■ HOPE  第拾四話 「記憶のカタチ」




「え〜〜!?記憶喪失?!」

アスカが声を上げて立ち上がった。


NERV作戦会議室。

そこにリツコ、ミサトとチルドレン三人が集まっていた。


「そう断言できるわけじゃないわ」

リツコが口を開いた。

「記憶をなくしているという点では、記憶喪失とよく似た症状が現れているというだけよ。

 その原因が使徒との接触にあることは言うまでも無いわ。

 なぜ使徒がそのようなことをしたのかはわからない。

 そもそもあれが記憶喪失を狙っての接触または攻撃だったのかさえ定かではないわ」


「………」

アスカは神妙な顔つきでシンジを見る。

シンジも不安そうな顔つきでアスカを見返す。


「……なおらないの?」


リツコは少し息を吐く。

「なんとも言えないわ。

 通常こういった突発的な記憶喪失ならば、時間が経てば何かのショックで少しずつ思い出すケースが多い。

 でもシンジ君の場合、その原因が使徒との接触……。

 使徒が未知の存在ならば、シンジ君の記憶喪失も同様にその原理は謎のまま……。

 脳を含め、シンジ君の体に異常がないことは確認済みよ。

 記憶喪失の原理がわからない以上、その治療法もわからないわ……」



「しかも……、問題はそれだけじゃないわ……」

ミサトが口を開いた。

「使徒はあのあと姿をくらましている。

 今全力でその行方を追っているけど、例のジャミングのおかげで、はかどってないわ……。

 光学映像で周囲200kmにはいないことは確認されている。

 それに日本のどこからも被害報告が入っていないことを考えると

 第三新東京市から200km以上離れた場所で身を潜めている……ということになるわね」



アスカは椅子に座る。

「ねえシンジ。ほんとに何にも覚えてないの?」

「シンジ……って僕だよね?

 うん………、覚えてない……」


「…………」

「…………」


「何にも?碇シンジって自分の名前も覚えてないの?」

アスカは体ごとシンジのほうを向いた。


「その名前もみなさんが言ってくれなかったらわからなかったよ。

 今でも自分の名前だってピンとこない……。

 なんでここにいるかも……」




「じゃあ、一番最後に覚えてることは何?」

「最後?」

「そう。最後」



「えっと…………」

シンジは軽く上を仰ぐ。

「白い部屋で起きて……その子が……」

シンジはアスカの隣にいるレイを指差す。


「じゃなくって!その前の記憶よ!」


「その前……?」

シンジが考え込む。


「…………」

「…………」



「くっ……」

シンジは片手を額に当てる。



「おやめなさい……」

リツコが口を挟んだ。


「無理に思い出そうとしてもシンジ君の負担になるだけだわ。

 先に行ったカウンセリングの結果では……ほんとに綺麗さっぱり全てを忘れてしまってるわ。碇司令のことも」


「しれい……?って誰です……?」


「…………」

シンジの言葉にアスカは口をつぐむ。



「仕方ないわね」

ミサトが立ち上がった。

「原因不明。治療法不明の記憶喪失。

 なら私達にできることは少ないわ。

 でも逆に通常の記憶喪失のように元に戻る可能性だってないわけじゃない。

 いつも通りの生活を送ってみて、それで様子をみましょう」


「いつも通りの……」

シンジは不安そうな顔だ。


「でも、その前に……。やらなければいけないことがあるわ」


























「あの……これ一体なんなんです?」

シンジはプラグスーツを着て初号機に乗っている。


ミサトはマイクのスイッチを押して話しかける。

「それは、エヴァよ」

「エヴァ……?」


「そう。あなたは記憶を失う前、それに乗って使徒と呼ばれる謎の生物と戦っていた。

 そしてその戦闘は今も続いているの。

 ……記憶を失っているのに悪いけど、私達は貴重なパイロットを遊ばせておく時間はないの。

 だからあなたがエヴァの操縦について、どの程度覚えているのか。そのテストをします」


「テスト……?パイロット……」

「……さっそく始めるわよ」









シンジの目の前にMAGIが作り出した仮想の第三新東京市が現れる。

初号機の手にはパレットライフルが握られている。


目の前に第参使徒サキエルが現れた。

使徒が光のパイルを打ち出す。

「う、うわ!」

大きなサイドステップでそれでをよける。

使徒が続けざまにビームを放つ。


「く、くそっ!」

シンジはレバーを握りなおす。

プラグのインテリアに「induction」の文字が点等。

右手のトリガーを握りこむ!

