髪の毛の右半分にクシャクシャと寝癖がついている。

レイは壁にかけてある鏡を見ると、手櫛で髪を撫でる。


「……とれないね。櫛で梳かないとダメかも」

「………持ってないわ……」


やっぱりそうか。

シンジは立ち上がってボストンバックの中、小さなポシェットから小さな櫛を取り出す。


「僕、男だからあまり使わないんだけど。念のために持ってるんだ。使って」

シンジがレイに差し出す。

レイはしばしそれを見つめていたが、手にとると、鏡の前に立って髪を梳かし始める。


「…………」


ボサボサとまではいかないが、普段のレイの髪はややクセのあるように感じられる。それは髪を石鹸で洗っていたせいだったのだろう。

シンジが昨日買ってきたシャンプーを使ったせいで、今のレイの蒼銀の髪はサラサラ。

完全なストレートではなく、やや内巻き気味で、特に手入れをしなくても軽くシャギーが入っている。

朝日を反射して天使の輪っかが浮かんでいた。


毛の流れにそって、ゆっくりと櫛を通していく……。




「綺麗な髪だね………」

シンジはその様子を眺めながら、ポツリと呟いた。

その言葉にピクリとレイの手が止まる。





「あ……」

何の気なしに、思ったことをポロリと口に出してしまったが、口にしてからその意味が頭の中で認識される。



「……何を……」

レイは俯き加減で、胸の前で櫛を両手で持っている。その表情は前髪に隠れて見えない。


「あ……いや、ごめん!!変なこと言って!……その、昨日シャンプー使ったんだよね!やっぱりそのほうがいいよ」


ま、また変なこと綾波さんに言っちゃったよ……。

顔が紅潮する。

胸の鼓動が早くなる。




レイは俯き加減のままテーブルにつくと、シンジにその櫛を返す。

「あ、いいよ。僕は使わないから。綾波さん、櫛買うまでそれ使いなよ」

レイはしばらく手の中の櫛を見つめていたが、それをワイシャツの胸ポケットにしまった。



シンジとレイは紅茶に手をつける。

レイは紅茶がえらく気に入った様子で、一口飲んでは息を吐き、表情を和らげる。


よかった……。気に入ってもらえたみたいで……。





カーテンの隙間から朝日が差し込む。

セカンドインパクト以降日本は常夏。今日も暑くなりそうだ。


新陳代謝の活発なシンジ達の年代は一日数回のシャワーは必須と言える。

朝晩と、外出から戻った時。


今日は先にレイがシャワーを浴びている。その間にシンジは朝食の片付けをする。

レイが出てくると今度はシンジが入れ替えでシャワーを浴びる。



シャワーの温度はやや低め。冷た過ぎない程度の冷水で体を清め、朝の眠気を飛ばす。

レイの家に世話になってからと言うものの、浴室に体を浸からせる機会がない。

寝る前に疲れが完全に抜けない気もするのだが、シャワーだけというのもそう悪いものでもない。

記憶がないという、異常事態に置かれているシンジだが、少しこの生活が気に入り始めてきている。


なんとなく居心地のいい生活。

記憶は無いが、なんとなく覚えている……。以前自分は、自分のことをあまり好きではなかった……。

辛いことが多かった……そんな、気がする。

このまま記憶が戻らなくてもいいんじゃないか、どこかそう思い始めてきている自分がいた。



シンジはここ数日のレイとの生活を思う。

レイとシンジとの会話は、ほとんどがシンジの独り言に近い。

たまに「そう」とか「ええ」とかが返ってくる。返事をしてくれないことも多い。

だが紅茶を飲むときに見せるレイの穏やかな表情や、眠る前に一言二言話す、核心をつく話。

かと思えば先ほどのように、眠そうに髪を梳かすレイの姿も見られる。



家出した上、NERVへも学校にも行っていない、完全な逃避生活。

普段のシンジなら内罰的思考に陥ってしまいそうなところだが、そうならないのはやはりレイの存在だ。

今でも何を考えているのかわからない、謎多き少女。

しかしレイがシンジに与える何か。シンジは言葉でそれを正確に表すことはできないが、その何かがシンジにとってはとても魅力的なものなのだ。

敢えて表現するのなら、シンジ知りうる単語の中で最もそれに近いのは「優しさ」だろうか。

単に優しさ、優しいという言葉には当てはまらない何か。そういったものをレイは内包している。

それは一体なぜなのか。自分にだけ向けられるものなのか。そしてなぜ自分はこれほどまでにそれを欲し、それを感じると安心できるのか。

一つ言えるのは、レイは何も言わず、ただシンジの側に居てくれている。

理由はやはりわからない。

ただそれは、レイが何事にも無関心なのを理由に、シンジに対しても居ても居なくても変わらないから、という訳ではどうやら無さそうなのだ。



儚い少女。

素っ気無く、やや非常識な行動も多い。

だが同時に哲学者のようにシンジの道を照らし、全てを悟りきったような深い眼差しを時折見せる。

そして側に居るだけで感じる「優しさ」。

レイの前ではなぜか自分の本音、本当の気持ちを口にしてしまう。


シンジは基本的に自分の弱さ、汚さを嫌っていて、本音を口にするのは憚られる。

しかし、レイにはそうせざるを得ない、何かそういうムード、オーラのようなものを纏っているように感じるのだ。



やや現実離れした容姿に、色っぽい姿。とても同じ14歳には見えない。

レイのちょっとした仕種に、シンジはいつもドキドキさせられてしまっている。

いつまでいても慣れない、飽きない。

碇シンジは綾波レイという少女自体に、ひどく興味をそそられていた。



変だな……どうしてこんなに他人が気になるんだろ……。







シンジがシャワーから出るとレイは制服に着替えて文庫本を読んでいた。

タオルで頭を拭きながらレイに近寄る。

「それ、何読んでるの?」

レイはチラッとシンジを見ると、本の表紙をシンジ見せる。

詩集のようだった。


「綾波さんって、色んな本読むんだね。

 あ、そうだ。紅茶まだ飲みたい?」


