■ HOPE 第拾話 「ミサト」










人がいっぱい

同じ人がいっぱい

人は何?
 
人を作ったのは人

人の心を創ったのは誰?

人の心は痛みに満ちている

イタイ
 
寂しい

人の心は寂しさに満ち溢れている








午前中の淡い光のが差し込む白い病室。

ベッドの上で微かに上下するシンジの胸、生の証。

「…………」

レイはシンジのベッドの横にある椅子に座り、シンジの寝顔を見つめている。

ゆっくりとシンジの顔に白い手を伸ばすと、そっと前髪を撫でた。




「………何を願うの?」

























初号機が派手に散らかした市街地を特殊車両が行き来している。

ミサトとリツコはその中心の仮設司令室にいる。


「はぁぁぁぁぁ〜〜…………………」

ミサトはテーブルにつっぷして盛大に溜息をつく。

リツコは片眉を吊り上げて、チラッとだけミサトを見る。

「仕事、邪魔するんなら出てってもらえないかしら?」

「邪魔もしたくなるわよぉぉぉ〜……」

ミサトは机に頭をつけたままリツコを見上げる。

「日向君やマヤちゃんと階級が同じになるなんて…………トホホ……」

ミサトはルルルーと涙を流している。

「あら。私はてっきりクビかと思ったわ。残念ね」

ミサトはガバッと起き上がった。

「ちょっと!それが傷心の親友に対する言葉?!」

「自分がしたこと、わかって言ってるの?自業自得よ」







……
…………


数時間前、ミサトはゲンドウの司令室に召還されていた。

もちろんミサトとしても覚悟はしていた。


薄暗い司令室。

口元で手を組むゲンドウ。いつものポーズ。

その後ろには冬月。

……いつ来てもこの司令室は緊張する。


「今回の殲滅作戦は初号機の暴走という結果で勝利した。

 当初の君の作戦とは大きく違った形ではあったが……それはいい。
 
 どういったものであれ勝利することが重要なのだ。」

ミサトはゴクリと唾を飲み込む。


「そのために君には既存の二機に加え、弐号機とそのパイロットを与えたのだ。

 しかしながらエヴァは三機とも中破。使徒戦において多少の犠牲は仕方がないと言えるが
 
 本部に配備された現行三機が戦闘不能となると、今この本部は使徒に対しまったくの無防備ということになる。

 それはNERVそのものの存在意義に関わるのだよ」


冬月が続く。

「そればかりがサードチルドレン着任の際、君はいくつかの守秘義務を破っている。

 その上許可のない一般市民のエントリープラグ搭乗。

 独断にもほどがある……。覚悟の上なのかね、葛城一尉」


「……申し訳ありません……」

ミサトが力無く応える。


「葛城一尉」

ゲンドウがサングラスを指先で押し上げる。

「君の仕事は何だ?」

「使徒殲滅であります」

ミサトが即答する。


「その通りだ……。そしてそれは君だけのものではない。NERVそのものに課せられた使命でもある。

 ……現状では君に代わる作戦部長の人材は見つからず、またその時間もない」

ゲンドウは目線を冬月に送る。冬月はコクンと頷く。


「よって、本来ならば即刻懲戒免職のところだが、二回の使徒殲滅の功績を考慮し

 二尉に降格。減俸三ヶ月とする。以上だ。下がりたまえ」


「はっ!葛城二尉、退室します」

ミサトは敬礼して退室した。



…………

……













「うう……リツコぉぉ〜〜!」

ガバッとリツコにとびつくミサト。

「ちょ、ちょっと止めなさいよミサト」


その時ミサトの肩を誰かがやさしく抱きしめる。

「大丈夫さ。葛城には俺がついてる」

「へ?」

ミサトが振り返るとやさしく微笑む加持。


ばっち〜〜ん!!


ミサトの平手が飛んだ。

「いてて……こりゃまた随分な挨拶だな……」

「当たり前でしょ!いきなり何してんのよアンタわ!!」

ミサトは頬を赤らめて怒鳴る。

「ミサト、そんなに顔赤くしてちゃ、嬉しいって言ってるようなもんだわ」

ミサトがハッとなって両手を頬に当てる。

「そうだぞ葛城、別に恥ずかしいことじゃない。

 それより目上の俺とりっちゃんにはちゃんと敬語使うんだぞ?」

バキッ!!

