■ HOPE  第伍話 「家」












三日前と同じ景色。破壊の後が残る街の中をルノーは走る。

橙色の夕日が街を染めている。

あと数十分もすれば完全に陽が沈むだろう。

ミサトはチラっとシンジに目をやる。

買い物袋を抱え、ぼうっと外を眺めている。その顔には疲れの色が見える。

ミサトは前を向き直す。

数刻前、シンジとの会話。

……





「シンジ君、ほんとに良かったの……?お父さんと住めるように申請だって……」

「いいんです、いまさら一緒に暮らしたとこで、話すことなんてないですし……」


結局……初号機に乗ることを承諾シンジ。

住まいは本部内の居住区画を希望した。

実の父との生活を拒否するシンジの、少し困ったような苦笑い。

ミサトは半ば強引に同居を申し出た。



同情……だったと思う……。

あのぎこちないシンジの苦笑い……。


父に愛されることを望みながらも、それを拒絶する。

同時に父から離れることもできない。

……そうすることでしか自分を表現できない。


シンジのその顔は、かつての自分とどこか重なる所があった。

その姿に嫌悪感も抱くが、同時に同じ匂いの、親しみも感じた。

嫌悪と共感……同情……。

背反する感情。



「………………」

ミサトはハンドルを握りなおした。



















「随分遅くなっちゃったわねー。ちょっち散らかってるけど、あがって」

「あ、はい。お邪魔します」

そう言ってシンジも中に進む。


「…………」

ミサトはシンジの両肩を掴むと、無言で後ろに下がらせる。

「違うでしょ!ここはもうあなたの家なのよ」


「あ……えと……」

ミサトはしかめっ面でシンジを見たままだ。

「た……ただいま……」

はにかむシンジ。

「おかえりなさい」

やさしく微笑むミサト。














「こ、これが……ちょっち……」

手に持った買い物袋もそのままに立ち尽くすシンジ。

所狭しと置かれたダンボール箱の山。床にはレトルトのプラスチック容器やビール缶が散乱している。


「ほら、私もこないだ、こっちに来たばっかりだって言ったでしょ?
 
 どうにもこうにも片付かなくてねー」

その割にはダンボール箱の数が尋常じゃない。

「あ、買い物袋、その辺に置いちゃってちょうだ〜い。電子レンジあっちだから、あっためて夕飯にしましょ」

シンジは引き気味で、爪先立ちでゴミを踏まないように部屋に入り、テーブルに座る。



「んぐ……んぐ……んぐ……ぷはぁ〜〜〜!!くぅ〜〜〜やっぱ仕事上がりのビールは最高ねーーー!!」

シンジはレトルトの夕飯をつつきながら、ため息をつく。

(レトルト食べるなんて、一人暮らししたほうがマシだったかも……)



