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Wounded Mass - ss:03

心のむこう 悦びのむこう #1

 「それでケンスケに言われたんだ、『それって、家族ってことだろ』って」
 「家族なのね、碇君と葛城一尉」レイはシンジを見つめた。「碇君もそう思うの」
 シンジは首をかしげた。「そう思えたらいいな、って」
 レイはうつむいた。「葛城一尉、うらやましい」
 「え…」シンジはことばに詰まり、目を閉じた。そして、あらためてレイを見た。「綾波、
それ」
 レイはシンジにいざり寄って首に両手を回し上体をシンジの胸にのせてほほを寄せた。
そしてシンジの耳たぶをそっと噛み、つぶやいた。「家族、私もほしい」それはレイの願望
というよりも、シンジに対する確認を求める質問だった。
 シンジはそれに気づかないように言った。「今は、家族以上かな」
 レイは答えに満足した。シンジの頭のわきのシーツがしわになっていて、レイはそれが
気になった。不思議だった。以前は糊の利いたシーツの必要性など考えたこともなかった。
糊の利いたシーツについて教えてくれたのもシンジだったとレイは気づいた。
 シンジは下からレイの背中と腰に手を回して抱いた。
 ふたりはレイの寝台に先ほど交わした愛の余韻を確かめるように並んで横たわり、白い
シーツと白いタオルケットにくるまれてとりとめのない会話を交わしていた。シンジはそ
の日の放課後の会話を報告したのだった。
 初めての経験の後、シンジはほとんど毎日のようにレイの部屋に来ていた。そして愛を
かわし、予定がなければふたりで食事をとってから帰宅した。レイはそんな日常を当然の
ように受け入れていた。
 ひとつしかなかったダイニングチェアはふたつになっていた。今、レイの視線からその
チェアは小さいテーブルをはさんで向き合って置かれていた。初めて赤木リツコに連れて
こられた時に、すでに置いてあった椅子と、先週シンジとふたりで買った新しいコナーの
椅子。今まで一人きりだった無機質な部屋がそれだけで温もりを感じさせるようになった
ことにレイは驚いていた。
 レイはシンジの両手が汗でねっとりしているのに気づいた。
 シンジはタオルケットの中で、レイの背中をそっとなで上げた。
 レイは先ほどの感情の高ぶりの残り火に息を吹き込まれたような気がした。
 レイはシンジの顔におおいかぶさり、口づけした。汗で濡れた乳房がシンジの胸の刺激
を受けて膨らんできた。身体の奥底に火照っている燠が、また炎の勢いを取り戻しはじめ
ていた。
 シンジの手が腰から下に伸びてきた。
 レイは手を伸ばしてシンジ自身を刺激してみた。
 シンジはそれに応えた。
 レイはタオルケットを肩に乗せたまま、ひざを開いてシンジにまたがり、まだ完全に元
気になっていないシンジに手を添えた。そして、下から自分の下腹部とシンジの腹ではさ
んでゆっくりと刺激を続けた。汗と愛液ですべりのよくなった肉体は心地よい刺激を伝え
てきた。
 それはシンジにも同じように作用した。シンジはたちまち頭をもたげてレイの腹に呼び
鈴のボタンでもあるかのように反応した。
 レイは身もだえして腰を揺らし、シンジはますますふるい立ってレイに催促した。
 シンジは両手をレイの腰にまわし、両側からささえて少し持ち上げた。
 レイは自分の片手でシンジを誘導し、腰を開いて迎え入れやすいように位置を直した。
そして、一番敏感な部分にシンジを感じると、じらすように腰をふるわせた。
 シンジはがまんできないようにレイの腰を引いてレイを捉えた。
 レイはシンジの動きにあわせて深く息をはいた。「ああー」レイは小さく声を出した。
 シンジはいったんレイの中で動きを止めた。
 レイは再び燃え上がってきた感情の高まりにがまんできず、自分で腰を前後に振った。