今度はグーが飛んだ。







「………で、何かわかったわけ?」

「見ての通りよ」


ミサトがディスプレイを覗き込む。

そこには「601」と書いてある。


「601……解析不能か……」

加持がミサトの後ろで髭を擦りながら言う。

「あ、あんた立ち直り早いわね……」

ミサトが顔を引きつらせて後ずさる。


「まあ、まったくわからないことだらけってわけでもないわ。

 使徒は波と粒子、両方の性質を持った光に似たもので構成されていて

 その固有波形パターンは人間の遺伝子配列と99.89%一致しているわ」


「99.89%……いくらなんでも人に近すぎだな……。コアのほうはどうなんだ?」

加持が尋ねる。

「何かわかってても教えると思っているの?

 ほとんど破壊されてて劣化が進んでるわ」

加持はフームと顎を擦る。



二人のやり取りをあまり興味なさそうに聞いていたミサトだったが

「あ、やだ。もうこんな時間?」

腕時計を見ながら言った。

「わたし、シンジ君のお見舞い行ってくるから、あと二人でよろしくやっててちょうだい。それじゃ!」

ミサトはジャケットを手に取ると行ってしまった。



「シンジ君か……。どうなんだ?」

残された加持がリツコに尋ねる。

「脳神経に負担がかかって意識を失っているわ。

 初の実戦でいきなりアレじゃ……無理もないわね。でももうそろそろ目覚めてもいいころだわ」

「目覚めてって……なんともなかったのか?シンクロ状態であの電撃を浴びたんだろ?」

「……知らないわ。私だって」

少し素っ気無くリツコは言い放つ。

「推測でいいからさ」

加持はリツコにウィンクしてみせる。


リツコは小さく息を吐く。

「……あの時、エヴァ側からの過剰フィードバックが起こったのかもしれないわね。

 暴走状態の初号機は一瞬で生体部品を再生させていた。

 それと同じ現象がフィードバックを介してシンジ君にも起きたのかもしれない……」


加持は少し目を細める。

「エヴァとは何だ……?司令はあれを知っていたのか……?」

「…………」

リツコはディスプレイを見たまま答えない。





















目を開けると白。

「………天井?」

段々と視界が鮮明になってくる。

窓から差し込む淡い光。

どこからともなく聞こえてくる、間の抜けたラジオ体操の音楽。

「知らない天井だ……」

シンジは呟く。


ふと何かを感じて顔を左に向けてみる。

「あや…なみ……?」

レイが紅い視線でこちらを見ている。

「………」


上半身を起こす。

背中にシャツがくっついて気持ち悪い。全身汗をかいている。

パジャマの胸元のボタンをはずし、パタパタと服の中に空気を入れる。


もう一度レイに目線を戻す。

レイは相変わらずこちらを見ている。


「あの、どうしてここにいるの?」

「昨日の第伍使徒戦にて殲滅作戦が失敗。その後初号機が暴走。

 使徒殲滅に成功するも碇君は意識不明。その後ここに搬送されたわ……」

「そ、そうなんだ」


聞きたかったのは、なんで綾波がここにいるのか、だったんだけどな……。

暴走……。おぼろげだけど初号機の声を聞いていたような気がする。


「暴走…か…。どうしてこんなにまでしてエヴァに乗るんだろう……」

シンジはベッドの上で膝を抱く。

「…………」

レイは何も言わないが、視線でその答えを示す。

「ごめん……そうだよね、昨日も同じこと言ったんだった。僕が選んだんだった……」

