■ HOPE  第弐話 「初日」










「足元、気をつけてちょうだい」

「気をつけるも何も、何も見えませんけど…」

「今明かりをつけるわ」




ガチャッ!



「うわっ!」

ライトに照らされた、そこには赤い冷却液に浸かった、紫色の鬼のような巨人。

「顔…?ロボット……いや、これもエヴァンゲリオンですか?」

「そうだ」

シンジのほうに向き直り、ゲンドウが答える。

「エヴァンゲリオン初号機。シンジ、お前が乗るのだ」





「え……」






シンジは何を言われているのかわからない。

「乗る……?僕が…?」




呆然としてるシンジにリツコが声をかける。

「エヴァンゲリオンを操縦する人間はね、ある種の適正が必要なの。

 今のところそれが確認されているのは、さっきの映像にあった二人。

 そしてシンジ君、あなたなのよ」




シンジは少し後ずさる。

「……父さん、父さんはそのために僕を呼んだの……?」

「そうだ」



シンジは俯いて肩を震わせる。

「これに乗ってあのバケモノと戦えっていうの…?」

「そうだ」



声が上ずる……。

「僕は……僕はいらない子供だったんじゃないの…?」

「必要だから呼んだまでだ」


「そんな……そんなことのために……そんなのってないよ!!」

ゲージの中にシンジの声が木霊する。

ゲンドウはシンジを見下ろし、リツコとミサトはシンジを見つめる…。










「…………シンジ君」

ミサトはしゃがんでシンジの顔を覗きこむように声をかける。

「あなたは何のためにここにきたの?」

シンジはミサトからも目を逸らす。

「だめよ逃げちゃ!お父さんからも、何よりも自分からも」

「あんなのと戦えだなんて……できるわけないよ!僕は乗りたくないっ!!」





「……ならば帰れっ!」

ゲンドウの低い怒鳴り声が響いた。




「……人類の戦いに臆病者は不要だ」

ゲンドウは身を翻し出口へと歩いて消える。

リツコもシンジとミサトをしばらくの間、見比べていたが、小さく息を吐くとゲンドウに続いて出て行った。




「…………」

シンジは焦点が定まらない目線で俯いている。

ミサトは軽く失望した目でシンジを見る。

「………わかったわ、シンジ君。こっちに着いてきなさい……」


























ミサトとシンジはネルフロビーの休憩室にいる。

「………あの、葛城さん、さっきはすいません。取り乱してしまって……」

「ミサトでいいわ、シンジ君。………ま、仕方ないっちゃ仕方ないかもね」


自動販売機で缶コーヒーを二つ買うと、一つをシンジに手渡す。

「……あ、すみません」

コーヒーを開ける。



「それでね、シンジ君。これからのことを話すわ。

 まずあなたをここに呼んだ理由はわかったわよね?

 私達は人類滅亡を阻止するために、あなたに初号機に乗ってもらいたいの」

シンジは暗い顔で頷く。



「あなたは、乗りたくないって言ったわね。

 ……でもね、ほんと言うとあなたには拒否権はないの……」

「え……?」


「私達は超法規的組織。そしてこれは人類滅亡をかけた戦い……。

 徴収という形であなたに無理矢理乗らせる権利があるわ」


「そ、そんなっ!」

「でもね」

ミサトは一旦言葉を区切る。



「どうしても乗りたくない、というのならそうすればいい。

 だってそうでしょ?初号機に乗れるのはあなただけ。

 私達がいくら乗ってほしいと言ったところで、あなたがシートに座っても操縦しなかったらそこまで。

 最悪反抗して、エヴァでここを破壊することだってできるかもしれない」



シンジは複雑な顔でミサトの顔を見つめている。

「ま、あなたはそんなことしないでしょうけど……。

 でも乗らないっていうのはそういうことでしょ?

 乗るにしろ、乗らないにしろ、それはあなたの意思で決めるんだから」 


「それじゃ、このまま乗らないって言ったらどうなるんですか?」


「その場合、ここで見聞きした情報は決して口外しないという誓約を交わした後

 元いた場所に帰ってもらうことになるかしらね。

 あなたは貴重なチルドレンだから、もちろん監視はつくことになるでしょうけど

 あなたの私生活を侵害しない範囲で、ということは約束するわ」

「そう……ですか…」

シンジは少し俯いて、手元の缶に視線を落とす。

幾許か考えた後、顔を上げる。




「でもさっき、僕の意思に関わらず乗せることができるって……」

「……ええ、そうよ。でもね……、わたしとしてはあなたに決めてほしいのよ」

ミサトはシンジの目を見つめる。




「14歳……中学生だもんね…… 。

 命を、いえ、人類滅亡をかけた戦争……。

 乗りなさいというほうが無理なのかもしれない……」

ミサトはシンジから視線を落とす。



「さっきの映像、見たでしょ……?

 青い機体に乗ってた女の子、ファーストチルドレンもあなたと同じ14歳の少女だわ……。

 子供を戦場に立たせるなんてのは、やっぱりおかしい……。

 そして……その命令を出すのはわたし……」

ミサトはどこか自分に言い聞かせるように話を続ける。




「わたしはね、ここの作戦部長なの。

 シンジ君がもし乗ることになったら命令を出すのはわたしだわ……。

 ほんと、嫌な仕事でしょ……?