レイはコクンと頷いた。



シンジは台所に向かって準備をする。ヤカンを振ってみたところ、先ほどの紅茶を入れたお湯がまだ残っていた。

準備をしていると、レイがシンジに近寄ってきた。

「どうしたの?」

「……紅茶……」

「うん?」

「……いれるところ、見たいから……」


ああ、そうか。とシンジも納得した。

何事にも無関心なレイだが、紅茶はかなり気に入ってる様子。

自分でいれられるようにしておきたいのだろう。



「こうやってまず、茶漉しか何かに葉っぱを入れて、お湯を少しかけるんだ。全体が湿るぐらい。

 30秒ぐらいこのまま放置。こうやってまず蒸らしたほうが、いい味が出るんだよ」

最初はこの適量が難しい。多過ぎず少な過ぎず……。



レイはシンジの後ろ、肩越しにその様子を伺っている。

こうしてレイが近くにくると、レイの甘い香りがシンジに伝わる。

シンジは急にレイが側にいることを意識してしまい、心臓をドキドキさせてしまう。



「できたら……、今は道具が足りないから、このビーカーでいつもやってるんだけど……」

やや頬を赤らめながら、シンジは大き目のビーカーに蒸した葉を移す。


「そしたら中でお茶っ葉が踊るように、高い所から湯を落とす。できるだけ湯は細くしたほうがいいよ。跳ねたお湯でヤケドしないように注意してね」

適量のお湯を入れ終わり、茶漉しを通してティーポットに移す。

「はい。できあがり」

肩越しのレイに、はにかんだ微笑みを向ける。


「……なぜ……知ってるの?……」

「……なんでだろうね。自転車の運転とかと同じなのかなぁ。

 こういうのは一旦やったら忘れないのかもね。記憶がないから、なんでできるようになったのかはわからないけど……」


シンジは少し息を吐く。記憶がないというのはなんとも不便だ。

こんなことなら、日記でもつけておけば良かった。



シンジとレイはテーブルの席について本日二回目のティータイムを楽しんだ。












「綾波さん、今日の予定は?」

シンジがベランダから洗濯物を取り込みながら、ベッドに座るレイに尋ねる。

「……今日は非番。予定はなし……」


「そうなんだ。天気いいから、どこか行く?」

「……別に……」


予想通りの答え。シンジはクスリと笑ってしまう。


「あ、じゃあ、これ取り込むの手伝ってもらっていい?」

レイはベッドから立ち上がって、ベランダに近寄る。

ベランダからシンジが取り込み、レイがベッドの上に置く。これを流れ作業式に繰り返す。

とは言え、二人分の物しかないので、たいした量ではないのだが。


「これで最後だから……」

シンジはベランダ用のサンダルを脱ぎながら、レイに手渡そうとする。

その時、シンジは足を段差にひっかけてしまう。

「うわあ!」


そこには洗濯物を受け取ろうとしていたレイ。

そのままベッドの方に倒れこんでしまう。













ドサッ










…………カーン……カーン……。

この再開発地区に建てられたマンションを解体する重機の音……。

窓から差し込む光。

カーテンを揺らすそよ風。
















レイの胸の谷間に顔を埋める形になって、レイに倒れこんでしまっているシンジ。

レイの甘い香りが、脳内に充満する。

自分の顔を挟む、レイの柔らかな乳房の感触。

頭が真っ白になって思考が吹き飛ぶ。
















シンジはそのまま硬直してしまう……。

レイも仰向けのまま動かない。

















ピピピピッ!

突然レイの携帯が電子音を鳴らした。






「…………碇君?」


その声でようやくシンジはハッと我に返る。


「ほ、ほわぁああぁぁ!!!」

慌ててレイの体から飛びのくシンジ。









「あ、綾波さん!ごめんッッ!!」

シンジは頭を深く下げる。




また!……またやってしまった!!

どうして僕はこうマヌケなんだ!!



ドキンドキンドキン……

心臓が早鐘を打ち鳴らす。









レイはゆっくりと体を起こし、制服の乱れを直す。

「…………」


そのまま携帯電話を取る。



「あの、わ……わざとじゃないんだ!今サンダルを脱ごうとして……そしたら足が!!」

「…………知ってるわ……」


レイは無表情のまま液晶を覗き込む。








「碇君……」

シンジは顔を上げる。










「……非常召集よ」



























発令所。オペレーター達が慌しく作業している。

ミサトがレイとアスカを連れ、発令所に入ってきた。

レイとアスカはプラグスーツ姿だ。


「状況は!?」

リツコがミサトに振り返る。

「15分前に突然出現したわ。強羅最終防衛ラインを突破。もうすぐここに来るわ」


毎度のことだが、使徒の出現パターンは謎が多い。

その行動はもちろん、一体どこから現れているのか。

第三使徒以降は大抵太平洋側からの侵攻だったが、それにしても常時警戒している包囲網の中、突然パターン青が出現する。

何か空間跳躍方でもあるのかもしれない。

JAはもともと人が造ったものなのだが、使徒に寄生され、その跳躍術も身に付けているのだろうか。



メインスクリーンには、山々の間からゆっくりと姿を現すJAの姿が映し出されている。

しかし、その姿は当初とは大分違っていた。


その姿は……どちらかというと不恰好になったと言える。


体の表面に粗大ゴミやら鉄材やらを大量にくっつけている。

目を凝らしてよく見ると、テレビやビデオ、車と言った電化製品の姿も見える。

初号機に空けられた胸の傷は、それらの粗大ゴミで塞がっている。




「なによあれ?」

アスカがきょとんとした顔で呟く。

「……詳細はわからないけど……、あれで傷の修復をしていたのかもしれないわね。同時に機能拡張の可能性も。ここ数日姿を消していたのは、あれがしたかったのかしら……?」