ズガガガッ!!


見事に使徒に命中。爆炎を上げて使徒が倒れる。


『使徒殲滅 次のオペレーションに入ります』



今度は第伍使徒が現れる。

両手のムチが初号機を襲う。

初号機は軽やかなステップでそれを避けつつライフルで攻撃を加える……。




ミサトは腕を組みながら食い入るようにモニターを見つめている。

「……どう?リツコ」

「なかなかいい動きだわ。

 兵装ビルや電源の位置はすっかり忘れてるみたいだけど……。

 シンクロ率や射撃命中率。エヴァの動き自体は記憶喪失前とほとんど変わってないようね」

ミサトは右手を口元に持っていくとそっと呟いた。

「使えそうね……」

マイクのスイッチを入れる。

「お疲れ様、シンジ君。あがっていいわよー」





シャワーを浴びて着替えを終えたシンジにミサトが缶ジュースを渡す。

「お疲れ様。シンジ君」

「あ、はい。お疲れ様です。えっと……」

「ミサトよ」

「ミサトさん」

シンジがはにかんだような笑顔を浮かべる。


「でも良かったわ。

 ちゃんとエヴァの操縦覚えてたみたいじゃない。

 記憶は無くなっても体はちゃんと覚えてたみたいね〜。

 これで使徒がきてもある程度対処できるわ」


「そ、そんな!僕はどうしてここにいるのかもわからないのに……」



ミサトは少し溜息をついて両手を腰にあてる。

「なーんか……、最初にシンジ君がここに来た時に逆戻りね」

「最初?」

シンジが怪訝そうな顔をする。

「あ、ううん。なんでもないの」

ミサトは笑顔で手を振る。

「とにかく、記憶はなくなったとしても。

 あなたはエヴァとシンクロして操縦できる。それで十分よ」

「そんな……」

「知りたいのはなぜここに来たのかだったわね。順番に説明するわ。ついてきて」


………………
…………




























シンジは部屋の電気を消すと布団に潜り込んだ。


あの後ミサトには使徒戦の映像といくつかの資料を見せられた。


自分の父だという男からの手紙。

ATフィールドを展開する零号機。

太平洋上で軽々と使徒を倒す弐号機。

電撃を放つ使徒。

ロボットと組み合う初号機……。



父ゲンドウがパイロットの適正がある自分をここに呼んだことが全ての始まりらしい。

その後パイロットとして就役。NERVに所属しているとのことだった。


映像の中では確かに自分の姿も写っていた。

街には破壊の跡があり、確かに使徒という怪物も襲ってきたのだろう……。


なんだか全てが悪い夢のようだ。

自分が人類を救うロボットのパイロットだったなんて……。


全てがピンとこない。

ただ記憶があるか無いかというだけ違いで、とても自分がパイロットを承諾するとは信じられない。





今夜の夕飯はアスカの料理だった。

彼女はドイツ出身らしい。母国のスープをご馳走してくれた。

家でのミサトは昼とは違い、気さくで大酒のみ。

二人とも悪い人間では無さそうだ。




シンジは自分の部屋を見渡す。

暗闇に目が慣れてきていたので、部屋の様子はぼんやりとわかる。

知らない中学校の教科書。

最近の音楽CD。

壁の立てかけられたケースに入ったチェロ。


いくつかの物には使いこまれた後があった。




「…………」

シンジは掛け布団を肩まで上げる。



同い年の美少女は自分ことを「シンジ」とか「バカシンジ」とか呼ぶ。

自分の上司の女性は「シンジ君」とか「シンちゃん」と呼ぶ。



……こうして一人になると良く分かるのだ。

自分は確かにここにいる。

このベッドの上にいるのが自分だ。






(でも……ここにいる僕は碇シンジじゃないんだ……)

