「……別に謝る必要ない。もう終わったもの。考えればいいわ……」

「そうだね……」





「…………」


「…………」



沈黙。




シンジはなんとなく気まずくてレイのほうをチラチラ見ている。

プシュ

その時扉が開いてミサトが入ってきた。


「あ、シンジ君!目が覚めたのね!よかった〜!…………あっ」

ミサトの目にレイの青い頭が入った。

少し目を見開く。

レイ……?何で……。


ミサトは少し驚いた顔をしていたが、すぐにニヤケ顔になる。

「ごめん、シンちゃん。わたしお邪魔だったかしら?」

ミサトは片手を頭に当てて舌を出す。


「な、なに訳のわからないこと言ってるんですか!」

シンジは顔を赤らめる。

レイがすっと立ってミサトに椅子を譲る。

「あ、いいのよレイ」

「……いえ、私はもう帰宅時間ですので」

スタスタと扉の前に行ってしまう。

「あの、綾波ありがとう」

シンジが背中に声をかける。

「……また」

プシュっと扉が閉まった。


「さてと……」

ミサトがシンジを見る。

「ミサトさん、着替えていいですか?汗だくで……」

シンジが困った笑いを浮かべる。

「そうね。ちょうどいいから担当医も呼んでくるわ。異常がないか検査しないと」











担当医と検査室に行き、体を色々と調べられた。

使徒のムチでソードが切り落とされたあたりから記憶があやふやだったが、

脳神経に負担がかかったことが原因だとかで、そのうち思い出すだろうとのことだった。


ミサトが部屋から持ってきてくれた普段着に着替えた。

ジーパンに黒のTシャツ。


「ミサトさん、お待たせしました。」

「おっけ。行きましょ」

病院の廊下を歩く二人。

シンジがチラッと腕時計を見る。

16時を回っていた。

「これからどうするんです?」

「ん、今日はもうシンちゃんも疲れたでしょ?家に帰って休みましょ」

シンジがコクンと頷く。


「あ、そういえば……」

シンジがあることに気がついた。

「アスカ…どうなりました……?」


少し間を開けてミサトが口を開く。

「……大丈夫。アスカも数時間前に意識が回復したわ」

シンジはほっと胸を撫で下ろす。

「そうですか。よかったぁ。

 あの僕、アスカのお見舞いに行きたいんですけど、いいですか?」

「…………」

ミサトは眉を寄せ少し困った顔をする。

「それがね……アスカ会いたくないって言ってんのよ……」



























陽が落ち始めた街の幹線道路をルノーが走る。

シンジの腕の中には夕飯の食材。

いつかもこんなことがあった気がする。


窓の外に目をやると、初めて来た時よりも破壊の進んだ町並み。

「これ……僕がやったんですよね?」

外を見ながらシンジが呟く。

「シンジ君がっていうか……、暴走した初号機がね。シンジ君が責任感じる必要ないわ」

「…………」


暴走していた時の記憶はまだあやふやなままで思い出せてはいない。

これだけ派手に暴れて怪我人は出ていなかったのだろうか。

トウジの妹のように……。



そういえば、そのトウジとケンスケは達はどうなったんだろうか?


「あのミサトさん、トウジとケンスケはどうなったんですか?」

「トウジ……?ああ、あのプラグに入った二人ね」

ミサトは二人の名前を覚えていなかったらしい。


「拘束とか懲罰とか、そういうのはナシってことになったみたいね。

 きつくお灸は据えられたとは思うけど……。今日も学校行ってるんじゃないかしら」

(学校……か……)

