■ HOPE  第拾壱話 「交錯する思い」







深い闇が支配する空間。

まるで永遠にこの暗闇が続いているような、そんな錯覚させ覚えさせられる。

その闇に目が慣れると重厚な黒い長机があることがわかる。

しばらくするとその机の席には六つ光が灯った。

それぞれの光の中から人影が現れる。

その顔立ちから、みな国籍が違うのがわかる。

机の端には白い手袋をはめて口の前で手を組むゲンドウの姿もあった。


その中の一人の男が口を開く。

「碇……なぜここに呼ばれたかはわかっているのだろうな?」

違う男が口を開く。

「第参使徒に続きこの度の第伍使徒での戦い。君に与えたNERV、もう少しうまく使えないのかね?」

「聞けばあのおもちゃは君の息子に与えたそうではないか」

「人……金……時間。親子そろっていくら食い潰せば気が済むのだね?」

「先の弐号機、零号機の生体部品の補充。国が一つ傾くには十分な額だ」

「さらに弐号機の早期輸送。その上参号機と四号機の徴発とは……」

「忘れたわけではあるまい?NERVは我々の計画実行のために存在するのだ」


ゲンドウが口を開く。

「その計画のために必要なことなのです。

 ゼーレもご存知でしょう。使徒は死海文書の記述とは異なった動きを見せ始めている。

 タイムスケジュールも同様、こちらの予定とははずれています。

 現行のエヴァで対処できない以上、これは仕方のない処置なのです」



その時、それまで口を閉ざしていたゲンドウと対座する、目にバイザーをかけている男が口を開いた。

「君に与えたエヴァ、その運用方法にこそ問題があるのではないのかね?

