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Wounded Mass - ss:01

勇気を出して初めてのLRS

 「ご苦労様、ふたりとも」
 「はい」
 葛城のねぎらいのことばにレイはだまってうなずいた。
 「今日は遅いからここに泊まって。明日の学校は休んでいいわ、あたしから連絡しとく」
 「はい」
 「了解」
 「じゃ解散」葛城はくるりと背中を向けて作戦室に向かった。
 「綾波、おやすみ」
 シンジの声にレイはシンジの方を見た。「おやすみ」
 そして返事を待たずに更衣室にはいった。
 レイはプラグスーツを脱ぎ捨て、回収容器に入れてふたを閉じた。ふたの内側でかすか
な音が響き、スーツが処理されたのが分かった。
 全身汗とLCLでぬれて気持ちが悪かった。レイはそのままの姿でシャワーを浴びよう
とコックをひねった。
 熱い湯が全身を打った。レイはしばらくうつむいて首筋にシャワーの湯をあてたまま動
かなかった。
 レイはもう昨日になってしまった午後の事を考えていた。
 シンジにつかまれた胸がシンジの指の感触をおぼえていた。あのとき、「どいて」としか
言わなかった。どうするべきだったのだろう、とレイは思った。エントリープラグの扉を
開いてもらった時、笑えばいい、と言われた。眼鏡を取られたあの時は…
 今は、感情をあらわにすべきだったことを理解していた。あの時は分かっていなかった。
だから何もしなかった。あの時はそれで正解。今は…どうすべきだったのかを決定すべき。
 レイは顔を上げた。シャワーの湯が顔を打った。刺激に対する反応。学習することの多
さにめまいがした。
 シンジの指の記憶が左の胸からつたわってきた。あの時は無視した。それで正解。今は、
やはり無視すべきだったと思い直す。それでもその記憶はくりかえしレイの感情を逆なで
した。
 レイはシャワーを水に変えて身震いした。全身が冷えるとまた湯に戻した。
 コックを締め、温風で全身を乾かした。吹き上げる風で髪の毛がまき上がり、あっとい
うまに乾燥していった。
 全身から水滴が駆逐されたことを確認すると、下着を身につけ、第壱中学校の制服を着
た。そして宿泊用の部屋に向かった。
 職員が仮眠を取るために用意された部屋がいくつかあって、レイはそのうち一つを独占
的に与えられていた。
 セキュリティカードをスロットに通し(シンジからもらったことを思い出した)、レイは
部屋にはいって灯をともした。部屋は縦横高さそれぞれ2メートル強のほぼ立方体で、家
具は寝台と小さな物入れが一つあるだけだった。ルームサービスが寝具を新しいものと交
換しきちんと畳んでくれていた。レイは扉を閉じて制服を床に脱ぎ捨て、寝台のシーツに
くるまって目を閉じた。
 その夜、レイは眠れない一夜を過ごした。
 使徒との戦闘で高揚した気分が抜けていなかったこともあるだろう。死の恐怖から醒め
きれていないこともあるだろう。しかし、眠れない理由がそうしたいつもの戦闘後の感情
とは別の何かであることにレイは気づいた。その感情がどういうもので何が原因で生じた
ものかはわからなかった。だがそのためにレイは朝まで何度も寝返りを打って、眠りに落
ちない自分自身をうまく制御できないことにとまどっていた。
 扉の上にデジタル表示の時計が埋め込まれていて、闇の中にうっすらと時刻を表示して
いた。レイはその数字がいつまでも変らないことを何度も何度も薄目で確認し、いつの間
にかその数字が進んでいることに気がついたりして時を過ごした。
 やがて朝8時になり、レイは寝台から床に手を伸ばして制服を拾いあげると、両足を寝
台から降ろしてシャツ、ジャンパースカート、靴下の順に身につけ、靴をはいた。そして、
職員用の食堂に向かった。
 昼は混雑するがその他の時間はいつも閑散としていることをレイは知っていた。
 シンジが隅の小さなテーブルに一人で座ってトーストをかじっていた。「綾波、おはよう」
 「おはよう」レイはシンジのわきを通り過ぎ、給餌器と職員から自嘲気味に呼ばれてい
る自動調理器にトーストとサラダ、スクランブルエッグを注文して、待っている間にコッ
プにミルクをついだ。「ちん」と音がして注文した料理が出てくるとレイは全部トレイに載
せた。
 「綾波」シンジが呼んだ。
 レイは無言でトレイを持ち、シンジの正面に座った。
 「その…昨日のことをやっぱりきちんとあやまらないといけないと思って、それで」
 シンジはレイの持ってきたトレイの料理を見ながら言った。そして視線を上げてレイが
シンジを見つめているのに気がつき、また視線を落とした。
 シンジは頭を下げた。「ごめん」
 「あの時、どうしたらよかったの」レイはミルクのコップに右手を伸ばしながら言った。
「返してと言うべきだったのかしら」
 「え」シンジは絶句した。そして「あの、何の、ことかな」
 「眼鏡」レイはミルクを飲んだ。冷たくて、身体のどこに落ちていくかがよくわかった。
「何も言わずに取ろうとしたのは間違い。まず警告してから、違う」レイは語尾を上げて
それが質問であることを強調しようとした。
 「あ…そうじゃなくて僕があやまりたかったのは」シンジは口ごもった。シンジはあら
ためて周囲を見回し、誰もふたりの会話に興味を示しておらず、ふたりの声が耳に飛び込
むくらい近くに席を取っている者がいないことを確認して、小声で続けた。「綾波の…はだ
かの…胸にさわってしまったこと、本当にごめん」