シンジは目を伏せる。

ミサトはそんなシンジをチラリと見る。









「シンジ君……、寄り道するわよ」























ミサトが連れて来たのは第三新東京市が見渡せる小高い丘。

夕日が街を染めている。

「なんか、寂しい街ですね……」

ミサトがチラリと腕時計を見る。

「時間よ」


辺りにサイレンの音が響き渡り、山々に反射してコダマとなる。

地面のシャッターが開き次々とビルが生えてくる。

戦闘モードから通常モードに移行する第三新東京市……。


「ビルが生えてくる……」

「これが使徒専用迎撃要塞都市、第三新東京市。私達の街」

ミサトがシンジの顔を見る。

「……そしてあなたが守った街なのよ。シンジ君」

「僕が……」



「…………」

「…………」









二人は鉄柵に寄りかかり、夕日の街を眺める。

「どうして使徒と戦わなきゃならないか……」

突然ミサトが口を開いた。


シンジはミサトの横顔を見る。

「14年前セカンドインパクトと呼ばれるもの現象が起こった。

 あれは何だったのか……、シンジ君は知ってる?」

「教科書程度には……。南極に隕石がぶつかったんですよね?」


「……いいえ。そういうことになってるけどね。

 事実は往々にして隠蔽されたものなのよ。

 あの日、人類は初めて使徒と呼称される物体と出会った。

 その調査中に使徒は謎の大爆発を起こしたのよ」


ミサトの脳裏に映る巨大な光の巨人。

ゆっくりと成層圏にまで広がる光の翼……。


「それじゃ……」

「そう、私達のやっているのはサードインパクトを未然に阻止するということなの」

「…………」





「わたしね……」

ミサトが少し目を細める。

「あの時南極にいたの……」

「え!?」

シンジは驚いてミサトの顔を見た。


「父の研究でね、ついて行ってたの。あなたと同じ14歳の時だったわ。

 唯一の生存者とか言って、新聞にも載ったわ。嬉しくなかったけど。

 その調査チームを指揮していたのがわたしの父……。葛城調査隊って言ってね。

 わたしの父は……家庭を省みない、研究に生きる人だった……」

ミサトは独白する。


「……ある時、お母さんが父と離婚するって言い出してね。

 驚いたし少しは悲しかったけど、正直わたしは嬉しかった。

 ……だってお母さん、いつも泣いていたもの……。」

夕日の町並みに目を向けたまま、ミサトは小さく息を吐く。


「でもね……あの時、セカンドインパクトのあの日、わたしを救ったのは父だった……。

 最後の脱出カプセルにわたしを入れてね……」

シンジはミサトの言葉を黙って聞いている。


「わたしの心境は複雑だったわ。

 ……いえ、今でもそうね。こんな仕事してるぐらいなんだから。

 家庭を省みず母を泣かせ……、憎んでさえいた父。

 でもこうしてわたしが生きているのは父のおかげなの……。

 憎んでいるのか愛しているのか、自分でもよくわからないわ……。

 父のことだってそう。

 本当はわたしと母のことを愛していて、でもそれを表現できない寂しいだけの人だったのかもしれない。

 今となっては、もう永遠に父の気持ちを理解することはできないわ。

 …………。

 ごめんなさい、こんな話。シンジ君にしても困るだけよね……」

ミサトはここで初めてシンジ見た。

シンジは顔を横に振る。


ミサトは遠い目をして、鉄柵に顎をつける。

「わたしもシンジ君と同じね……。

 父が苦手で、亡くなってからもなお、父にコンプレックスを抱いている……。

 わたしは……未だに父に縛られているのかもしれない。

 いえ、使徒に……かしら。

 わたしと父の人生を狂わせた使徒に……」

ミサトが顔を上げる。

「どちらにせよ、使徒を放っておくことなんてできない。

 もう誰にもあんな思いをさせないために……。

 そしてわたし自身もあんな思いを繰り返さないために……」


ミサトはシンジの顔を見つめる。

「あなたがどう思ってるのか知らないけど

 あなたは使徒を倒し、サードインパクトの危機からこの街を救った。

 自信を持ちなさい。

 誰が何と言おうと、あなたは人に褒められる立派なことをしたのよ。

 少なくても、わたしはシンジ君に感謝してるから……」


「……ミサトさん」




「帰りましょう……。私達の家に」

ミサトは優しく微笑み、右手を出す。

「はい」

シンジはその手を取った。

























「所長、ちょっとこれを見てください」


大きなドーム状の施設。

その中ではグレーの作業服を着た職員達が慌しく作業をしている。

所長と呼ばれた男は、その研究員のディスプレイを覗き込む。


「ここです。三日前に納入した装甲板ですね。

 黒くなっている所、一部劣化が進んでおります」

「……性能に問題はあるのか?」

「このまま使用し続けるのは信頼性に問題があります。……ですが数回使う分には」

「もう猶予はほとんど残されていない。発表が終わったら交換すればいいだろう」

「ではこれは?」

「上から塗装を被せておけ。実働実験に耐えればいい」










+続く+






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