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Wounded Mass - ss:06

苦渋の選択

 シンジのいない教室はいつもより広かった。
 レイはいつものように自分の机に頬杖をついて座り、左側の窓の外の風景を見つめて同
級生からの接触を拒絶していたが、心は目に映る光景とは裏腹に、昨夜のシンジとの交流
を思い起こしていた。
 三日前に出現した使徒は初号機と二号機のエヴァンゲリオンニ体を倒し、N2爆弾によっ
て大破したが自己修復中だった。戦闘中、零号機のコクピットで待機していたレイは作戦
本部経由で送られてくる映像を見ながら暗澹とした気分だった。二体に分離した使徒がそ
れぞれにエヴァンゲリオンを倒したとき、レイは思わず唇を噛んだ。鉄を舐めたような味
がして眼前が赤く曇った。
 翌日からシンジはアスカ共々ミサトのマンションで訓練に明け暮れ中学校に登校すらし
なくなった。
 レイは毎晩、寝台で横になり眠りにつくまでの間、シンジからの心の呼びかけに応えて
短いことばを交わしていた。レイから呼びかけることはなかった。訓練のじゃまになると
いけないということでそれは自粛し、シンジからの呼びかけを待つことにしたのだった。
 その日のできごとはシンジのことばを待つまでもなく一瞬の記憶の交換で完了し、ふた
りはもっと情動的な感情のやりとりに専念した。
 レイはそこにはいないシンジの想像の身体を抱きしめ、想像の唇を求めた。肉体の交わ
りがなくとも、精神だけで十分に快感を味わうことはできたが、レイはそれでは不満だっ
た。
 昨夜、レイは少し蒸し暑い夜を少しでも過ごしやすくしようと晴れ上がった空に向かっ
て窓を開き、うっすらと汗の浮かんだ膚をシャワーで流そうともせずに寝台に横たわって
シンジの連絡を待っていたのだった。
 「綾波」シンジの思考は明確で曇りがなかった。
 「碇君、待っていたわ」レイはこの一言にありったけの好意をまとわせてシンジに伝え
た。「うれしい」
 「遅くなってごめん。今日もやっと解放されたよ」
 「私待ちくたびれて寝てしまうところだった」それは嘘だった。
 「嘘だってでっかく書いてあるよ」シンジのやっとくつろいだ思考が伝わってきた。
 「意地悪ね。本当は碇君を待ちきれなかったの。碇君がとなりにいてくれることを想像
していたわ」
 「ありがとう、綾波」
 「そして私を愛してくれていることも」
 「そりゃあ嬉しいよ」
 シンジの少しとまどった思考がレイにはおかしかった。
 「それで私もうがまんできなくなって」
 「え…」
 「私が今どんなかっこうでいるかさっき交換した記憶を見て」
 「ち、ちょっと待って…ああ、そんな…」
 「早く使徒を倒して、また愛し合いたい。楽しみにしているわ」
 「う、うむ」シンジの思考が乱れきっているのがよく分かった。
 「これ以上じゃまして今日の訓練の成果、だいなしにしてはだめね。じゃ、おやすみ」
 「あ…あの…おやすみ」
 ふたりは会話を終えた。
 レイは今夜は少し意地が悪かったかなと思った。そして、シンジの記憶をあらためてな
ぞりながら両手で何も着ていない自分の身体をなぐさめたのだった。
 教室はにぎやかだった。ふっと意識が引き戻され、レイは上気した表情を同級生の誰か
に気取られなかったかどうか確認した。
 レイは身体が昨夜の記憶に反応しているのを感じていた。トイレに立つとき、後ろから
同級生の話し声が追いかけてきた。
 「しかし、シンジの奴どないしたんやろ」
 「学校休んで、もう三日か」
 手を洗っていると電話で呼び出された。葛城ミサトからだった。
 「はい」
 「レイ、放課後ちょっとうち寄ってくれる」
 「はい」
 「じゃあねぇ、待ってるから」
 「はい」
 シンジに会えると思うと気分が高揚してまた身体が反応した。

