もどる

Wounded Mass - ss:21

あるいはシンジの帰還を望んだ使徒でさえも

 五号機はもっとエヴァらしくみえた。
 四号機に比べてS2機関の小型化に成功したためかもしれないとレイは思った。
 それでもドイツから搬入された五号機は、四号機と同じくそれまでのエヴァに比べて
はるかにごつくていかつい印象だった。一回り大きな頭から、うさぎの耳のような長い
アンテナが二本頭上に伸びていた。また、関節の動きにじゃまにならない、肩、背中、
胸、上腕、腰、太ももやひざの下などに無骨な測定器具がくくりつけられていた。
そして、ヒカリのプラグスーツと同じ、山吹色を基調とした塗装がなされていた。
 「今度はメスのゴリラってとこかしらね」アスカが半音高い声で論評した。
 そこは先週四号機が起動実験に成功したのと同じ実験室で、今回はレイのほかに
アスカも呼ばれていたのだった。
 トウジは四号機で実機の完熟訓練中だった。
 「四号機からねえ」葛城ミサトはつぶやくように言った。「エヴァは目的を特化して
きているのよ」
 「はん」アスカは質問ともつかない返事をした。
 「四号機は戦闘力をとことん追求した機体。五号機は情報収集を目的とした機体なの」
 アスカは信じられないと言った口調で言った。「それってつまり、五号機は戦闘部隊の
指揮をとるってこと」
 葛城ミサトはうなずいた。「基本的な作戦指令はもちろん本部から発令されるけれど、
現場の判断ってやつ、これに五号機は大きく関って来ることになるわ」
 「アタシがヒカリの命令で戦うってことよね、それっ」アスカは怒鳴った。
「信じられないっ」
 「ヒカリさんは作戦司令部の命令を伝達するだけよ、勘違いしないで」
 「じゃ現場の判断って何よ」
 アスカはきびすを返した。「控えのパイロットはふたりも必要ないでしょう、アタシ
帰るわ」
 「しょうがないわね」葛城ミサトはため息をついた。「いいわよ、自宅で待機してて」
 「りょうっかい」赤いプラグスーツは、かどを曲がって消えて行った。
 「アスカの気持ちは分かるんだけどねえ」葛城ミサトはこれが独り言かと
言うほどの声で言った。そして、レイに振り向いた。
「レイ、あなたどう思ってるの自分自身のこと」
 「できることをやるだけです」
 葛城ミサトはあごを引いた。「優等生の回答ね」
 「起動実験準備、最終項目の確認にはいります」日向マコトが報告した。
 「MAGIは起動実験の開始に同意しました」伊吹マヤが言った。
 「実験開始準備完了」青葉シゲルがきびきびした声で言った。
 「ヒカリさん、準備はいいわね」葛城ミサトは呼びかけた。
 「はいっ」ヒカリの力のこもった、それでもどこかたよりない声が答えた。
 「エヴァ五号機起動実験開始」葛城ミサトは躊躇なく命令を下した。
 巨大スクリーンに投影された起動順序を示す絵柄が次々に緑色に変って行った。
 先週、四号機での試験の、それはまるで忠実な再現のように実験は進んだ。
 ヒカリは絶対限界も何の問題もなく突破して五号機を起動させた。
 終わってしまうと余りにあっけなく、これが本当にエヴァの試験なのだろうかと疑問の
残るほどの完璧さだった。
 ヒカリは排出されたエントリープラグから自力で出てきた。初めて絶対領域を突破した
ときに見せた衰弱はまったく見せなかった。
 「調子、どうお」レイは一人でエントリープラグから出てきたヒカリに聞いた。
 「少し疲れてるけど、だいじょうぶ」ヒカリは気丈に笑ってみせた。「でも、座りたいわ」
 「いす、あるわよ」レイはパイプいすを広げてヒカリを座らせた。
 「ありがとう」ヒカリはレイに微笑してへたりこむように椅子に座った。「ああ、
やっぱり楽」
 「葛城三佐、例によっていいニュースです、零号機の修理が完了しました」
青葉シゲルが報告した。
 「ああ、もうどうしたらいいの、アタシ」葛城ミサトはレイに振り向いた。