新しい刺激が伝わり、レイの全身がしびれてきた。レイは両手でシンジの肩をつかみ軽く
ひざを曲げて腰を浮かし、もっと自由に動ける姿勢になると、軽く腰を引いてシンジをさ
そった。
 シンジはそれに応えるように腰を上げ、レイにもっと深く進んだ。
 毎回の刺激が目新しかった。同じ行為、同じ運動からどうしてこんなにちがった刺激が
得られるのかレイには分からなかった。それでも、その快感はレイの全身をくまなく駆け
回り、レイは自分を支えていることができなくなってシンジに身をあずけた。そして、胸
を合わせ、上半身をリズミカルにシンジに押しつけながら、腰はちがうリズムで前後動を
続け、両方から得られる感情の高まりの波を全身で受け止めながらめをつぶり、歯を食い
しばった。
 シンジの両手は腰から尻にのびて、両方の尻をつかみ、また離して愛撫し、内腿に伸び
てなで上げ、さらに股のつけ根の結合部の周囲を刺激した。
 レイはまぶたを閉じた真っ暗な視界の中でシンジの指を見、その指がなで回す自分の膚
を感じた。そして膚の内側に意識は陥没していき、自身の内部のシンジを感じた。それは
愛液にまみれて、熱く火照り、硬く脈打ち、よじれながらレイの内部をすき間なく満たし
ていた。そこからレイの脳髄まで真っ白く明るくそれ以外何も見えない光が伸びてレイを
包んだ。レイはその光の帯から手を伸ばし外に出ようとしたが、自分の手が長く長く伸び、
ついにかすんで見えなくなってしまっても外側に出ることができなかった。そのかわりに
見ることもさわることもできない無数の矢が飛び込んできてレイの全身をつらぬき、その
たびに傷口からひろがる衝撃にレイは身もだえした。傷口はからだの内側にえもいわれぬ
喜びを残して跡形もなく消えていき、残った喜びの快感は互いにつながって全身がうち震
えた。
 もっと、もっと!レイはあてもなく両手をふりまわした。何もさわれず、何もつかめな
かった。シンジを呼んだがその声は聞こえなかった。白い光はレイの全身にまとわりつき、
胸や、腰や、尻や、もっと敏感な部分を順番に、あるいは数ヶ所まとめて刺激した。その
柔らかいなでるような感触にレイは声をあげて応えたがその声も耳には届かなかった。
 レイの身体は後ろに倒れたが床はなかった。落下していく感覚はあったが遠ざかる風景
はなかった。ただ白い光がいつまでもどこまでも伸びていた。レイの全身がびくびくとふ
るえながら光の中を落ちていった。その間中まとわりつく光の刺激はレイの快感をますま
す高めていった。レイは息をつくゆとりがなくなり、LCLの海に沈んでいるときのよう
に、呼吸することも忘れて、乳房、乳頭、尻、下腹部の敏感な部分から全身に届く感情の
高ぶりに身をまかせた。
 全身の力が一点に集中し、それまでの緊張がいっきにほどけた。
 絶頂が来る。
 いつもなら、レイは身構えてその快感の大波を全身で受け止め、吸収し、味わって堪能
していた。
 今日、二度目の交渉でレイの心にはそれを越えた何かをもっと貪欲に求める心と、一気
にほどけた緊張の心のせめぎ合いがあった。
 そしてレイは押し寄せた最後の快感の大波を浴び、それが自分を通り過ぎていくのを、
もっと正確には快感の大波に包まれた自分自身を置き去りにしてその大波の向こう側にい
る自分を感じた。
 自分自身は絶頂の快感に全身を硬直させ小刻みに震えながらシンジをきつく抱き止めて
締め上げ、少しでもその余韻を長く保とうとしているのが分かった。
 それと同時にレイは閉ざされた感覚の中で何かが一気に大きく広がり、あたかも遊園地
のジェットコースターの先頭に座って最大速度で急降下しているような気がした。そして
そのまま暗く固い地表に突入し、何の抵抗もなくどこまでも進んで行った。次の瞬間眼前
に白く小さな光の点が浮かび上がり、点は輪となって広がり、その後ろから脹れ上がった
