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Wounded Mass - ss:20

不協和音のかなでる行為

 世界と自分の境界はあいまいなものだ、とレイは思った。
 シンクロ試験が終了したのだ。
 エントリープラグの投影映像が消えて内部が一瞬暗闇になり、次の瞬間間接照明で
画像壁面が浮かび上がった。
 レイはこの感覚の混乱をいつものように目を閉じてやり過ごした。
 耳ざわりな音でLCL液体が排出されていく。
 やがて、扉の開閉桿がくるりと動いて扉が開き、光と音が同時に侵入して、やっと
確立しかけていたレイの自我境界をかきみだした。
 整備員がひとり、内部に上半身だけ身を差し入れてプラグスーツから情報収集用の
配線をはずし、レイの身体を座席に固定してるベルトの掛け金をはずしていった。
 ぱちり、ぱちりと音がしてレイの身体が自由になったが、レイは目を閉じたまま
動かなかった。
 整備員はレイのことを気にする様子もなく出て行った。
 しばらくして大きく深呼吸すると、レイは目を開いて身を起こした。
 片手を開いた扉にかけて身を乗り出す。
 斜めに固定されたエントリープラグの扉は、立ったときのレイの目の位置より
やや低い場所にあって、床に降りるためにかんたんな三脚が運ばれてきていた。
乗り込むにも降りるにも、特に必要とは思えなかったし実際レイは使ったことも
なかった。飛び降りるのに躊躇する高さでもないし、乗り込むときも逆上がりの要領で
懸垂するだけで事足りた。
 天井も壁面もぎっしりと機械装置に囲まれた巨大な実験室が視野に広がった。
いつもの光景だった。先週まで三基だったエントリープラグの固定台は今は五基に増え、
急ごしらえの施設に動力を送り、あるいは情報を収集するための配線が所狭しと床を
のたくっていた。装置の間を何人かの技師がいそがしく動き回り、計器の値や配線を
確認していた。
 一番端の固定台だけはからで、今はシンジがいないことをいやおうなく思い知らされた。
シンジのエントリープラグは別室の特別にしつらえた環境に置かれ、シンジを
救出するための手順が確立され、必要な機器が準備され、その危険きわまりない作業が
実行されるのを待っているのだ。
 部屋の片隅に一段高くなった制御部があり、簡単な手すりで仕切られていた。
制御部の一番奥の壁に向かって何人かの操作員が座っていそがしそうに情報を確認し、
連絡を取り合っていた。
 手すりに両手をかけて、葛城ミサトが立っていた。葛城ミサトの表情はけわしかったが、
それは主に緊張のためで、失望とか失敗の絶望から来ているものではないと
レイにはわかっていた。
 レイは顔を上げた。すると、隣のエントリープラグから同じような姿勢で
外を見ているヒカリと視線が合った。
 山吹色のプラグスーツに身を包んだヒカリは、はた目にわかるほど疲労しきっていたが、
それでもレイに微笑した。
 「ヒカリさん、がんばっていい数字出したわね」葛城ミサトがふたりの間に歩み寄り、
ヒカリに声をかけた。
 レイは葛城ミサトがそう言いたいのだということをわかっていた。
 葛城ミサトはいつも自分の考えを隠そうともせず無意識のうちに周囲にばらまいていた。
 「これまでの数字からは飛び抜けて高い値よ、いったい何があったっていうの、
もうびっくりしちゃった」
 レイはこんな考え方をする人間を他に知らなかった。「しかも、波形が
安定しちゃってさ。リツコもこのパターンは偶然じゃないって太鼓判よ、もっと、
もっといい数字出せるわよ、自信もってね」
 葛城ミサトは小さな子供が無意識のうちに考えていることを口に出すように、
自分が一番集中している思考内容をまるでラジオの前で演説しているように放射するのだ。
 「みんなから、心の状態とかいろいろ教えてもらいました」