 ミサトのマンションを訪ねるのは久しぶりだった。
 昔はもっとひんぱんに来ていたものだ。シンジが同居するようになった後は、これが初
めての訪問だった。
 建物の玄関から一人でエレベータに乗り、左手に広がる景観を無視して誰もいない廊下
を進むと、左に曲がる角の突き当たりにミサトの部屋の入口がある。
 レイは扉の前で立ち止まるとシンジが出たらいいなと思いながらインターフォンの呼び
出しボタンを押した。
 インターフォンにはミサトが出た。「いらっしゃい、待ってたわ。すぐに鍵開けるからね」
 玄関にいたのはミサト一人だった。その身体越しにみえる廊下にも人影はなかった。
 「おじゃまします」レイはミサトがひとりで待っていたので少しがっかりした。しかし
表情には出さなかった。
 「ささ、上がって」ミサトは後ろに引いてレイを迎えた。「こっちよ」
 ミサトに導かれてはいった広い居間で、レイはシンジとアスカが脱力した表情で座って
いるのをみつけた。
 ふたりはそろいの黒い肉襦袢を着ていた。
 レイはその服装に目を見開いたが何も言わなかった。
 「やあ、いらっしゃい」シンジが言った。
 「あら、いらっしゃい」アスカがシンジと声をそろえて言った。
 「まあ三日も缶詰で訓練に明け暮れてるからね、ふたりとも疲れちゃったみたいなのよ、
あ、座って」ミサトが台所からグラスに麦茶をついで持ってきてレイに差し出し、片足で
クッションをレイの足元に押しやった。
 レイはグラスを受け取りカバンを壁に立てかけてクッションに座った。
 元は広い居間だったが、大きく広げられたゲームの仕掛けのためにすっかり手狭になっ
ていた。一メートル四方くらいのビニールシートの上に丸いスイッチが並んでいて、踏ん
だり押したりすると違う音を出す。同じシートが二枚並べて広げてありその両側にはスピー
カーがあって、ふたりが今どのスイッチに触ったか音で報告する仕掛けだった。
 レイはその光景を何の感想もなしに眺めた。
 麦茶を飲む暇もなく玄関の呼出し音が響いた。
 「あれぇ、お客さんかな。アスカ、シンちゃん、ちょっと出てくんない」
 「はい」
 「はぁい」
 レイは麦茶を一口飲んだ。ミサトの麦茶だ。
 レイは台所の方を確認して残りを大きな植木鉢の中に流した。
 玄関から洞木の声が聞こえた。「誤解もろっかいもないわっ」
 ミサトが台所からでてきてレイを玄関に誘った。レイは従ってふたりは訪問者を迎えた。

 すっかり狭くなった居間にさらに三人が増えてますます窮屈になった。レイは、一番後
ろの廊下に続く扉の辺りにクッションを持っていった。
 並んだ観客を前にして、シンジとアスカがゲーム機械を使って訓練を再開した。しかし、
それは目を覆いたくなるようなものだった。ふたりの呼吸は全く合っておらず、シンジは
しばしば同時に押すべきスイッチを遅れて押してはアスカに怒鳴られた。
 ついにアスカは頭につけていたヘッドフォンを床に叩きつけた。
 「あったりまえじゃない、このシンジに合わせてレベル下げるなんてうまくいくわけな
いわ、土台ムリな話しなのよ」
 ミサトが言った。「じゃあ、やめとく?」
 レイはそのなにげない口調にミサトの意志を感じた。ミサトはアスカを引っかけるつも
りだとレイは思った。
 「他にひと、いないんでしょ」アスカはあごを上げた。
 「レイ」
 来た。レイは身構えていることを気取られないよう細心の注意を払った。
 「はい」
 「やってみて」
 「はい」
 レイは脇にどいたアスカが立っていたシートに乗った。隣にシンジがいることを否応な
く意識する。レイはうつむいて、そっと深呼吸した。
 ゲームが始まった。異なる音階の音が次々に発せられ、それに合わせて両手両足が正し
い位置を求めて動く。ふたりの動作はきれいに同調していた。
 隣のシンジの存在が心地よかった。レイはゲームを楽しんだ。この動きに、ふたりが心
を通わせる必要はなかった。ただ、協調しようという意志があればいいだけのことだとレ
イは思った。
 「あ」
 「はああ」
 「これは作戦変更してレイと組んだほうがいいかもね」
 ミサトの一言はアスカにとどめを刺した。
 「ええっ…もうっ、いやっ、やってらんないわ」
 アスカは捨て台詞を残して玄関から走り出ていった。
 「ああっ」
 「あ、アスカさん」
 「鬼の目にも涙や」
 「い・か・り・くん」洞木の委員長然とした声が響いた。
 「あ」
 「追いかけて」洞木はたたみかけた。「おんなのこ泣かせたのよ責任取りなさいよ」
 シンジはあたふたとアスカの後を追い、廊下に出ていった。
 レイはカバンに手を伸ばした。「帰ります」
 「あらあ、帰っちゃうの、レイ」ミサトが失望の声をあげた。
 レイは身構えた。
 「せっかくごちそうしようと準備してたのに」
 ここで言いよどんだら負けだとレイは思った。「私今日は薬を持っていないから」それは
嘘だった。レイはいつも緊急の場合に備えてリツコから渡された薬を三包カバンの底とス
カートのポケットに分けて入れていた。「帰って飲めばいいかと思って昼に飲んでしまった
から」
 ミサトは首をかしげた。「そうお、しかたないわね。でも、レイ、薬はいつも余分を持ち
歩いておくものよ」
 「はい」レイはカバンを持って立ちあがった。「さよなら」
 「また、明日」
 「じゃな」
 「気をつけてね、綾波さん」
 レイはだまってうなずいた。
 ミサトが玄関まで送ってくれた。「レイ、今日はありがとう。予想以上にうまくやってく
れたわ」
 「はい」レイはうなずいた。
 「あれなら、もしアスカがうまくいかなくても大丈夫と分かったし」ミサトは一瞬視線
を下げた。「ごめんなさい、悪役やらせちゃって。でも、今のままではいずれ使徒に圧倒さ
れてしまうわ。なんとかしなけりゃいけないのよ」
 「はい」レイはかがんで靴をはいた。
 「それには弱点をなくしていくことが必要…ってもうこれ以上説明させないで、お願い」
 レイはもう一度だまってうなずいた。そして扉を開いた。
 「さよなら、気をつけて」
 レイは両手でカバンを持ち、首だけミサトの方を向いて頭を下げた。
 ミサトの背後では三人の談笑の声が響いていた。
 食べていくつもりなのね、気の毒に、とレイは思った。