 レイはほんの少し目を見開いて頭を軽く後ろに引いた。昨夜の指の記憶がまたよみがえ
って来た。
 レイは唾を飲み込んでフォークを手に取るとサラダに突き刺して口に運んだ。
 ドレッシングがかかっていたが味がしなかった。
 シンジは上目でレイを見ていた。「まだ、おこってるの」
 レイは首を振った。「あなたあやまったでしょ、エスカレータで」そしてもう一口、野菜
を口に運んで噛んだ。
 「そか、あれで終わらせてよかったのか」シンジはグラスをつかんで水を飲んだ。
 レイは無言で野菜を食べおえた。続いて固めに調理された卵をフォークですくって食べ
た。口の中で噛み砕かれていく卵は野菜よりもなまめかしかった。レイはろくに噛まずに
全部飲み込み、両手でトーストを小さくちぎった。
 シンジはほとんど食べおえて、ナプキンで口をぬぐい、レイが食べるのをだまって見て
いた。
 「順番に食べるんだ」
 「いけないの」
 「いや、全然。ただ、変ってるって、思って」
 「そ」
 レイは最後のトーストのかけらを飲みこんだ。
 「ごちそうさま」シンジが言った。
 レイはシンジを見た。シンジは頭を傾けて微笑した。
 「ごちそうさま…」レイは促されるままに言った。「どういう意味」
 「知らない。でも、食事の後にはそう言うものなんだ」
 「あたしも言うのかしら、いつも」
 「そうさ」
 「学校でみんな言うのを聞いていたわ。でも、だれもあたしも言うべきだとは言わなかっ
た」
 「みんな気がつかなかったんじゃないかな、綾波はいつも一人で食べているし」
 レイは記憶をさかのぼってみた。「同級生といっしょに食事したこと、初めて」
 「そうか…光栄だね」シンジは続けて言った。「そろそろ帰ろうか」
 「ええ」レイはうなずいた。
 ふたりはトレイを持って椅子を立ち、返却口にトレイを置いた。
 「かばん、取ってくるわ」レイは言った。
 シンジはうなずいた。「ぽくもだった、じゃ、エレベータのところで」
 「わかった」
 レイがかばんを取ってくると、エレベータホールは無人だった。シンジはすぐに息を切
らせて現れた。
 「ごめん、遅れて」
 レイは無言でエレベータを呼んだ。ちょうどこの階で待っていたらしく、一番右端の扉
が開いた。レイが先に乗り込み、シンジが続いた。
 エレベータが上昇するあいだ、レイは一番奥から扉に向かって立ち、シンジはレイの右
側に横に向いて立った。
 「綾波に昨夜言われて、ずっと考えていたんだ」シンジはぽつりと言った。
 「何を考えていたの」
 「どうしてエヴァに乗っているんだろうって、考えていたんだ。理由が分からなくて」
 「そ」
 「綾波は、『絆だから』って言った。僕は、どうして乗るのか分からなかった。父さんか
ら言われたからなんだけど、断ったらエヴァから降ろされて、ネルフにもいられなくなっ
て、また父さんと離れ離れになるのは分かってるけど、それが理由なのかどうか昨夜考え
ていたんだ」
 「分かったの」
 シンジはうなずいた。
 エレベータの扉が開いてふたりは外に出た。標準の退館手続きの間、ふたりは何も話さ
なかった。そのかわりに、ガードマンにIDカードを提示し、敬礼に目礼で応えた。
 本部を後にしてふたりはもう少しの間無言で歩いた。ことばの接ぎ穂を失ってしまった
のだった。
 軌道車両の駅に来た。ふたりは無言でネルフから支給されているカードを使い、ホーム
に上がってちょうど入線した車両に乗り込んだ。もう出社時刻を過ぎていて客席はふたり
の他には数人がぽつりぽつりと座っているだけだった。ふたりは他の乗客を避けるように
して並んで座った。
 「それで」レイは中断などなかったように正面の窓を眺めた姿勢で言った。
 「あ、その、エヴァに乗る理由だよね」シンジはレイが返事をしないので少し考えてか
ら話し始めた。「父さんと離れ離れになるのは構わない、そう分かった。ずっと先生にあず
けられていたし、今さら親子の縁をどうこういってもむなしいよ」
 シンジは視線を下げた。
 「そう」レイの言葉には感情がはいっておらず、それはレイ自身がシンジの発言を肯定
も否定もできなかったからだった。
 「綾波は言ったよね、あなたは死なない、私が守るから、って」
 レイはうなずいた。
 「あれ、うれしかったんだ」シンジは上目づかいにななめにレイを見上げた。「なんだか、
僕が、守ってもらえるかいがあるような気がしたんだ、たとえそれがエヴァのパイロット
だからという理由だとしても」
 「そうじゃないわ」
 レイは反射的に言った。そして、なぜそんなことを言ったのだろうと考えたが理由は分
からなかった。
 「碇君がパイロットでなかったとしても、そう言ったと思う」
 レイはその言葉が自分の心を偽っていないことをあらためて納得した。エヴァのパイロッ
トという絆を越えたもの、いや、絆と関係のないところでのもの。それは何と呼んだらい
いものなのか、好意か、それとももっと違う語彙があるのだろうか。レイには分からなかっ
た。
 「なぜこんなこと言うのかしら、碇君はエヴァのパイロットなのに」
 シンジはだまってレイを見つめていた。その視線から、シンジが単にレイを見ているの
ではなく、何かを真剣に考えていることがレイには分かった。
 「綾波が、何か心の奥に、自分で気がついていないことがあるってことじゃないかな。
よくわからないけど」
 レイは返事をしなかった。そのかわりに両方の目の下が熱くなったことに気がついた。