 だからね、せめてあなたには自分の意思で決めて欲しいの。

 わからない、できるはずない、なんて逃げではなくてね」

独白するようなミサトの言葉に耳を傾け続ける。



「本当は戦場に立つべきは大人よ。

 ……でもね、もう奇麗事言ってられない状況なの。

 現に使徒はこうして進行してきてる。放っておけばみんな死ぬわ……。家族や大切な人達も……」

ミサトは顔をあげてシンジの目を見つめる。



「シンジ君、わたしが今言ったことを忘れないで欲しいわ。

 なぜあなたはここに来たのか。

 乗るにしても、乗らないにしても、逃げちゃだめなのよ……」

シンジはミサトを見つめ返す。


「…………」

「…………」









パンッ!

突然ミサトが目の前で手を合わせる。


「さ、お説教はここでおしまいっ! 」

真剣な口調から一転、ぱっと笑顔になり、明るい口調で話し始める。

「それでね、さっき言った通り、わたし個人としてはあなたの意思を尊重したいと思ってるわけ。

 だから何も知りも試しもしないで、乗らないって決め付けないでほしいわ」

「でも、実際僕何も知りませんよ」


「ええ、わかってる。だからあなたに三日間、時間をあげるわ。

 今日を入れると実質あと二日半ね。よく考えてみて欲しいの。

 幸い助言を頂ける先輩もいるしね」


「先輩……ですか……?」


「そ、ファーストチルドレンとセカンドチルドレン。両方ともとっても美人よ〜ん♪」

ミサトはニンマリと笑った。

























NERV居住スペース、その廊下にシンジとミサトはいる。

時刻はいつの間にか18:00をまわっていた。

「ここが居住スペース。ほんとは職員用なんだけどね。

 はい、これ。シンジ君用よ」

ミサトがシンジにIDカードを渡す。


「来賓用のね。この部屋の鍵も兼ねてるわ。

 明日、明後日と、そのカードで入れる所はどこに行っても構わないわ。

 ……といっても、行ける所は限られてるんだけどね。

 それでもできるだけ色んな所を回って、あなたの目で、ここがどういう所なのかを確かめてほしいわ。

 明日明後日は守秘義務の関係で本部からは出れないから、そのつもりで。

 あっと……これもね 」



ミサトは資料の入った紙袋をシンジに渡す。


「今日話したことのまとめの資料と、明日、明後日のスケジュールが入ってるわ。

 あなたの先輩と話す機会も設けてあるから、スケジュールには目通しておいてね。

 わたしはシンジ君の携帯番号知ってるんだけど…

 わたしの番号はその中に入ってる名刺に書いてあるわ。何か用がある時はかけてもらって構わないから。」

「……色々ありがとうございます。ミサトさん」

シンジは少しはにかみながらミサトに笑顔を向ける。



「いいってことよ。笑うと結構かわいいじゃない♪」

ミサトも笑顔でシンジの頭をクシャクシャとかきまわす。




ミサトはチラっと腕時計に目線を向ける。

「わたしはそろそろリツコ達のとこに行かなきゃだけど、シンジ君は本部の中見て回るのもいいかもしれないわね。

 フロアB-2に食堂あるから夕飯はそこでとれるし……。あ、ここの地図はその中に入ってるから。

 あと居住ルームの消灯は22時よ。もし資料を見るならそれまでに見とかないと電気消えちゃうから」


「わかりました」



「明日10時にまた迎えに来るわ。

 それじゃまたね、シンジ君」


「はい。ありがとうございました」

ミサトは後ろ手にひらひらと手を振りながら歩いて行ってしまった。







「………」

ミサトを見送った後、シンジは自分の居住ルームのカードリーダーにIDカードを通す。

ピピッ・・・プシュ・・・


部屋の中は8畳程度の広さだった。

畳みの上に二段ベッド、机、DVD付きのテレビが置いてある。

職員用、確かにこれぐらいの広さと設備なら、仕事で宿泊するぐらいには不満はないだろう。



机の上に資料を置く。

携帯のメモリーにミサトの番号を登録。携帯の液晶には18:30と表示してある。

紙袋からネルフの地図を取り出す。取り合えず本部の中を見て回ることにした。













廊下を歩きながら地図を見る。

(取り合えず、上から順に見て行こうかな……)

エレベーターの前で、上のボタンを押す。




ポーン!


まるで先読みしてたかのように、エレベーターが到着する。

きっとどの階でも待ち時間が少ないように、エレベーターが配置されているのだろう。たいした物だ。




「おーい!待ってくれぇ!」

シンジが振り向くと、ロン毛のネルフの制服を着た職員がこちらに駆けてくる。

「開」を押しっぱなしにして、彼が乗り込むのを待ってから、エレベーターの扉は閉じられた。



「ええと、何階ですか?」

操作パネルに近いシンジはその男に声をかける。


「いや、君と話でもしようと思って声をかけたんだよ」

「僕と……?」

「ああ。君、碇シンジ君だろ?

