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Wounded Mass - ss:08

なり得なかった者

 心の地平線は空より広かった。
 レイは横たわっていたにもかかわらずその時めまいを感じた。
 傍らではシンジがアスカと愛し合っていた。三人の乗った寝台がぎしぎしと音を立てた。
 レイはその前にシンジと愛を交わして絶頂を迎え、脱力して横になっていたのだ。
そして、天井の薄い黄色をぼんやりと眺めながら快感の波がゆっくりと退いていく
ものうげな意識で自分の心の中をさまよってみたのだった。その結果は驚くべきもので、
今まで見えもせず感知することもできなかった心の中が、広げられた能力では
ずっとはっきりとどこまでも見通せて、忘れていたと思っていたことや気づいて
いなかったことを後から後から発見することができた。
 記憶を交換してレイの心の中に住むシンジもその作業を手伝ってくれた。
 レイは心の壁には本当に果てがあるのだろうかという疑問すら抱いた。どこまで
調べてもいつまで進んでも、さらに新しい発見、忘れていた記憶を掘り起こすことが
できた。
 さらに拡張された意識はレイの身体構造まで知覚できるようにしていた。細胞の一個
一個がどのように働き、あるいは不全を起こしているかまでわかった。そして、体内の、
バランスを保てないホルモンの分泌を司る各器官に働きかけてその動作を正常化し
全身の身体機能を向上させることもできていた。
 レイの身体は細胞同士の結合力が局所的に弱く、たえず代謝される薬品で機能を
補わなければ壊死してしまうことが分かっていた。目は悪く近視で、眼鏡では
矯正しきれず、コンタクトレンズが必要だった。髪の毛は肩にかかるほど伸びる前に
抜けてしまった。全身の体毛も極端に薄かった。
 リツコはいろいろな症状を緩和する薬を調合し、レイに渡して毎日定期的に服用する
よう指示していた。リツコが処方する薬もコンタクトレンズも、もはや必要では
なくなっていたが、レイはリツコにそのことを隠していて、薬も使い捨て
コンタクトレンズも全部廃棄していた。血液検査の値は全部暗記していたし、
採血の直前に一部の血液の成分を調整して変化を気づかれないようにすることさえ
可能だった。
 いつも読んでいた医学書の知識がこんなところで役に立つとは、とレイ自身驚いていた。
自分が一般人と比べて膚の色や髪、目の色がちがっていることを意識しないわけがなく
その理由を調べるために読んでいたのだから。
 おそらく今なら皮膚の色も瞳の色も、髪の色や伸びる速度まで自由に変えることが
できるだろうとレイは思った。
 レイは目を閉じ、心の探索を終えた。
 アスカのあえぎ声がレイの耳にはいってきた。レイは首を曲げてアスカの快感に
ゆがんだ表情を無表情にながめた。
 では、私もあんな顔をしていたのねとレイは思った。目をきつく閉じ、額にしわを
寄せて汗まみれになって悦んでいたのね。
 アスカは上を向いて横たわっていた。
 シンジは上からアスカに正対してアスカのひざの間にはいり、両手をアスカの腰に
当てて動きを手伝っていた。
 アスカの両手は敷布を握り締め、あるいは力なく投げ出されたり自分の口に
当てられたりといった動きをくり返していた。
 三人は今、アスカの居室にいた。葛城ミサトの住む共同住宅で、元は誰も住んでいない
荷物置場に最初に入居したのはシンジだった。今はアスカの部屋になっていた。
 部屋は洋室で畳敷きなら八畳くらい、天井は高く、中央にひとつ丸くて明るい蛍光燈の
天井灯があった。壁と天井は白に近い黄色の無地の壁紙で、暖かいがよそよそしい雰囲気
だった。腰の高さの窓がひとつ、入口の扉のあるののと反対側の壁にあって、今は淡い
黄色の斜光カーテンが引かれ、外の熱い気温と降り注ぐ陽光をさえぎっていた。
 入口から左側には衣装だんす二棹と三面鏡が並び、右手にはやや幅の広い寝台(今は三人
が使っている)と天井まで伸びる本棚のついた勉教用の机と椅子。
 空調は機能していたが三人の熱気を処理しきれず、部屋は少し蒸し暑かった。
 レイはひじをついて起き上がった。アスカを愛しいと思った。それは鏡に写った自分に
対する感情だったかもしれない。それでもレイはアスカに好感を持ち、もっと悦ばせて
