■ HOPE  第四話 「苦悩」








アスカ、レイとの会合を終えた後、

結局シンジはジオフロントを散歩するだけで終ってしまった。

時刻は19時をまわっていたので、食堂で夕食を取っている。

今日はカレーセットにしてみた。


「やあ、シンジ君、約束を果たしに来たぞ」

シンジが振り返ると、トレーにうどんセットを乗せた加持がニカッと笑っていた。


「あ、加持さん。約束って……?」

「おいおい、もう忘れたのか?今度メシ食おうって昼に言ったばかりじゃないか」

「え、ああ、そう言えば……」

確かに今度とは言ったが、まさかその日の夕飯に来るとは。

シンジは少々面食らう。



加持はシンジの前の席にどっかりと座ると、シンジの顔を見た。

「シンジ君は、なんでもここで寝泊まりしてるんだって?」

「はい、実は…………」






シンジはここ2日あったことを加持に説明した。







「…………なるほどな。自分の目で見て、自分で決めろ……か。葛城らしいな」

シンジの話を聞いた加持は少し微笑んだ。

「だが、葛城の言うことは結構大事なことだぞ」

盗み見るような目でシンジを見る。

「シンジ君、君はなぜエヴァに乗る?」

加持は急に真剣な顔つきになる。



「え?いや、乗る……とは決めてないし……」

「ならなぜここにいるんだ?」

「それは……ミサトさんが……」

「ここにいろと言ったからか?」

「……え、あ、はい……」

「本当にそうなのか?」





「……どういう意味です?」

シンジは怪訝な顔をする。

加持が何を言いたいのかわからない。




「俺の勝手な推測だが、君は碇司令と話がしたいんじゃないのか……?それを期待してもう少しここにいようと思ったんじゃ?」

「………………」






「少しきついことを言うようだが……」

加持は言いにくそうに、一旦言葉を区切る。

「ダダをこねて親の気を引くのは子供のすることだ……」



「そ、そんな……! 」

加持の物言いにシンジは思わず声を出す。



「違う……と言い切れるのかい?」

「…………」

シンジは顔を伏せ、両手を握り締める。


「青葉もレイちゃんもアスカも、みんな乗らないほうがいいって言ったんだって?」

「はい ……」



「それで、どうする?君はみんなが乗るなというから乗らないのかい?」

「まだ……わかりません……」

シンジは顔を伏せたままだ。


「そうか……」

加持はシンジから目線をはずす。










「俺は、乗るべきだと思う」

シンジは顔を上げた。

意外なことにミサト、リツコ、ゲンドウを除くと、ここに来て初めて乗るべきというはっきりとした意見だ。



「俺はシンジ君よりずっと年上だからな……。

 少しだけだが、君のために何か言える言葉を持っているかもしれない」

加持は少しだけだが表情を柔らかくする。


「もし……君が乗るという決断をするならば、なぜエヴァに乗るのか。それを考えてほしい」

「……僕はあんまり乗り気じゃないのに……そんなのわからないですよ……」





「そうだったな……。それはなぜだい?」

「だって、そうじゃないですか。いきなりあんなのに乗れだなんて。

 第一、死ぬかもしれないんですよ?」

「そうだな……」



加持は顎に手をあて、不精髭をさする。

「俺がもし14歳で、君の今の立場なら、必ず乗ると言ったと思う」

シンジはバッと顔をあげて加持を見る。

「いや、14歳でなくて、今の俺でも適格者になれたとしたら、間違いなく乗るね」

シンジは目を少し見開く。

「な、なんで?」




「君は死ぬかもしれないから……。と恐れているが……、俺はセカンドインパクトを経験している」

加持は少し目を細めた。


「あの頃はほんとに地獄だった。物も食糧もない。暴動や貧困……。人の死が当たり前に転がっていた……」

加持は遠い目をしている。


「その時俺はわかったんだ。死ぬのは怖い。それはもちろんだ。

 だがな、本当に怖いのは大切なモノを失うことなんだよ」

「…………」