「あれで機能拡張してるようには見えないけどね〜……」

リツコの説明にミサトは半分呆れた声を出す。



「……でも、問題はそんなことじゃない。場所がまずいわ」


そう。JAがどんな姿をしていようと、それを倒さなければならないことに違いはない。

ここ数日で何か劇的な変身を遂げているのならばともかく、先の初号機との戦闘を見る限り、JAは強敵とは言い難い。

あのパイロットへの接触攻撃は、距離を置いた攻撃に専念すれば回避可能。

さらに接近戦自体もエヴァの基本スペックが上回っている以上、苦戦はしないだろう。


だが、問題はJAはリアクターを搭載していることだ。

JAは既にここ、第三新東京市に到着しようとしている。目標は間違いなくNERV本部だろう。

今から陽動や何かでここから遠ざけることは難しい。

使徒は倒さなければならない。しかしここで破壊すれば、街が被爆する可能性がある……。



「このまま放っておくわけには、いかないわよね」

アスカが口を開いた。


「そうね……。リツコ、エヴァのほうは?」

「発進準備はできてるわ。弐号機は調整完了。零号機は間に合わなかった……。左腕がない状態よ」



左腕がない状態とはいえ、零号機を一応の出撃可能な状態にできたのは、技術部スタッフによる連日の徹夜作業の賜物と言えよう。

しかしながらJAは即時殲滅すればいいという相手ではない。

できればエヴァで捕獲、海岸線沖にでも投棄したかったのだが、零号機が片腕では無理だろう。

ミサトは下唇を噛む。

せめてシンジがいてくれれば……。


「わかったわ。レイとアスカはケージ向かって発進準備に備えて」


日向がミサトを振り返る。

「リアクターのほうはどうするんですか?」


ミサトはスクリーンを睨んだまま呟く。

「………シャフトを一つ犠牲にするわ」
















零号機と弐号機は並んで発射台に固定され、発進を待っている。

今頃はミサトやリツコが殲滅作戦を思案しているのだろう。


「……結局……アイツ、帰って来なかったわね……」

アスカが独り言のように呟く。



ミサトはアスカにシンジの居場所を話していなかった。

それはシンジの家出のことを大事にしないよう考えてのことだった。


アスカにはシンジが実験の参加を拒否。のちに言い争いになり、翌日手紙を残して家出。

場所は把握していて、説得の最中だと伝えてある。


だがアスカに真相を話さなかったぐらいでは、ゲンドウの目は誤魔化せない。

表向きは、シンジ場所は把握しており、いつでも保護連行できる状態にあるが、シンクロ率がパイロットの心理状態に左右される以上、無理矢理連行するのはリスクがあると判断し、監視保護のみに留めてある。ということにしておいてある。

その理由通り、今この場でシンジを連行してくることは可能だ。

しかし本人の意思で乗らないということは、NERVがシンジを徴収することになる。ゲンドウの許可なしにそれを行うと、ミサトの独断と判断される可能性がある。

それゆえ、今は無理に徴収しなかった。というのが建前だ。


……本音を言えば、あの時のシンジとのやりとり。

上司としての自分、家族としての自分。割り切れない、割り切りたくないその思いの狭間で、人知れず葛藤していたミサトにとって、あの時のシンジの叫びは心に刺さるものがあった。

このまま彼はエヴァに関わらないほうがいいのではないか。彼にとって自分はただ負担になっているだけなんじゃないか。そんな思いが無意識にシンジを遠ざけようとしていたのかもしれない。


以前ミサト自身が言っていた通り、これは人類滅亡をかけた戦い。ミサトは甘かったのかもしれない。

しかし嘘でも建前でも筋は通っているので、例えゲンドウが戻ってきても、ミサトがシンジの件に関して責任を問われることはないだろう。




レイが口を開いた。

「………彼に会ったわ……」

アスカが目を見開いて、プラグ内のサブモニターに写るレイを見る。


「なら、なんで……」

「……彼、もう戻ってこない……」

「……え?」


どういう意味だ。それを問おうとした時、発令所のミサトから通信が入った。



「作戦が決まったわ。アスカが先鋒。レイがバックアップ。

 目標はエヴァの素体を通じて、パイロットに精神汚染を促す攻撃を持っているわ。

 中距離からの攻撃をメインにして、できるだけもみ合いになるような格闘戦はさけてちょうだい」


「そんなこと言ったって、爆発の危険性があるんでしょう?」

アスカが当然の疑問を口にする。


「そう。目標はリアクターを内臓しているわ。下手に致命傷を負わせると被爆の危険性がある。

 だから、シャフトを使うことにします」


「シャフト?」


「ええ。EVA専用エレベーターシャフトは、シェルターと同じく特殊装甲で密閉されている。

 そこに目標を誘い出し、シャフト内で殲滅。その時ATフィールドで爆風を封じ込めれば、被害は最小限に防げるわ」


「へぇ〜。なるほどね……。

 で、どうやって誘い出すのよ?」


「そこはアナタ達にがんばってもらうことになるわね。目標は大した運動性能は持ってないわ。なんとかシャフトの入り口まで誘導できれば、落とし穴にひっかかってくれるでしょ」

ミサトは平然と言ってのける。


「いつもながら頼もしい作戦ですこと……」

アスカは不服そうに腕を組みながらも、僅かに口元を吊り上げ余裕のある微笑みを浮かべた。




















ガゴンッ!