白い火球があっという間に轟音を立ててレイを飲み込んだ。
 第三新東京市、第壱中学校の裏門にレイはいた。レイの前方をふたりの同級生が歩いて
いた。鈴原トウジの黒いジャージ姿と相田ケンスケの白いシャツだった。
 相田が振り返り、レイに向かって言った。「それって、家族ってことだろ」
 レイははっとして我に返った。
 レイの下にシンジがいて、レイと深く結合し、絶頂を迎えた快感の最後を忘れたくない
ようにレイの尻を両手で抱えて強く抱き寄せていた。ふたりは激しく、短い周期であえい
でいた。あえぎ声がレイの耳を満たし、規則的な建設機械の音が続いた。灰色の壁と白い
シーツとシンジの黒い髪と上気した顔が視野に戻ってきた。あまずっぱい汗の匂いが鼻を
ついた。
 レイはがっくりと首を落としてシンジの上に全身をのばした。レイはまだシンジが残っ
ていることを感じていた。今はもっと小さく、遠い存在になっていた。そして、ゆっくり
と後ずさるようにレイから離れていくのが分かった。その動きにレイは快感の波の揺り返
しを感じてあえいだ。
 レイはそのままの姿勢で動くことができなかった。シンジの吐息が耳元で小さく規則的
に聞こえた。
 「碇君」レイはささやいた。「碇君言ったわね、相田君から、それって、家族ってことだ
ろ、って言われたって」
 「綾波、じゃやっぱり」
 レイは目を大きく見開いた。
 「あれは綾波だったのか、そうなんだね」
 「私、碇君の中にいたというの」レイは自分に言い聞かせるように小声で続けた。「中学
校の裏門を出たところだったわ、鈴原君と相田君が前を歩いていた。左側は鈴原君。いつ
ものジャージ姿で、鞄を、肩ひもを束ねて、左手で持っていたわ。相田君は鞄を右の肩か
ら斜めにさげて、左手にビデオカメラを持っていた」
 「綾波…」シンジは言いよどんだ。
 その語調にレイはあることに気付いた。「碇君もしかして私の」
 「エントリープラグのモニターにリツコさんとマヤさんが写っていた。ふたりは管制室
にいた。リツコさんは白衣を着て、右手にコーヒーカップを持っていた。マヤさんは制服
姿でリツコさんの前に、制御コンソールに向かって座っていた。ふたりは話していた…マ
ヤさんが言った。おのおのシンクロ率に特段の変化はありません、でも。リツコさんが聞
いた、でも、何。マヤさんが答えた、チルドレンのシンクロ率の同期指数が有意に高くなっ
ています。マギは原因不明と回答しました」
 レイは言った。「ゆうべのシンクロテストの後のことね」
 シンジは少しだけ早口に言った。「綾波、どうしてだまってたの」
 「碇君、聞かなかったわ」
 シンジは一瞬の間、目を見開いた。それから微笑した。「そうだった。ごめん、綾波」
 「そ」
 シンジは両手でレイの頬をそっとはさんだ。そして、レイをまっすぐに見つめた。「僕た
ち、本当におたがいの心をのぞいたってことなの」
 レイはうなずいた。「そう思うわ」
 レイはシンジの身体から半身の姿勢で隣に滑り落ちた。そして、ひじをついて上半身を
起こし、シンジを見た。
 「セックスすると、心が通いあうのかしら、だれでも」
 「そんなことない」シンジは叫ぶように言って自らも上半身を起こし、レイと向き合っ
た。そして、口ごもった。その後、もっと小さい声でくりかえした。「そんなことない。だっ
て、聞いたことないもの、そんな…そんなことで心が通いあうなんて、まさか…あり得な
いよ、綾波」
 「そ」レイはシンジの口調の変化が意味することは理解できなかった。問いかけるのは
いいのだろうか「聞いていい」
 「何を」
 「碇君今言ったわね、そんなことないって。どうして二度くりかえしたの、どうして二
度目のほうが声が小さいの」
 シンジは、開いた口の中で歯を食いしばった。「それはその」そして言い淀み「信じてよ、