 俺は青葉シゲル。ここのオペレーターをしている。シンジ君はどこに行く予定なんだい?」


「いえ、特には……取り合えず上の階に行こうと思ってます」

「そっか。ならいいとこがあるぜ」

青葉はニヤリと笑うと、シンジの背中越しに最上階のボタンを押した。



















ネルフ本部は地下のジオフロント上にある三角錐の建物だ。

シンジと青葉はその頂点付近に設けられている展望室にいる。

「すごい……ジオフロントだ……」


ここからはジオフロントが一望できる。

シンジは窓際の席から身を乗り出して、外を見ていた。



「はは、カートレインで来る時見て来なかったのか?」

青葉はいつの間にかコーヒーを買ってきてくれたらしい。

コーヒーの入った紙コップをテーブルのシンジの前に置く。


「ええ、でもあの時は考え事してて、こうやってゆっくり見てなかったですから……

 あ、コーヒーすみません」

シンジは紙コップに一口、口をつけた。


「あの、青葉さん、お仕事のほうはいいんですか?」

「ん、ああ、今は一段落してね。ここに休憩に来ようと思ったら君を見かけたってわけさ」

青葉もコーヒーに口をつける。



「僕のこと……」

シンジはチラっと青葉の顔を盗み見る。

「ああ、もちろん知っている。なんたってサードチルドレン候補だからな」

青葉はニカッと笑って答えた。

「それで……司令とは話したのか?」




シンジは少し目線を落とす。

「……はい。でも乗りたくないって……言いました……」


「そっか…」

青葉は視線をはずし、窓の外、ジオフロントの風景に顔をむける。

「でも、葛城さんが何か言ったんじゃないか?」

顔は窓の外に向けたまま、チラッと目線だけシンジに向ける。



「はい…。徴収の可能性はあるけど、自分で決めろって……言われました。

 三日間ここで過ごしてみてって……」

「……なるほどな……」

また視線を窓の外に向ける。



「俺は……」

シンジは顔を上げる。青葉は窓の外に向けたままだ。

「俺は乗らないほうがいいんじゃないかと思う……」


「……え?」

NERV職員の口からの意外な言葉にシンジは少し驚いたような顔をする。




「……三日間ここで過ごせ……か。

 葛城さんも甘いからな………でもな、俺は葛城さんの気持ち…、ちょっとわかるよ……」

青葉はシンジのほうに向き直る。



「俺は君ぐらいの時は、セカンドインパクトからようやく世界が復興してきた頃で……

 たまに暴動とかあったけど、まあ贅沢言わなきゃ幸せな少年時代だったと思うよ」

コーヒーを一口含む。


「あの頃の自分を思い出しても、アレに乗って戦うってのは無理があると思う……。

 ……葛城さんもきっとそう思ったんじゃないかな。だから三日間ここで過ごせって」


「…………」


「でも、NERV職員としては乗ってほしいと思ってる。

 結局使徒に勝てるのがエヴァしかない以上、俺たちはエヴァに、そしてシンジ君達に頼らなきゃならないからな……」


少し顔をしかめて話す青葉だが、シンジが怪訝そうな顔をしているのに気がついた。

「ん、どうした?俺なんか変なこと言ったかな……?」



「いえ……、ただ、ミサトさんとまったく同じこと言うもので……」

シンジが上目遣いで答える。


「え、葛城さんがか?」

青葉はちょっと驚いたような顔をする。


「は、はは、じゃあ俺が偉そうに何か言う必要なかったな」

バツが悪そうに髪をポリポリ掻く。

「いえ、いいんです。

 こういうこと聞かせてもらえただけで、参考になりましたから」


「そっか。ならいいんだが……。

 おっと、こんな時間か。赤木博士にどやされそうだから、そろそろ俺は戻るよ」

「あ、はい」


「シンジ君はもうちょっとゆっくりしていくといい。

 夕飯は下の食堂で取れる。値段の割りに味はまぁまぁだ。それじゃな!」


青葉はそう言うとニカッと笑って行ってしまった。


シンジはしばらく青葉の後姿を見送っていた。


































シンジは早々に食堂で夕食を済ませると、部屋に戻り今日の映像を見ていた。


『きゃぁああ!』

『レイ!よけてっ!』

ズゥウン!!




「…………」

机の上に放り出した資料には「フィードバック」やら「シンクロ率」と言った単語が記されている。

映像と電気を消して、布団に潜り込む。






今日のことを思い返す……。

久々に会った父親。

心のどこかで、親子の再会という、淡い期待があったのは事実だろう……。




「………ならば帰れっ!」

ゲンドウの拒絶の言葉。

親としての愛情はどこにも感じられなかった……。








ミサトも青葉も中学生が乗ることに、あまり気持ちよく思っていないようだ……

乗るのが中学生だからなのか……それとも、シンジだからなのか……

それでも自分に乗って欲しいのだと、仕方ないことなのだと……






父さん…………

父さんもそうなの……?

ほんとは僕に乗って欲しくないけど、仕方なくそう言ったの……?

それとも僕のことは……、ただの適格者としか思ってないの……?














+続く+






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