衝撃音の後、零号機と弐号機がリフトオフされる。

JAもそれに気がついたように、こちらに振り返った。


「いい?まずは様子見。くれぐれも接近戦は注意して!」

ミサトがマイク越しに声をかける。



最悪この場で殲滅も矢も得ないが、可能な限りシャフト内で殲滅しなければ核融合炉崩壊の恐れがある。

それゆえ威力を抑えるために、零号機の手にはライフルではなく、ハンドガンが握られていた。

元々射撃に関してレイは得意分野だ。反動の少ないハンドガンならば、片腕の零号機でも扱いやすい。


レイのプラグ内には「induction」の文字が点灯している。パネルを操作して「三点バースト」に設定する。

これで一回トリガーを引くだけで、オートマチックに三発発砲される。



零号機はJAに睨みハンドガンを構えると、トリガーを強く引きこんだ。


パパパンッ! ハンドガンから連射される三発の銃弾。


JAは腕を目の前でクロスさせて、それを防ぐ。

体に付いていたいくつかの粗大ゴミが、弾丸で弾き飛ばされた。


零号機は構わず発砲を続ける。

そのたびにJAの表面の粗大ゴミが弾き飛ばされ、JA本来の外皮に傷を負わせる。しかし致命傷には至らないようだ。

JAは手をクロスさせ、その弾幕に耐えながら、ゆっくりと零号機の方へ近づいてくる。

零号機の射撃が堪えてるのか、その動作は緩慢だ。



アスカがこれを見逃すはずはない。

カッと目を見開き、大きく跳躍する。

「でぇぇ〜〜〜い!!」

赤い弐号機の手にはソニックグレイブ。空中で宙返りしながらJAに斬りかかる。


弐号機の全体重を乗せた高振動の刃がJAに襲い掛かかる。

しかし体に当たる寸前、JAはグレイブの刃を白刃取りした。

以前初号機との戦いで見せたように、その手の表面がオレンジ色に発光している。



マヤがキーボードを叩き、解析する。

「やはりATフィールドです。大部分は中和されていますが、内部深層に寄生している極僅かな部分。中和を間逃れている部位があります。

 それらの使徒が互いに連携し、JAの表面に極小のATフィールドを重ね合わせて展開しているようです」


ATフィールドを中和に使っている以上、エヴァはこれ以上のATフィールドは発生することはできない。

それはJAも同じなのだが、例外的に表面の狭い範囲にのみ、ATフィールドを展開できるようだ。

感覚としてはATフィールドの二重展開に近い。

範囲は狭いとは言え、互いに中和状況にある中で、さらに絶対領域を展開できる差は大きい。



「もう!なんであたしの最初の一撃はこうも決まらないのよ!」

そういえば、アスカは第五使徒戦でも最初の一撃を失敗させている。


弐号機は一度バックステップで距離を取る。

零号機もハンドガンをリロードする。


戦況は一度仕切り直しとなった。





するとその時、JAの腕、エビの殻のような腕部装甲板から、ボンボンと音を立てて小さな爆発が起こった。


「な、なに?」

アスカはいぶかしげにその姿を見つめる。



「腕部骨格を爆砕ボルトで破壊しているようです」

青葉が報告した。

「なんでそんなことを……」

ミサトは怪訝な表情を浮かべる。





小爆発の連鎖が終わると、骨格を支えていたボルトが弾けとんだ、JAの両腕。

その両腕がズルリと伸びて、ダラシなく地面に垂れ下がる。

装甲板の隙間が大きく広がり、その隙間からは内部の金属製の骨格やら、コードやらがむき出しになり、そこにオレンジ色に発光する使徒がびっしりと付着していた。

すると、そのダラシなく伸びたJAの腕が、ピンク色に発光し出す。


「へ?」

アスカが間の抜けた声を出した瞬間。

目の前を物凄いスピードでピンク色の何かが通り過ぎた。




シュパンッ!!






「きゃあ!」

弐号機は咄嗟に上半身を後ろに反らせて、それをかわす。






「な、なんなのよ!」

アスカが顔を前に上げる、するとそこには自身の三倍はあるだろうか、大きく伸びたJAの腕がムチのようにくねっていた。


アスカはハッと自分の両腕を見る。

手にしていたソニックグレイブが真っ二つに切断されていた。

「こ、これって……」




JAは再度腕を振り上げ、零号機に向かってそれを振るう。


「レイッ!!」

ミサトが叫んだ。

JAの振り上げた腕、それは片腕の零号機の胸部を直撃する。大きく吹き飛ばされた零号機は、転がりながらビルの中につっこんだ。



「目標の両腕、高振動粒子で覆われています!!」

マコトが叫んだ。


「これが……シンジ君に接触した理由なの……?」

リツコがポツリと呟く。その声にミサトが振り返った。

「リツコ?」

「あれはどう見ても第五使徒の高振動ムチを模倣したものだわ……。使徒同士が連絡を取り合っているというのならともかく、シンジ君の体験した記憶の中から戦闘情報を抽出して、再現しているのかもしれない……」

「なんですって!?」

ミサトがスクリーンを睨む。




JAは転倒している零号機の首にその長い両手をかけ、引き起こす。

すると自身の背後、バックパックの上あたりから五本の棒状の物がゆっくりと排出、展開された。

JAの胸部辺り、粗大ゴミで塞がれた胸の傷から青白い光が漏れ出す……。


「JA、制御棒開放!融合炉内部に高エネルギー反応!」

「ま、まさか!!」

マヤの報告する内容、その正体に勘のいいミサトはすぐに気がついた。




バリバリバリ!!!

JAはその両腕から電撃を放った。


「きゃあああ!!」

レイの悲鳴が響く。



「こいつッ!!」

すかさずアスカが背後から飛び蹴りを食らわす。

突然の攻撃に対応できなかったJAは、転倒しながら零号機をその手から離した。




「状況は!?」

「大丈夫です。パイロットの意識レベルが弱冠低下した他、外部装甲に一部ダメージがありますが、中枢部はダメージなし。いけます!」

「融合炉からのエネルギーを電力に換えたみたいだけど……所詮二番煎じね。第五使徒の放電エネルギーには到底及ばないわ」

リツコが冷静に分析する。




弐号機はプログナイフを手に取るとJAに斬りかかる。

しかしまたもや、JAは手の平にATフィールドを展開させそれを防ぐ。


「ちっ!」

アスカは舌打ちする。

もどかしい。イラつく……。


こうして組み合うとそれが良く分かる。

JAは大して強くない。

いくら第五使徒を模倣しているとしても、第五使徒が脅威だったのは、高速のムチと電撃のコンビネーション。

JAの電撃は、例え食らったとしてもダメージは大したことはない。覚悟して望めば動きを止めずに攻撃を続行できるだろう。

となるとJAの攻撃はこの高速で動く両手のムチのみになるのだが、そのムチ自体の攻撃も決して見切れないわけではない。

その理由はJA本体。JA自身の動きが良くないので、高速で動く両手の動きを生かしきれていない。気をつけていればそれほど脅威にはならないはずだ。

二重にATフィールドを展開できるとしても、素早く動いて撹乱しながら中距離から全力で攻撃し続ければ、例え自分一人でも殲滅できていただろう。


だが、相手はリアクターを搭載している。

下手に致命傷を与えるわけにはいかない。手加減して攻撃しても、こうして全てATフィールドで防がれてしまう。

全力を発揮できない、苛立ち……。




弐号機は組み合ったJAの胸を、足で蹴り飛ばす。


「ミサト!!」

「日向君!23番ゲート開放!!」


日向の操作でJAの足元のエレベーター射出口が開き、JAの体が沈み込む。

しかし、JAはその長い両手を咄嗟に開き、その場で踏ん張る。

体をシャフトの下に少し落とし、反動をつけると、両手をゴムのように使いその反動で再び起き上がる。


「チッ」

アスカが舌打ちする。


「ああ!惜しい!」

ミサトが右手拳を左手に打ちつける。



零号機がビルの瓦礫から起き上がり、再度JAに射撃を始める。

ひるんだ隙に、弐号機が接近戦で射出口に叩き落とそうとする。

しかしまたしても後一歩のところでJAは体をクネらせ、落とし穴には落ちない。


なかなか惜しい所まではいくのだが、決定打が足りない。



くっ……どうする……?何か手はないのか……?