 ……いずれにせよ使徒による計画スケジュールの遅延は認められない。

 予算については一考しよう」


そう言うとバイザーの男とゲンドウを残し、男達が消えた。

「碇後戻りはできんぞ……」

「わかっております。人類にはもう時間がないのですから」






















葛城邸の朝に包丁の刻む音が響いている。

エプロン姿のシンジは自分とミサトの分の朝食をテーブルの上に並べた。

ペンペンにもメザシを三匹。

アスカはまだ入院している。家の主はまだ起きてこない。

このまま朝食を放置するわけにもいかないので、シンジはミサトの部屋をノックした。

「あのー、ミサトさん朝食作りましたけどー」

「ん〜……」

部屋の中から気だるそうなミサトの声が響く。

「もう8時になっちゃいますけど」

「昨日夜勤だったのよー……勘弁してー」



仕方ないのでミサトの分にはラップをかけておく。

「食べようかペンペン」

「クェ!」

ミサトの家で生活するようになってから家族の一員となったこのペンペンだが

不思議なことに、どうも人の言葉を理解している節がある。




食事を終えると後片付けをしてから、ミサトに部屋の外から声をかける。

「じゃミサトさん、行ってきますから」

「……ふぁ〜い。あ、悪いんだけどアスカの分のゴミ出しお願いね〜」

襖の隙間からミサトの手が振られる。


プシュッ

ゴミ袋を手にシンジが家を出た。


ミサトはそれを確認すると携帯電話に手をかける。

「わたしよ。彼、今出たから。後よろしく」


相手はNERV保安部。

シンジ達は意識していないが常にチルドレンを監視、保護しているのだ。











シンジはモノレールに乗る。

向かっているのは学校ではなくNERVだ。

病院を退院して以降、シンジほぼNERVに缶詰になっている。

現在NERV本部には零号機、初号機、弐号機が配備されている。

しかし先の使徒戦にて三機は中破。生体部品に大きなダメージを受けてしまった。

装甲板は日本でも生産できるが、生体部品は海外からの取り寄せとなり未だに修理が完了していない。

その中で初号機だけは暴走中に異常な回復力を見せ、生体部品はほぼ完治。

装甲のみの交換で済んだのだ。

現在NERVを守るのは初号機のみ。それを起動できるただ一人のパイロットは就役からまだ間もない。

そこで通常なら中学校に通いつつ訓練するところを、訓練一本に絞り大急ぎでトレーニングしているのだ。

それ以外にも先日の暴走原因を突き止めるための検査やシンクロテスト等、結構な過密スケジュールだ。

こう毎日訓練漬けだとさすがに辛いが、シンジとしてはどこかほっとした所がある。

今、学校には少々行きづらい。

まだ入院しているアスカのこともある。

こうして公にサボる理由ができたのを少し喜ぶ自分がいた。












シンジはNERVにつくとリツコ、マヤ、日向と共にベルトコンベアー状の動く廊下の上にいる。

リツコがシンジに声をかける。

「悪いわね、シンジ君。学校も休ませてこう毎日訓練漬けで」

「いえ、いいんです」

マコトが口を開く。

「本来なら学校ぐらい行かせてあげるべきなんだけど。

 せめて零号機と弐号機が動けばなあ……。マヤちゃんその辺はどうなの?」

「先週オーストラリアから量産機の生体パーツを回してもらって、弐号機は80%ってところ。追加予算枠ギリギリですよ」

「ほんとお金に関してはセコイとこだよなあ。ここは。仮にも人類の命運をかけて戦ってるっていうのに」

「仕方ないわよ。人はEVAのみに生きるにあらず。人が生きていくにはお金がかかるのよ」

リツコが口を挟む。

「零号機のほうはどうなの?」

「零号機は拒否反応が強くて……。調整にまだ時間かかりそう。

 同じエヴァでも零号機と初号機は量産機のパーツと相性よくないですよね?先輩」


「まあね。テストタイプとプロダクトタイプだもの。あまり相性は良くないわ」
















シンジは初号機に乗っている。

初号機は所々装甲が剥がれて素体が見えている部分がある。

まだ修理は完全ではないらしい。

シンジはエントリープラグの中で大きくLCLを吸い込む。


血の匂い……。

あまり好きじゃないのに、なぜかエントリープラグの中は落ち着く。


シンジの脳裏に暴走した初号機の姿をよぎる。

おぼろげながらに思い出し始めている、あの時の風景。

そして今も装甲の下にある生きているようなエヴァの素体。


エヴァってなんなんだろ……。




「シンジ君聞こえる?」

リツコがマイクで声をかけた。

「今日はシミュレーションによる訓練を行うから。

 兵装ビルやソケットの位置は覚えてるわよね?」

「はい」

「なら結構。手順は昨日と同じ。始めるわよ」



プラグの内部にMAGIが作り出したCGが起動する。

寸分違わぬ第三新東京市の中、第参使徒と第伍使徒が現れる。

「目標をセンターに入れてスイッチ」

ライフルを受けて爆発する使徒。



こんなような訓練をもう四日も続けている。

この他にも保安部の職員を相手に組み手や、本物の銃を使用した射撃訓練。

空き時間でも分厚いマニュアルを読まなくてはならない。



こんなに何かに打ち込んだのは初めてかもな……。























「今日でもう五日かぁ……」

トウジが呟く。

学校の昼休み。外は灰色の雲が覆い、雨が降っている。

気温が下がらないこの夏で雨の湿気は不快である。


「俺達がこってりと叱られてからか?」

何やらパソコンに向かってうちこんでいたケンスケがトウジを見て言った。

「シンジと惣流が来ぃへんようになってからや」