 三日後の作戦終了の後、レイはシンジとふたりきりで会いたかったがその願いはかなわ
なかった。
 エヴァの機体の収容、殲滅した使徒の現場保全の手配その他の雑用がミサトに集中し、
とても帰宅できる状態ではなかった。
 シンジはこれ以上気まずい思いはしたくなく、表向きはさらなる使徒の侵攻に備えてネ
ルフ本部で一夜を明かすと申し出た。
 レイもいっしょに残りたかったがネルフ本部内の無数の監視カメラの存在を考えると、
とてもシンジに割当てられた仮眠室に出向く気にはなれなかった。そのかわりにレイは解
放されると自室に戻った。ネルフ本部を離れるまで、ついにふたりだけで言葉を交わすこ
とはできなかった。
 定期的な建設機械の騒音が止み、夕暮れの赤が夜のとばりに飲み込まれるころ、レイは
誰も座っていない椅子と向かい合って座り、食卓で機能性食品の封を切った。そして、一
口かじるとふと顔を上げ、シンジに心で呼びかけた。
 「碇君」
 「綾波」シンジはすぐに応えた。「会いたかったよ、もっと早く」
 「私も」レイは好意の波に続けて記憶を送った。「受け取って」
 「分かった」シンジも記憶を送ってきた。
 「何してるの」レイは機能性食品を噛み砕きながら尋ねた。
 「綾波は」シンジから質問してきた。
 「食事」
 「ああ、あれか」シンジの少し気落ちした感情が伝わった。
 「そ」レイは質問をくり返した。「碇君何してるの」
 「今、風呂にはいってる」シンジの、少しはにかんだ感情が伝わってきた。「こことトイ
レだけだからね、監視カメラがないのは」
 「そうね」レイは心で相槌をうった。「私もはいろうかしら、お風呂」
 「え、あ…ああ、いいと思うよ」
 レイは両手を食卓について立ち上がり、部屋を横切りながら制服、シャツ、ブラジャー、
下着の順に床に落としていった。白い軌跡を残して浴室に向うと、最後に扉に手をかけて
両方の黒い靴下を床に脱ぎ捨てた。暑い、ねっとりとした空気が膚にまつわりついたが、
汗ばんだ衣類でいるよりはよほど気分がよかった。
 「そこに、だれかいるの」レイは扉を開きながら尋ねた。
 「いや…ここが混むのは8時すぎてからだから」
 「碇君、ひとりなの、私と同じね」
 レイは一番奥の浴槽に進むと排水口を閉じてシャワーの栓を開いた。一瞬の冷たい刺激
にレイはびくりとし、それから徐々に熱くなる流れに全身を晒した。はだに当る刺激が心
地よかった。レイは顔を洗い、そのまま浴槽に腰を下ろして全身で水滴を受け止めた。
 「気持ちいい」
 「ああ。ミサトさんが言ってた。風呂は心の洗濯だって」
 レイは心の触手を広げてシンジと一層強く結びついた。「作戦は終わったから、もういい
でしょ」
 「あ、うむ」シンジの感情が鮮明に流れ込んできた。
 それはほとんど実際に接触しているのと同じくらいの臨場感があり、ふたりはよく互い
が自室にいて会えないときにこうして精神の交わりを楽しんでいた。しかし、この一週間
はアスカとの訓練を優先して、そういった緊密な関係は謹んでいたのだった。
 シンジの感情を通じて肉体の状況までが伝わってきた。記憶が刺激されて、シンジ自身
がレイのてのひらの中にあるような錯覚が生じた。その感覚はレイ自身だけでなくシンジ
にも伝わり、さらにシンジを刺激した。
 ふたりはだまったままで交感を続けた。
 レイは絶え間なく降り注ぐ水滴の刺激に反応した乳首にそっと触れた。
 これは碇君の指、とレイは思った。私の胸をさわっているのは碇君の指。