「試験、すぐに開始よ」
 「はい」
 「日向君、零号機をすぐここに上げて。五号機は下の訓練室に移動、完熟訓練の準備」
 「了解」
 「トウジの所に行けるのね、私」ヒカリは喚声をあげた。
 「うぅんといっぱい訓練してもらうわよ」葛城ミサトはうなずいた。「これまでとは
比べ物にならないくらいきつくなるわ覚悟してね」
 ヒカリは複雑な表情を浮かべてうなずいた。「はい、がんばります」
 五号機が轟音とともに拘束具に固定された。大型のエレベータが貪欲な口を左右に
大きく開き、照明のない空間に五号機を飲み込んだ。
 「ヒカリさん、動けるかしら」葛城ミサトはヒカリにたずねた。「だめならいいわよ、
明日からでも」
 ヒカリは立ち上がった。「もう大丈夫です、下の階に行けばいいんですね」
 葛城ミサトはうなずいた。「オペレータには指示を出しておくから、言われたとおりに
メニューをこなして。無理しなくていいからね、今日は」
 「わかりました」ヒカリは個人用のエレベータホールに向かった。足取りはしっかりと
していて不安感はなかった。
 「レイ」葛城ミサトはヒカリのことなど忘れたようにレイに向き直った。
 「はい」
 葛城ミサトは大声で実験室に指示を出した。「すぐに零号機の起動実験にはいるわ、
準備して」
 「了解」
 「明日はシンジ君の救出作戦が予定されているわ、この起動実験、さっきと同様、
一回で成功させるわよ」
 実験室は緊張した空気に包まれた。
 「おっとヒカリさんへの指示を忘れるところだったわ…日向君、お願い」
 「了解」日向マコトがてきぱきと指示を出しはじめた。
 入れ代わるように巨大エレベータの暗闇は拘束具に固定された零号機を実験室に
はき出した。

 翌日の午後、チルドレンはレイの部屋に集まっていた。
 赤木リツコの立案したシンジの救出作戦にチルドレンの出番はなく、四人は
自宅待機を命じられていた。厳密にいえば、それぞれの部屋にいるべきだろうがそれは
問わないことに決めたのだった。
 レイは食卓に向かって、シンジと一緒に買ったいすに座っていた。
 ヒカリが向かいのいすに座り、トウジはその傍らに立っていた。アスカはレイの
寝床に腰を降ろしていた。トウジ以外の三人は中学校の制服姿で、トウジはいつもの
黒いジャージを着ていた。
 空調は例によって動いているのかさだかでないくらいの冷気で部屋をみたし、それでも
除湿はきっちりと仕事をしているらしく、汗ばむほどの暑さではなかった。閉め切った
扉ごしに建設機械の規則的な振動がかすかに伝わってきた。
 レイが代表して葛城ミサトの思念を受信し、残る三人と情報を共有していた。
 レイは同時にシンジの意識をたどり、シンジの心の輪郭が初号機と混じり合って
あいまいになっていく境界線を切り分けようとした。
 シンジの意識は初号機の意識とやわらかく混じりあい、あたかも一体になって
いるように思えた。しかし、これまでに何度も他の人間や使徒の意識を観察してきた
レイにはその違いが見分けられた。
 しばらく格闘したあと、レイはシンジと初号機の意識を分離する試みをあきらめた。
 それよりレイが興味を引かれたのは初号機の意識そのものだった。初号機にはシンジを
愛するという以外の一切の自我が感じ取れないのだ。初号機はシンジを愛しシンジを
守りシンジをはぐくむだけのために存在しているようにレイには思えた。
 レイは思った。これではシンジがその居心地の良さにかまけて初号機から
離れたくなくなるのも無理はない。
 「ヒカリさん、中継変って」
 「分かった」ヒカリが交代して葛城ミサトからシンジの救出作業内容を中継しはじめた。
 「何でヒカリなの、アタシだって」アスカは腕を組んだ。
 「今はだめ」レイは自分の作業に没頭しながら答えた。「あなたと鈴原君には別の役割が
必要になるから」
