■ HOPE 第壱話 「三年振り」
モノレールのプラットホームに黒髪の少年が降り立つ。
クーラーの効いたモノレールとは違い、外はうだるような暑さ。
15年前より四季を無くした日本は、一年を通して夏が覆っている。
少年は少し顔をしかめて歩き出した。
駅を出てすぐ、駅前ロータリーでポケットから手紙に同封されていた写真を取り出す。
『碇シンジ君江 ここに注目! 』
写真の中で黒いロングヘアーの女性が胸を寄せている。
(この人なんなんだろ……まさか父さんの愛人じゃないよな……)
「ここが待ち合わせのはずなんだけど……」
顔をあげてあたりを見渡すと、青いスポーツカー、アルピーヌ・ルノーが止まっている。
それに寄りかかるようにして、黒いミニのチャイナドレスのようなスーツを着た女性が手鏡で口元を直しているのが見える。
(あの人だ……)
シンジはその女性に向かって歩き出した。
近くづくとむこうも気がついたようで、手鏡を閉じてこちらにブンブン手を振っている。
「あ、あの……」
「初めまして。あなたが碇シンジ君ね? 」
「はい」
「わたしは葛城ミサト。手紙、受け取ってるわよね?
話は中でするわ。乗って」
◆
電気モーター独特の駆動音を響かせ、第三新東京市市街の幹線道路をアルピーヌ・ルノーは走る。
ミサトは携帯電話を片手に何やら話している。
「リツコ?今彼乗せて向かってるところ……」
シンジはぼうっと窓から外の風景を眺めている。
(父さん……なんで今頃になって僕を呼んだんだろう……)
「……カートレインの用意しといてくれる?……そう、直通のやつ」
(まさか今頃になって一緒に暮らそう……なんてことはないよな……)
「……それで、シンジ君? 」
(……何か用があるから呼んだんだよな……きっと……)
「シンジ君? シンジ君! 」
「あ、はい、なんですか?」
ぼうっとしていたシンジは慌ててミサトのほうに顔を向ける。
「ぼうっとしちゃって……大丈夫? 」
「は、はい… 」
「無理もないかもね……。
お父さんと会うの三年ぶりなんだって?」
「…………」
シンジは眉を寄せ、視線を落とす。
「…………」
ミサトはそんなシンジを少し見つめたが話を続ける。
「お父さんの仕事はなんだか知ってる?」
「…人類を守る……大切な仕事だと…………先生は言ってました…」
「…そうね、大体そんなとこだわ……」
シンジは目線をあげて、窓の外を見た。
「!!? 」
(……なんだ……これ……?……)
そこには第三新東京市の町並みが広がっているのだが、所々に激しく破壊された後が見てとれる。
まるでミサイルの爆撃をくらったように、ビルは崩れ、道路の真ん中にはクレーターのような大穴が開いていた。
素人のシンジにも、何かが大爆発を起こした後だということがわかる。
その一帯はブルーシートで覆われているが、これほど大規模な戦闘の跡、それぐらいでは隠しきれない。
「か、葛城さん!あれ!なんなんですかあれ! 」
ミサトは少し眉をひそめるが、ハンドルを握って前を向いたままだ。
「…………着けばわかるわ」
◆
「マヤちゃん、こっちは終わったからこの前の戦闘記録こっちにまわしてくれるかな? 」
メガネをかけた男性オペレーターが、マヤと呼ばれた童顔の女性オペレーターに声をかける。
「あ、はい。こちらももう少しで終わります。
……それにしても、こう忙しいと休憩に行く暇もありませんね」
少し困った顔でマヤは答える。
「仕方ないさ、これが俺たちの仕事だからな」
慌しく所員が作業をするNERV本部発令所。
それを二人の男が、発令所の中でもひときわ高い指令塔の上で見下ろしている。
「……そうか、わかった。
では、予定通りに第三会議室で」
白髪長身、初老の男が電話の受話器を置く。
「碇、シンジ君がこちらに着いたそうだ」
「………」
碇ゲンドウ。NERV本部総司令は白い手袋をしたまま口元で手を組んでいる。
色つきの眼鏡をかけ、瞳の奥はうかがい知れない。
「………冬月、後を頼む……」
「ああ………」
ゲンドウは席を立つ。
(………三年ぶりの親子の対面か………)
◆
「こっちでよかったと思ったんだけど……」
ミサトは地図のようなものを見つめ、頭をくしゃくしゃと掻いている。
シンジはミサトから受け取ったパンフレットのようなものを開いて、ミサトの後を着いてきている。
「ごめんねー。実はわたしも一ヶ月前にここに転属になったばっかりで、よく道わっかんないのよねー…」
シンジはパンフレットを持ったまま顔も上げない。
「さっき通りましたよ。ここ。 」
ぐっ!