ガチャ

奥の部屋の扉が開く。

「ふぁ〜……いつの間にか寝ちゃったわ。ミサト、夕飯買ってきたー?」

そこにはホットパンツにタンクトップを着た、眠そうな顔をしたアスカ。


「あ………」

「……え?」


「ちょ、なんでサードがいるのよ!」

「なんでアスカさんが!?」

「ああ、アスカちょうど良かったわ。今日からシンジ君も一緒に住むことになったから」



…………

………

……








「「えええええええーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」」




























「ふぅーーーーー」

豊満な体を湯船に浸す。

ミサトは髪を掻きあげる。




「なんでアンタなんかと住まなきゃなんないのよ!」

「知らないよ!僕だって女の子と済むなんて聞いてないよ!」

「どうせ夜中に私に厭らしいことするつもりなんでしょ!サイッテーーー!!」

「なんで僕が君にそんなことしなきゃなんないんだよ!」

「…………!!!!?」

「……!!」

……




風呂の外ではまだアスカとシンジの言い争いが聞こえる。

「賑やかねえ……」

ミサトの顔は穏やかだ。

目を閉じて今日のシンジの会話を思い出す。







……

…………

「……乗ります。僕が初号機に乗ります」

「シンジ君?!」

乗ってくれるというのは嬉しいが、ミサトにはシンジの心境が理解できない。

「いいの……?ほんとに?」

「はい…」


「私が言ったこと……、覚えてる?」

「自分の意思で決めろってことですよね?」

「ええ。考えての決断なの?」

「……正直、乗りたくて乗るわけじゃないです……」

「なら……、どうし「加持さんが……」」

シンジがミサトの言葉を遮る。

「言ってたんです。僕には努力できるチャンスがあるって……」

「加持が…?」

シンジはコクリと頷く。

「大切な人とか、失って後悔するとか、………加持さんが言いたいこと、完全にはわかりませんでした」

シンジが何のことを言ってるのかはわからないが、ミサトはシンジの言葉に耳を傾ける。

「でも乗らないよりはマシなんです。それはわかりましたから……」





…………
………

ミサトはゆっくりと目を開ける。

「加持君とシンジ君がか……。どんな話したんだろ……」























「はぁー、いい湯だったわー。アスカとシンジ君もイチャついてないで入りなさい」

「「ミサト(さん)!!」」


「アンタ頭おかしいんじゃない?昔から言うじゃない男女七歳にして同衾せずって!」

「そ、そうですよミサトさんマズイですって!」

「なーんにもマズイことなんてないわよ。

 あなた達はチルドレンだもの。一緒にいたほうが警備もしやすいし。

 一緒に住むことで協調性も生まれれば、作戦行動も迅速に実行できる。一石三鳥だわ」

「協調性なんて生まれるわけないじゃない!夜中に私が襲われたらどうするのよ!!」

「だいじょうぶ。シンちゃんにそんな度胸はないわ。それに部屋も別々だし」

「…………」

シンジは複雑な心境だ。


「ほら、二人とも早くお風呂入らないと。明日学校遅れるわよ?」

「学校?」

シンジが問う。

「そよ。明日はアスカとシンちゃんの初登校日ね」

………結局、夜中まで生活当番のジャンケン大会で盛り上がり、シンジが部屋で落ち着けたのは深夜一時を回っていた。




大変なことになっちゃったなあ……。

『乗ります!僕が乗ります』

『シンジ君、ここはあなたの家なのよ』

『シンジ!今後出ししたでしょ!もう一回よっ!もう一回!!』


…………

ちょっと楽しいかも……。

シンジはクスリと笑う。


『そよ。明日はアスカとシンちゃんの初登校日ね』

学校か……。あんまりいい思い出ないな……。

先生の所にいた頃も、大して友達もいなかったし。ただただ毎日が過ぎてくばかりだった……。



…………。

なんだか疲れた。もう寝よう……。




















翌朝、シンジとアスカは並んで登校していた。

チルドレンとしてアスカは先輩ということで紹介されたが、アスカもシンジが来る二日前に着いたばかりだったらしい。

「制服ねー。なかなかいいじゃない。日本の教育制度も捨てたもんじゃないわね!」

アスカは初めて袖を通した、制服というものにまんざらでもない様子。

シンジの隣をスキップしている。一方シンジは浮かない顔をしている。

「どうしたの?」

「アスカは緊張したりしないの?初めての学校なのに……、友達とか……」

アスカはハァっと小さく溜息をつく。

「朝っぱらから……、あんたらしいわね」















朝の教室の喧騒。

突然第3新東京市を襲った使徒襲来。それ以降疎開によってだいぶ生徒の数は減ってしまった。

それでも若さ溢れる中学生の教室というものは騒がしい。


「ねえ、相田君」

お下げにソバカスの少女が、相田と呼ばれたメガネをかけた、模型飛行機をいじっている少年に声をかけた。

「委員長。なんだ?」