 ヒカリは事実の全部を言っていないとレイは思った。あれだけなら誰でも教えて
もらった方法は口頭とか手振り、身振りのたぐいだと思うだろう。
 今、葛城ミサトはアスカのことを心配していた。アスカのシンクロ率が事故以来
伸び悩んでいるのだ。正確には明らかに低下していて、原因がわからず、対処の方法も
ない。
 ヒカリの向こう側で、トウジの黒いプラグスーツがエントリープラグを出たらしい。
全身は見えなかったが黒い足が視野から消えて行った。
 レイは自らもエントリープラグの扉をくぐり、床に降りた。首をまわす。
 アスカの姿は見えなかった。まだエントリープラグの中にいるのか、それともすでに
着替えに行ったのか。
 レイは今はアスカに接触しないことにした。だまってヒカリを見る。
 ヒカリは後に続こうと扉から身を乗り出したが、そのまま力なく床に転げ落ちそうに
なった。山吹色のプラグスーツが宙に浮いて落下した。
 「危ない」レイは叫び、身をかがめてヒカリをかばおうとした。
 レイのわきを黒い影が通り過ぎ、倒れ込むヒカリを抱きかかえて床に寝かせた。
 「大丈夫かいな」
 トウジの口調は相変わらずぶっきらぼうだったが、その中のやさしさは誰にでも
わかった。
 「ありがとう」ヒカリは手を突いて上半身を起こし、そのまま床にへたり込むように
座った。「だめ、疲れて動けないわ」
 レイはヒカリの背後にひざを突き、後ろから支えた。
 ヒカリのからだには力がまったくはいっておらず、まるでクラゲのように思えた。
 「ひとりで降りよう思うだけマシや」トウジは右手を高く振って医療班を呼んだ。
「最初のころは、ワシなど動くことも出来へんかったからな」
 女性の看護士が車いすを押して来た。
 「あ、そんな…大丈夫です少し休めば」
 トウジと看護士は両側からヒカリのわきの下とひざに手を入れて持ち上げ、
車いすに座らせた。
 「休んだらええがな、救護室で」
 レイは看護士の押す車いすについて、トウジと反対側を歩いた。
 配線を踏みつけるたびに車いすは左右に揺れた。
 レイはヒカリのプラグスーツの左手首に手を伸ばし、スーツの緊張状態を解いた。
 ヒカリは小さくため息をついた。
 「少し楽になるわ…ただ、首筋からLCLがはいり込むのが気持ち悪いかも知れない」
 「綾波さん、ありがとう」
 「どう」レイはトウジに訊ねた。
 「ああ、ワシは上々や。機体にも馴れてきたわ」
 「そ」
 「機体いえば、自分の機体、修理はどうなんや。そろそろ上がるんやろ」
 「多分。弐号機優先と聞いてるわ」
 「ふむ、左右同じような場所を同じようにやられとるからな。修理も意外と楽なのかも
しれん」
 「ええ」
 「ヒカリ、ええ数字でたらしいな」トウジはヒカリににやりと笑いかけた。「ミサトさん、
大喜びや」
 「みんなのおかげよ」ヒカリは首だけトウジに向かって曲げた。「いろいろアドバイス
くれるから本当、助かるわ」
 「ワシ、これから実機で訓練してくる」トウジはエレベータホールで立ち止まった。
「綾波、後、頼むわ」
 レイは無言でうなずいた。今、動ける機体は四号機しかない。一刻も早く戦闘行動が
取れるようになってもらわなければならなかった。
 「トウジ、頼むわよ」ヒカリも思いはレイと同じだということを示した。
 トウジをホールに残して看護士は車いすを押した。
 「アスカ、どうしたのかしら」ヒカリは言った。「いつのまにかいなくなったわ」
 「更衣室でしょ」レイは声に感情を込めずに言った。「私達の今日の予定は終わったから」
 「ええ…」ヒカリはだまった。
 救護室にはいると、今度はレイが看護士を手伝ってヒカリを寝台に寝かせた。
 看護士は言った。「ゆっくり休んでください、あなたは疲れているだけ。
血圧も脈拍も正常よ、安心して。動けるようになったらいつでも帰っていいですよ、
自分の判断で。一言、報告は入れてね」