結局、あの後二人は懲罰や拘束は受けなかったが、最終的には親まで呼ばれ、耳にタコができるほどきつく絞られた。

ケンスケもトウジも母親はいない。そして父親はこの街の住人。

つまりはNERVの職員だ。

シェルターを抜け出した上、あのエヴァンゲリオンに搭乗した二人。

父親達の怒りは臨界を突破し、鉄拳制裁という末路を迎えたのだった。

あれからシンジもアスカも学校に出てきていない。

あの事件以来、シンジ、レイも含めた三人がチルドレンであることは学校の中では知られる所となった。

しかしレイ以外の二人は未だ登校せず。理由も公欠。

チルドレンである以上、NERVになんらかの形で関わってのことではあるのだろうが……。



「しかし……」

トウジが教室の中を見渡す。

すると今までこちらを見ていたとおぼしき生徒達が慌てて目を逸らす。

「なんやねんな……この空気は……」

あの使徒が来て以降、学校に登校するとこの調子だ。

元々トウジは噂の類は気にしないほうだが、この空気はどこかおかしい。

初めはシェルターを勝手に抜け出し、シンジ達に迷惑をかけたことで陰口を叩かれているのではないかと思った。

しかしどうも悪口や陰口を言っているような感じではない。


そんな中一人の少女、ヒカリがトウジに近づいてきた。

なんとなくクラスの意見を代表して……という感じもする。


「あの……鈴原……」

ヒカリは真っ青な顔で絶望的な表情を浮かべている。

「な、どないしたんやイインチョ。どこか具合悪いんか?保健室連れていこか!?」

「大丈夫……そんなんじゃないの……」

クラス中の人間が二人の会話に注目する。

「そない言うても、ひどい顔やで……?どないしたんや、クラスの奴らといいイインチョといい……」

「そのことなんだけど……」

「……?」

「…………」





ヒカリは俯いて沈黙する。





「……なんや?どないした?」

「アスカ……」

しぼり出すように小さな声でヒカリは言った。


「へ?」

「アスカ……のこと……なんだけど……」

「惣流がどないした?」

「アスカ……学校休んでるけど、どうなったのか……」


トウジはポリポリと頭を掻くと腕を組む。


「イインチョは惣流と仲良かったんか……。

 すまんの。ワシも知らんのや。

 あいつもパイロットやし、なんやNERVの用事だとは思うけどな……」


トウジは嘘をついた。

目の前でアスカの乗る弐号機が黒焦げになるのを見ている。

きっとタダでは済んではいまい。怪我をして入院しているのだろうと推測できる。

しかしあそこで見聞きしたことは口外しないとNERVで誓約書を書かされている。

そうでなくとも、アスカの欠席を気に病んで意気消沈しているだろうヒカリには、とても話せる内容ではない。





「え……でも……ほんとに何も聞いてないの?」

「……聞いてへん」

トウジは腕を組んだまま目を瞑る。





「だいたい、なんでワシが惣流のこと知ってなアカンのや」

「え……だって……その……」

ヒカリは口ごもると一段と暗い表情になった。












「鈴原……アスカと付き合ってるんでしょ……?」















「な、なんやそら!?」

トウジは顔を赤くして声を荒げる。

「え?」

トウジの素っ頓狂な声にヒカリは顔を上げた。

「なんでワシがあの性悪女と付き合わなアカンのや!」

「だ……だってこの前、屋上でアスカをフェンスに組み伏して、真剣な顔で愛を囁き合ってたって……」

「アホかっ!!誰じゃ!そないアホなことぬかすのは!!」

「誰って……みんなそう言ってるから……」


そのときクラスの一人の男子が声をかけてきた。

「おいトウジ、おまえほんとにアスカさんと付き合ってないのか?」

「当たり前やろ!お前ら人のことチラチラ見てからに、そういうことやったんか!」


ようやく合点いったとトウジはハァーとため息をつく。

「ええか、よく聞けよ。ワイはな、あの時あの女とケンカしてたんや。お前らの想像してるようなことは何もあらへん!」

「な、そうだったのか!! 

 おーい!やっぱ付き合ってないってさー!!」

その男子は大声で廊下に走り出す。


(まじかよ!)

(やっぱりそうだったか!)

(アスカさんがトウジを選ぶはずないと思ってたんだけどな)

(ああ……アスカさん!)

(アスカさん、君と恋人となるのはこの僕だよね!)


クラスメイト達はトウジの気持ちをよそに勝手なことを言っている。


「なー……んだ……」

ヒカリは両手を胸に当て、へろへろと腰を抜かしたようにその場に座り込む。

「お、おい、イインチョ大丈夫か?」

「……大丈夫じゃないわよ……あんまりびっくりさせないでよ」

といいつつもヒカリの顔は安堵の表情でいっぱいだ。

「イインチョもよう考えたら分かるやろ。……ワイの妹のことあの日話しとったやないけ」

トウジはやや神妙な顔になって言う。





「あ……」

ヒカリが顔を上げた。

「仲直り……した?」

トウジは腕を組んだままだ。

「…………」




トントンと誰かがトウジの肩を叩く。

振り向くと二枚の紙切れを持って微笑むケンスケ。

「どっちにする?」

「……何がや」

「惣流のほうは携帯番号だけ。碇のほうは住所もわかった」

「…………」

「行くんだろ?謝りにさ」

ケンスケはにっこりと微笑んだ。










学校が終わるとケンスケとトウジは連れ立ってシンジの住まい、コンフォート17マンションを訪ねた。

インターフォンを押すと出てきたのは赤いジャケットをきたロングヘアーの美人。


てっきりシンジが出てくると思った二人は面食らう。

「あ、あの……ここ碇君の家じゃ…?」

「ええ。あ、シンジ君の友達ね?