 全員は葛城ミサトの視点から作業内容を観察した。
 青葉シゲル「電磁波形、ゼロマイナス3で固定されています」
 伊吹マヤ「自我境界パルス接続完了」
 赤木リツコ「了解。サルベージ、スタート」
 レイは自分の意識を薄く広げ、シンジと初号機の意識に同調させた。そしてシンジ、
初号機、レイの意識があたかも独りのものであるように意識を形作っていった。
 「綾波さん」ヒカリは呼びかけた。「あなたの意識が薄れていくわ、初号機と
あなたの区別がつかなくなるわ」
 「安心して」レイは答えた。「私は私。すぐにもどってくるから」
 そしてその発言にレイは自信があった。
 初号機の意識はレイの持つシンジへの愛という絆を通すと、レイ自身の意識と
まったくといっていいほど同じだった。レイは自分自身が初号機の意志とどこが
どうちがうかを見つけ出すことが難しいとさえ思った。それでもレイは自我を
持っておりそれが決定的な違いとなってレイ自身と初号機の意識を区別できたのだ。
 シンクロとはこういうことなのだとレイは初めて気づいた。
 自分自身の自我とエヴァの「存在していない」自我を重ね、両者が一体になること。
それによりパイロットはエヴァの身体を自分の身体と区別することなくあたかも
自分自身の身体のように操ることができるようになる、それが「シンクロ」なのだ。
 赤木リツコや葛城ミサトの称する「シンクロ率」とは単なる指数に過ぎない。
 今回「シンクロ率四百%」を記録してシンジがLCLの海に溶けてしまったこと、
その値が百を越えているのは全くの無意味で、この事実を知ればアスカはおろか
トウジであれヒカリであれ訓練することによりシンクロ率をネルフの称する値の
極限まで持ち上げることが可能なのだとレイは知った。
 同時にシンクロ率が上がるほどに、パイロットは自分自身とエヴァとの精神的、
および身体的な境界があいまいになっていく。そして最後にはふたつの身体は精神的にも
肉体的にも融合してしまうのだ。
 まだ間に合う、とレイは思った。まだシンジと初号機の心を元どおりとはいえない
までも、それぞれの自我、あるいは疑似自我をもった存在に分離することは可能だろう。
しかしそれはレイ一人の能力では手に余った。
 「作戦は」レイはたずねた。
 ヒカリは葛城ミサトの記憶を引き出した。それは前日の赤木リツコと伊吹マヤの
会話内容だった。なぜ葛城ミサトがふたりの個人的な会話を知り得たか、それは当面の
問題とはならなかった。
 「放射電磁パルス異常なし。波形パタンはB。各計測装置は正常に作動中」
 「サルベージ計画の要項、たった一ヵ月でできるなんて、さすが先輩ですね」
 「残念ながら原案は私じゃないわ、十年前に実験済みのデータなのよ」
 「そんなことあったんですか、エヴァの開発中に」
 「まだここにはいる前のできごとよ…母さんが立ち会ったらしいけど私はデータしか
知らないわ」
 「その時の結果は、どうだったんですか」
 「失敗したらしいわ」
 レイは言った。「碇君と初号機の意識を分断しようとしたけれどだめだった。
私は初号機と同化してもう少し詳しく調べてみる」
 「アタシは何をすればいいのよ、ぼけっとここでヒカリの中継を受け取っていれば
いいっていうの」
 アスカはいらだっていた。シンジの救出にもっと積極的に関りたいのにその方法が
ないとわかっているのだ。
 「セカンド、鈴原君」レイは覚悟を決めた。「ふたりとも、服を脱いで準備して」
 「へっ」
 「なんやて」
 「な、何の準備よ」
 「愛し合う」
 ヒカリが中継を再開した。いよいよシンジの救出作戦が開始されたのだ。
 日向マコト「了解、第一信号送ります」
 青葉シゲル「エヴァ、信号受信、拒絶反応なし」
 赤木リツコ「続けて、第二、第三信号送信開始」
 「やさしいあったかいひとのぬくもりなのかなしらなかったこれまでわからなかったで