あげようと思った。
 レイは顔をおろし、アスカの空いている乳房をそっとくわえた。
 アスカの乳房は敏感に反応して充血し、レイの口の中で乳頭が勃起して乳房自体も
盛り上がり、さらに固くなった。
 レイの胸もそれに呼応するように上気してはりが増し、乳頭が膨らんで上を向いた。
 レイは舌でアスカの乳頭をゆっくりころがし、ときどき軽く噛んだ。
 アスカはその刺激に耐えかねるように両手を顔の上で組んで顔を左右に強く振った。
汗で重くなった長い金髪がしなるように跳ね回った。
 シンジの片手がレイの腰にのびてきた。
 レイは視線だけシンジに向けた。
 シンジは小さく喘ぎながらレイと視線が合うとレイの尻をなでた。その手はそのまま
レイの身体をはいあがって胸を包んだ。
 レイは一瞬の間、強く目を閉じて胸からの刺激に耐えた。
 先程のシンジと交わした行為の残滓が身体のあちこちに残っていて、今はシンジの手に
包まれた胸の奥で燃え上がった快感の炎が痛みをともなうほどの勢いでふたたびレイの
全身を焦がした。
 レイはアスカから口を離してため息をついた。
 息はいままでレイが口をつけていた濡れた乳房に当たり、アスカはまた声をあげた。
「いやっ」そして激しく首を振った。
 レイは今度は唇を突きだしてアスカのそこに息を吹きかけた。
 暖かい唾で濡れた乳首が、吐息で乾きながら熱を奪われ、アスカはそんな些細な
刺激にも身もだえして反応した。「いやぁ」声を出すのもつらそうだった。
 レイはアスカの表情を見つめた。
 目の焦点が合っていなかった。
 アスカは半開きの口でせわしなく息をしていた。ぐっしょりと汗で濡れた金髪がほほに
貼りついていたがそれを払うこともしなかった。毛細血管が拡張して白い地膚が桃色に
染まり、その表面にびっしりと細かい汗が浮いて、集まり、ころがり、糸を引いて
寝台の敷布にしたたった。上半身はぐったりと脱力したように寝床に横たわっていたが、
膝を曲げて寝台に踏んばった足に支えられた腰は別の生き物のようにシンジを
はさみ込んでシンジの腰と調子を合わせて前後動をくり返していた。
 意識はなく、反射神経と本能だけが身体を駆り立てている、レイはそう思った。
 覚えたばかりの快感がセカンドの全人格を支配していて、セカンドはもう他のことは
何も見えず何も聞こえず、ただ全身を駆け抜ける衝撃に身をまかせて精神世界を漂って
いるのだ。状態に変化がなければいつまでも、いつまでも。
 しかし世の中は残酷だとレイは思った。
 シンジの腰の動きが変化したのだ。シンジもまたアスカとの結合部からもたらされる
快感を一刻でも長く引き伸ばそうとするように、まゆ毛の間に皺を寄せて目を閉じ両手を
曲げたアスカの膝に回して抱え込む姿勢で自分の身体を支えながら動いていたが、
あごが上がり食いしばっていた唇が開いて真っ白い歯が見えた。
 レイは思わず上体を起こしてシンジのあごを捕らえ、自らの唇を押しつけて舌を入れた。
 シンジの全身がびくりと震えて腰の動きがますます早まった。
 アスカはたえ切れないように声をあげたがそれは悲鳴にも聞こえた。「あーっ、あーっ、
あーっ、シンジっ」
 シンジは何か言おうとしてあごを動かしたがレイの唇にじゃまされて声にならなかった。
そのかわりにシンジは上半身を大きく震わせて腰の動きをぴたりと止め、両腕で力一杯
アスカの両ひざを抱え込んだ。そしてレイに舌で応えるとゆっくりと顔でレイを押して
それから口を開き、後ろに引いてレイを離した。
 シンジのこのやさしさがレイは好きだった。
 それからシンジは両手を離した。
 アスカの両ひざは外側に向かってだらしなく広がり、音を立てて寝台に落ちた。
 シンジは両腕をそっとアスカのわきの下にいれ、胸を合わせ、アスカに口づけした。
そしてゆっくりと腰を引いてアスカから出ていった。
 シンジがアスカから口を離すと、アスカは何も言わないままで大きく息をついた。
そして目を開き、うっとりとした表情でシンジを見つめた。
 「シンジ、最高だったわ」
 「僕もだ、アスカ。ありがとう」
 アスカは視線でレイに向かって言っていることを示した。「お手伝い、感謝するわ」
 「そ」レイはなんの動作も伴わずに返事をした。「あたしも、気持ちよかったから」