シンジは加持の顔を見つめる。



「そして絶望的な後悔、無力感。大切な人が死んでいくのに自分は何もできない。

 あの時こうしていれば違う結果になったんじゃないか……。くだらないのはわかっているが、今でもそう思うことがある……

 自分を責めて生き続けるのは、ある意味死よりも残酷だ」




加持はシンジに目線を戻す。

「自分が何かできる、という選択肢があるのは幸せなことなんだ」

一旦話を区切る。




「話を戻そうか。エヴァに乗る理由だったな。

 俺の場合、後悔はしたくないからだ。あの時自分がああしていれば……と。

 失った時にその価値がわかるようじゃ遅いんだ……」

「加持さん……」





「アスカが言うように、君は足手まといになるのかもしれない。

 だがな、何もせず後で後悔するよりはずっとましだ。

 大して戦力にならないのかもしれない。それどころか君が死んでしまうかもしれない。

 だがもし、君が乗ることによって100人失われるはずの人命が99人になったとしたらどうする? 」

「…………」




「そしてその逆も言える。君が乗らないことによって、救われるはずの命が一つ無駄に消えてしまうかもしれない。

 それが君の大切な人だったら、君は死ぬほど後悔するんじゃないのか……? 」

「…………」




「君が努力すれば救う命が1人から50人になるかもしれない。

 重要なのは、君がそのチャンスを握っているということだ。

 俺や葛城でなくて君がな……」



一気に喋った加持は軽く息を吐く。

「人類を救うため……なんて大きな志を掲げる必要なんてないんだよ。そんなの俺だって無理だし、ピンとこない。

 ここで乗らなければ死なずに済むかもしれないが、使徒によって人類全体が滅亡する可能性があるんだ。

 もしかしたらアスカやレイちゃんがうまくやって防いでくれるかもしれない、だがその代償に彼女達が死ぬことだってありえるんだ。

 ……いずれにせよ、俺は君に後悔して生きて欲しくない。これからの未来を築いていく君達には……な」




「君にはチャンスがあり、努力ができる。

 それが乗るべきだと俺が言った理由だ。

 俺も葛城も君に強要しない。自分で考え、自分で決めるんだ……」


「加持さん……」

「…………」






しばしの沈黙……。







「………なんだ、ちょっと辛気臭くなっちまったな」

加持はふふっと笑う。

「いえ。そんなことないです」

「そうか」

加持は微笑む。



「俺はそろそろ行くよ。シンジ君もあまり遅くなるなよ」

「はい、あの、加持さん!」



「ん?」

席を立った加持は首だけ振りかえる。

「あの……ありがとうございました」




「……いや、いいんだ」

加持は昼間そうしたように、微笑ながら肩越しに手をあげた。

「………………」
















「加持さん……うどんセット食べなくて良かったのかな……」



































部屋についたシンジは机の上に資料を並べて眺める。

ファーストチルドレン、セカンドチルドレン、エヴァンゲリオン初号機……。

スケジュール表には明日12:00より起動実験と書いてある。

シンジには何のことかはわからない。




「…………」


電気を消して布団に潜りこむ。






中学生を戦場に立たせることに嫌悪感を感じながらも、エヴァに乗れというミサト、青葉。

息子としての自分を拒絶する父ゲンドウ。

先輩にあたる少女達は、足手まといだと、不幸になるからと、シンジが乗ることを否定する。



加持の言葉を思い出す。

『君は司令と話がしたかったんじゃないのか?』

『ダダをこねるのは子供のすることだ』

『シンジ君、君にはチャンスがある。重要なのは努力することができるということなんだ……』





僕には大切な人なんていない。

先生の所でも大して友達なんていなかったし、父さんもあんなだ……。

だけどもし……加持さんの言う通り、失ってからその価値に気がつくのだとしたら……?