もいまはわかるようなきがするそれはぼくがエヴァのパイロットだから…敵そうみんなが
敵と呼んでいるものと闘わないと…
ほめてくれるんだエヴァに乗るとほめてくれるんだ…僕を捨てた父さんを見えかえしてや
るんだ…
ぼくにやさしくしてよ」
 「初号機の思念は碇君を包み込んでいるわ」レイは食卓の椅子に座り、両腕を食卓に
投げ出していた。「この場合、思念とは愛と言いかえてもいいかもしれない、その愛が
碇君の思念と柔らかく混ざり合い両者は一体となって存在しているの
 「私は初号機と一体化して初号機の思念に介入し、操作して碇君を自由にするわ。
もし碇君が帰りたいと思ったらそれを妨げる条件は何もないような状態を作り出す
 「でも私にできるのはそこまで。だからふたりで碇君を呼んで。碇君が現実の世界に
帰りたいという気持ちにさせて。碇君は今の状態に満足し安心してもうこれ以上なにも
変えたくなく、今のままの状態をいつまでもいつまでも続けたいと思い願っているわ、
それを変えて、碇君を呼び戻して」
 アスカは抗議した。「なんでアタシがこの男に抱かれないとシンジを
呼び戻せないのよっ、このままで、いいじゃない」
 レイは首を振った。「碇君を呼び戻せるとしたら愛の力しかない、そのときの
気持ちを碇君に呼び起こさせないといけない、そのためにはそういう状況を作り出して
思念を流し、碇君を包み込んでその時の気分を思い出させないといけないわ。
初号機の愛とはちがう愛、セカンド、あなたの愛は初号機の中では得られないってことを
碇君にわかってもらわないければいけないのよ。
 「セカンド協力して。あなたがいないと碇君はもどってこないわ。初号機の愛は私の
愛と同じ。だからできる。私の思考形態は初号機と基本的に全く同じだから、
逆位相の思考波形を送り込むことで打ち消せる。でも私にはそれが精一杯。
だれかが碇君を呼んであげないといけない。それも、碇君を愛していて、
碇君が愛しているだれかでないといけない」
 「ヒカリがいるでしょ、トウジの相手ならヒカリが上等よ」
 「だめ。たった一度の交合ではとても足りない。あなた一体、何度碇君と愛を
確かめあったと思っているの」
 青葉シゲル「エントルド、認められません」
 赤木リツコ「了解、体制をステージ2へ移行」
 葛城ミサト「シンジ君」
 ねえシンジ君わたしとひとつになりたい心もからだもひとつになりたくないそれはとて
もとても気持ちのいいことなんだから
 ほら安心して
 ねえバカシンジわたしとひとつになりたい心もからだもひとつになりたくないそれはと
てもとても気持ちのいいことなんだから
 伊吹マヤ「だめです…自我境界がループ状に固定されています」
 赤木リツコ「全波形域を全方位で照射してみて」
 赤木リツコ「だめだわ…発信信号がクライン空間に捕われている」
 葛城ミサト「どういうこと」
 赤木リツコ「つまり、失敗」
 葛城ミサト「え」
 レイは言った。「これからの作業、わたし達が碇君に呼びかけることは、もしかしたら
ネルフの探知装置に捕捉されるかもしれない。その危険をおかしてでもやらないかぎり、
碇君は戻ってこないわ」
 「ネルフが測っているのは電磁気や圧力だけよ、思考波の乱れなんかわかるもんですか」
アスカはばかにしたように反論した。「でなければ、私達の秘密をさらけ出すことに
なるのよ」
 「もしそうなっても碇君は救出しなければならないし、それができるのはわたし達だけ。
だからは今はその危険性がもたらす結果については考えずに行動しましょう」
 「そうね」
 トウジが上着のファスナーを降ろした。「ヒカリ、かんにんや」
 「ええ」
 「ち、ちょっと待って」アスカは躊躇したがレイとヒカリは左右からアスカを捕らえて
押さえ込み、寝台に押し倒した。「ひっ」
 「時間がないの」
 「わ、わかった、わかったからせめて仕度は自分でやらせて…」