 私は葛城ミサト。シンジ君の上司で一緒に暮らしてるの」


(な、シンジの奴こんな美人の女の人と暮らしとったんか!)

(あ〜……俺も一度でいいからこんな人に命令されてみたい!)


「は、はい。ワイ……いえ、僕は碇君の友達で鈴原と言います。こっちの奴が……」

「相田ケンスケです!」


「鈴原君……と相田……

 ああ!あのエントリープラグに乗った!」


「はい!その節は本当にご迷惑をおかけしてしまって!」

ケンスケとトウジは慌てて頭を下げる。


「それで、それ以来シン……碇君がご欠席なされてるようなので、何か怪我でもしてるんじゃないかと思いまして!」

「ああ、そういうんじゃないのよ。

 シンジ君は訓練でね。アスカもそろそろ退院だから、明日明後日には二人とも学校行けるんじゃないかしら」

「惣流……ですか?」

ケンスケは一歩下がって表札を見る。

そこには


葛城 ミサト

 碇 シンジ

惣流 アスカ ラングレー



「ま、まさか……」

「そ、私達三人でここに住んでるのよ」

ミサトがにっこりと笑った。




「「ええええ〜〜〜〜〜!!!!」」























「シンクロ率67.28%で安定しました」

「すごいわシンジ君。毎回乗るたびに大幅記録更新ね」

「はぁ……そうですか」

シンジはいまいちピンとこない。

「この後は射撃訓練だったかしら?シンジ君。もうあがっていいわ」

「はい」


ハッチを開けて肺に溜まったLCLを吐き出す。

もう何度も初号機には乗ったのだが、これだけは何度やっても辛い。

毎回咳き込んで涙目になってしまう。






射撃場につくと学校帰りなのだろうか、制服を着たままのレイが先に射撃訓練をしていた。

ゴーグルとヘッドセットをつけて、まっすぐ伸ばた右手に銃を持ち左手を軽くそえている。

この年代の女の子が銃を持つというのは倫理的に問題があるところだろうが

レイが持つと凛とした美しさすらある。


チルドレンが実戦で銃を撃つという機会はほぼ無い。

インダクションモードでライフルを撃てばMAGIのサポートで素人でもそれなりの命中率を上げることができる。

しかしエヴァとパイロットはシンクロによってその動作を一体化しているため

パイロットが銃の扱いに慣れれば、エヴァの射撃命中率も向上する。

またそういった理由の他にもNERVの戦闘職員は、一定時間以上の射撃訓練が義務付けられていた。




パンッ!パンッ!パンッ!パン!!

レイが四連発で発射した弾丸は標的のど真ん中に命中している。



すごいなあ……綾波。

シンジは目を丸くする。




シンジもヘッドセットとゴーグルを装着し、標的の前に立つ。

オートマチックの銃を手に取ると引き金を引いた。

パンッ!


