■ HOPE  第参話 「先輩」









昨夜はゲンドウのことやこれからのことを考えて眠りについたのだが、慣れない布団とも相まって眠りは浅かった。

やや眠い目を擦りながら、ネルフのロビーのテーブルに座る。

昨日ミサトから貰ったスケジュール表によると、今日は先輩にあたるファーストチルドレン、セカンドチルドレンと会う機会があるらしい。

携帯電話を開き、時刻を確認すると、AM9:54。ミサトとの約束はこの時間でいいはずだ。



「シンジくーん!」


向こうから笑顔で腕をブンブン振り、資料を小脇に抱えてやってくるのが見えた。

シンジは一度席を立ってペコりと頭を下げる。

ミサトはシンジの前の席にドカっと座り、足を組む。


「おはよう、シンジ君。昨日は眠れたかしら」

「おはようございます。……まあそこそこは…」

「それは結構」


ミサトは持ってきた資料をいくつかシンジの前に置く。


「えっと、早速だけどサードチルドレンの待遇をちょっと話とくわねー」

シンジも目の前に出された資料に目を向ける。


「まず、お給料が出るわ。危険手当や使徒戦での内容を考慮されて賞与も。

 世界で数人しかいないチルドレンだから、結構法外な額よん。もちろん、シンジ君は未成年の上に中学生だから、多少制限はかかるけどね」

ミサトは一旦話を気ってシンジの顔を見る。


「…… ってそんな顔しないでよ、シンジ君。もし、乗ることになったらの話よ」

まるで乗ること前提で話が進んでいるようで、シンジは不安な顔をしてしまっていた。



「昨日言ったでしょ?まずは色々知ってから決めてほしいって。

 今話したのはチルドレンの待遇を知っておいて欲しかったからよ。

 ……それと、チルドレンと言えど中学生には変わりないわけだから、義務教育を受けてもらうことになるわ。

 これがその資料。第3新東京市、第壱中学校ね」


(学校……か…)




「そしてこれが本日のメインイベント。ファーストチルドレン綾波レイとセカンドチルドレン、惣流アスカ・ラングレーの資料よ♪」

写真付き履歴書のような資料をシンジに手渡す。




『ファーストチルドレン綾波レイ 14歳 零号機専属パイロット

幼少の頃より適格者として見出され、ネルフ本部で教育を受ける。過去の経歴は白紙。抹消済み。

第3使徒戦にて人類初のATフィールド展開、中和に成功している』


写真には青い髪に紅い瞳という印象的な容姿の女の子が無表情な顔で映っている。

(不思議な色の髪をしてる子だな。過去の経歴は白紙……ってなんだろ……)




『セカンドチルドレン惣流・アスカ・ラングレー 14歳 弐号機専属パイロット

ドイツ支部所属。幼少の頃適格者として見出され、訓練を受ける。

射撃格闘訓練ともに好成績を残し、弐号機シンクロ率も70%を超える。

飛び級で大学卒業。第4使徒戦にて、海上戦にも関わらず内部電源のみでの使徒殲滅は特筆に値する。

現在NERV本部に配属済み』


写真には綺麗な微笑みを浮かべる赤毛に青い瞳の少女が映っている。

(この子、あの赤い機体に乗っていた子か……。大学卒業?!)





二人の資料を興味深げに見ていたシンジだが、視線を感じて、ふと顔をあげる。

そこにはニヤニヤした顔のミサト。

「え……なんですか?ミサトさん」

「いえ、どっちなのかな〜と思ってさ」

ミサトはニヤけたままだ。

「何がです?」

「シンちゃんの好み♪」


「な、なに言ってるんですかミサトさん!」

シンジは顔を赤らめて声をあげる。


「あはは。やっぱシンジ君はそういう顔してるほうがかわいらしいわね〜♪」

「もう!」

チルドレンになるかどうかというシンジにとって人生レベルの決断。

にも関わらず冗談を平気で言うミサトが信じられないと言った様子で、シンジは少し溜息をつく。


「でも素敵じゃない?チルドレンになった理由が一目ボレした子のためとかさ〜。」

ミサトは顔を天井にむけ、両手を胸の前に組み、瞳をキラキラさせている。

「……僕はもう、やる気がなくなりました…」

「ああっ!うそうそ!ご、ごめんねシンジ君!」

ミサトは慌てて、シンジの機嫌をとる。



























ポーン!