綾波」そしてレイがうなずくのを待って「そんなことない、ってあんまり断定的に言った
から、それは僕がもう、その…すでに、知ってるんじゃないか、って綾波が感じたかもし
れないって思ったから、それでその…二度目はもっと、なんていうか、弁解みたいになっ
たんだ。でもそういう意味じゃないんだよ、信じてよ綾波」
 「碇君がそう言うのなら」レイはうなずいた。「碇君うそ言う人じゃないもの」
 「ありがとう綾波」シンジはほっとしたようにため息をついた。そして「それじゃあれ
はいったい何だったんだろう」と最初の疑問に戻った。
 「お互いの心が通じたのよ」
 「でもどうして」
 「わからない。セックスしたせいじゃないとしたら他に何か理由あるかしら」
 シンジは親指の爪を噛みながら考えこんだ。「ない、と思う」
 「じゃ決まりね」
 「待って、待ってよ綾波…せ、セックスはもしかしたら理由じゃなくてきっかけだった
のかもしれない」
 レイは目をしばたいた。「それ、どういうこと」
 「僕たちはほら、エヴァとシンクロする訓練をいつも受けているだろ、そしてシンクロ
率が高くなるほどエヴァを上手に動かせる」シンジは慎重にことばを選んでいた。話しな
がら考えているようだった。
 どうしてそう結論を急ぐのだろう、とレイは思った。材料が少なくて判断できなければ、
もっと材料を集めればいいだけのことなのに。
 「そうよ」レイはうなずいた。
 「だからその…もしかしたら僕たちは、普通のひと達よりそういう、心を通わせる訓練
ができているんじゃないかな」
 レイはその意見を考えて黙った。そしてあいまいにうなずいた。
 「そうかもしれない」
 シンジは照れ臭そうに頭をかいた。「思いつきだけどね」
 レイは答えた。「じゃ証明しましょ」
 シンジは黙ってレイを見た。
 レイは黙ってシンジに片手を差し伸べた。
 シンジがつばを飲み込むのが分かった。「綾波、それ…」
 「試してみれば分かるわ」
 レイはシンジに向かって上体を乗り出した。そして、シンジの腰を取ると反対側の手を
シンジの首にまわし、顔を引き寄せて口づけした。舌を入れるとシンジは応えた。レイは
そのままシンジを後ろに倒して互いに横抱きの姿勢にした。そして、全身をシンジに押し
つけて胸も腰も密着させ、さらに上になった足をシンジの腰に乗せてからみついた。
 シンジはレイを抱き止め、後ろに倒れるからだをひじで支えて軟着陸すると、頭をかが
めてレイの乳房をくわえた。
 シンジの口の中でレイの乳頭が刺激され、たちまち細かく震えながらとがりはじめた。
呼応するように乳房自体も膨らみ、レイは自らもう一方の乳房をつかんでもんだ。両方の
刺激が全身に伝わり、レイはびくりと震えたあと、もっと情熱的にシンジに擦り寄った。
 シンジは片手をふたりの間にわり込ませ、レイの下腹部を少し刺激した。
 レイは激しく反応して頭をそらした。そして、大きく息をつき、両手を自分の棟にある
シンジの頭のあたりで交差させ、背中に手をかけた。
 シンジは腰を引き、自分の手で誘導してレイに近づいた。
 レイの膝は、片足をシンジの腰に巻きつけていて大きく開かれていた。そして、そのつ
け根の秘所は愛液で潤い、シンジを迎え入れる体制は十分に整っていた。レイはシンジを
感じて全身の力を抜き、来るべき快感を待った。
 シンジはいつものように遠慮がちに進入してきた。それでも今日三回目になる接合で、
レイの身体は敏感にその刺激を増幅し、快感の波長に乗せて全身に伝えた。レイは激しく
首を振った。食いしばった歯の間からせつないため息が漏れた。両手の下でシンジの頭が
うごめき、咥えられた胸から新たな刺激が伝わった。レイはシンジの頭をまた強く抱きし
めた。
 レイの五感が鈍磨していった。音が消え、周囲の光景が消え、シーツと寝台が消えた。