きっと、鏡で見れば赤くなっているのだとレイは思った。なぜ赤くなったのか、その理由
はわかった。シンジにレイの心を読み当てられたからだった。
 「綾波、あの」逆にシンジが動揺していた。「どうしたのかな」
 「碇君の言ったことが当たっているから」レイは下を向いて言った。「多分」
 軌道車両がふたりの降りる駅にはいった。
 ふたりは黙って席を立ち、ホームに降りた。熱気がふたりを包み、シンジはまだ出てい
ない額の汗をぬぐうようなしぐさをした。
 「ここで、いいの」レイは聞いた。シンジと葛城のアパートは次の駅まで行った方が近
いのだった。
 「いいんだ」シンジは微笑した。「綾波といっしょならすぐだから」
 「そ」レイは先に改札を抜けた。シンジは何も言わずについて来た。
 そして、駅舎を出ると右側にならんで歩いた。
 「綾波の気がついてないことって、何だろう」
 シンジはいきなり核心をついて来た。
 レイは唾を飲んだ。まだ頬の赤味は抜けきっておらず、それがぶり返しそうだった。そ
れはこの気温のせいだとレイは自分に言い聞かせた。
 建設機械の規則的な音が響き、そのリズムがなにか魔法的に働いているような気がした。
レイはあごに力を入れていることに気がつき、全身をリラックスさせようとした。
 「碇君、笑えばいい、と言ったわ」
 「え、ああ、エントリープラグの」
 レイはうなずいた。「それで、ゆうべ、眼鏡を取られた時に何というべきだったか考えて
いたの」
 シンジは何も言わなかった。まだ自分がボールを持っていることをシンジは気がついて
いるとレイは思った。
 「何も言わなかったから、碇君誤解したわ。何かするには理由がある、それは当然のこ
と。でも誰か他の人に分かってもらうには行動だけではたりないことがある、そうね」
 「うむ」シンジはうなずいた。
 「それで、碇君は」レイは話題を逸らそうとした。
 「え」
 「碇君がエヴァに乗る理由」
 「あ…ああ。そうか。そうだった、いつのまにか違うこと話してた」シンジは左手で頭
をかいた。「そうだ、綾波がああ言ってくれたんでうれしかったんだ、それで分かった気が
したんだ」
 シンジはレイに視線をむけた。
 レイは無意識に身構えた。シンジが危険だと思ったわけではない。つづく発言に動揺し
ないように心が予防障壁を展開したのだった。
 「僕がエヴァに乗るのは、父さんから追い立てられるからじゃない。守るためなんだっ
て、わかったんだ」
 シンジの応えは半ば予想されたものだったがその先があった。
 「初めてエヴァに乗ったのは、綾波が乗らないですむようにするためだった。綾波はけ
がしてて、包帯には血がにじんでいた。気の毒だと思った。かわいそうだと思った。だか
ら乗ったんだ。それで、綾波が元気になったんでとてもうれしかった」シンジは深呼吸し
た。「だから僕はエヴァに乗る、これからも決して逃げない。そして、綾波を守る。ミサト
さんやネルフの人値や第壱中学校のみんなや第三新東京市の市民を守るのはもちろんだけ
ど、その何よりも綾波を守る」
 レイの左の胸からからだの奥に向かって冷たい針がさし込まれたような衝撃があった。
その冷たさに周囲の感覚は縮み込みレイの胸をつかんで離さなかった。それから反動がき
て、しびれたような波がからだの奥から全身に伝わった。レイは思わずため息をついた。
レイは昨日から続いていたシンジの指の記憶の正体にやっと気づいた。そういうことだっ
た。
 「碇君」レイはその言葉に意識的に感情を込めないように努めたがそれはうまくいかな
かった。
 「綾波、どうしたの」シンジはレイの動揺には気づかなかったが語調が変わったことに
は反応した。
 レイは両手で自分のからだを抱き、うつむいて歯を食いしばった。両肩がふるえて止め
られなかった。
 「碇君、ありがとう。私、うれしい」
 「綾波、それ、どういう…お礼を言われるようなことは何もしてないと思うけど」
 説明しなくてはいけないとレイは思った。
 「うれしいの。私、碇君が自分のこと必要とされているとわかったと言ったでしょ、同
じように私のことも必要としている人がいるってわかったからうれしいの」
 「綾波もそう思うの」
 レイは何度もうなずいた。「誰もいなかったから。赤木博士は必要なことは教えてくれた
けれどそれだけだった。評価はしてくれたけど数字だけだった。前回と比べて上がったか、
下がったかを教えてくれるだけだった」
 ふたりの間に沈黙が流れた。ふたりは黙ったままならんで歩いた。
 レイはシンジのことばを待った。それともこれで終わりと言ったほうがいいのだろうか
とレイは思った。
 そのことばを口にする前にシンジは小声で聞いてきた。
 「と、父さんは」
 シンジの声はかすかにふるえていた。
 レイは唐突にシンジがどれほどの勇気でこの質問を口にしたか分かった。
 「司令は親切。今まで私のことを…人として扱ってくれたのは司令だけだった。私、司
令が好きよ、信じている」
 レイはシンジがうつむくのを見た。
 「だから昨日エスカレータで碇君が言ったことにがまんできなかった…ごめんなさい、
手をあげて」
 「そんなことないよ、悪かったの僕だよ…自分の…親も信じられないなんて、息子失格
だよ」
 レイは答えなかった。そのかわりに、
 「碇君、こんな気持ち、はじめて」
 レイはシンジを見つめた。思わず知らず右手でシンジの手をつかんでいた。
 ふたりはレイのアパートの前まで来た。
 シンジが振り向いた。レイは手を放しておらず、シンジはとまどったようにレイを見た。