エレベーターが開き、シンジとミサトが出てくる。

ミサトは扉に手をかけて、開けっ放しにしておく。

「ここをまっすぐ行くとチルドレンの更衣室に着くわ。

 そのあたりにアスカとレイもいると思うから話してらっしゃい。

 二人に話は通してあるわ」

「はい。でもミサトさんは?」

「わたしは仕事があるから。それにわたしが居たらアスカもレイも本音話してくれないかもしれないし」

「なるほど」

「何かあったら携帯に連絡ちょうだい。それじゃ、ごゆっくり〜♪」

手をひらひらさせると、ミサトは待たせてあったエレベーターに乗りこんで行ってしまった。

シンジは体を返し、更衣室へと向かった。











「あ……」

廊下の壁に背なかをもたれている赤毛の少女を見つけた。

(アスカさん……?)

赤いウェットスーツのような体のラインが出るスーツを着たアスカは、首からタオルをかけてコーラを飲んでいた。

シャワーでも浴びたのだろうか?髪が濡れている。

「ん?」

シンジの声に気がついたのだろうか。

アスカはコーラはそのままにシンジに目線を向ける。

青い瞳が印象的だ。




(すごい美人だな……)

外国の血が入っているせいか、背はシンジより少し高い。

綺麗に整った顔立ち、白い肌、濡れた赤い髪……

体のラインが出るスーツからは彼女の見事なプロポーションが見てとれる。



「…何か用?」

アスカは綺麗な日本語でシンジに声かける。

「あ、あの……初めまして。僕、碇シンジといいます。パイロット候補…なのかな……」

シンジはちょっとドギマギしながら話す。

「ああ、あんたが…」

アスカはコーラを口から離し、体をシンジに向ける。



「ミサトから聞いてるわ。なんでもチルドレンになるかどうか悩んでるんだとか?」

「う、うん。まあ、そんなとこだよ」

「ふーん……」

アスカは半目で試すような視線をシンジに向ける。



「それで、何?決めたわけ?」

「どうするか……だよね?まだなんだ。だからアスカさんの話を聞きたいと思って……」

「なるほどねぇ」

アスカは目を伏せて、小さく息を吐いた。




「サード……にはなってないのか。シンジだっけ?いい?シンジ」

アスカはズイッと顔をシンジに近づけ人差し指を立てる。





「チルドレンになるのは辞めなさい」

アスカは顔を離し、険しい顔で腕を組む。






「いい?シンジ。チルドレンってのはね、選ばれた人間がなるもんなの。

 アンタみたいに昨日今日見出されて、はいそうですかってなれるもんじゃないの。」

シンジはアスカの気迫にやや気負いされる。


「私はこんな小さい時から訓練を受けているわ」

アスカは腰あたりに手をやる。

「小さな頃から訓練して勝ち続けて、それでようやくアタシはセカンドチルドレンになったわけ。

 特別な才能もなしに、やるかやらないか、なんて甘いこと言ってるあんたなんて論外。はっきり言っていい迷惑なの」


アスカは小さく息を吐く。

「もう一度言うわよ?チルドレンになるのは辞めなさい。理由は足手まといだから。以上よ」




シンジはアスカの話に終始押されて呆然としていたが、気をとり直して口を開く。

「で、でも……ミサトさんは色んな人の意見を聞いて」

「死ぬわよ」

容赦ないアスカの言葉がシンジの言葉を遮る。


「言ったでしょ?足手まといだって。」

「…………」






そう、チルドレンになるということは使徒と戦うということなのだ。

そして目の前の少女は実際に使徒と戦い、勝利している。

その少女が言った。死ぬかもしれないと……。




「…………」

シンジは返す言葉が見つからない……。







「おいおい、そんなにシンジ君をいじめちゃかわいそうだろ」

突然かけられた声に二人は振り向く。


「よっ!アスカ。……とシンジ君」

やや長い髪を後ろで縛り、不精髭をはやした男が軽く手を挙げて微笑んでいる。



「あ〜〜!加持せんぱーい!」

アスカは今までのキツイ顔からうって変わり、1オクターブ高い声を出して加持の腕に飛び付く。

「違うんですー。こいつってば、チルドレンのことほんとにナメてかかってるからー」

「シンジ君は初めてづくしなんだ。仕方ないだろう?」

加持は笑って答える。