 乳頭は誠実に反応し、赤身をまして膨張した。身体の内側から熱くなってくるのがわか
り、それは浴びているシャワーの湯のためだけではないということもまた明白だった。レ
イは目を閉じ、うつむいてため息をついた。首筋に当る湯が心地よかった。
 湯はだんだんと水位を上げていて、今は伸ばしているひざの半分あたりまで昇っていた。
 軽くひざを開くと敏感になった部分に湯が当り、レイは反対側の手を伸ばしてそこを押
さえた。自分でも驚くほどの刺激が全身に広がってレイは思わず息を飲んだ。それからゆっ
くりと息をはき、濡れた指で自分自身を愛撫した。
 レイは思った。私自身に触っているのは碇君のてのひら。私自身を愛しているのは碇君
の指。
 碇君を包んでいるのは私の指。
 「あ、綾波っ」シンジのあわてた感情とともにシンジ自身の変化が伝わってきた。
 レイは両手の感覚だけシンジの両手と入れ換えた。
 一瞬の痺れたような無感覚の後、レイは紛れもないシンジ自身を自分の指で愛撫してい
た。レイ自身を愛しているのはシンジの指先だった。
 「ああっ」レイはがまんできなくなって声を出した。
 今はシンジの操る指が、見えないためにまさぐるしかできず、あれこれ触って場所を確
認しているのがきつい刺激になっていた。
 レイも負けじと今は自分の手となっているシンジの手のひらでシンジ自身を刺激した。
 これは碇君の指これは私の手これは碇君の指これは私の手これは私の指これは碇君の指
これは私の手これは私の指
 レイは湯で上気した膚を身もだえして刺激に変化をつけた。全身がレイ自身を中心にち
ぢんでいくような波と、逆に底から噴き出してくる快感の無数の矢が全身の細胞を内と外
の両側からはさみこみふるえさせ翻弄した。レイは自分が浅い浴槽の中にどこまでもどこ
までも沈みこんでいくような気持ちになった。
 レイの指かシンジの指かは定かでなくなっていった。レイの受け止める快感の波に乗る
ように指はレイの身体の中をうごめいた。指の感覚がレイの受け止める身体の感覚とひと
つに溶け合って混じり合い、かたちのないものになりながらレイの体の中を這い回った。
 さらにその快感の刺激が通い合っている心を経由してシンジからはいってきた。自分自
身の感覚とシンジからの感覚が混ざり合って何倍にも何倍にも増幅され、レイはもう快感
以外のどんな刺激も感じられなくなっていたがそのこと自体にも気づいていなかった。
 降り注ぐ湯は今は浴槽いっぱいになり、あふれた分は音を立てて排水口から流れ出てい
た。
 レイはひざと肩から上だけを残して全身を湯の中に沈めていた。両方のひざは内側から
浴槽のふちを強く押しつけ、顔は大きく後ろにそらして頭を浴槽に乗せていた。そして今
はシンジのものである両手がレイの胸と、一番敏感な部分をやさしく、執拗に刺激して快
感を引き出していた。レイは固く目を閉じて顔を左右に振った。何か、身体の奥から、目
に見えず触ることもできない巨大な何かが外側に向かってはじけたような気がした。その
感覚は一度では終わらず、果てしなく続く大波のようにレイをゆさぶった。全身の毛穴が
開いたような気がした。
 シンジが浴槽から勢いよく飛び出したのが分かった。
 そしてふたりは同時に頂点を極めた。
 「碇君っ」
 「綾波っ」
 レイは大きく息をついた。両手の感覚が自分のものにもどっていた。シャワーの音が一
層大きく響いた。レイはぼんやりと浴室の天井を見上げた。
 「碇君…とってもよかった」
 「僕もだ、綾波」シンジはつけ加えた。「もう少しでのぼせちゃうところだったよ」