 「どこに…」ヒカリの言葉をレイがさえぎった。
 「大丈夫、私つきそうから」
 看護士は微笑してうなずいた。「お願いするわ。何かあったらこれで(と、寝台の枕の
わきにぶらさがった、看護士呼び出し用の押しボタンを示し)呼んでください」
そして車いすを押して出て行った。
 「看護士の詰め所は出て左」レイは言った。「寝てしまうのが一番よ。目が覚めれば
動けるわ」
 そしてヒカリの返事を待たずにゆるんだプラグスーツのファスナーを首から腹まで
降ろした。
 「ひっ」ヒカリは反射的に両方の胸を隠した。
 レイはヒカリの肩を押して半身の体勢をとらせ、肩からプラグスーツを脱がせはじめた。
そして、いつのまに取り出したのか吸湿性のある布をスーツと肌の間にさし込んで
LCLをふき取った。
 「とても粘性のない液体だけど、この布はそれ専用の高分子を織り込んであるから
吸い取れるの」レイはヒカリの背中をむき出しにし、腕をそでから抜き、反対側を
むかせて上半身を裸にした。続いて背中から尻を浮かせて全部脱がせた。
 そして、さらに身体の下に布をさし込んで残っていたLCLを拭い取って行った。
LCLは敷布の上に丸いしずくになって散らばり、少しでも低い方向に向かって集まろうと
らせんを描いて動き回った。
 「どこかまだ濡れたところは」レイは聞いた。
 ヒカリは首を振った。肩まで真っ赤だった。両手は胸を隠し、ひざを少し曲げて内腿を
かばっていた。
 レイは薄い毛布を出してかけてやった。
 ヒカリがあごにかかるほど毛布を引きあげてやっと落ちつくと、レイは言った。
 「今日は少しがんばりすぎ」
 「でも、いい数字出さないと」ヒカリはため息をついた。
 「着替えてくるから、少し待ってて」
 「あ…誰か来たら…」
 「それ」とレイは看護士の教えたボタンを指差した。「大丈夫、それ握り締めて、目、
閉じていて」
 更衣室で第壱中学校の制服に着替え、ヒカリの着替えをもって救護室に戻ると、
ヒカリは深い寝息を立てていた。
 着替えを寝台のわきの移動台に乗せ、パイプ椅子を一脚広げると、レイはそっと椅子に
座ってからだをくつろがせた。
 トウジの訓練は続いているはずだった。終わればふたりを捜してここまで来るだろう。
 レイはじっと待った。
 かすかな音とともに救護室の扉が開き、レイははっとして目を覚ました。いつのまにか
椅子に座ったままの姿勢で寝入っていたのだ。
 顔を上げ、入口を見ると黒いジャージ姿が猫背でのぞき込むように立っていた。
 「まだ、寝とるんか」トウジは声を殺して言った。
 レイはちらりとヒカリをながめ、だまってうなずいた。
 トウジは足音を殺すようにして入室した。後ろで扉がそっと閉まった。
 レイはふりむいた。
 ヒカリが目を醒ましていた。そして、ふたりに向かって微笑した。「ありがとう」
 「訓練、終わったのね」
 「上出来や」
 「そ、よかったわね」
 「最後の仕上げに夜間飛行してきたわ」
 「どんな感じ」
 「戦自から使徒やらと間違われんようにな、飛行許可申請して、もう日も沈んどるから
よう見えんやろう言うて軽ぅく新芦の湖一周してきた」トウジは胸を張った。「ええ気分や」
 「戦自、エヴァが飛べること知ったのかしら」
 「一応、総司令御用達の作戦指揮用ミサゴで申請したらしいがな、もうガタイが
全然ちがうわ外観は似ても似つかへんわ、ばればれや」
 「帰りましょ、もう遅いわ」レイは立ち上がった。「ヒカリさん、着替えそこに
(と、寝台のわきを示し)持って来てあるから。外で待ってる」そして返事も聞かずに
トウジの右手をつかんで扉に向かった。
 「ぉ、綾波何しよるねん」
 「ヒカリさんこれから服着ないといけないから」
 トウジは初めてヒカリの身につけているものに感心をもったらしい。「おおっ、
すると毛布の下は…」
 「ばか」