ミサトは腕を組みながら、もどかしげにスクリーンを見つめた。




















レイへの非常召集があってからすぐ、特別非常事態宣言が発令された。

本来ならば一般人はとっくにシェルターに居なければならない時間。

シンジはトボトボとシェルターへの道を歩いていた。


レイが出て行った後、シンジは思い悩んでいた。

自分も行くべきだったんだろうか……。





……
…………




「碇君……非常召集だわ……」

「え……」

シンジが顔を上げる。


レイは携帯電話をポケットに入れて、鞄を持って立ち上がった。

「……使徒とは私が戦う……。あなたはシェルターに」

そう言うとレイは玄関に向かう。



「綾波さん!」

レイは背を向けたまま、ポツリと呟く。

「……さようなら……」






…………
……






「…………」

別れ際にさようなら。なんと悲しい言葉だろう。

ここ数日レイと暮らし、仲良くなった……かはわからない……。


しかし「さようなら」という言葉は、もう二度と会わない、そんなニュアンスを含んでいる。



会わない……もう二度と……?

死ぬつもりなのだろうか……。



『……私は死んでも構わないわ……』




シンジは頭を振る。

だめだ……!!

そんなこと考えちゃ……


どうして……綾波さんはあんなこと……



その時のシンジの脳裏に一瞬、加持の顔が浮かんだ。


「僕が……チルドレンにならないから……?」








ドォォォン!!!


その時、突然大きな衝撃がシンジを襲った。

「うわっ!」

シンジは思わずその場に尻餅をついてしまう。




な……なんだ……?

シンジは恐る恐る顔をあげる……。



そこには……JAに吹き飛ばされ、長い両手で首を締め上げられている青い機体。



あれは……エヴァ……?

青い機体……綾波さんが乗ってる……!?





次の瞬間、JAが電撃を零号機に放った!!


バリバリバリッ!!



「綾波さんッ!!!」


そのまま地面に倒れこむ零号機……。

零号機の外部装甲からプスプスと煙が上がり、辺り金属の焼ける匂いが立ちこめる。





死ぬ……?綾波さんが……?


『さようなら』


もう二度と会えない……?

そ、そんな……




シンジは後ずさる……。



加持の言葉が思い出される。

『使徒が来た時、シェルターの中で無事を祈るのか?』






こうして見てるだけなのか……?

シェルターに行って……震えて待ってるだけなのか……





シンジは目を瞑り、ぐっと拳を握り締める……。






僕は何をしているんだ……

……綾波さんが死んでしまうかもしれないのに!!





「くっ!!」


シンジは顔を上げた。

踵を返して走り出し出す。




僕が行ったって……なんにもならないのかもしれない……

足手まといになるかもしれない……


「でも……でもっ……!!」
























膠着状態……。


レイが援護。その隙をついてアスカが攻める。

しかしJAをシャフトに落とすまでには至らない。

再三の攻撃に、JAもこちらの作戦を理解し始めているのかもしれない。



撃つ、殴る、かわされる……。


戦場となっている第三新東京市の破壊はどんどん進んでいく。

アスカとレイに大したダメージはない。しかしJAもそれは同じ。

いつまでも同じことを繰り返すエヴァとJA。

この状態が、実に二時間以上も続いている。




こちらはパイロットが動かしている以上、スタミナと集中力には限界がある。

しかし相手はロボット、その上核融合炉を搭載。エネルギー切れにはまずならないだろう。

となれば、時間と共にこちらの消耗が激しくなっていくのは目に見えている。


「ミサト!何とかならないの!!?」

JAの腕をかわしながらアスカが叫んだ。



ミサトは親指の爪を噛む。

迂闊だった。

零号機が片腕とは言え、前回の戦闘資料を見る限りJAに苦戦するとは思っていなかった。

実際、致命傷は受けていない。しかしこちらには後一歩の押しが足りてないのだ。

使徒を落とし穴に落とす方法、結局それを決めぬままエヴァを射出してしまった。

相手のスペックが大したことがないと知れている以上、それは大した問題にはならないと踏んだからだ。

しかしJAは予想外の機能拡張。

シンジの記憶を元に生み出された、あの長い両腕。

あの腕が厄介で、何度かJAを穴に落とすことはできたのだが、長い腕をうまく使い、その反動ですぐ外に逃げられてしまう。

第伍使徒のように腕を切り落とすことも試みた。

しかしJAの腕の表面に発生するATフィールドでナイフが弾かれてしまう。


使徒戦においては、慎重になりすぎることはない。

相手は常識が通用しない神の使いなのだ。機能拡張、自己進化も不思議ではない。

それらを考慮せず、前回の戦闘記録のみで問題なしと判断してしまったミサト。


その結果、大して強くはない相手にも関わらず、『スタミナ切れ』という形で窮地に立たされているエヴァンゲリオン。



自分の作戦ミス。詰めが甘かった……。

どうすれば……


一度撤退し、JAを自由に泳がせてみるか?

相手の目的地はNERV本部なのだ。このまま放っておけば自分でシャフトに侵攻を始めるのではないか……?


そこまで考えたが、ミサトは頭を振る。


だめだ……。

それでは今の作戦ミスと同じ轍を踏みかねない。


相手はナノマシンなのだ。

物理的な侵攻をするとなぜ断言できるのか。

使徒に常識は通用しない……。それは身をもって体感したばかりではないか。


なにゆえJAに取り付いているのかはわからないが、寄生対象がJAのみとは限らない。

現に一度、相手はパイロットへの接触を謀っている。

こちらの通信回線やコンピューターを介してIT戦を挑んでくる可能性だってある。

その場合、なんらかの形でこちらのネットワークに侵入する、そのための時間が必要だろう。

本当にシャフトから攻撃してきてくれれば、こちらの思惑にハマってくれることになるが

そうでない場合、エヴァを撤退させることは、ネットワーク侵入のための時間を与えることになりかねない。


それにこちらの再三の攻撃で、目標はシャフトに落ちることは危険、と本能的に理解し始めている。

相手が寄生対象を物理的に巨大なJAを選んでくれているからこそ、エヴァは戦えているのだ。

シャフトに落とした所で、万が一シャフト自体に寄生されるようなことになれば、殲滅する方法は正直浮かばない。

またそれらを抜きにしても、わざわざ使徒の侵攻を優先させ、こちらが後手に回るようなリスキーな行為は避けておきたい。




どうする……?何か手はないのか?