しかし紙製の人型の標的にはカスリもしない。

三発、四発と撃つが、やはり当たらない。




「……こりゃ当たるようになるまで相当時間かかりそうだなあ、シンジ君」

振り返ると、いつの間にそこにいたのだろうか。シンジの後ろに加持が立っていた。

両手を腰を当て、微笑んでいる。

シンジに歩み寄り、後ろから包むようにシンジの手の上に自分の手を重ねる。

「こうやって右手と銃を一直線にするんだ。撃つときに片目をつぶっちゃだめだぞ」


シンジの手を通して狙いを定め、引き金を引く。

的のど真ん中に命中した。

「な?」

加持はニコリと微笑むとシンジにウィンクした。


「加持さん、どうしたんですか?」

「いや、なに。シンジ君が退院したって聞いたもんでね」


少し後ろにある休憩のために設けられたベンチに加持は座った。

シンジも銃を置いて加持の隣に座る。


「どうだ?エヴァのパイロットのほうは」

「やっぱり辛いです。死ぬような怖い思いもしたし」

「そうか。いきなりアレだったしなあ……」

アレというのは暴走した初号機のことだったろう。


「アスカが怪我をしたこと、知ってますか?」

「ああ。あの時発令所にはいなかったが、俺も映像を見ていたからな」

「……加持さんの言っていたこと、ちょっとだけだけどわかりました」

シンジははやや顔を伏せる。

「というと?」

「後悔しないために乗るって……」

「ああ……」

加持はポケットに手を入れタバコを取り出すと火をつけた。


「アスカが助けに入った時、僕が躊躇してしまって……

 それでアスカが怪我してしまって……。

 怖くて乗りたくないって思いました。すごく痛い思いもしましたし……。

 でも乗らなかったらもっと後悔してたのかもしれません。

 アスカやトウジの妹がもし死んじゃっていたら……。ミサトさんの話のこともそうだし……」

後半はシンジの独白に近くて、加持には何のことを言っているのかわからなかったが、シンジの話に耳を傾ける。


「乗らないよりはマシだとわかりました。

 でもわかったのはそれだけで。乗って後悔することも多かったです……。

 自分で選んで乗ったのに、怖くて乗りたくないと思うことのほうが多くて……。

 おかしいですよね。矛盾しちゃって」


「いや」

加持は白い煙を吐き出す。

「人間ってのは元々矛盾した生き物なんだ。

 シンジ君の言ってることは別に間違っていない。人間なら当然さ」


「そうなんですか?」

シンジは顔を上げる。


「そうさ。シンジ君は色々考えすぎなんだよ。

 君は君らしくしてればいい。自分のできることを、できるときにやればいいのさ」

加持はやさしく微笑む。

「できることを……できる時に……。僕らしさってなんですか?」

「それは君が見つけるべきだ」

「…………」





「アスカ僕のせいで怪我しちゃって……。

 お見舞いに行きたいんだけど、会いたくないって言われました」

「…………」


人からの拒絶、それはシンジにとって最も苦痛を感じる瞬間。

人との衝突を極力避け、相手に合わせて生きてきたシンジ。

それは人と関わりたくないからではなく、嫌われたくないからに他ならない。

人から嫌われたくない、好かれたい。

それ以外の処世術を知らぬシンジは、相手に拒絶された時どうしていいかわからない。

顔色を伺うことも相手に合わせることも許されない。

もう関わってほしくないという絶縁、拒絶。




加持はシンジの顔をチラリと見る。

ポケットからタバコの箱を取り出してシンジに向ける。

「え……僕未成年ですよ」

「何ごとも経験さ」

加持は笑って言う。

「…………」


シンジは少し戸惑ったが、おずおずとそこから一本取り出す。

加持はライターに火をつけシンジに向ける。

シンジはそこに右手で持ったタバコを近づけた。

「違う違う。口に咥えて吸い込みながらつけるんだ。そうじゃないと火はつかない」

シンジは言われた通り、口に加えて火に近づけ息を吸い込む。


「ゴホッ!……ゴホッ……!」

シンジが咳き込む。

「ははは。やっぱりちょっと早かったかな」

「ゴホッ……なんでこんなの吸うんですか?」

シンジが涙目になって加持を見上げる。

「大人になればこの味がわかるようになるんだよ。

 でもこうやって吸ってみないとわからなかっただろ?こんなにマズイ味だってさ」