シンジは一度寝返りをうつと目を閉じた……。








































「時間通りね、シンジ君」

昨日と同じく、ロビーのテーブルにかけていたシンジにミサトが声をかけた。

「おはようございます」

「おはよう、シンジ君」



ミサトはシンジの前にかける。

「スケジュール表は目を通してくれた?」

「はい、起動実験……でしたっけ?」


「そ、意味はわかる? 」

シンジは首を振る。


「シンジ君に適性があるってのはわかってるんだけど、それが実際エヴァが起動できなければ意味がないから。そのテストよ」

「テストですか?」

「ええ、実際にエヴァが起動しないんじゃ、戦力にならないでしょうからね」

「でも……僕どうしたらいいのかわからないですよ?」

「だいじょうぶ。ちゃんと説明を受けられるわ」




「……あの、ミサトさん」

シンジはミサトを上目遣いに見る。

「なあに?」

「チルドレンとかエヴァとか機密事項なんじゃないんですか?それに実験だなんて……。僕にこんなに見せても良かったんですか?」

「ん、良くないわよ」

ミサトはあっけらかんと言いのける。

「言ったでしょ?あなたには色々知ってから決めてほしいって。私は私の意思でやってるのよ。

 ま、責任は取らされるでしょうけど、クビにはならないわ」

「そ、そんな……」

シンジはオロオロした表情を見せるが、ミサトは逆にフフフと微笑む。

「別にシンジ君が気にすることないんじゃない?私達はパイロットになってくれって言ってるのよ?どっちが無理言ってるかは明白だわ」

「ミサトさん……」





「それで、そのことなんだけどね……」

ミサトは声のトーンを落とす。


「とりあえず今日の実験が終ったら、17時までに結論を出してもらうことになるんだけど……」

「……エヴァに乗るかって話ですよね……」

「ええ……」

「…………」




「……気持ちは決まった? 」

「まだ……迷ってます……」


「……そうよね」

「…………」


シンジはやや俯き加減で浮かない顔だ。



「それじゃ行きましょうか」

ミサトは気持ちを切り替えるようにニコっとシンジに微笑む。


















チルドレン専用男子更衣室。

「それじゃシンジ君、これに着替えてちょうだい」

ミサトからそれを受け取ると、シンジはそれを広げてみる。

「こ、これ本当に着るんですか……」

それは昨日アスカやレイが着ていた、まるで戦隊物アニメに出てくるようなスーツ。

彼女達のとは違い、青を基調としていた。

「そうよ。プラグスーツっていうの。エヴァに乗るときのノイズを抑えてくれるわ」






更衣室の中で説明書を片手にスーツに挑む。

「裸で着るのか…」

シンジはゲンナリと呟く。

「はやくも乗りたくなくなってきたな……」

ブツブツと文句を言いながらも、スーツを着ると手首のフィットボタンで体にスーツを密着させる。

外で待っていたミサトと合流すると、本部メインエレベーターで地下に降りる。

「あ、ここって僕のカードじゃ入れなかったとこですよね?」

「そうよん。今から発令所ってとこに行くわ。わたしの仕事場」









発令所の扉の前でミサトがIDカードを通す。

やや薄暗い中で一昨日青葉が着ていたのと同じ、NERVの制服を着た職員たちがパネルに向かって作業している。

そこには青葉、リツコ、アスカの姿も見えた。


リツコがこちらに気がついたようで、振り向く。

「あら、もうそんな時間?」


ミサトがリツコに歩み寄る。

「どう?調子は」

「アスカはもう終って、78.23%を記録したわ。

 今はレイのシュミレーションプラグの準備をしてるところ。

 この後シンジ君には初号機で直接起動実験をする予定よ」

リツコがチラっとシンジのほうに目線をやる。


「あの……、僕、具体的に何やるかとか聞いてないんですけど……」

「大丈夫。特別なことは何もしなくていいわ。座っているだけで結構よ」

リツコが答える。

「そうなんですか」

なんだか拍子抜けだ。





「ファーストチルドレン、シュミレーションプラグのシンクロテスト準備、完了しました」

NERVの制服を着たやや童顔の女性オペレーターがリツコに声をかける。

「ありがとう、マヤ。初めてちょうだい」



マヤが手元のコンソールを叩くと、メインスクリーンには目を閉じて瞑想してるようなレイの顔が映し出される。

数字や記号がいくつも表示されているが、シンジには何のことかわからない。





首からタオルをかけ、赤いプラグスーツに身をまとったアスカが見える。

腕を組み、やや険しい顔をしている。



シンジはアスカに歩み寄る。

「アスカさん」

「あら、あんたまだいたの?」

ずいぶんな言い草だ。




シンジは構わず会話を続ける。

「僕これから起動実験するんだ。……シンクロってどんな感じなの?」

「ん?んー……どんな感じって言われてもねえ……」

アスカはちょっと遠くを見る。


「まぁ、そのままよ。エヴァと一体になってる感じかなあ……」

「一体に……」






シンジ達の前の方ででリツコとマヤがパネルを見て何か作業している。

「どう?」

「まだ少し余裕があるみたいですね」

「あと0.3下げてみて……」







………やはり何をやってるのかわからない。


シンジは何の気なしに、後ろを振りかえってみた。

そこには一際高い司令塔。

その最上階に座りサングラスをかけ、口の前で手を組んだゲンドウ……。

(父さん…………)