 シンジはアスカの両ひざの間から退いて体勢を変え、レイの隣に足を床におろして
座った。そして、まだ大きく開いて局部をむきだしたままのアスカの内腿に手を置いて
そっと上下にすべらせた。
 アスカは気持ちよさそうに目を閉じてあごを上げ、首をゆっくりと左右に振った。
 「ねえ聞いて、新発見よ」アスカはものうげな口調でふたりに告げた。「昨日の夕方、
ミサトと温泉はいったときね」
 「どうしたの」シンジは不安そうな口調だった。
 「ところで知ってるわよね、ミサトの胸の傷」
 「うむ」シンジは答えた。
 レイもだまってうなずいた。
 「アタシ知らなかったからちょっと驚いてミサトに聞いちゃったのよ、その傷、って」
アスカは舌を出した。「ミサトは、ああこれ、ちょっちねぇ、といつもの調子で
っただけだったんだけど、その時アタシはミサトがあの傷をおった南極の大爆発を
ミサトのかわりに体験していたのよ」
 レイは目を見開いた。ミサトはチルドレンの素質をもっているというのだろうか。
 「ミサトのその時の思い出が全部手に取るように読めたわ、もうびっくりね」
 「ミサトさんはチルドレンだってことかな」シンジが思い詰めたような声で言った。
 「ちがうわね」アスカはそっけなく言った。「アンタたちものぞいてごらんなさいよ、
アタシたちとは全然ちがうから」
 「何がちがうの」レイは尋ねた。
 「アタシたちお互いに心を通わせるときの、あの感じとよ。何ていうのかな、ま、
やってみれば。すぐわかるから」アスカは言葉を切った。「ラジオを聞いててさ、
あぁ聞きにくいとか思うことあるでしょ、あれよ、あれ」
 「僕たちより読み取りにくいってことか」シンジは低い声で言った。「でも読めるんだ、
きっとミサトさんはエヴァを動かせたかもしれない人なんだ。母さんみたいに」
 「かもね」アスカは足を組んで上体を起こした。「うあっ。ねファースト、ティッシュ
取って」
 「はい」レイは箱ごと渡した。
 「アリガト」アスカは丸めたティッシュをごみ箱に投げ込んだ。「ストラーイク」
アスカは言葉を継いだ。「ミサトは加持さん以外に男知らないわよ」
 「セカンド、それ」
 「アスカっ」
 レイとシンジは異口同音にアスカを責めた。
 「あ、アタシはむやみにのぞいたりしたんじゃないわよ」アスカは声の調子を少し
高くし、口早に言った。「ミサトの考えがアタシに流れ込んできたんだから。ミサトは
アタシに教えようかどうしようか心の中で迷ってたわ、そのせいよ」
 「そうなの」シンジは自分に言い聞かせるように言った。
 「ミサトの心に浮かんでた男って、加持さんだけだったんだから。びっくりしたわ、
ミサトのお父さんだっていたっていいはずなのに、かけらもないんだもの」アスカは
言葉を切り、視線を下げた。「それ、実はアタシも同じなんだけどね」
 「加持さんのこと、好きでしょ」レイは単純な事実の確認をした。
 「ファースト、あんたいつもそうだけど容赦ないわね」アスカは目を閉じた。そして
再び目を開き「ミサトの心をのぞいてアタシも同じだって分かったわ。アタシも
加持さんにアタシの父親の理想の姿を望んでいたのよ」
 「アスカ」シンジが首を振った。
 「隠しごとはもうやめ、アンタ達には」アスカは突然興奮して両眼から涙を流したが、
それに気がついてもいないようだった。
 レイは我知らず手を差し延べ、アスカの流れる涙をぬぐったがアスカはレイに
何の反応も示さなかった。
 「シンジとの関係、実は初めてじゃなかった。血、出なかったでしょ。アタシ、
母親って自称する人から、父親って呼びなさいと言われた男に…何度も、何度も」
 「アスカ…」シンジはそれ以上言えなかった。
 アスカは、自分の顔のわきに凍ったようにとどまっていたレイの指を取り、唇を寄せた。
そして、その指をそっとレイの膝の上まで誘導した。
 「ここに来られて本当にうれしかったわ。エヴァに乗れるしあの男とも離れ離れに
なれた、何よりシンジと会えた」そしてレイに顔をむけた。「ファースト、アンタにも
会えた」
 アスカは続けた。「本当言って、初めてシンジとやったとき、こわかったわ。
セックスで快感あったことなんてなかったから。痛みと屈辱と嫌悪と、そんな負の
感情だけしか連想しなかったから。だから本当は愛されながらびっくりしてた。