「ええ……まあ……」



「アスカとも顔合わせて話してみろよ」

加持がやさしく語りかける。

「でもアスカは会いたくないって……」

「……どうかな。もう怪我は治りかけてるって聞いたから、今は気持ち変わってると思うけどな」

「どういうことですか?」

「それは俺の口から言うことじゃないだろう。アスカはプライドが高いからな。

 アスカと話す時に、シンジ君が自分のせいで怪我させたとか言ったらきっと怒り出すだろうな」

手を腰にやり人差し指でシンジを指差し怒鳴るアスカの姿が鮮明に想像できて、加持は苦笑する。


「え、でも実際僕のミスで怪我させちゃって、それで嫌われてるんだし……」

「違うよ。アスカはそんな子じゃない。理由は他にあるのさ」

「じゃあ……何が……」

「シンジ君、君はもうちょっと自分に自信を持ったほうがいいかもな」

加持は大きくタバコを吸った。

「俺はそろそろ行くよ」

携帯灰皿にタバコを押し付ける。

「え、もう?」

「ああ、シンジ君だって訓練の途中だったんだろ?邪魔して悪かったな」

「いえ、あの!」

シンジが声を上げた。

「僕、加持さんとお話できて嬉しかったです」

「ああ、俺もだ」

加持はにっこり微笑み、いつかもそうやったように肩越しに手を挙げた。

シンジもそれに手を上げて応える。







残されたシンジ。

「これ、どうしようかな」

シンジの右手にはほとんど吸ってないタバコ。

もう一度だけ煙を吸い込んでみたが、その味はやはりまずかった。



























暗い司令室に三人の人影が浮かんでいる。

手を組んだいつものポーズのゲンドウ、その後ろに冬月。

そしてその前で書類を手に持ったリツコだ。


「アメリカの四号機。例の搭載実験も完了しております。

 未確認ですが委員会からの干渉があったようです。」

リツコが書類に目を落としながら報告する。


「先に四号機のほうが到着しそうだな。碇、パイロットのほうはどうする?」

「ダミープラグの代償として我々に「刺し」出すつもりらしい。老人どもが考えそうなことだ」

冬月は一瞬考え込むようなポーズをしたが続けて口を開く。


「赤木博士、参号機のほうはどうなんだね?」

「既にテストは最終段階に入っています。ですがパイロットのほうが……」

「マルドゥック機関……、いや707からの選抜ということになるか……」

「「…………」」


「状況は把握した。ご苦労だったな赤城博士。下がりたまえ」

「はい」

リツコは踵を返して司令室を後にした。







冬月は少し息をつくとゲンドウを見る。

「しかし……良いのか碇。こう露骨にエヴァシリーズを徴発しては委員会が気づくのも時間の問題だぞ?」

冬月の言及にもゲンドウはポーズを崩さない。

「アダム、エヴァシリーズ、そして間も無く槍も揃う。必要な駒は全てこちらが握っているのだ。

 使徒の脅威に晒されている以上、老人達にできることは何もあるまい。

 ……それにな」

ゲンドウは指先でサングラスを押し上げる。


「冬月、これはチャンスなのだよ……。委員会のシナリオ、こちらで可能な限りエヴァを保有しておく必要がある。」

「約束の時、時間稼ぎになればいい……ということか……」


ゲンドウは口元を歪めた。

























シンジはネルフの食堂でうどんセットを食べている。

時刻は17時をまわったとこだ。

夕食には少々早いが食べ盛りの中学生としては、この時間お腹が減って仕方ない。



誰かが近づいてくる足音が聞こえる。シンジは顔を上げた。

「アスカ……?」

アスカはピンク色の病院服を着て、松葉杖をついてこっちに歩いてきている。

いつもの赤いヘッドインターフェイスをつけていないので、髪形が少し違う。

少し不機嫌そうだ。


『アスカ会いたくないって言ってるの』

アスカ……僕のこと嫌ってる……。


アスカに対してどんな顔で、どんな言葉をかけていいかわからない。

自分から声をかけても無視されてしまうのではないか。不快な思いをさせてしまうのではないか。

仲良くしたい。でもこれ以上嫌われたくない。

拒絶されたくない……。

シンジは思わず顔を伏せてしまう。


「何変な顔してんのよバカシンジ」

シンジが顔を上げる。

「最近シンクロ率上がってお褒めにあずかってるそうじゃない?