昨日の加持の言葉が思い出される。

『君がもし決断するなら……』


…………
……







「……ねえアスカさん」

「ん?」

「アスカさんはどうしてエヴァに乗るの?」

「そりゃあ、自分の才能を世に知らしめるためよ」


「自分の才能…………自分の価値を……?」

「ま、似たようなもんね」

シンジはアスカと並んでスクリーンに映るレイを見る。










「シンクロ率75.23%で安定しました」

マヤが報告する。







「チッ!」

アスカがあからさまに舌打ちをして顔をしかめる。

(急に不機嫌になったけど、どうしたんだろ)

シンジはアスカの顔色を伺う。






「レイ、ご苦労様。上がっていいわよ」

ミサトがマイクでレイに声をかける。

『……はい……』








「じゃあ次はシンジ君の番ね」

ミサトが声をかける。

「シンジ君はシュミレーションプラグじゃなくて実際に初号機に乗って起動実験をしてもらいます。ケージに行くわ。ついてきて」























「エントリープラグ挿入完了」

シンジは筒状の操縦席に座らされている。

外の様子は何も見えない。時々オペレーターが何かを報告する声が聞こえる。

何もしなくてもいいと言われたものの、やはり不安は隠しきれない。




「LCL注入開始」




……!?

「うわっ!なんだこれ!」

足元からオレンジ色の液体がゴポゴポとせりあがってくる。

「み、ミサトさん!」


「大丈夫。落ち付いてシンジ君。それはLCLと言って肺が満たされれば直接酸素を補給してくれるわ」

リツコが冷静に答える。


「ぼ、僕泳げないんですけど!」

「あら、好都合ね。早く肺に吸い込みなさい」

「グボハッ!……気持ち悪い……」


それを聞いていたマヤがプッと吹き出す。

アスカもクックックと腹を抱えて笑いを堪えている。




やや髪をLCLで濡らしながらレイも発令所に入ってきた。

「LCL注入完了」

マヤがリツコに報告する。

リツコが頷く。







「これより、サードチルドレンによる初号機起動実験を行います。第一次接続開始」








主電源接続


動力伝達完了


第二次接続開始


A10神経接続完了………


プラグの中では内壁が七色に輝いている。






「双方向回線、開きます」


プシュン!!

シンジの目の前にケージの風景が浮かびあがる。


「シンクロ率、43.24% 初号機正常に起動完了。ハーモニクス誤差、範囲内です」




「「おお……」」

発令所にどよめきが走る。




「すごいわね、1回目の起動でシンクロ率40%を超えるなんて」

リツコが感嘆の声を漏らす。


「うっそ」

アスカも目を開いて驚いているようだ。


「…………」

レイは相変らず無表情。





ミサトはやや眉を上げて舌舐めずりする。

後ろを振り帰り、司令塔に座るゲンドウを見上げる。

ゲンドウはいつものポーズのまま、その表情は伺い知ることができない。


視線をスクリーンのシンジに戻る。

シンジは何が起きているのかよくわからないといった様子で、キョロキョロとしている……。


(シンジ君が乗るって言ったら、いけるかもしれないわね……)

ミサトは手を口元にあて、ニヤリと微笑んだ。






























チルドレン控え室、その廊下にあるベンチでシンジは首からタオルを下げて座っている。

「シンジ君、お疲れ様」

「あ、ミサトさん……」

ミサトが歩み寄ってシンジに缶ジュースを渡す。



「すごいじゃない、シンジ君!初回から40%突破だなんて!」

ミサトはやや興奮気味だ。

「はぁ…」


「嬉しくないの?」

「え……いや……まぁ……」



「…………」

「…………」



シンジは缶ジュースを空けずに、それを見つめている……。

「シンジ君……?」

怪訝そうな顔を浮かべながら、ミサトもシンジの隣に腰を下ろす。



シンジは僅かに顔をあげた。

「ミサトさんは……大切な人っています?」

「どうしたの?唐突に」



「エヴァに乗ったら……死ぬかもしれませんね……」

何の表情も映らない顔でシンジがボソッと漏らす。


ミサトはしまったという顔をしてシンジから顔を逸らす。

彼にとっては恐怖の対象であるエヴァ。シンクロ率が上がっても嬉しいことなどあるはずがない。






シンジはチラっとスーツの左腕に内蔵された時計に目をやる。

16:40を表示している。





「時間ですね。僕……決めました……」

ミサトは目を見開いてバッとシンジを見る。

シンジは顔を完全に上げ、真剣な目で真直ぐ前を見ている……。



















「僕は………………」

























+続く+






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