こんなに気持ちのいいことだなんて想像もしてなかったから、やさしくされることは
どんなことでも癒してくれるんだって分かったから。例え一生忘れられないと
信じていたような傷でさえ。生きていてよかったって、思ったわ。
 「シュッツトガルトは最低だった。エヴァの操縦訓練に明け暮れ、プライベートでは
あの男の言いなりになっていただけの生活。大学が何よ、いっしょにいるのはみんな
年上で、そのくせ世間も知らない男も知らない、そんなただの耳年増があたしのことを
子供扱いするのよ、もう信じられない。ばかばかしい。
 「後ろ向きだったアタシを救い出してくれたのが加持さんだったのよ、捕われの姫を
塔の中から助け出してくれた騎士だったのね。アタシはここに来るまで加持さんに
夢中だったし、加持さんのことしか考えられなかったわ。でも、加持さんは大人だった。
アタシの誘いを上手にかわして、それでいて嫌わせず飽きさせず、って今思うと
本当に上手にあやつられてたのよね、全然気づきもしないで。
 「こっちに来て、中学校で長いこと存在すら忘れていた同年代の友達ができて、ヒカリ
とか、それでシンジやファーストとこんなことになって、自分の頭の中が、まるで霧が
晴れるようによく見通せるようになったら、アタシの加持さんへのあの情熱は一体
何だったのかもう分からなくなっちゃった。確かに好きよ、加持さんのこと、
まちがいなく。でもそれはセックスの対象ではなく、加持さんをアタシの庇護者として
求めていたんだと思うわ。
 「きっと、ミサトも加持さんとの生活の中で、自分が何なのか思い詰め、加持さんの
存在を、加持さんとの生活を自問自答してあの結論を出したのよ」アスカは長い
ため息をついた。
 アスカの表情が変った、とレイは思った。憑き物が落ちたようなはればれした顔だった。
 「今度、ミサトに聞いてみようかしら。それとも、聞かないほうがいいかしら。でも、
聞かなかったとしても、確かめてはみたいわ」
 「むやみにミサトさんの心をのぞくのは止めようよ」シンジは言った。「なんだか、
いやな気分だ」
 「じゃ聞こう。アタシにはそれが必要だとわかったから」アスカは口調を変えた。
「いやな理由は何なの、気分だけかしら」
 「普段からそういうことやっていたら、いつか他人に知られてしまう。僕たちが心で
つながっていることだって、もしかしたら」
 「それ、まずいの」レイは純粋な疑問として聞いた。
 「まずいと思う」シンジは爪を噛んだ。「チルドレンはエヴァを操縦できるということ
だけで、もう十分に他の人たちとちがってる。そのことで僕たちは訳のわからない
実験台にされるし、僕たちを根拠もなくこわがっている人達だっているはずなんだ」
 「そうねえ」アスカはうなずいた。「その上に、口もきかずどんなに離れていても
意志の疎通ができてるなんてこと知られたら、化物扱いかもね」
 「赤木博士」レイは言った。
 「リツコさんが、なに」シンジの口調は疑問符が続いていることを示していた。
 「赤木博士がこのことを知ったら、きっと私達をメスで一ミリ単位に切り刻んででも
原理を知ろうとするわ」
 「ありえるぅ」アスカは鼻にしわをよせてうなずいた。「リツコならやるわね、喜んで」
 「そうか、あの傷はセカンドインパクトのときのものなのか」シンジはうつむいた。
「なんか時々はじっこの方が見えるなと思ってたけど、じゃあの傷は上から下まで
つながってるんだ」
 「そうよ」アスカは答えた。「野戦病院で応急処置だったのよ、きっと。小学生のぬった
雑巾みたいなぬい目があるわ」
 レイは黙ってうなずいた。
 「痛かっただろうな」シンジはつぶやいた。「アスカ、その後でミサトさんの心の中、
のぞいてみたの」
 アスカは首を振った。「いいえ、あれからはしてないけど」
 「じゃもしかしたら、その時だけの」
 「あり得ない」レイは短く言ってシンジの発言をさえぎった。「一回きりの現象なんて、
都合よさすぎるわ」
 「そうだね」シンジはうなずいた。「ミサトさんはそういう人なんだ」
 三人は無言で互いに見つめ合った。世界中に三人しかいない、大切な同胞なのだという
思いは、心を通わせなくとも自明だった。





+続く+




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