どうする……




その時ケージから突然の通信が入った。

「ミサトさん!!」


その声にミサトはハッと我に返り、サブモニターに目をやる。

そこにいたのは、ケージで初号機の前に立つ、シンジの姿。

ミサトは我が目を疑う。


「シンちゃん……?なんで……」

彼はチルドレンにならないと言っていたはず。

シェルターに向かっていたのではなかったのか?


「僕も戦います!!エヴァに乗らせてください!!」

全力疾走してきたらしいシンジは、額に汗を滲ませながら胸元に手を当て、肩で大きく息をしている。


突然のシンジの登場に、発令所のメンバーも驚きの表情を浮かべている。

マコトが口を開く。

「し、しかしシンジ君、君は記憶が……」

「記憶が無くても、要はエヴァとの相性が良ければいいんでしょ?

 ……なら大丈夫です!僕はサードチルドレンになります!!」

「シンジ君……」



ミサトはモニターに映る、シンジの顔を見つめる。

「本当にいいの……?」

「……はい」

シンジは真剣な眼差しでミサトを見つめ返している……。



「死ぬかもしれないのよ……?」

「それでも……それでも!僕は戦います!

 シェルターに居たって何にもならないんだ……みんな死んじゃうかもしれないのに……。

 僕は……僕は今ここで戦わないと、きっと後悔します!

 
 人類存亡のために、なんてそんなこと、僕には言えないです……

 でも、綾波さんを、みんなを守りたいと思ってる、それは本当だと思うから。この気持ちは本当だと思うから!

 僕は戦うべきだと……、本当にそう思えるから、だから!!」


「シンジ君……あなた……」


シンジの顔には決意めいたものが見える。

数日前、ミサトから目を逸らしていたシンジの姿はそこにはない。

ミサトはシンジの顔を見ると一度目を瞑り……そして開いた。

「……わかったわ、シンジ君」


ミサトはマコトを振り返る。

「いいわね!エヴァ初号機、発進準備!」




















「ぐあっ!!」

JAの腕が弐号機の体を捉えた。ビルの中へと吹っ飛ばされる。


「ちくしょう!」

アスカは素早くその場て横転し、立ち上がる。

アスカはギリッと奥歯を鳴らした。



集中力が切れ始めている……。

日本に来てからトレーニングサボってたのがモロに響いてるわ……。



チラリとサブモニターに写るレイを見る。

レイは肩で息をしている。

普段はポーカーフェイスで表情を見せないレイ。だが今は、眉を寄せて明らかに辛そうな表情をしている。


この女もそう長くは持たない……か。






シュパンッ!!


JAの右腕が零号機の足元を狙って振るわれた。

零号機はそれをジャンプでかわす……が、それを狙っていたかのように、JAの左腕が零号機を襲う。


ハッとした表情でレイは顔を上げる。

そこにJAの左腕が零号機の首を捕らえた。


JAは制御棒を開放する、と同時に高圧電流を放った!


バリバリバリッ!!

「きゃああああ」

プラグの照明が明滅する。




すかさずアスカがカットに入ろうとするが、JAが空いてる右腕でそれを阻止する。

思った以上に体力を奪われているらしく、弐号機の動きにキレがない。

「くっ!!」

アスカは辛うじてJAの腕を回避する。







その時 

ズガガガガッ!


突然JAがくの字になって、吹っ飛ばされた。



「な、なに?」

アスカが顔を上げた。

するとそこにはパレットライフルを発射する、初号機の姿。




「シンジ!?」

「碇君!?」

プラグのサブモニターが開かれる。

「遅くなってごめん!足手まといになるかもしれないけど……僕も戦うよ!!」


そこには険しい顔で初号機のインテリアシートに座る、制服姿のシンジ。

額に脂汗を浮かばせながらも、まっすぐ前を見据え操縦桿を握り締めるその姿は、溢れ出す恐怖を必死で押さえ込んでいるようにも見える。



レイは目を見開く。

……碇君……なぜ……


彼はチルドレンになることを拒否したはず。

私が戦うと言ってきた………なのになぜ……?




レイとアスカが呆気に取られている隙に、JAは素早く体勢を立て直す。

近くにいた零号機を右手で掴むと、自分の体に引き寄せそのまま羽交い絞めにした。

3対1になり形勢が不利になったと感じたのか、零号機を盾にするつもりのようだ。

「あ……く……」

レイは喉元を手で押さえながら、苦しそうな表情を浮かべる。



「こ、こいつ……!!」

「綾波さん!!」

アスカとシンジがJAを睨みつける。



レイがサブモニター越しに、苦痛に表情を歪めながら口を開いた。

「ぅ……碇君……撃って……」


「え……?」

シンジの目が見開かれる。

何を言っているんだ?シンジは困惑の表情を浮かる。


「今なら目標も身動きが取れない……。私ごと撃ちぬいて……その隙にシャフトに落とせば……」


「そ、そんな……!!」


シンジの脳裏にレイの言葉が浮かんだ。

『……私は死んでも構わないわ……』


シンジは頭を振る。

「嫌だ!そんなの……できないよ!!」


シンジは驚きと困惑を露にする。

そんなこと、できるはずがない。

そうさせぬために、自分はここに来たのだから。









一瞬の思考の迷い、困惑。

そこに隙が生じる。

JAは零号機を軽々と持ち上げると、そのまま弐号機に投げつけた。

「しまった!」



「「きゃああ!!」

もみ合うように地面を転がる零号機と弐号機。



「パイロット意識レベル低下!」

「零号機、シンクロ率も下がってきてます!」

「一部神経系統にダメージが……」

発令所の報告がプラグの中にいるシンジにも聞こえてくる。


…………

……


「ぅ……あ…………」

零号機の中のレイが苦しそうな声を出す。


そんなレイの姿に、シンジは目を見開き、体を震わせる……


自分が撃つべきだったのか……?