 「綾波…」
 今こそ自分の勇気を出すときなのだとレイは思った。シンジの勇気に応えなくてはいけ
ないときなのだ。
 「碇君、もう少し話しがしたい」レイはシンジの手を放さなかった。心臓の鼓動がどき
どきと音を立てていて、耳を通して聞こえるような気がした。シンジにも聞こえているの
ではないかとレイは思った。いっそ聞こえてくれたらどんなに楽だろうか、自分がどれほ
ど真摯になっているかを、ことばで伝える必要がないのだから、とレイは思った。
 「部屋に来て」
 「分かった」シンジが一瞬たじろいだことにレイは気づいた。
 シンジはこの申し出を嫌っているのだろうかとレイは思った。「嫌なの」と聞いた。自分
の心の中に解決できない問題をこれ以上かかえたくなかった。
 「とんでもない」シンジは即座に答えた。「そんな、ちがうよ、綾波のこと嫌いだなんて。
ぼくはただ…」
 「なに」
 「ただ…昨日のことを思い出して…それで、ちょっと、迷っただけだよ」
 嫌われているのではないことがわかっただけで十分だった。レイは先に立ってアパート
にはいった。後ろからシンジの足音がついてくるのが分かった。
 エレベータは扉を開いたままで誰か乗ってくるのを待っていた。レイはエレベータに乗
り込んだ。シンジが続いてエレベータの床が軽くゆれた。
 レイはふりむくと、シンジと並んで立ち、目的の階のスイッチを押した。扉が閉まり、
エレベータはゆっくりと上昇しはじめた。
 ふたりは何も話さなかった。
 一階登るごとに胸の鼓動が強くなるのが分かった。
 エレベータが停止し、かすかなきしみ音と共に扉が開いた。建設機械の規則的な音だけ
が響いた。
 シンジが先に廊下に出てふりむいた。
 レイは目を見開いた。
 シンジは微笑していた。「扉、閉まっちゃうよ」そして片手を差し伸べてきた。
 レイは斜め下を見ながらエレベータを降りた。両手で握り締めたかばんの端がひざに当
たった。
 廊下はいつものように誰もおらず、遠くから響く建設機械の規則的な音に今はセミの声
が混じっていた。ふたりはまた並んで歩いた。
 「碇君は私のことを人として扱ってくれる」何の中断もなかったかのようにレイは続け
た。「私はそれに応えなければいけない」
 「そんな、気にすることないよ。当たり前のことじゃないか、そんなこと」
 レイは正面を見つめたまま首を振った。
 「碇君は二人目、私にとって。碇君には当たり前のことが私にはちっとも当たり前では
ないわ」
 「そうか、そうなんだ」
 レイは玄関のノブを回して引いた。扉が開き薄暗い玄関がふたりを迎えた。
 レイは先にはいった。靴を脱ぎ捨て、天井の灯のスイッチを入れながら奥の居室に向かっ
た。ふりむくとシンジがふたりの脱いだ靴を並べていた。
 レイは部屋の灯をつけ、かばんを壁際に立てるようにして置き去りにした。部屋の中央
にある小さなテーブルのわきに立ってシンジを待った。
 シンジはすぐに入室した。シンジは入口で立ち止まり、すこしまぶしそうな視線で部屋
を見回し、最後にレイを見た。
 そこはレイが一人で暮している部屋で、幅六メートルくらい奥行きは三メートルくらい
の広さがあり、家具は入口の正面に鏡ののった衣装箪笥がひとつ、その左側に壁に沿って
置かれた寝台がひとつ、手前左手の流しの端に接するように一メートル四方くらいの小さ
な食卓に椅子がひとつあるだけで、天井が高いことも手伝って、実際よりもよほど広く見
えた。衣装箪笥と寝台の間に小さなサイドボードがあって、茶色のしみにまみれた真っ白
い包帯が、脱皮したへびのぬけがらのように放置され、その隣に水のはいったビーカーと
薬局の処方箋を入れる白い紙袋が置いてあった。正面の長い方の壁に窓とベランダがあっ
た。窓は寝台の上にあった。ベランダに出られる引き戸が一番左側にあり、そのガラスの
扉越しに白い手すりが見えた。窓にも引き戸にもカーテンはなく、並んでいる建物の一番
端に位置している関係で、見えるものはただどこまでも広がる空と、はるか彼方に連なる
黒い山並みだけだった。
 「おじゃまします」
 昨日の記憶がよみがえってきた。シンジにつかまれた胸の感触がもどってきた。
 レイは困ったようにシンジを見た。
 シンジはレイの見ていたものに気づいて言った。「椅子がひとつしかないんだね」
 「お客さんが来ることないから」
 「今度、いっしょに買いに行こうか。ミサトさんに頼めばお金くれるよ、きっと」
 レイはうなずいた。「碇君といっしょに買い物なんて」
 「あ、あの…じゃま、かな」
 「そんなことない」レイは反射的に言った。そしてもっと小声でくり返した。「そんなこ
とない」
 くり返して初めてそれが本心だと分かった。
 シンジと目が合った。
 ふたりは困ったように微笑しあった。
 「それ、使って」レイは椅子を指さした。
 「うむ」シンジはうなずいて従った。「綾波は、どうするの」
 レイは黙って寝台の端に腰を下ろした。
 シンジは首を振った。「それは…誤解されるよ、綾波」
 「どういう意味」レイは訊ねた。
 「ベッドに座ったら、それは相手を誘っているサインになるから」
 「誘うの、ベッドに」レイはシンジを見上げるようにして言った。「碇君、私、わからな
い」
 「何がわからないの」
 「自分の気持ち」レイは左手で自分の胸を示した。「なぜこんな気持ちになっているのか、
それがどういう意味の気持ちなのかわからないの」
 そしてその手をそのままシンジにむけて発言を制し、「待って、説明してみるから」