ただシンジの吐く息とシンジの目とシンジの肉体だけがレイの世界に残った。
 シンジの腰がなめらかに動いてレイを押し上げていった。レイは応えるように腰を振り、
からみついた足の指でシンジのふくらはぎをこすりあげた。そして、シンジの動きに合わ
せてさらにひざを開き、シンジをより深く迎え入れた。新しい刺激、新しい快感がレイを
包み、レイは全身でシンジを抱きとめ、強く、弱く、また強く締め上げた。
 シンジはそれに応えていったん退き、違う角度で進んできた。そして、ゆっくりと円を
描くようにレイの内部を探索し、レイの一番敏感な部分を捜すように動き回った。
 レイはそこを探り当てられたときにたまらず声を出した。「い、いい…いかりくん」
 シンジは了解してその部分を執拗に刺激した。そして、いったん引くと見せて逆にもっ
と深く自分自身を打ち込んできた。
 レイはこれまでに経験したことがないほどの快感におそわれた。そして、その快感に身
悶えしながら、一体この新しい発見はいつまでくり返されるのだろう、果てしはあるのだ
ろうかなどと醒めた考えをいだいたりした。それでもそんな考えは一瞬で吹き飛び、レイ
はくり返し腰を前後に振りたててシンジから送り出されてくる快感の刺激ををもっとたく
さん、もっと早く、もっと強く受け止めようともがいた。
 ふたりはそれまでよりも速い調子で登りつめていった。ふたりとも、極めようとする絶
頂はこれまでよりもずっと高く、今まで一度も経験したことがないものになるだろうとい
う漠然とした予感と期待を持ち、それまでに経験してうまくいった手法を次々と試して互
いから快感を引き出していった。
 シンジはレイの腰に手をまわして身体をひねり、レイを下にしてのしかかった。そして、
枕を取るとレイの腰の下に押し込んで接合の角度を変えた。
 新しい姿勢はそれまでにない感覚を引き起こし、レイは喘ぎ声を漏らして応えた。レイ
の両足はシンジの尻の上で固く組まれ、シンジをもっと身近に感じようとさらにきつく力
を入れていた。そのリズムに合わせてシンジはレイの内部を移動し、その移動に合わせて
レイは息をつき、あまい声でシンジをますます興奮させた。レイはシンジの執拗な胸への
刺激にがまんできなくなり、シンジの頭の両側に手を添えて自分の胸から口を離させた。
胸はシンジの唾液とふたりの汗でぐっしょりと濡れ、突然暖かいシンジの口中から室内に
晒された温度差でぞくりとするような快感がまたレイを襲った。レイは両手をびくびく震
わせながらシンジを自分の唇に導き、貪欲にむさぼった。歯と歯がぶつかって小さく音を
立て、舌が絡み合って猥雑な音を立てた。レイは口をふさがれて鼻で大きく息を吸った。
シンジの髪、シンジの汗、シンジの体臭、レイ自身の汗と愛液の混ざり合った匂いにレイ
はますます興奮してシンジからいったん唇を離し、情熱的に口のわきからほほ、そして耳
たぶを吸い上げて舌で嘗め回していった。
 シンジもそれに応えてレイの首筋を強く吸い、また徐々に頭を下げて胸のほうに移動し
ていった。
 レイは絶え間ない腰からの刺激と、上半身を責められるシンジの口からの刺激で全身の
感覚がめくれ上がり身体がはじけて全部の細胞が部屋中に飛び散ってしまったような気分
になった。そのゆるい結びつきの中を快感の信号が片時も休みなく右往左往していた。レ
イはシンジに頬を強くこすりつけて両手をシンジの背中にまわし、強く抱き寄せた。
 シンジの腰の動きがいっそう激しくなり、単調な前後動になってきた。
 レイはシンジは気分の余裕がなくなってきたことに気づいて大きく喘ぎ、自らもその快
感の頂点を極めようと両方の胸をシンジの胸に押しあてて揺り動かした。
 次の瞬間ふたりの時間が伸びた。ふたりの意識は爆発したように広がって、見ることも
さわることもできない、既知のどこにも存在しない空間に広がっていった。