 翌日、レイはシンジを誘った。
 シンジは浮かない顔だった。
 「どうしたの」
 「うむ」シンジは言葉を濁して答えなかった。
 ふたりはだまってレイの部屋への道を歩いた。
 部屋にはいるとふたりはどちらからともなく手を差し延べ、互いを抱いた。
 そして、唇を重ね、しばらくの間舌の交流を続けた。
 やがて、シンジがそっと顔を離した。
 「綾波」
 「なに」レイはシンジの声に思い詰めたものがあることに気付いた。
 「昨夜からずっと考えていたことがあるんだ、綾波」
 「教えて」
 「何から話したらいいのかよくまとまっていないのだけど」シンジは言いよどんだ。「使
徒は倒さなくちゃならない、何としても」
 レイは少し目を見開いてまばたきした。
 「使徒のことを考えていたというの」
 シンジはうなずいた。「今回の使徒は強かった。勝つためにはミサトさんの考えた訓練を
一週間もくり返さなければいけなかった。綾波、僕の、これは僕の感じだけで言うんだけ
ど、使徒は現れるたびに前よりも強くなっているような気がするんだ」
 レイは一瞬の間無言で考えた。そしてうなずいた。「ええ」
 「次の使徒はもっと強くなって現れるような気がする。エヴァ一機ではたちうち出来な
い使徒だって現れるかもしれないと思う」
 「チームワークが必要ということね」
 シンジはうなずいた。「心を通わせることなしに、訓練だけで協調性を持ち続けるのは無
理だ」
 「碇君、じゃセカンドを…!」レイは思わず叫んだ。
 「アスカとも心を通わせないと、僕たちはいつか使徒に負けてしまうよ、綾波」
 「そんなこと」レイは混乱した心をまとめようとした。レイはそのまま後ずさり、寝台
に腰を下ろした。
 シンジはレイを気づかってレイの身体を支え、隣に座った。そして片手をレイの腰にま
わし、もう一方でレイの手を持った。
 「綾波、僕も昨夜からずっと考えていたんだ…でも、今もし僕たちみたいにアスカと心
を通わせることができたのにやらずにおいて、それが原因で力が足りずに使徒に負けるの
だけはいやなんだよ」
 「それで碇君、セカンドは私達と心を通わせられると思うの」
 シンジのからだが緊張したのが分かった。
 「そ、それは…考えてなかった」シンジはうつむいた。「そうか…もしかしたらだめかも
しれないんだ」
 「碇君、この前の戦闘のとき、セカンドの思考を読んだわね。今度はどうだったの」
 シンジは首を振った。「何も考えずにエヴァを操縦していたから」
 「訓練中は、どうだったの。何か気がついたことあった」
 「そりゃあもう…最初から最後まで不平と不満が目白押しだったよ。アスカ正直だから
ね、考えていることがすぐ態度に出るし」
 「そ、よく分かったのね、セカンドが何考えているのか」
 シンジはうなずいた。「多分…うまくいくだろうと思うよ」
 「あたしも」レイもうなずいた。
 レイは頬に何かが流れるのを感じた。目を落とすと、制服に色の変わった場所があった。
「これ…涙…」
 「すまない、綾波。綾波のこと好きだ。誰にも渡したくないし僕も綾波だけのものでい
たかった」
 「しかたないわ…私達、チルドレンだから。使徒を倒すために生まれてきたのだから」
 「綾波」
 ふたりはまた抱き合って口づけを交わした。最後の、ふたりだけの時なのだという思い
がこの一瞬をもっと重要なものに思わせた。
 「碇君」レイは自ら唇を離し、鼻をすすって言った。「条件があるわ、ひとつだけ」
 「なんだい、綾波」
 「セカンドと心を通わせるのには同意するわ、そのために必要なことはわかっているか
ら。でも、記憶はいや。碇君の記憶と私の記憶はふたりだけのものに取っておかせて」
 シンジは首を振った。「できるかな…そんなこと」
 レイはうなずいた。「私達、心の扱いには十分に練習したと思うから。あの瞬間、心を全
面的に解放するかわりに記憶の出入り口だけは閉じておくことができるわ」
 シンジはうなずいた。「うむ、要領はわかった…よし、そうしよう綾波。そして、今度は
三人で使徒を倒すんだ。何度でも、何度でも。最後の使徒を倒すまで…それが、いつにな
るのか見当も付かないけど」
 レイもうなずいた。「ありがとう、碇君」

 そしてふたりは夕方まで愛し合った。最後のふたりだけの時間を惜しみながら。それは、
哀しい愛の交わりだった。





+続く+




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