 シンジは黙って従った。
 レイはしばらく黙って考えた。それから結局今の自分の気持ちは自分で分かっていない
のだからそれをそのまま説明するしかないと決めた。
 「昨日、碇君にさわられてから…」レイは自分の胸に手をあてた。「ずっと、ここの奥が
変な感じで。なにか、熱くて…いや冷たいような、よくわからない、それが、動悸といっ
しょに強くなったり弱くなったりしているの。そして、そこから、顔とか、指先とか、全
身にびびっとけいれんするような信号が来るの。それが顔にくると顔が熱くなって赤くな
るわ。指先にくると、碇君と手をつなぎたくなるの」レイはため息をついた。「そんな感じ」
 「綾波、それ…」シンジは言いよどんだ。
 「何なのこの気持ち、碇君分かるのかしら」
 「綾波」
 シンジの口調から話題の向きが変わったことが分かった。
 「何」
 「綾波のこと、好きだ…」
 「碇君」レイはシンジの顔がゆれて見えた。胸の内側から熱いものがのどにこみ上げて
きた。
 「こんなときも…笑えばいいのかしら」
 シンジは首を振った。「こんなときはキスするんだ」
 ふたりはどちらからともなく手を差し延べて軽く抱き合い、口づけを交わした。
 レイはうつむいて言った。ずっと前から、いつ言おうか今言おうかと逡巡していたこと
ばだった。
 「絆、もっと強くしたい」
 シンジはささやくように言った。「綾波…」
 「碇君」
 ふたりの両手に力がこもった。ふたたび唇が重ね合わされた。
 レイの唇を割って、シンジの舌が歯にふれた。レイは重ねあわせていた歯を浮かせてシ
ンジを迎え入れた。
 舌の先に目がついて、口の中をのぞき込んでいるような錯覚がレイを襲った。舌と舌が
からみあって、レイの全身はしびれたような感覚につつまれた。レイは両手をシンジの背
中から上にあげて両方の肩にすがるようにしてシンジに身をあずけた。そして、そのまま
シンジの動きに合わせてゆっくりと上半身をゆらせるようにして両方の胸をシンジの胸に
押しつけた。押しつけるたびにこすれた胸が熱くなってレイのからだ中にその熱気がつた
わった。
 シンジの呼吸が少しずつ早くなっていた。シンジの両手がレイの腰を離れた。
 レイは唇をあわせたまま、視線を上げてシンジを見た。
 シンジの両手はレイのわき腹を伝って背中に回り、ジャンパスカートのファスナーをお
ろした。
 レイはシンジから両手を放し、身をよじった。スカートはレイの身体をすべり落ちてい
き、小さな音を立てて床にしずみ、動かなくなった。
 スカートといっしょにレイの理性と自制心と羞恥心と罪悪感が振りほどかれたような気
がした。
 レイは頭をゆっくりとそらして唇をはなした。シンジの顔が少し遠ざかった。シンジの
小さく開かれた口から細い糸になってふたりをつないでいた透明な体液が音もなく切れて
たれさがり、シンジの唇からあごに張りつくのが見えた。
 私の唇とあごもいっしょなんだとレイは思った。
 レイは無言のままで両手をシンジのシャツに伸ばし、一番上のボタンから順番にはずし
ていった。
 全部はずしおわらないうちにシンジの両手が伸びてきた。そして、レイのシャツのボタ
ンをはずしはじめた。
 レイの方が先にはずしおわりシンジの胸がはだけた。
 シンジは三番目のボタンがうまくはずせないでいた。
 上の二つがはずれて、開いたシャツの中の光景に気を取られているのだとレイは気づい
た。レイはシンジの両手をかるくつかんで止めさせ、残りのボタンは自分ではずした。
 そしてシャツの前をはだけたまま、ふたりはもう一度両手を互いの背中に回して抱き合っ
た。さっきはシャツのすべすべした感触だったが今はしっとりと汗ばんだシンジの暖かい
身体が直接感じられた。シンジにはさっきのすべすべしたシャツの感触と違った、ブラジャー
のもう少しざらついた感触がつたわっているのだとレイは思った。
 シンジの両手がレイのシャツの下をくぐって背中をまさぐり、ブラジャーのストラップ
にたどり着いた。その後、とまどうように指が動いた。
 こわされては大変とレイは両手を背中に回し、ストラップをはずしてブラジャーを取っ
た。ブラジャーはふたりの身体の間をふわりと落ちていき、スカートとならんで動かなく
なった。
 シンジの両手に力がはいり、レイはまたシンジと胸をあわせた。先ほどまでの刺激で敏
感になっていた乳頭が押されて、痛いようなかゆいような、それでもまちがいなく気持ち
のよい刺激がそこから全身につたわった。レイはびくりとふるえてシンジの背中に回した
両手に力をこめた。あわせた胸から熱気と歓喜と快感がほとばしるようでレイは硬くまぶ
たを閉じてシンジを抱きしめた。胸が潰れて、上体をゆらす度に快感の波が強く弱くレイ
を翻弄した。レイはがまんできなくなって声を漏らした。
 「ああ…」
 「気持ちいいよ、綾波」
 シンジの吐息が耳に当たり、レイはまた身もだえした。「あ、碇君、すてき…」
 シンジの両手が背中を伝って下がってきた。さわられた場所に短いうぶ毛が逆立つよう
な感覚が残った。
 レイは思わず目を閉じ、切なく息をはいて腰をシンジに押しつけた。固い物がレイをむ
かえた。レイはびっくりして目を大きく見開いた。
 「綾波、どうしたの」シンジがいつもの心配そうなぎこちない声で聞いた。
 「碇君、何かお腹に当たるの」
 「ごめん」シンジはどぎまぎしたように腰を引いて離れた。
 「それなに」
 「あ、いやその…」