ミサトは握りこぶしを作って、頬をぴくつかせた。
ポーン!
軽い電子音を上げて前方のエレベーターの扉が開くと、白衣を着た金髪の女性が出てきた。
両手を腰にあて、少し困ったような顔でこちらを睨んでいる。
「あーー!リツコォー!」
ミサトはパッと笑顔になり白衣の女性に手を振り、駆け寄る。
「リツコ、じゃないわよ。葛城一尉。
会議室に行ってみてもいないし、確認したらさっき着いてるはずだって言うし。
あまり手間かけさせないでほしいわね」
「ご、ごみん」
ミサトは手を合わせてリツコに謝る。
「……で、その子がサードチルドレン?」
リツコは試すような視線でシンジを見る。
「そ、碇シンジ君よ」
「…あ、初めまして……」
「こちらこそ初めまして、碇シンジ君。
私はここ、NERV本部技術開発部技術一課所属赤木リツコ。
リツコでいいわ。
司令がお待ちかねよ」
「あの、司令って……」
「お父さんよ……」
◆
リツコの案内でミサト、シンジは大きな部屋の前に着いた。
部屋の入り口のプレートには「第三会議室」と書いてある。
ミサトが扉の脇にあるインターフォンのスイッチを押す。
「葛城一尉、サードチルドレンを連れてまいりました」
しばらくしてから中から返答があった。
「………入れ」
「失礼します」
ミサトを前にシンジも中に入る。
楕円形のテーブルの奥、シンジ達が入ってきた扉の向かい側の席にゲンドウは座り、口の前で手を組んでいる。
「父さん………」
「………ひさしぶりだなシンジ……」
ゲンドウは威圧するようにシンジを見据える。
シンジはゲンドウから目を逸らす。
ゲンドウは僅かに口元をつりあげた。
しばらくの間、沈黙が流れたがリツコが口を開く。
「シンジ君、司令がなぜあなたをここに呼んだのか、その訳を教えるわ。座りなさい」
「はい…」
促されたシンジはゲンドウと向かいの席に座り、チラチラとゲンドウの様子をうかがっている。
ミサトはシンジの隣に座る。
リツコは二人が座ったのを確認すると部屋の壁にあるパネルを操作した。
部屋が暗くなり、窓がブラインドによって閉ざされる。
部屋の前方、シンジの右手に大きなスクリーンが現れた。
「まずはこれを見て頂戴、話はそれからよ」
リツコがパネルのスイッチを押した。
それはシンジにとって、とても信じられないものだった。
スクリーンには怪獣のような巨大な生物が映っていた。
戦闘機やらヘリコプターやらが盛んにミサイルを撃ち込んでいるが、その生き物が傷ついた様子はない。
「な、なんなんですかこれ?!」
「使徒だ」
ゲンドウが口元で手を組む姿勢を崩さぬまま答える。
「シト……?」
映像の中でテロップでの説明が入る。
『第三使徒襲来 戦略自衛隊N2地雷による殲滅作戦開始』
スクリーンが閃光でホワイトアウトする。
映像が回復すると爆心地の中心で体を胎児のように丸め、自己修復を行っている使徒が映っている。
『通常兵器での攻撃の有効性確認できず 特務機関NERVへ指揮権譲渡』
第三新東京市の市街地へ進行を続ける使徒の目の前に、青い一つ目のロボットが地下より飛び出してきた。
『特務機関NERV 零号機による殲滅作戦開始』
リフトオフを狙ったかのように、使徒の右腕からパイルのような光の矢が撃ちだされる。
零号機は体をひねって、それをかわすと、そのまま使徒の懐にタックルする。
もつれ合うように市街地を転がる零号機と使徒。そのまま両者は格闘戦にうつる。
「ロボット……?」
「ロボット……ではないんだけどね。あれは味方よ」
リツコが答える。
使徒は体中央にある仮面から、光線のようなものを放つ。
ズバッ!!
零号機の左腕の肘から先がふっとばされた。
「きゃぁああ!」
かわいらしい悲鳴が部屋に響く。
スクリーンには操縦席、エントリープラグの中で右手で左腕を押さえる青い髪の、シンジと同じぐらいの歳の女の子が映っていた。
(女の子……?)