「初めまして、シンジ君。俺は加持リョウジ。保安諜報部所属だ」

そういうとニカッと笑って、シンジの手を差し出した。

「碇シンジです」

手をとって握手する。




「俺は今から休憩なんだが……どうだ、二人とも。腹減ってないか?よかったら奢るぜ?」

「えー?!うそー!!いいんですか?加持先輩!!」

腕にしがみついてるアスカは嬉しそうだ。


「あ、いえ、せっかくですけど、ファーストチルドレンの子とも話しておきたいので……」

「そっか。そいつは残念だなあ」

加持は残念そうに頭を掻く。


「いいじゃないですか、こんな奴ほっといて」

ぐっとシンジを睨む。シンジは思わず引きつった笑いを浮かべる。


「さ、いきましょっ」

アスカは加持の腕をぐいぐいとひっぱって行ってしまう。


「あ、シンジ君!レイちゃんならさっき奥にいたよ。今度は一緒にメシ食おう!」

加持はアスカにひっぱられながらも、手をあげてシンジにそういう。

シンジも手をあげてそれに答えた。

















加持に言われた通り、廊下の奥に行くと白いスーツを纏った蒼い髪の少女がそこにいた。

廊下に設置されたベンチに腰を下ろし、文庫本を読んでいる。





その姿にシンジは思わず息を飲んだ。





蒼銀の髪に陶磁器のように白い肌。印象的な紅い瞳……。

文庫本に目を落としている目線、眉、前髪。午前中の日差しを浴びたそれは、キラキラと銀色に輝いている。

まるで一枚の絵画のようで、どこか幻想的というか浮世離れしている。

時折される瞬き、彼女のマツゲが銀の光をこぼす……。

唯一それが彼女が現実のものであるということを証明しているようだった。






彼女の姿にやや呆けてしまったシンジだったが、気をとり直して声をかけてみる。


「綾波さん……だよね?」

レイは文庫本から顔をあげ、シンジを見る。

紅い瞳の視線が強い。



「あ、僕は……」

「……碇シンジ。碇司令の息子。サードチルドレン……」

レイは先読みしていたように口を開く。

「あ、うん。そうだよ…」

「……葛城一尉から聞いてるわ……」

レイは本を閉じてシンジのほうに向き直る。


「あの…………」

「………座ったら?」


レイは目線で自分の横を促す。

「あ、うん……」



シンジはレイの素っ気無い物言いに、ドギマギしながらも、レイの横に座る。

…………




レイはじっと紅い双眼でシンジを射抜くように見つめている。


「えと、それで……」

「…………」


「綾波さんはファーストチルドレン……なんだよね?」

「……そうよ」


(な、なんか居心地悪い……)



シンジは少しモジモジしながらも、レイに話を切り出す。

「どうするか、悩んでるんだ……父さんには乗らないって言ったんだけど……

 でも、よく知りもしないのに決めつけるのは良くないって……」

レイは相変らずシンジの顔を見ている。


「それで……綾波さんの話も聞けたらと思って……」

「……碇君はどう思ってるの?」

レイは自分の話をする前にシンジの答えを促す。



「……僕は……やっぱり無理なんじゃないか……と思ってる」

シンジはやや目線を伏せる。


「ミサトさんはよく知らないうちに決めるなって言うけど、あんな化け物と戦えだなんて無理だよ……」

目線を上げて、目の先にある壁あたりを見る。


「さっきアスカさんとも話してきたんだ。

 アスカさんってすごいよね。あの年で大学卒業してるし、エヴァの操縦もすごく上手だし……」

第四使徒戦の様子が頭をよぎる。

「…………」

レイは黙ってシンジの話を聞いている。



「アスカさんに言われたよ。足手まといだって。だから死ぬかもしれないって……」

「……当然だわ……」

レイが突然口を開く。

シンジもレイのほうを見る。

「……碇君は訓練をしたことがない。そればかりか昨日ここに来たばかり。エヴァの操縦が下手で当たり前。足手まといになるのは当然……」

「……それじゃあ、やっぱり……」




「……弐号機パイロットも最初からできたはずがない。訓練したんだわ……」

シンジはもう一度レイを見る。


アスカの言葉が思い出される。

 ”アタシはね、こんな小さい頃から訓練してきたのよ”