 レイとヒカリはアスカから手を離して身を引いた。
 アスカは寝台に置き上がり、尻だけあげて下着をはずした。そして小声で「後始末も
あるわね」
 アスカは顔を上げた。眼前には全裸のトウジが腕を組み、臨戦体制で立っていた。
「こっちはいつでもええで」
 アスカは制服を脱いだ。そして素早くシャツのボタンをはずし、乱暴に脱いでのこった
下着もはずして寝台に掛けた。下着をはずすとき、留め具のぱちりという音がしんとした
部屋に大きく響いた。
 アスカはひざを開くとトウジに向かって両手を差し伸べた。「…来て」
 赤木リツコ「作業中止、タンデントグラフを逆転、加算数値を中立に戻して」
 伊吹マヤ「はいっ」
 青葉シゲル「Qエリアに、デストルドー反応…パターン、セピア」
 「時間がない」トウジはアスカに言った。「回り道はせえへん」
 トウジの片手はアスカの肩を捕らえ、ふたりは唇を合わせた。反対側の手はアスカの
開かれた下半身に伸び、すでにうるおいはじめた接合部へ愛の刺激を加えた。
 「くっ」アスカは前戯なしの挿入に思わず悲鳴を上げたがすぐにトウジの腰の動きに
合わせて動き、自らの感情を高めた。
 トウジはまだ十分に体勢の整っていないアスカに情け容赦なく自分自身をくり返し
打ち込んだ。馴れた身体同士がたちまち互いを求めあう体勢に移行した。トウジは
ますますいきり立ち、アスカはそんなトウジを力一杯にからめ取り締め上げた。
 伊吹マヤ「コアパルスにも変化が見られます、記録0.3を確認」
 赤木リツコ「現状維持を最優先、逆流を防いで」
 伊吹マヤ「はいっ」
 伊吹マヤ「0.5…0.8…変です、せき止められません」
 赤木リツコ「これは…なぜ…帰りたくないの、シンジ君」
 「はあっ、はうっ」アスカは強く腰を振ってトウジに応えた。
 「足りてない」レイはつぶやき、ふたりに寄り添うようにしてアスカにかがみ込むと、
興奮して膨張し汗のしずくが何条か残る乳房を口に含んだ。そして舌で乳頭を刺激し、
乳輪を軽くかんだ。
 「ひっ」アスカは新しい刺激に悲鳴を上げた。
 反対側にヒカリが近寄った。ヒカリは制服を脱ぎシャツを床に落とした。そして下着も
取って全裸で加わった。ヒカリは両方の乳房を押しつけてアスカを刺激し、敏感な
首筋から耳たぶにかけて舐めあげた。
 「ヒカリ、すまん」トウジは腰を振り立てながら切れ切れに言った。「今は惣流で
手一杯や、かんにんしてや」
 「トウジ」ヒカリの片手はアスカと結合しているトウジの部分をさらに包み込むように
してふたりの興奮を盛り上げた。
 伊吹マヤ「エヴァ、信号拒絶」
 青葉シゲル「LCLを、自己フォーメーションが通過していきます」
 日向マコト「プラグ内圧力上昇」
 赤木リツコ「全作業中止。電源落として」
 伊吹マヤ「だめです、プラグが排出されます」
 「自分を抱いとるのはシンジやと思え」トウジはレイの思惑を察して叫ぶように言った。
「愛し合えるのはシンジやないとあかんのや、シンジのほかにはおらへんのや、
もういっぺん膚合わせたい、愛を交わしたいとシンジを呼ぶんや、惣流、自分にしか
出来へんことなんやシンジを引きずり出したってやれ」
 葛城ミサト「シンジ君」
 シンジ「はっ…ここは…エヴァの中だよ…エヴァの中…僕はまたエヴァに乗ったのか…」
 葛城ミサト「もうエヴァには乗らないの」
 シンジ「ぼくはもうエヴァには乗らないって決めたんです」
 葛城ミサト「でもあなたは乗ったわ、エヴァンゲリオン初号機」
 シンジ「はっ」
 葛城ミサト「シンジ君、あなたはエヴァに乗ったから今ここにいるのよ」
 葛城ミサト「エヴァに乗ったから、今のあなたになったのよ」
 葛城ミサト「そのことを、エヴァに乗っていた事実をいままでの自分を、自分の過去を
否定することはできないわ…ただ、これからの自分をどうするかを、自分で決めなさい」