翌日学校に着くとシンジはゲタ箱で上履きに履き替えている。

そこにトウジとケンスケがやってきた。


「お、センセ!おはようさん!」

「よっ!碇」


「…………」


シンジは神妙な顔つきで二人を見る。

「ん?なんやセンセ。様子変やで?」




「無駄よ」

その時アスカが三人のほうにやってきた。


「その子ね、この前の………、ほら、あんたらがシェルターいる間。

 色々あってね……。記憶がなくなっちゃったの」


「い!?うそだろ!?」

ケンスケがシンジを見る。

シンジは困った顔をしている。


「じゃ、じゃあ記憶喪失ってこと!?」

「なんか……そうみたい」

シンジが答える。


ケンスケとトウジは互いに顔を見合わせる。

…………。








「「カ、カッコイイーーー!!」」





「は、はぁ?」

アスカが呆れた声を出す。




「絶対かっこいいぜ!記憶喪失なんてさ!」

「おいシンジ! 1+1はナンボや?」

「太陽はどっちから昇る?」



「いや……記憶喪失ったって、そういうのは覚えてるよ。

 1+1は2だし、太陽は東からだよ」


「へぇ〜〜……そういうもんなのか」

ケンスケは不謹慎にもちょっと残念そうだ。


「ま、ええわい。

 ワシらがシェルターにいた時ってことは使徒のことでなんやあったんやろ?