少女は痛みで顔を歪め体を震わせている。
使徒は追い討ちをかけるように、光のパイルを零号機に向ける。
「レイ!よけてっ!」
映像の中でミサトが叫ぶ。
はっとしたように顔を上げた少女は、機体を横転させる。
ズンッ!!
光のパイルは零号機を捕らえることができず、コンクリートの地面に突き刺ささった。
零号機はそのまま使徒の懐に入りこむと、肩のウェポンラックからナイフのようなものを取り出し
使徒の体の中央にある赤い光球に向かって突き出した。
ガキィーーーンッ!!
オレンジ色、不可侵の八角形の光の壁がそれを阻む。
『使徒によるATフィールドの展開を確認』
しかし今度は零号機からも光の壁が発生し、お互いの壁が干渉し合う。
『零号機 人類初のATフィールドの展開及び中和に成功』
壁が完全に中和されると、零号機のナイフが再び使徒の光球を襲う。
ズジャーーー!!
零号機のナイフが深々と光球につきささり、激しく火花を散らす。
使徒の動きが止まり、見る見る光が失われていく……。
ビクビクッ!
使徒は体を軽く痙攣させると、零号機に飛びつき、体を丸める。
次の瞬間スクリーンがホワイトアウトする。
『第三使徒 自爆により使徒殲滅』
回復した映像には、陽炎立ち込める巨大なクレーターの中、一つ目の青い巨人が立ち尽くしていた。
そこで一旦映像が止まる。
「あの…さっき映ってた女の子は……?」
隣にいるミサトに少し声をひそめて尋ねる。
「……パイロットよ」
……ひどく嫌な予感がした。
リツコが口を開く。
「使徒襲来は15年前に予測されていたの。
対使徒戦を想定して組織されたのが私達NERV、そして第三新東京市。
さっき映っていた青いのは私達人類の切り札、汎用人型決戦兵器 人造人間エヴァンゲリオン。その試作零号機よ
映像はもう一つあるの。見てちょうだい」
さきほどの映像とはうって変わり、快晴の空の下、真っ青な海の上を国連軍らしき軍艦が編隊を組んで進んでいる。
『エヴァンゲリオン弐号機 輸送中』
ドォーーーン!!
突然水中から水柱が上がり、一隻の駆逐艦が沈没する。
よく見ると何かが水しぶきを上げながら、高速で移動している。
艦隊がミサイルや砲弾で攻撃するが、それの移動速度はまったく落ちない。
そうしてる間にもまるで連鎖反応を起こすように、次々と船が沈んでいく。
水面からジャンプしたそれが、一瞬だけその姿を現した。
それはまるで巨大なクジラのようだった。
『第四使徒襲来』
使徒は大きな顎を開け、艦隊の中でも一際大きな輸送船に飛びかかる。
しかしそれより一瞬速く、シートに包まれた巨大な何かがジャンプした。
空中でマントのように羽織ったシートを脱ぎ捨てる。
そこには夏の日差しを受け、美しく輝く真紅の機体。
『現場の判断によりエヴァンゲリオン弐号機起動 殲滅作戦開始』
弐号機は次々と船の上をジャンプで移動し、空母オーバーザレインボーの甲板に着地する。
『初の海上戦及び内部電源のみでの戦闘にも関わらず』
弐号機は肩のウェポンラックからカッターナイフ状のナイフを取り出すと、水平に構える。
真正面から使徒が大顎を開けて、甲板の上の弐号機にとびかかった。
弐号機は腰を大きく落としてそれを避け、すれ違い様、まるで居合いのように使徒の体を切りつける。
派手に体液を撒き散らしながら、使徒はそのまま後方の海面に落下し、直後巨大な水柱を上げて大爆発を起こした。
『内部電源93秒を残し 使徒殲滅』
(すごい……)
そこで映像は終わった。
リツコが壁のパネルを操作すると、窓から光が差し込み、スクリーンが畳まれた。
「映画……じゃないですよね……?」
「……現実よ。ここに来るまでに、この街の様子は見てきたかしら?」
「はい」
「あの破壊の正体が今みせたものよ」
「……でも、これを僕に見せてどうするんですか?」
それまでずっと同じ姿勢だったゲンドウが無言で立ち上がった。
そのまま部屋の出口へ向かう。
「……着いて来い」
+続く+
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