 ふたりの肉体は結合したまま絶頂の最後の瞬間を目指してむさぼりあっていた。汗と愛
液にまみれた肉体にとって、もっとも深く互いに没入しようとするその瞬間に、ふたりの
精神は目くるめく速度で加速し、大量の情報を交換し、処理しはじめた。
 レイは先程も感じた白い光の塊が一瞬の間に巨大な輪になって広がり、後に薄い軌道を
残して消えていくのを見た。シンジが、葛城ミサトが、そしてレイ自身が亡霊のように現
れて消えていった。エヴァンゲリオンの機体がわき上がり、輪郭がぼやけて塵のように消
えた。総司令が、赤木リツコが一瞬の間輝くように現れて消え去った。そして最後にふた
たびシンジが笑顔で待っていた。その大きな姿の中にレイは吸い込まれ、混ざり合い、同
化し、シンジと供にいた。
 レイの意識の中にシンジの記憶が雪崩を打って流れ込んできた。時も、場所も、全く整
理されていないままの生の記憶だった。それはいったんレイの中に何の秩序もなく詰め込
まれ、それから誰が編集したのかもわからないままに時系列に並べなおされた。レイはシ
ンジとして再び生を受け、曖昧な記憶の中で碇ユイの乳房からあまい乳を吸い、恐ろしい
体験の中で母を失った。そして父と離別し友人もなく家族もない環境で成長した。葛城ミ
サトからの突然の手紙が平穏な生活に終止符を打たせ、レイを戦場に導いた。
 レイはその短い生涯の中で、そこここに隠されたシンジの心の暗い陰を垣間見、果たし
てそのベールをはがして裏側に隠されているものを知ってもいいのだろうかと思った。そ
してとりあえずはその問題を置き去りにしたまま時間を重ねていき、自分自身との初体験
をシンジの目から、唇から、膚から、そしてシンジ自身からあらためて体験しなおした。
異性の性体験が自分の感じているものとはかなりちがっていることにレイは興味を持った。
しかしそれを詳しく分析する間もなく時間は進み、ついに今の時点に追いついた。
 そこではシンジが待っていて、その表情からシンジもまたレイの過去を全部なぞってき
たことが分かった。
 ふたりは精神体の状態でも、今、肉体がそうしているのと同じように両手を背中にまわ
してきつく抱き合った。そして記憶だけでなく感情を、感覚を共有し、互いの目で自分自
身を見た。
 「この感覚だ、綾波」シンジからの情報がレイに伝わった。それは言葉ではなく、口か
ら発せられておらず、耳からはいったものではなかった。もっと直接シンジ自身からレイ
自身に伝えられた。
 「ええ」レイは同意する情報を返した。「忘れない」
 「きっとだ…でも、もし忘れても大丈夫、また…いつでも思い出せるから」
 そして時間がもどった。
 レイはシンジの絶頂を全身で受け止めた。
 快感の大波がふたりの全身を包み、ふたりは一瞬の間身じろぎせずに凍りついた。
 レイは大きく息をはき、「あぁぁぁぁぁ、いかりくん、いかりくん」と意味もなくくり返
した。
 規則的な建設機械の騒音とさびしげなセミの声が混じり合った。長くなりはじめたふた
りの影が床に伸び、赤く彩られた部屋にコントラストを添えた。
 シンジはゆっくりとレイから退き、冷たくなり、乾きはじめた体液を残してレイの中か
ら消えた。
 レイはその刺激にまた小さく「ああ」とささやき、胸の上のシンジの背中に手をまわし
た。
 シンジはレイに軽く口づけし、レイから降りて隣にならんだ。
 「綾波」シンジの声は心なしか沈んでいた。
 「何」
 「すまない、綾波の記憶、全部見てしまって」
 「私も見たわ、碇君の全部。それであいこでしょ」
 「いいんだね、綾波」
 レイはうなずいた。「家族以上でしょ、私達」
 シンジはレイの顎に手を伸ばし、ふたりはまた唇を合わせた。





+続く+




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