 シンジ「ぼくは…僕は…」
 エントリープラグの扉が開き、LCLだった液体が音を立てて溢れ出た。透明な液体は
床を濡らして広がり、その一部は尻をつけて座り込んだ葛城ミサトの制服を濡らした。
 葛城ミサト「えっえっえっ…人ひとり…ひと一人助けられなくて何が科学よ…ひっ…
シンジ君を返して、返してよっ」
 シンジ「匂い…ひとの匂い…ミサトさん…綾波…いや、違う…お母さんの匂いだ」
 アスカは叫んだ「シンジっ…帰ってきて、バカシンジ…お願いもう一度アタシを
抱いて…あうっ、そしていつまでもいつまでもアタシを愛してっ…お願いよ…」
 その思いがシンジに届いているのかどうか、それは誰にもわからなかった。
 そのかわりにシンジの心の中からしみ出してきた思念がだんだんとかたちを作って
四人に直接伝わってきた。それはシンジの視線で、まだ生まれて間もないために視界は
はっきりとしておらず、自分自身の考えも自分自身の存在そのものも確立して
いなかったが、その時に聞いた両親の会話は一語一句明確に記憶されていた。
シンジ自身そんなに古い記憶がまだ残っていたこと自体忘れ果てていたものに
ちがいなかった。そのことばといっしょに母親の暖かい体温と柔らかい肌の記憶が
もどってきた。
 碇ゲンドウ「セカンドインパクトの後に生きていくのか…この地獄に」
 碇ユイ「あら、生きていこうと思えば、どこだって天国になるわよ、
だって生きているんですもの。
幸せになるチャンスは、どこにでもあるわ」
 碇ゲンドウ「そうか、そうだったな」
 シンジ「かあさん…」
 碇ユイ「決めてくれた」
 碇ゲンドウ「男だったらシンジ、女だったらレイと名付ける」
 碇ユイ「シンジ…レイ…ふっ」
 シンジ「かあさん…」
 レイはため息をついた。初号機の中からシンジの意識が退き、
存在が希薄になっていくのがわかったからだった。
 シンジはついに自分の意志で初号機との結合を解くことに決めたのだ。
 レイはそれが無性にうれしかった。
 また、現実世界で生身のシンジと会え、言葉を交わし、愛し合えるのだ。
 レイのわきではアスカがトウジと同時に絶頂に達し、余韻を惜しむように
強く合わせた唇の内側で舌をからませあっていた。
 葛城ミサト「…シンジ君…」
 葛城ミサトは、かたわらの少し窪んで液体が溜まった小さな池のようになった
場所にうつぶせに横たわるシンジを見た。
 葛城ミサトは立ち上がり、衣服の乱れや濡れなど全部無視してシンジに向かって進んだ。
 そして、シンジの前にひざを突いて腰を下ろし、意識を失ったままのシンジに両手を
かけて抱き上げると、そのまま強く抱き、ほほを重ねて嗚咽を漏らした。
 女性の看護士が音を立てて車いすを押してきた。
 看護士はしばらくふたりの前に立ち尽くして葛城ミサトの気がすむまで手を出さずに
待った。
 それからふたりはシンジを車いすに乗せ、薄い緑色の毛布をかけて救護室に運んだ。
 ヒカリは葛城ミサトを経由してその全てをチルドレンに中継した。
 汗にまみれたふたりと、全裸のヒカリと、着衣のレイは互いに顔を見合わせ、
うなずいたり微笑したりした。
 初号機との接触を終了しようとしたとき、レイは初号機の記憶域に、とある情報に
気づいた。レイはその情報の重要性を評価しないままに全ての内容を自分の記憶域に
複写した。エヴァの記憶域にどんな情報が残っているのかに興味があったのだ。
それがどういう意味を持つのかは後から時間のあるときに解釈することに
したのだった。
 全員の携帯電話が同時にそれぞれ違った呼出し音を響かせた。
 四人はそれぞれに歯を食い縛り、真剣な目つきとなり、息を止め、唇を噛んだ。
 活動可能なチルドレン全員に対する一斉招集、それは使徒の襲来以外あり得なかった。





+続く+




◆マイクさんへの感想・メッセージはこちらのページから◆