「鈴原が休んでる時に溜まったプリント、ちゃんと届けてくれてる?」

「あ、ああ、あれね。もちろんだよ。」

ケンスケは慌てプリントを机の奥につっこむ。


「それよりさ、委員長はもう知ってるか?今日転校生が来るんだぜ?」

「転校生?」

「そうそう。男と女!しかも女のほうはかなり美人って噂なんだよ!」

相田は胸の前に手を合わせて目をキラキラさせている。

「相田君ってそういうのどこで調べてるのよ……」

ヒカリは呆れ顔だ。





キーンコーンカーンコーン……

予鈴が鳴り、年老いた担任教師が入ってきた。

ちなみにこの教師、名前は利根川といい数学を担当している。

「ええ……、今日は転校生が来ております。みなさん仲良くしてあげてください」

クラスがどよどよとザワつく。

「碇君、惣流さん、入ってきてください」



浮かない顔のシンジ、余裕ある微笑みを浮かべるアスカ。

「「「おおおーーーー」」」

男子生徒から声が上がる。


「では、自己紹介をお願いします」

「父の仕事の関係でこっちに来ました。碇シンジです」

シンジがペコりと頭を下げる。

「ドイツから来ました。惣流・アスカ・ラングレーです。よろしくねっ♪」

アスカはニコリと笑うとウィンクしてみせた。


「「「「うおおーーーーーーーーーーー!!!」」」」


クラスから歓声があがる。

「みんな、静かにしなさい!」

クラス委員である洞木が声をあげた。


シンジはゲッという顔でアスカを見る。

(どうやったらこんなに猫かぶれるんだ……)

ケンスケはしきりにカメラで写真を撮っている。


シンジはふと窓際に目をやった。

そこには一人、興味が無さそうに窓の外を見ている少女がいる。

蒼銀の髪、頬杖をついて校庭のほうを見ている。

(綾波さん……?)



「では……一番後ろの席が二つ空いてますね。そこに座ってください」

シンジとアスカは隣同士の席に座ることになった。



結局この日はほとんど授業にならなかった。

休み時間になると隣のクラスからも人が押し寄せる。と、言ってもシンジにではなく、アスカにだ。

必然的に隣の席のシンジも、人の波に巻き込まれることとなったのだった。

(まあ、実際美人だしね……)

















シンジ、アスカ、レイは午前中に学校を早退し、並んでNERVへと向かっている。

転入早々早退というのも考え物だが、今日はNERVで実験があるらしい。

学校にはミサトが早退する旨を連絡済みらしい。

シンジ、アスカが並んで前を歩き、レイがその後ろを着いて来ている。


「転校早々、大変だったね……」

「ん、まあね……」

シンジはゲンナリとしているが、アスカは堪えた様子はない。


「綾波さんも同じクラスだったんだね。これからよろしく」

シンジは首だけ振り返りレイに声をかける。

「…………」

レイは真っ直ぐ前を見たまま返事がない。

(僕、嫌われてるのかな……)


気をとりなおしてアスカに話を振ってみる。

「今日はなんの実験なんだろ」

「アンタばかぁ?アンタのお守りよ」

「へ……?」





















「聞こえてる?シンジ君」

リツコがマイクで話しかける。



NERVに着くや否や、その足でプラグスーツを着せられ、エントリープラグに押しこまれた。

「前回に続き、今回のシンクロ率もなかなかだわ。

 でもあなたはアスカとレイに比べ、まだエヴァを動かしたことがない。

 次の使徒がいつ来るかわからない以上、早くエヴァに慣れてもらう必要があるの」

「はい…」


「だから今日は実際にエヴァを動かしての連動実験。同時にエヴァの基本操作をマスターしてもらうわ。

 レイとアスカにも手伝ってもらうから。そのつもりで」

リツコはマイクをミサトに渡す。


「シンジ君、聞こえる?これからは私が指揮を執るわ。早速始めるけど準備はいいかしら?」

「はい。たぶん……」

ミサトは振り返り、メガネをかけたオペレーター、日向マコトに目をやる。

マコトはコクンと頷く。ミサトもそれに頷き返す。


「エヴァンゲリオン初号機、発進!」



バシュッ!!

「うわっ!」

リニアレールに加速され、初号機が打ち出される。


「くっ!」

すさまじい加速Gにシンジが顔をしかめる。


ドガン!!

リフトが止まった。


恐る恐る目を開けると、そこはいつか展望室から見たジオフロントの風景。

遠くに青い零号機と紅い弐号機かリフトに固定されているのが見える。


「シンジ君いい?今からリフトをはずすんだけど

 実際こうやってエヴァに乗って訓練する機会ってのは中々ないことなの」

「え、そうなんですか?」


「ええ、予算の都合でね。エヴァを動かすとものすごくお金がかかるから、普段はシミュレーターを使ってるのよ。

 だからこの貴重な時間を無駄にしないよう、集中してやってちょうだいね」

ミサトの声も普段とは違い真剣だ。







「いくわよ。エヴァンゲリオン初号機リフトオフ!!」















+続く+






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