 みなまで言わんでええ!ワシら親友やさかい、学校にいる間は力になるで!!」

「ああ、そうだな。碇には借りがあるからな」

ケンスケとトウジはシンジに微笑む。


「あ、ありがとう。えっと……」

「俺は相田ケンスケ。ケンスケでいいぜ」

「ワイは鈴原トウジや!」


「ありがとう。トウジ、ケンスケ」

「おう!」


三人はガッチリ握手を交わす。

シンジははにかんだ笑顔を二人に向けている。




アスカはそんな三人をジト目で見ると、とっとと一人で教室にいってしまった。











教室につくとシンジが記憶喪失だということは、あっという間にクラス中に知れ渡ってしまった。

シンジの席の周りはたくさんの人だかり。

その時はヒカリがなんとかその場を押さえたが、授業に入ってもひっきりなしにシンジに質問のメールが殺到していた。

こんなにクラス中の興味を独占する出来事はアスカの転入以来である。

もともとシンジは人に注目されるのは苦手だ。

さらに記憶喪失で気分としては今日転校してきたのとさほど大差がない。

シンジはいたたまれなくなり、午後の授業は屋上でサボってしまっていた。







シンジは屋上で寝っころがり、ぼんやりと雲をみつめている。

「…………」

もうどれぐらいこうしているだろう。

色んなことが頭をよぎるが、どれもこれもわからないことだらけ。

記憶がないというのがこんなに苦痛だとは……。

自分ことも周りのことも、全て人に教えられることばかり。

人に何かを問われても、それに答えられぬ自分。

思い出せない記憶。

自分は何者なのかわからぬ苛立ち……。


シンジを取り巻く、平凡な中学生とはややかけ離れた特殊な環境は、シンジに多くの要求を突きつける。

言われるがまま流され、その要求に応えているうちに、だんだんと現実感が薄れていく。

映画か何かを見ているように、一歩引いて自分を見ている自分……。

これが碇シンジなのだろうか。

自分はこれでいいのだろうか。


「なんで僕ここにいるんだろ……」


その時シンジに声がかけられた。

「碇君……」






シンジが顔を向けるとそこには最初に出会った青い髪の女の子。

「あ……授業終わっちゃった?」

「………これから碇君と私はNERVでシンクロテスト。案内するように言われてるわ」

「そっか……」

シンジは立ち上がるとお尻を叩いて埃を落とす。

「いこっか」







シンジとレイは並んでNERVへの道を歩く。

「アスカは?」

「……弐号機パイロットは休暇」

「そうなんだ」


レイは真っ直ぐ前を見て歩く。

隣でシンジは少し俯き加減で足元を見ながら歩いている。

シンジが口を開いた。


「なんだかおかしな気分だよ。

 みんな僕のことを知ってるんだ。僕はみんなのこと知らないのに」


レイは横目でシンジを見る。

「そうやって考え込むの、良くないわ……」

「…………そうだね。えっと……」

「レイ。綾波レイ……」

「ごめん……そんなことも思い出せないなんて……」

「…………」




シンジは顔を上げてレイを見た。

「綾波さんは、あれのパイロットなんだよね?」

「……そうよ」

レイは変わらず真っ直ぐ前を見て歩いている。


「アスカもだよね?」

「……そう」

「僕も……?」


レイはチラッとシンジを見た。

「……資料、見たんでしょ……?」

「うん……」

シンジは俯く。







「ごめん……」




シンジは突然歩みを止めた。

レイもその場で立ち止まる。


「僕、やっぱり行かない」

「……なぜ?」

「……行きたくないんだ……」

「…………」


レイはしばらくシンジを見つめていたが、口を開く。

「……サードチルドレンは適当な理由がない限り、実験に協力する義務がある……」

「知ってる……」

「……………」

「ごめん……」

シンジは駆け出して行ってしまった。

残されたレイはシンジの後姿を見つめていた。











その翌日。

葛城邸の朝の食卓に、シンジの姿は無かった。



























「シンジ君が家出!?」

リツコが声を上げた。

ミサトはリツコと加持の三人で、NERVの休憩室でコーヒーを飲んでいる。

「ええ……。朝起きてこないからおかしいと思って、部屋を覗いてみたら手紙が置いてあって……」

「葛城は何か思い当たる節はあるのか?」

加持がミサトに尋ねる。

「…………」

ミサトは昨日のことを思い出す。






……

…………



昨日、シンジはレイと別れた後、ケンスケ、トウジと共にゲームセンターに行っていた。

シンジからしてみれば二人は今日会ったも同然であったが、トウジとケンスケはあまり余計なことを尋ねず

このゲームは中々奥が深いだとか、この雑誌のグラビアアイドルの子はかわいいだとか

他愛のないことを話していた。

どこにでもある中学生の風景。


ケンスケ、トウジとしてもシンジに聞きたいことはあったのだろう。

しかし敢えてそんなことはせず、ただ友達としてシンジの隣にいて同じ時間を共有してくれた。

そんなケンスケとトウジのやさしさがシンジには嬉しかった。

一緒にいて一緒に遊ぶ。当たり前の友達という関係。

二人といることが楽しかった。


きっとこの二人は記憶を失う前の自分とも、こうして同じように気兼ねなく話して遊ぶ、そういう友達だったのだろう。

記憶がなくてもこの二人とは友達としてやっていけそうだ。

シンジはそう思った。


しかし実験開始時間になっても現れないシンジに、ミサトが捜索開始を指示。

シンジを監視保護していた保安部員に、その場で捕まったのだった。










その後シンジは本部にあるミサトの部屋に呼ばれていた。

椅子に座って俯いているシンジ。

それを腕組みして険しい顔で見下ろすミサト。


「シンジ君、昨日も言ったけどあなたはエヴァのパイロット。

 しかもこの世でたった三人しか確認されていない貴重なね。

 あなたには実験に参加する義務があるの。わかる?」

「はい……」


「……確かに記憶を失って実験に参加するのも大変だとは思うわ。

 だからって使徒の脅威に晒されている以上、サボっていいという言い訳にはならないの」

「…………」


「なぜ実験に参加しなかったの……?」

「…………」

シンジは答えない。



「……そうやってだんまり決め込む気?私とは話もしたくない?」

「……ミサトさんは……なんで僕に構うんですか?」


「なぜって、そんなの当然じゃない。

 シンジ君は私の家族なんだから。心配もするわよ。

 今回のことだってサボるにしても、わたしに相談ぐらい……」



「嘘だ!!」

シンジが突然叫んだ。


「ミサトさんが必要なのはサードチルドレンなんでしょ!

 ミサトさん言ってたじゃないですか!エヴァが動けば僕は十分だって!

 僕はサードチルドレンなんて名前じゃない!!

 僕はミサトさんの家族なんかじゃない!!