 シンジは片手でレイを抱き寄せ、唇を重ねると右手でベルトをはずし、ズボンを降ろし
た。そして、レイの右手をつかんで自分の腰にあてさせた。
 レイはぎょっとして一瞬抵抗したが、下着越しにシンジの下半身を感じて抵抗を止めた。
そして、自分にはないその膨らみをそっとなで回して大きさを確かめようとした。
 シンジが両目をつぶって鼻にしわをよせた。
 レイは大きく見開いていた両目をいっそう大きくした。レイの手のひらの中で、下着越
しに感じているシンジの下半身が一段と膨らんだのだった。
 動転に好奇心が勝ってレイはシンジの下着をさわり続けた。
 シンジはレイの指の動きに反応して時々腰を振って逃げようとした。
 レイはシンジのそんな反応がおもしろくなって手を伸ばして後を追った。そして自分は
自分ではだかの胸をシンジに押しつけて、こねるように動かした。
 シンジはレイの手を払いのけるでもなく、それでもレイの指の位置によっては腰を回し
たりしりぞいたりして妙なダンスを続けながら、両手はふたたびレイの腰を回って背中か
ら下着の線に近づいていた。
 レイはシンジの指の動きに気を取られ、シンジの下着越しにいじっていた右手の注意が
一瞬散漫になった。全部の指をそろえた形でそろそろとさわっていたのが思わず指がひら
いて、てのひらでシンジの下半身を包みこむような形になった。さらにその動きに驚いて、
レイは手を引き、シンジも腰を引いた。引いていく手の中をシンジの一部がこすれていっ
た。
 「はうっ」シンジが白目をむいた。
 「碇君、どうしたの」
 シンジはレイから口を離してうつむいた。そして、両手をひざに当てて肩で息をした。
 「碇君、だいじょうぶ…」
 「ああ…あの、綾波…ごめん」
 レイはシンジの表情が世にも情けないものであることに気づいた。「どうしたの」
 「綾波…その、シャワー…借りていいかな」
 「え、いいけど。でも碇君大丈夫なのどこかぶつけたの」高ぶった気持ちがシンジへの
心配と歩調を合わせて流れ出していき、レイはその気持ちをなんと形容していいのか分か
らず、言葉にしようと努力しながらそれでも先ほどまでの気持ちが消えていくのが残念だっ
た。あの心地よい感覚は、もしもっと続けていたらもっと強くなっていたのだろうか、そ
れとももっと別のものに変っていたのだろうか。レイは知りたいと思った。
 「あ、そんなことはないよ、それは大丈夫だけど…でも」
 レイの好奇心はさらに爪を研ぎはじめた。「碇君」
 「なに」シンジはシャツを脱ぎながら答えた。
 レイはうつむいて黒いソックスを脱ぎながら言った。「いっしょにシャワー浴びましょ」
 「え、ええっ…そんな、まずいよ綾波それは」
 シンジの動きが止まったことに気づいてレイはわれ知らず微笑した。そしてそんな自分
の気持ちを理解できないまま、そのままの姿勢で下着を下ろすとあごを上げた。
 シンジのうろたえ方がおかしかった。レイはもう感情に流されることに抵抗せず、くす
くす笑いながらシャツの前をはだけ、後ろに脱ぎ捨ててかがみこみ、シンジのソックスを
脱がせた。
 「わ、うわっ」シンジは倒れそうになって両手を振り回した。
 レイはシンジを見上げた。身につけている唯一の下着が、湿って変色しているのが見え
た。「あっちよ」
 「…わかった」シンジは観念した口調で答えた。「綾波、先に行ってくれる」
 「はい」レイは振り向かないまま居室を出て浴室に通じる扉を引いた。
 そこはやや広いユニットバスで、扉の正面には鏡のついた洗面台があり、その左側にふ
たのない便座、その奥には洗い場のついたシャワーと浴槽があった。内装は淡い桃色だっ
たがもう使い込まれてすっかりくすんでいた。レイがそうじをしないのも原因の一つで、
シャワーのかからないあたりの床はうっすらと白く見えた。
 レイはシャワーのノズルを調整して吐出する湯が広がりふたりが同時にシャワーを浴び
られるようにした。
 後ろでシンジがやはり桃色のプラスティックのカーテンを引く音を聞いて、レイはコッ
クをひねって湯をいっぱいに出した。
 一瞬冷たい刺激が膚を打ち、次の瞬間冷点がまひしたように温点がフル活動した。レイ
は目を閉じ顔をあげてシャワーの雨をあびた。
 そっと振り向くと、シンジは後ろを向いていつのまにか脱いだ下着を洗っていた。片手
でせっけんを泡立ててトレイにもどし、湯にさらしていた下着を泡だらけにしていた。
 レイは両手をシンジの肩にのばし、ひじを背中につけるようにして身をあずけた。
 シンジのからだがびくりとけいれんしたがレイは両手を脇の下から差し入れてシンジを
逃がさなかった。
 そして、そのままの姿勢でゆっくりとシンジに自らを押しつけるようにして全身で愛撫
した。
 シンジはそれに応えず、黙って両手を動かしていた。まだ下着を洗っているらしい。
 レイは両手をシンジの胸から下に向かわせた。そして、下半身にたどり着くと両手で包
み込むようにつかんだ。
 シンジ自身は先ほどの下着越しの感覚とはうって変わってずっと小さくなっていたが、
レイの両手のぬくもりを感じるとそれに呼応するように頭をもたげはじめた。レイは指先
でそれを敏感に感じ取り、どうなっているのか見てみたいと思った。
 それを待てないようにシンジは振り向いた。
 レイは少しおどろいて両手をはなした。そして思わず知らず視線を下げてシンジのたく
ましい一物を視野に入れ、想像もしていなかったその外観に、視線をシンジの顔にもどし
た。