 枕が飛んできてトウジの顔を直撃した。トウジはほうほうのていで廊下に出た。
 「洞木ヒカリさん、作戦司令部まで連絡してください」天井のスピーカーから
女性の声が流れ出た。「くり返します、洞木ヒカリさん、作戦司令部まで
連絡してください」
 レイは壁際の通話装置に手を伸ばした。作戦司令部の呼出し番号を打ち込む。
「レイです…ヒカリさんは今着替え中…はい、了解すぐにそちらに向かいます」
 「何や今のは」トウジは緊張していた。
 そしてもっと緊張したヒカリがシャツの一番上のボタンを止めながら廊下に
飛び出してきた。
 「今、私呼ばれたわよね、どうしたらいいの」
 「かわりに返事しておいたわ」レイは答えた。「葛城三佐から。すぐ、作戦司令部に
出頭すること」
 「いっしょに行こ」トウジが先に立って歩きはじめた。「ワシら来るなと
言われとらんやろ」
 「ええ」
 レイはヒカリと並んで歩いた。
 「何だろう、何かしら」ヒカリの声は不安そうだった。
 「行って、聞くしかないわ」レイは言わずもがなのことを口にした。
もう葛城ミサトの思考がここまで漏れ出していた。
 トウジもヒカリも気づいたらしい。ふたりは明らかに緊張を解いた。
 「さとられないように」レイはふたりに思念を送った。「私達はまだ
何も知らされていないのよ」
 前を歩くトウジの肩がまたいかつい姿勢にもどった。
 ヒカリも口を固く閉じた。
 作戦司令部は零号機・弐号機の修理報告とシンジの救出作戦に関する報告が
ぽつりぽつりと上がっている状況で、操作員はどちらかというとのんびりした
雰囲気で作業していた。巨大スクリーンは何も映し出していなかった。
 葛城ミサトは部屋の隅にしつらえた小さな喫茶用の机にしつらえられた
布張りのパイプ椅子に足を組んで座り、赤木リツコと何か話し込んでいたが、
三人を見つけると口をつけていたコーヒーカップを音を立てて机に降ろし、
勢いよく立ち上がって手を振った。
 「いいニュースと悪いニュースよ」葛城ミサトは舶来の古典的な台詞を吐いた。
「どちらから聞きたいかな」
 「ほなひとつ、悪い方からお願いします」トウジが気をつけの姿勢で答えた。
 「楽にして」葛城ミサトは椅子に腰を下ろしながら言った。「シンジ君の
救出計画だけど、経過がはかばかしくないのよ。万が一の失敗も許されないからねえ。
でも、必要な機器をそろえて、来週には実施するわ」
 レイは黙ってうなずいた。
 「それじゃあいいニュースよ」葛城ミサトは胸を張りヒカリに微笑みかけた。
「五号機、手に入れたわ」
 「本当ですか」ヒカリは本心から言っていることを何とかあらわそうとしていた。
「うれしいっ」
 「今日のデータが決め手になったのよ」葛城ミサトはそれがすでにチルドレンに
知られていることなどまったく気づかないままに説明した。「これまでのデータ、
起動可能領域ぎりぎりの範囲を確実に数値が上昇していたという実績、
それから今日ヒカリさんが出した数値はこれまでの最高、文句なし、ふぅむ」
葛城ミサトは首を振った。「競争相手、今日の数値でぶっちぎりよ、
後はこの値をいつでも出せるように調整しましょう」
 「レイ」葛城ミサトはレイに振り向いた。
 「はい」
 「ヒカリさんのこと、よく見てあげて。気がつくことがあったらなんでも助言して。
今、ヒカリさんの調子は一番いい状態にあるのよ、この状態を維持できるように、
いつでもこの状態に持って行けるように手助けしてあげて」
 「はい」
 「このままのスケジュールだと、ふぅむ、来週のシンジ君の救出計画の日程と
ぶつかるわねえ。調整しなきゃ」
 「来週届くんですか、私の機体ですか」ヒカリが首を振りながら言った。
「信じられない」 
「信じなさい」葛城ミサトは大きく首を振った。「いい数字を出し続けるのが条件よ、
忘れないで」
 「はいっ」
 「葛城三佐」青葉シゲルがわり込んだ。「弐号機の修理、完了です」