 エヴァにも乗りたくない!!」


それは記憶を失って以来、周りから押し付けられる碇シンジの虚像。

それに耐えられなくなったシンジの感情の爆発だった。




…………

……






ミサトはコーヒーカップを見つめる……。


リツコは軽く溜息をついて口を開く。

「司令がいなくて良かったわね……。

 今度こそクビになってたわ。それでどうするのミサト?」

ミサトが顔を上げてリツコを見る。

「自分で探す?シンジ君の行きそうな所どこか知ってる?」


ミサトはリツコをしばし見つめるが、やがてクビを小さく横に振る。

「わたし……。

 彼の行きそうな所なんて………何も思い浮かばない……。

 何も知らなかったのは……わたしのほうだったんだわ……」


「…………なら仕方ないわ。諜報部に頼るしかないわね……」



加持は俯くミサトの横顔を、少し眉を寄せて見つめる。

(……こりゃ結構重症だな)






























シンジは公園のベンチで横になっていた。

陽が落ちて辺りはすっかり暗くなっている。

奇しくも以前ミサトがシンジを連れてきた、第三新東京市が見下ろせる高台にある公園だ。


ボストンバックに必要最低限のものを詰め、置き手紙を置いて家を飛び出したシンジ。

行く当ても無くフラフラと街を彷徨い、映画館で時間をつぶし、気がつけばここに来ていた。


バックをベンチに置き、それを枕代わりにして夜空を見上げている。

雲ひとつ無い綺麗な夜空だ。


眼下には第三新東京市の夜景。

家々に光が灯っている。人々の生活の証。

そこに住む人々はどのような人生を送っているのだろうか。

昼間街を歩いていると、子供づれの家族や幸せそうに腕を組むカップルなどともすれ違った。

みな幸せそうな笑顔をしていた。

使徒という怪物が襲ってくるこの街でも、人々は自分の生活を持ち、家庭を持って暮らしている。

己の生活を作り、家庭を作る。

人の文化が生み出した、人のための街。

そうしたたくさんの人々の暮らしがこの夜景を形成しているのだ。

眼下の夜景は光で埋め尽くされているが、そこにシンジがいるべき場所の光はない……。

「孤独だ……」







ぼうっと夜空を見上げていたシンジの顔に、不意に何かの影が被った。

不思議に思いシンジは顔を横に向ける。



「……綾波さん?」

そこには第壱中の制服をきたレイ。右手に学生カバンを持っている。

レイは数歩離れた所でシンジを見ていた。





「……何をしているの?」

「…………別に」

シンジは右腕を額に当てる。


「……みんな探しているわ……」

「僕は……帰りたくない……」






しばし沈黙が流れる。







シンジが口を開く。

「自分の記憶がないって…………自分が誰だかわからないってことだったんだな……」

「………………」



「みんな僕のことを知っているんだ……。僕はみんなのことを知らないのに…………。この話、昨日もしたっけ……」


「…………」




「でも、一番知らないのは自分のことなんだ……」


(変だな……どうして僕、こんなこと綾波さんに話してるんだろ……)







「自分のカタチがわからないの……?」





「……自分の中の自分が居なくなってしまったのね……。

 ……だからあなたは自分のカタチがわからないのね……」


シンジはチラリとレイを見る。










「みんな、僕のこと碇シンジって言う。でも……それは僕じゃないんだ……」

「いいえ、それはあなたよ……。他人の中にいるあなたのカタチ。あなたには見えない、あなたのカタチ……」

「綾波さんは……それが見えるの?」

「……いいえ」

「……なら……どうしてそんなこと……」

「……あなたのカタチはあなたが決めるものだから……」

「…………」









レイが口を開く。

「……これからどうするの?」




シンジは体を起こし眼下の夜景を見下ろす。

「この街には……僕の居場所なんてどこにもないんだ……」

レイはシンジを見つめている。

「ミサトさんの所には帰りたくない……」

「……ずっとここにいるわけにはいかないわ……」







「……働くさ……」


「……嘘。……自分でもできないってわかってる」

「…………」






「……………行く所が無いのね」

シンジは黙り込む。




「なら…………」













「………………私の部屋に来る?」










 





+続く+





***
後書き

やや強引ながらも記憶喪失という設定はセガサターン版エヴァンゲリオンから拝借しました。



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