 そして、流れる湯でびしょびしょになったまま、ふたりはまたどちらともなく両手を差
し伸べて胸をあわせ、抱き合い、唇を重ね、シナリオを最初からなぞるように互いの身体
を求めあった。
 レイのからだの中心から、いったん消えた感情の炎がまた燃えあがってきた。この不思
議な気持ちは何だろうとレイは思った。さわろうとしても届かないからだの内側から皮膚
に向かってわき上がってくるような感覚は、どうして生じるのだろう…
 シャワーの刺激は炎を燃えあがらせながら、同時に燃えさかりそうになるのを妨げてい
るようでもあった。
 レイはさきほどの汗でねっとりとしていたのとはちがう、シンジのお湯で流されてさっ
ぱりした皮膚の感触を気持ちいいと思った。レイの両手はふたたびシンジの背中から腰に
進んだ。
 シンジの両手もレイの背中を下っていった。
 レイは両方の胸をシンジに押しつけるようにしながら、腰を少し引いて自分の右手をふ
たりの間に入れ、左手はシンジの腰から後ろに回した。そして右手はシンジ自身をみつけ
て下からつつみこんだ。
 レイの胸の鼓動は自分で分かるほど早く、大きくなっていた。その鼓動に呼応するよう
にシンジ自身が脈打ち、さらに大きくなるように思えた。レイは目を閉じ、シンジと唇を
あわせて互いの舌で相手を求め合いながら鼻で大きく息をすった。
 シンジの両手がためらいがちにレイの両方の尻のふくらみに乗ってきた。そして、こわ
れやすいガラスの器を扱うようにそっとなで回した。
 シャワーのしずくと、シンジの両手が協力してレイを刺激した。むずがゆいような感覚
が尻の奥からつたわり、内股から膝までがふるえた。レイは上半身をシンジの胸にあずけ
てからだをささえた。両方の胸がシンジに押しつけられてゆがみ、乳頭が痛むほどの刺激
がはじけてレイはシンジの腰に回した手に力を入れた。
 シンジの左手はレイの背中と尻の間のあたりからふとももに向かってゆっくりと上下し
た。右手が腰を回って下腹部に伸びてきた。
 レイはシンジの右手の動きに呼応するようにシンジの下半身をつつんだ指を動かした。
 シンジの手のひらが軽く押すようにしてレイの下半身にふれた時、レイはあえぐように
全身を前後にゆすって軽く両足を開いた。シンジの指はそのまま開いた足のつけ根に沿っ
てのびた。
 シンジの指がふれている部分からレイの全身に快感の衝撃が幾重にも重なって放たれた。
レイは全身がしびれたようになり、ひざから腰の感覚、胸の感覚、唇の感覚が全部まじっ
てどれがどれだか分からなくなった。閉じたまぶたの裏側で極彩色の星がいくつもいくつ
も爆発した。それまでなんとなく聞こえていた建設機械の規則的な衝撃音やセミの声、ふ
たりの息づかいなどが全部聞こえなくなった。聞こえるのは頭の中で音域が前後左右上下
を駆け回るように移動していくシャワーの音だけになっていた。
 レイはシンジから唇を離した。「碇君、私もう立っていられない」
 シンジを見ると湯で上気した顔がいつもより赤味を帯びていた。私の顔も赤いのだろう
とレイは思った。顔だけではない、全身が赤く赤く、そしてそれは湯だけのためではない
ことも分かっていた。
 シンジは口を開く前につばを飲み込んだようだった。
 「綾波」一呼吸おいて「シャワー、出ようか」
 「そ」レイはうなずいた。「タオル、出すから」
 レイはシャワーのコックをひねって湯を止めた。指はコックがまるで他人が動かしてい
るように無感覚だった。その、しびれたままの手で鏡の端に手をかけて手前に開いた。奥
の棚にまるめて詰め込んであった分厚くて白いバスタオルがばさりとこぼれ、レイはそれ
を受け取ってシンジに渡した。
 シンジはタオルを受け取ると首にかけて頭からぬぐい、顔、肩、背中、胸の順にふいて
いった。
 レイはその下に積み重ねてあったもう一枚のタオルで身体をぬぐい、身体に巻きつけて
胸の上で留めた。
 タオルを腰にまいたシンジがためらいがちに右手のひらを上にしてのばしてきた。レイ
はその手を取り、左手でドアを開いて廊下に出、シンジが廊下に出ると扉を閉めた。
 内側で静かなハム音がひびき、空気を乾燥しはじめたことが分かった。
 レイは大きくため息をつき、シンジの両手の感触にぎょっとした。
 シンジは腰をかがめてレイの脇の下とひざの裏側に両手を差し入れ、レイを抱き上げた。
 「碇君」
 「綾波、僕、もう少し勇気を出さないと、だめみたいだ」
 レイはシンジの首に手を回してつかまった。
 「うん」

なんかここでいったん終わりたいふいんきなんですが

 レイは自室に目を向けた。
 正面に寝台があった。
 寝台の上の窓から淡い光がさし込んで床にゆがんだ四角い形を描き出していた。
 シンジはその光に向かってレイを抱いていった。
 ふたりは窓越しの暑い空気を感じた。
 そしてシンジはレイの身体を寝台にそっと下ろすと、自分も腰を下ろした。
 レイは両手を身体の両側にのばした。
 そしてシンジの両手が巻きついているタオルの一番上のへりに伸びてほどいていくのに
あわせて両手を広げられたタオルの上におきなおした。
 そして両手を差し上げてシンジを招いた。
 シンジは顔を降ろし、ふたりは唇を合わせた。
 さきほどからの愛撫にレイは全身が敏感になっており、この口づけだけでも頭の中が真っ
白になるような錯覚におちいった。レイは両手をシンジの脇の下から背中に回し、自分も
身を持ち上げるようにして胸を合わせた。両方の乳頭がつぶれて、電撃のような衝撃がレ