「……最初のうち碇君が足手まといになるのはそれほど重要なことではない。葛城一尉もそれはわかっているはずよ……」

「…………死ぬかもしれないのに?」




「……死ぬのが怖いの?」

レイはシンジのほうを見る。

「そりゃ怖いさ!死ぬのが怖くない人なんているはずないよ」



「………使徒を放っておけば、みんな死ぬわ……」



死ぬのはみんな怖い。シンジ自身がそうだ。他の人もきっと。

だから使徒を放っておくわけにはいかない。

そう……そのためにエヴァが存在し、チルドレンがいるのだ。





「………………」

「………………」



シンジは俯き、レイもやや視線を伏せている。

沈黙が流れる……。







「綾波さん……はさ……」

おずおずとシンジが口を開く。

「僕はアレに乗るべきだと思う……?」


レイは少し視線を上げた。

「……それは碇君が決めることだわ……」

レイが囁くように答える。

レイは話始めてからずっとこの口調だ。これが彼女の話し方なのだろうか。



「…………でも……」

レイの声にシンジは顔をあげる。




レイはやや目線を伏せる。

「……碇君は乗らないほうがいいかもしれない」

「え……なんで?」






「……不幸になってしまうかもしれないから………」




不幸………に…………?








「それってどういう……」

ピピピピッ!



シンジが言いかけたところに、レイのスーツの左手首あたりからアラーム音が鳴る。

「…………時間だわ……」

レイはスッと立ちあがる。

シンジもつられて立ちあがる。

「………さよなら…」







レイはスタスタと行ってしまった。

シンジはその後姿を呆然と見送る。




レイは10メートルほど離れた、第3実験室とかかれたプレートの部屋の前で止まると、扉の隣のパネルに手を伸ばす。

しかしレイが触れる前に軽い圧搾音を上げ扉が開き、誰かが出てきた。








(父さん………?)






ゲンドウはサングラスをかけている。手を後ろで組んでレイの前に立つ。

レイはそんなゲンドウを見上げている。



ゲンドウはレイを見下ろし、何かを話している。

レイはゲンドウを見上げ、答え返している。





シンジは我が目を疑った。

ゲンドウは少し顔を緩めて、微笑んだのだ。

レイもわずかに表情を柔らかくしているように見える。



(なんで……?父さん、綾波にあんな顔するの……?)






一言二言話したのだろうか、レイはそのまま実験室の中に消える。

ゲンドウはしばらくレイの後姿を見ていたが、体を返す……。


一瞬シンジと目が合う。

(父さん……)

「…………」



ゲンドウは気にも止めない様子で、シンジとは反対側の廊下へと消えていってしまった……。


































アスカと加持は食堂のテーブルに座っている。

アスカはハンバーグセットを手にご機嫌のようだ。

「加持さんに奢ってもらえるなんて、ほーんとラッキィー♪」

加持もそんなアスカを見て微笑んでいる。



「それでどうだ?」

「ん、何がです?」


「レイちゃんとシンジくんさ」

加持は少し悪戯っぽい笑顔を浮かべる。


「もー、予想以上に最低!」

アスカはブスっと膨れる。


「そうなのか?」

「そうですよー!」


「ファーストは何言っても反応薄いし、命令至上主義、優等生のお手本みたいな奴だし。人形って言葉がぴったりだわ!」

加持は顎に手をやり、フームと考えるような仕草をする。


「サードはサードで、なんか冴えないし、人の顔色うかがってて、勘に触るわ!」

アスカはホークを皿の上に置き、頬杖をつく。


「あ〜〜あ。もしサードがパイロットやるなんて言ったらどうしよ。

 気が会わないやつ二人に囲まれてちゃやっていける気がしないわ……」


「そう悲観するもんじゃないさ。二人とも腹割って話したらいい子かもしれないぞ?」

「だといいですけど……」


「それにレイちゃんやシンジ君がどんな人間でも、アスカはアスカじゃないか。アスカはアスカらしくしてればいいのさ」

アスカはパアッと笑顔になる。

「さっすが加持さん!!私のこと一番わかってるのは加持さんだわ〜」

テーブル越しの加持に飛び付こうとする。

加持は慌ててそれを手で制した。


























「……葛城一尉の独断により、サードチルドレンは明日まで本部で過ごした後、パイロットになるか決断させるとのことです」

「……そうか」

リツコとゲンドウ。二人は本部のエスカレーター状に移動する廊下の上を歩いている。

「よろしいんですか?」

「チルドレンの管理は葛城一尉に一任してある」

「シンジ君が搭乗拒否した場合……。マルドゥック機関からフォースチルドレン選抜の報告はありませんが……」

「その場合はレイをメインに初号機のシステムを書き換える」

「なるほど……」

「…………」

ゲンドウは右手中指と薬指でサングラスを僅かにあげた……。














+続く+






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