 葛城ミサトは歓声をあげた。「今日はいいニュースばっかりね、アスカはどこ」
 「…二時間前に退館しました」伊吹マヤが報告した。「現在軌道車両で移動中」
 「メール、送っておいて」葛城ミサトは指示した。「まぁ…読むかどうかは
わからないけどね」
 「了解」
 「青葉君、零号機の修理、終了予定はいつか問い合わせて。」
 「了解」青葉シゲルが答えた。
 「帰っていいですか」レイは聞かずもがなの質問をした。黙って作戦本部を
後にするのは気がひけたのだ。
 「あ、いいわよ」葛城ミサトはきげんがよかった。「気をつけてね」
 「はい」
 作戦本部を離れながら振り向くと、葛城ミサトは再びけわしい表情にもどり、
何も映していない巨大スクリーンをみつめていた。
 「惣流も冷たいやっちゃなあ」トウジは大声で言った。トウジの声は
エレベータホールに続く廊下にかすかな反射を残して消えた。「何して先帰らな
あかんのや、待っとってバチ当るか」
 「何か用事があったのよ、きっと」ヒカリがとりなすように言った。
 「それにしても、二時間も何をしているのかしら」レイは疑問をもった。
 「どういうこっちゃ」
 「どこで、何をしているのかと思って」
 「お前とはちゃうわ、なんやガッコでもネルフでも、終わったら即自宅に直行して
閉じこもっとるようなタマかあれが」
 「そうね」レイはうなずいた。「みんな、どこで何をしているの」
 「そらお前、なあ…ヒカリ」
 「買い物したり、店を見て歩いたり、公園を散歩したり、いろいろよ、綾波さんは
そういうことしないの」ヒカリは聞いた。「碇君とデートとか」
 「椅子を買いに行ったわ」レイはエレベータホールに立ち止まり、エレベータを呼んだ。
「ふたつ先の駅のモールにいっしょに行ったことがある」
 「綾波の部屋にある、新しいほうの椅子か」トウジがうなずいた。
 エレベータの扉が開き、三人は乗り込んだ。他には誰もいなかった。
 「どっちが選んだんや、自分か、碇か」
 「私が」
 「自分でも主体性を発揮するいうことあるんやな、てっきり碇が選んだと思うたわ」
 「いくつも、いくつも見てまわったわ、ふたりで、一つずつ座りごこちを確かめながら」
レイは思い出すように言った。「その時私分かったの、いろんな椅子ひとつひとつが
全部ちがっていること。そして、ひとりひとりの人間がみんなちがっていること」
 「碇が自分を変えたんやな」トウジはかみしめるように言った。「あれはあれで
ええことやるな、最近、自分まるで別人のようやで。昔は人形か機械仕掛けみたい
やったからな」
 「トウジ」ヒカリが委員長の口調でたしなめた。
 「ええやないかもうチルドレンや、お互い隠しごとはなしにしても」トウジは屈託が
なかった。
 それだけ身近に感じてくれているのだとレイは思った。
 エレベータが停止し、扉が開いて三人はエレベータを後にした。守衛に目で会釈し、
身分証明書を使って館外に出ると、三人は軌道車両の駅に向かった。
 三人はならんで歩いた。
 「碇君は私に選ばせたわ」レイは言った。「いつもそう。碇君は自分で選ばない」
 トウジはうなずいた。「奴の一番イカンのはそれや。なんでも他人に選ばせて逃げ道を
残しとる」
 「碇君、今回は自分の意志で残ったのかしら」ヒカリがつぶやいた。「それとも初号機が
碇君を取込んだのかしら」
 「わからない」レイはしばらく考えてから言った。「両方の意志かもしれない」
 涙がレイの頬を伝った。
 「綾波…」
 「碇君、言ったのに」レイは流れる涙に気づかないまま続けた。「すぐに帰って来るから、
って言ったのに」
 頼りない光を投げかける外灯の下を三人はうつむいて歩いた。





+続く+




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