 でもね、ちょっとぐらいシンクロ率上がったからって、あんたは足手まといに変わりないの。

 あんまり調子に乗らないでよね!」

アスカはビシッと人差し指をシンジに突きつける。

シンクロ率などあまり気にしていなかったシンジはアスカの言いたいことがよくわからない。

なんとなくだが、とりあえず自分が怪我をさせたことに関して怒っているのではない様子だ。


「あのアスカ、体大丈夫?骨折れちゃってるの?」

「は、はぁ?あんたアタシの話は無視なわけ!?」


アスカは軽く息を吐くと松葉杖を離し、軽くその場で足踏みする。

「別に折れてやしないわよ。フィードバックってのは知ってるわよね?」

「え、えーと。エヴァからの感覚がパイロットに伝わること」

マニュアルを思い出しながらシンジが答える。


「大体そんなもんね。電撃がエヴァの神経を破壊したのがあたしにも伝わったの。

 怪我はしてないんだけど、神経が破壊されたと脳が勘違いしてるのね。

 まだちょっと違和感があるけど、別に杖が無くてもどうってことないわ」

「そうなんだ。良かった」

「大体大げさなのよ。電撃受けたって言っても一瞬でシンクロはカットされたわけだし。

 わざわざ松葉杖なんて渡さなくても。今日明日にも退院できるわよ」

「良かった!ほんとに良かったよ!」

シンジは胸を撫で下ろす。

アスカが無事だということがこれほどまでに嬉しいとは。

同居人、パイロットとしてのアスカの無事はもちろん、自分が傷を負わせてしまったという負い目もある。


「あの、アスカ……」

シンジはアスカを上目遣いに見る。

「面会に行かせてもらえなかったから言えなかったんだけど……。

 アスカにずっと謝りたかったんだ。アスカ、ごめん!」

シンジは頭を下げる。


「は?ごめんて、何が?」

「だって、僕のせいでアスカが怪我しちゃったから……」


「なっ!?」

アスカは目を見開く。

「ナメんじゃないわよ!バカシンジ!!」

バチン!

アスカの平手がシンジの頬をとらえた。


アスカは顔を真っ赤にして怒鳴る。

「このあたしがアンタのせいで怪我なんてするわけないじゃない!!

 甘えんのもいい加減にしなさいよね!!

 あんたはサードチルドレンなんでしょうが!

 チルドレンである以上、あんたみたいなヘボでもプロなの!

 あんたにはプロ意識ってのがないわけ!?」

アスカの剣幕にシンジは後ずさる。

シンジはアスカが何に対して怒っているのかがわからない。


アスカの赤い髪がまるで怒りで逆立っているようにも見える。

「使徒戦では怪我なんて日常茶飯事。死ぬかもしれないって最初に言ったのもう忘れたわけ!?

 誰かが誰かを庇ってとかそんな甘い世界じゃないの!

 作戦が始まったら自分を守るのは自分だけ。

 こっちはね、アンタが足ひっぱるなんてことは想定の範囲内なの!

 あの時あんたの前に出たのはあたしの判断。あたしの責任なの。

 あたしが自分自身で下した判断の結果に対処できなかったから怪我をしたの!


 それをあんたは………

 あたしがあんたなんかのせいで怪我をしただぁ?

 失礼にもほどがあるわ!!

 なんなのよその傲慢な態度は!!

 こっちはね、ハナっからあんたのサポートもファインプレーもちぃっとも期待なんてしてないのっ!!

 あんたはあたしに怪我を負わせるだけの実力があるとでも言いたいわけ!?
 
 笑わせんじゃないわよっ!!


 それをあんたはさも自分の判断のせいでどうだこうだウジウジ言って……

 あんたそれで自分が情けないと思わないわけ?

 後悔するぐらいならその時ベストを尽くしなさいよ!

 悔しかったらもっとうまいことやってみなさいよ!!!」


一気にシンジをまくし立てる。


シンジはアスカにぶたれた左の頬に手をあて、口を半開きにしてポカンとしている。

アスカはシンジを睨みつける。


「…………」

「…………」











「あ……ごめん」







アスカは盛大にずっこけた。

「………な、なんなのよそれは………」


松葉杖をついて立ち上がる。

「……もういいわ……。

 最初っからあんたみたいな男には分かるわけの無い話だった……。

 あんたに話したあたしがバカだったわ……」


杖を置いてシンジの前の席に座り、はぁ〜〜〜と盛大に溜息をつく。

「……ったく、あのジャージといい、あんたといい。これだから男ってのは……」

「ジャージ………トウジのこと?ドウジがどうかした?」

「なんでもないわよっ!!

 あ〜〜もう、まともな男は加持さんだけだわ」

アスカはテーブルの上にぐったりと突っ伏す。


「あ、それ僕にもわかるよ。加持さんって頼れるっていうか大人の魅力みたいのあるよね」

「………あんたの意見なんか聞いてないわよ」




「ねえ、シンジ」

「なに?」

アスカは視線だけシンジに向ける。













「あんたって……天然だったのね……」









+続く+






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