イの全身を駆け抜けた。レイはシンジに胸を押しつけて上体をゆすった。右に左にゆれる
ごとに快感の波が押し寄せ、全身の感覚がしびれたようになっていった。それでもレイは
おしつけた胸の動きをやめなかった。
 シンジは右手をレイの肩から脇の下にのばして抱き合い、左手はそろそろとレイの下腹
部にのびた。
 シンジの指先がレイにふれた時、レイはその場所からそれまで経験したこともないじん
とした感覚にシンジの唇を離し、一瞬全身の動きを止めた。そして全身をくまなく満たし
ていく快感の流れに身をゆだねて何度も何度も大きくあえいだ。
 「碇君…碇君…」レイは小声でくり返しシンジを呼んだ。答えを期待した呼びかけでは
なく、衝動のおもむくままに流れ出したことばだった。
 感情の大波がやや静まり、レイは驚いたように凍りついたシンジの左手に自分の手を重
ねた。シンジの手のひらは汗ばんでいた。レイはその手を自分の下腹部を包むように誘導
した。
 シンジの手のひらで下腹部が被われると、またレイはあえいでシンジの肩に回した腕に
力を入れた。
 たまらずシンジは倒れ込み、ふたりは上半身を重ねるように抱き合った。
 「綾波…重くないかい」
 レイは首を振った。「碇君…気持ちいい」
 「僕も」
 レイはまたあえいだ。下腹部に当てたシンジの指がまさぐるように動いた。
 「足、広げて」
 レイはうなずいて従った。
 シンジの指はゆっくりと奥に進み、レイはそこから全身がしびれたようになって痛みも
快感も熱さもかゆみも全部混ぜられた感覚の奔流に取り巻かれて自分が寝台のマットの中
に深く深く沈んでいくような錯覚に襲われた。
 「ああ…おちちゃう、おちちゃう」レイはささやくように言った。「おちちゃう」
 シンジの指がレイの秘所の入口にたどりついたのが分かった。レイは全身のめくるめく
ような感情の嵐の中でシンジの指を敏感に感じ取り、シンジの背中に回していた両腕にいっ
そう力を入れてシンジを抱きしめた。胸からの刺激がさらに強まり、レイは頭をそらして
歯を食いしばった。
 その反動でレイは一瞬両足を緊張させてシンジの手を強くはさみ込んだ。それから大き
くため息をついて力を抜き、さきほどよりも心持ち両足を広げた。
 レイの動きに呼応するように、シンジの指先がレイの敏感な部分で動いた。シンジの指
は濡れていた。シャワーの湯でないことは明白だった。もっと粘性のある液体で、それが
レイの身体由来のものということも同様に明らかだった。
 レイはがまんできないように腰を振った。
 シンジの指がレイにはいってきた。ぬるぬるした表面同士は何の抵抗もなくすべりあっ
た。
 その瞬間レイは深い井戸の底で全身が井戸の水と一体化しているような気がした。体中
のすべての細胞が流れ出して溶け合いレイ自身を包んでいるようだった。レイは胸がから
になるまで大きく息を吐き、同時にシンジを呼んで叫んでいた。
 「碇君、いかりくん、いーかーりーくーんー」
 シンジの指はレイの内部でおずおずと動いた。そのたびにレイのからだはしなるように
動いて新しい快感の波を全身に届けた。レイはシンジに固くしがみつき、両方の胸から来
る快感の波、腰から来る快感の波、からだの中ではねかえり、混ぜ合わされ、その源がも
うどこだったのかわからない快感の波にもまれてなにも考えられずなにも見えずなにも聞
こえないようになっているような気がした。
 レイはあえいでひざを開き、シンジを迎えいれようとした。「碇君、来て」
 「綾波」シンジは体勢を変えてレイのひざの間に向き合い、足を組んで座った。そして、
片手はレイの内部に挿入したまま左手でレイの胸をそっと掴んだ。
 レイは胸にかかったシンジの手首をつかんで動かし、自分の胸を刺激した。
 シンジはレイから指を抜いた。
 レイは小さくあえいだ。「ああ…」
 シンジは左手もレイから離し、自分の体を支えてレイに体重がかからないよう気をつけ
ながらレイの上に乗ってきた。そして、腰をあげ、右手で自分自身を誘導しながら、捜す
ようにレイの腰に自分自身を押しあててきた。
 「そこ、ちがう…もう少し…ああっ」
 「綾波、いいかい」
 「碇君…ああっ、そ、それ、それそれそれああっーいいっー」レイはシンジを全身で、
外側でも内側でも両方で同時に感じていた。「碇君、もっと、もっと来て、ああっ、あっあっ
あっ、ああーっ」
 ふたりは上半身も固く抱き合っていたが、下半身はもっと強く結びついていた。
 シンジは腰をふってレイに接した。
 レイは両足をシンジの背中に回して組んだ。腰が上がってシンジをもっと深く招き入れ
られた。新しい快感の波がレイを襲った。かならずそれまでよりももっと、もっと深く強
い波だった。レイは真っ白な海の中で手も足も顔も体中が溶けてしまい、シンジとひとつ
になってからみあっているような気がした。
 「い、い、か、り、く、ん」自分の声が長く長くのびて聞こえた。遠い洞窟の向こう側
から厚い岩を通しているように響いた。
 「あ、や、な、み」シンジの声も同じように深い海の底から聞こえた。
 「す、き、で、す」
 それは自分の声なのか自分の中に住んでいる別人の声なのかわからなかった。
 「だ、い、す、き、だ、よ、あ、や、な、み」 
 レイはたまらなくうれしかった。こんなときは、そう、わらえばいいのだとレイには分
かったことがもっとうれしかった。






+続く+




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