いや、しかしそんなことをしたら……


自分が助けようとしている少女は、苦痛に顔を歪めている。

記憶が無くなったシンジにとっては、初めての使徒との戦い。

自分は彼女達を救えないのか?

どうすれば……


シンジは判断に迷う。









発令所のミサトはスクリーンを睨む。

スタミナのないレイはだいぶ参っている。アスカもそう長くは持たないだろう……。

シンジは記憶がなく、本調子ではない。


………ならば……仕方が無い。

ミサトは決断を下す。

マイクのボタンを押すと口を開いた。

「シンジ君、レイ、アスカ!退却して。一度戻って体勢を立て直します!」



「退却ですって!?」

ミサトの言葉にアスカが抗議の声を上げる。

「嫌よ!まだ!!まだいけるわ!」

「命令よアスカ!」

「でも!!」





その時、アスカの顔に何かの影が被さった。

アスカはハッとなって顔上げる。

するとそこには両腕を振り上げるJAの姿。

抱き合うように倒れてこんでいる弐号機と零号機に、止めを刺さんとしている。


しまった!!

気づいた時にはもう遅い。

アスカは思わず目を閉じてしまった……。













…………しかし一向に痛みは襲ってこない。

恐る恐る顔を上げると、そこには……


「シンジ!?」



鉄筋製のビルでさえ、いとも簡単に切断するJAの両腕。

その両腕を、弐号機と零号機を守るように、両手で受け止めている初号機の姿。


「な……!」

アスカは目を見開く。


模倣品とは言えJAの両腕は高振動粒子で覆われている。

そんなことをすれば、初号機の手はボロボロになってしまうだろう。



「初号機、接触面融解!素体が剥き出しになっています!!」

「パイロットへ接触攻撃の可能性が!」

「シンジ君!!まずいわ!!一度下がって!!」




「ぐあ……ああ…………」

フィードバックを介して、シンジの両手に焼けるような痛みが走る。


ダメだ……ここで下がったら……アスカも綾波さんも、みんな死んでしまう。

嫌だ……そんなの嫌だッ!!


シンジは両手を離さない。

渾身の力を込めて両手の操縦桿を前方に倒しこむ。

「うおああああああああああ!!」


初号機がJAを押し返し始める。





「シンジ!!!」

アスカが叫ぶ。


アスカは瞬時に頭を回転させる。

このままではシンジがまたあの接触攻撃を受けてしまう。

しかしシンジが止めてなければ、零号機も弐号機も退却できないだろう……。

どうする?このまま退却するか?それとも……


アスカは迷いを断ち切るように頭を振った。

いや、どちらにせよあの両腕を止めなければ活路は開かれない。

ならば……!!



「シンジ!!そのままその手を離すんじゃないわよ!」

アスカの予想外の言葉に、発令所のミサトは目を見開く。

「な、何言ってんのアスカ!このままじゃシンジ君が……」


アスカはミサトの言葉には構わず、目を閉じて神経を集中させる。

ナイフはATフィールドで防ぐんでしょ……なら……

弐号機が右腕を頭上に構えた。

「これはどうだああああ!!!」


振り下ろされる弐号機の手刀。そこには纏わりつくように展開されているATフィールド。

オレンジ色の光の衝角がJAを襲う。



ズシャーーーー!!!



一瞬、JAの表面がATフィールドの光を放ったが、それすら簡単に切り裂く、ATフィールドのカッター。

JAの右腕を切り裂き、以前初号機が空けた胸の傷を大きくえぐった。


腕の切れ目から火花が飛び散っている。

ATフィールドのカッターはJAの胸を深く切り裂き、融合炉近くまで到達したようだ。

胸の傷あたりから青白い光が溢れ出している。



シンジはそれを見逃さなかった。

「うおおおおお!!」

初号機が右手を大きく振りかぶり、右拳を胸の傷に叩き込む!

右拳を深々と内部にネジこみ、その勢いのまま地面に殴り倒す。

地面に叩きつけられたJAが、ビクリと体を震わせた。



「ミサトさん!!!」

シンジが叫んだ。

「11番開けて!!」

日向が手元のパネルを素早く叩く、するとJAの体の下、11と大きく書かれたシャッターが開かれた。

初号機はJAの胸元に拳を突っ込んだままシャフトの中に落っこちる。



「ファースト!!」

それを見たアスカが叫ぶ。

レイもアスカの意図を瞬時に汲み取った。

弐号機、零号機もシャフトの中に転がり落ちる。



「隔壁閉鎖!密閉して!」

すぐさまシャフトの入り口が閉ざされる。



シャフト内部を高速で落下する、JAと三機のエヴァ。

それらを追うようにして隔壁シャッターが次々と閉鎖されていく。

JAの胸部から、眩しいほどの青白い光が溢れ出す……。

それと同時に、素体剥き出しになっている初号機の右拳を包むように、オレンジ色の使徒が発光しだした。



「使徒が再度シンジ君にアクセスを試みています!!」

「JA内部融合炉に亀裂確認!」

「内部物質漏洩!融合炉崩壊します!」

日向とマヤが次々と報告する。

「シンジ君!!」



零号機は素早くJAに向かって両手をかざした。

「弐号機フィールド全開」

「わかってるわよ!!」

弐号機も同じように両手をかざす。

初号機とJAを包むように、零号機と弐号機のATフィールドが球状に展開される。





「JA内部、リアクター圧力上昇!」

「臨界突破!だめです!爆発します!」


JAの体から強烈な光が溢れ出す。



ドォォォォォォォン!!!!





ATフィールドに包まれたJAが、初号機を巻き込みながら大爆発を起こした。

「くっ……」

「このぉ……っ!」

アスカとレイはATフィールドに神経を集中させ、爆圧を押さえ込む。





フィールドに包まれた初号機はJAの爆発に巻き込まれる。

ホワイトアウトする視界……そのさなか……



『ならば帰れ!』

『死ぬわよ!』

『トウジでええで』

『ここはあなたの家なのよ』

『できる時にできることをやればいい』

『あなたはここに居ていい。望めばここが居場所になるのよ。碇君』



右拳から次々と伝わってくる記憶のビジョン……。

渦を巻く、光と記憶の洪水の波の中、シンジの意識は途切れた……。




















髪を撫でられる甘美な感覚の中、シンジは目を覚ました。


「う……綾波……さん?」

ゆっくりと目を開けると見慣れた天井。誰かがこちらを覗き込んでいる。

だんだんと明確になる、視界の焦点……。

黒髪に黒い瞳。


「ミサトさん……」

そこにはシンジの髪を撫でながら、優しい微笑みを浮かべるミサト。

「レイじゃなくて、ごめんなさいね」

ミサトはクスリと笑う。


シンジは少し朦朧とした意識の中、ミサトの顔を見つめる………が、ハッと我に返り、声を上げた。

「ミサトさん!使徒は!?」

起き上がらんばかりのシンジ。

ミサトは手で制してベッドに寝かせる。


「大丈夫。使徒は殲滅したわ。あなた達のおかげでね」

「そう……なんですか……」

「覚えてない……?」


シンジはミサトから少し視線をはずし、記憶を手繰り寄せてみる。

頭がまだ完全な覚醒に至ってないせいか、少しおぼろげだが、JAごと爆発に巻き込まれた気がする。

「そういえば……JAと一緒に爆発して……」

「ええ、そうよ。多少命令無視もあったけどね。………まあ、記憶が無かったわけだし……。

 幸い碇司令もいないから……、この際お咎めはなし。ゆっくり休んで」

シンジは少し安心したように体の力を抜く。


ミサトはゆっくりとシンジの前髪を撫で始める。

「ごめんね……シンちゃん」

ミサトは少し視線を落とし、目を細めた。

「え、何がですか?」

「あんなこと言っちゃって……。エヴァを操縦できれば十分だとか……。シンジ君傷ついたでしょう」

「ああ……」

髪を撫でられる心地よさに、シンジも少し目を細める。

「いいんですよ。あの状況なら仕方ないですし……」

ミサトは髪を撫でる手を一旦止め、シンジの頬に当てた。

「わたしは仕事と割り切って自分の部下と同居できるような、器用な人間じゃないわ。あなたと、本当に家族になりたいって思ってるから……だから……」

「いいんです。ミサトさん……わかってますから……」



「でも……それでもわたし、無神経だったわ……。使徒のこととなると手一杯になっちゃって……。ごめんなさい」

ミサトは頭を下げた。

「そんな……やめてくださいよ」

シンジはベッドからミサトの両肩に手をかけ、頭を上げさせる。

「フフ。シンちゃんやっさしいわねー」

ミサトはゆっくりとシンジの首元に抱きつき、首筋に顔を埋めた。


「じゃあ今月の僕の当番代わってくれたらそれでチャラにします。あ、食事はいいです。あのカレーはあんまり食べたくないんで」

「あ〜!ひっどーーー!!人が精一杯愛情込めて作ったってのにー!」

ミサトはガバッと起き上がり抗議の声を上げる、しかしそう言いながらも顔は笑顔だ。

シンジも声を上げて笑う。二人の屈託の無い笑い声が病室に響く……。



その時ミサトはハッと気がつく。

「ってシンちゃん記憶!!」

「え、ああ……。なんかあの爆発の時、もう一度使徒が接触してきたみたいで、その時に戻ったみたいです」

「ええ〜〜!!」

ミサトは目を大きく見開いて驚く。

そんなことがあるのだろうか。

元々使徒が記憶を吸い取ること自体、常識はずれな現象だ。ならば逆に戻ってきても不思議はない……ということだろうか。


「一応念のためにリツコに検査してもらったほうがいいかもしれないわね」

「たぶん大丈夫だと思いますよ。記憶も意識もはっきりしてますし」

「そう?」

「はい」

ミサトは安心したように少し表情を和らげた。

シンジもつられて表情を和らげる。



見詰め合うシンジとミサト。

穏やかな空気が二人を包む……。








が、急にミサトはニヤけ顔になり、シンジの顔を覗きこむ。

「それでシンちゃん、どうだった?」

「何がです?」

「レイとの同棲生活は」

ゲッという顔でシンジが顔を上げる。


「あ、いや、あの時は記憶が無くってなし崩し的に……」

「目が覚めて開口一番が『綾波さん?』だもんね〜!……まさか、寝る時いつも髪撫でられてたとか!?」

「え、いや、ちがっ……」

シンジは顔を真っ赤にしてオロオロする。

「まいったわ〜。碇司令に知れたらわたしの責任問題になってしまう〜〜」

ミサトは大げさに両手で頭を抱える。

「ちょ、ちょっと、父さんは関係ないじゃないですか!」


「そうそう!!シンちゃんかっこ良かったわよ〜!ケージの時!」

「ケージ?」

ミサトはベッドから降りて一歩さがる。

そして真剣な顔つきでシンジを睨みながら、右手を胸元に当てた。

「綾波さんを、みんなを守りたいと思ってる、それは本当だと思うから!!」

ミサトはわざわざシンジの声色を真似て言ってみせる。


「そんなこと言ってませんよ!」

顔を真っ赤にして恥ずかしそうな声を上げるシンジ。

しかしそういった反応を楽しむのがミサトの目的。すっかり術中にハマってしまっている。


「あら〜!随分都合のいい記憶喪失ね! レイ、かわいそ〜……。

 あ、やっぱりシンちゃんはアスカのほうがいいわけ?そりゃそうかあ、同棲歴はアスカのほうが長いわけだし」

「そ、そうじゃなくて!」

「じゃあ、何?やっぱレイのほう?どっち?ねえ、どっちよ〜?」

ミサトは胸の前に両手を組んで上目遣いでシンジを覗き込む。

その顔は楽しくてたまらないと言ったような、よこしまな笑顔。

シンジはプルプルと体を震わす。


「いい加減にしてください!!」

真っ赤な顔で怒鳴る。

そんなシンジを見て、ミサトはお腹を抱え、膝を叩きながら大笑いする。


「あははは、やっぱシンちゃんってからかい甲斐あるわ〜!」

「もう……やめてくださいよ、まったく……」










「でもまあ良かったわ。使徒も倒したし、シンジ君の記憶も戻ったし」

一通り笑い尽くしたミサトが、穏やかな顔で言う。

「そうですね」

「……帰ってきてくれる?わたし達の家に」

「……はい」

シンジは微笑みながら答えたのだった……。



















「……でも、どうしてもって言うならレイの家でもいいわよん♪」

シンジは枕を投げつけた。








+続く+






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