Track 9. 『ルッキング・フォー・ラヴ』ロバート・パットン





 ベッドの湿った汗臭さを素肌に浴び、僕は胸元をはだけたユイを見上げていた。淡い水色の下着に包まれた乳房をじっと見つめ、するとユイはしだいに頬を赤らめていく。にやけたユイの顔を眺めていると僕も同じように気持ちが浮つき、戯れてみたいという気持ちがわく。
 僕は自分がトリップしていたらどんなに楽だろうか、と思った。

「碇さんに触れていたいってすごく思う」

 綾波になりきらなくたっていいよ、と僕は肩をすくめてみせた。
 違うって、とユイは苦笑いし、僕の二の腕をそっと撫でながらシャツをどかしていく。僕は手のひらを重ね、少女の柔らかな肌を確かめる。

「僕は君と話してるんだぜ、一条ユイっていう君とだ」

 そう言ったものの、微笑み返すユイの表情は僕に綾波の姿を思い出させるには十分過ぎるくらいの力があった、他の場面でユイが笑った時とは違う、意識して出している表情だ。あの頃、少年時代にどれだけ想っても手を届かせることが出来なかったというのに。あまりに遠く離れた時の出来事だから、今こうして思い出しても実感がわかない、それが哀しい。僕は綾波とどうなりたかったのだろう?知りたかった、何を?背を向け、一人で歩いていくことを選んだ、なぜ?もういいのね、という母さんの言葉が僕に問いかける、僕は何を振り切ってきたんだ?母さんの実家の人々、彼らも母さんのことはあまり話題に上げようとしなかった、僕も今更と思っていたし、話してどうなるということでもない、そう思うようにしていた。
 碇ユイ、人工進化研究所が擁する生物工学の若きパイオニア。彼女が築き上げた研究は現在に通じるバイオニクス技術の基礎であり、またその裏ではエヴァンゲリオンという魔神を生み出し、使徒という先史文明の遺産の片鱗を暴き出した。
 第17使徒タブリスの殲滅、そしてエヴァシリーズ全機の破壊をもってこの地球上からは使徒に類される巨大戦闘兵器群はすべて消滅したはずだった。だがその確たる証拠などどこにもない、風の谷のナウシカのように、破壊を免れた生き残りがどこかの地下に今も眠り続けているのではないか。所詮遠い世界の出来事だったんだ、僕も今では、いやあれから数年も経った頃には既にそう思っていた。
 現に人々は今こうして何事もなく暮らしているじゃないか、
 もしまた何かがあるとしたなら今度こそそれまでだ、

「碇さん、どうしたの考え事?」

 ユイが僕の目を覗き込む。
 僕は意識を着地させてから改めてユイを見つめ、微笑んだ。

「将来のことを考えていたんだ」

「なあにそれ、気が早すぎるよ」

 それでもユイは満更でない様子で目を細めた。将来のこと、いつか大切な人と結ばれて幸せになって暖かな家庭を築いて、今の女の子たちもそんなふうに考えるのかい?

「そうだよ、昔も今も関係ないと思う、やっぱりあれこれ言ってみたところで結局はそこにつながるんだよ、一人で生きていけるなんてかっこつける子はいるけどさ、それってやっぱり周りにいる誰かの存在がなければ出来ないしね」

「君はほんとにわかってるかい?」

「さっきのこと?」

 それも含めてさ、まあ他人に頼ったり縋ったりするのが格好悪いってのは誰だって思うだろうさ、君ぐらいの歳なら尚更ね、そこで開き直るか、苦しんで嘆くだけか、受け入れるか、自分を変えていこうとするか、君はどうなんだい?誰かが手を差し伸べてくれるのを待ってたって仕方ないぜ、

「うん、私はまだ怖がってると思うんだ、まともに異性と付き合える気がしない、いつ振られるかと思うとすごく怖い」

 弱虫なのよ、とユイは声の調子を落とす。
 媚びているのか、俺に?僕はユイの真意を測りかねていた、誰かに必要とされていたい、拒絶されるのが怖い、だからいつも距離を伺っているばかりで、もどかしさばかりが膨れ上がっていく。それは僕と同じか?僕だってすぐには変われはしなかった、吹っ切れて女を騙し貢がせるようになったところで、その行動原理はなかなか変わりはしなかった。もしかしたら今でも同じかもしれないが、僕のユイに対する振る舞いは何を基準にして表すことが出来る?

「だから、碇さんには早く私のことを打ち明けたいって思った、私がこういうことをしてる人間だって、こういう女の子なんだって、それでも受け止めてくれるのかなって」

 あえてユイには手を触れない、自分の言葉に出させる。
 躊躇いがちな言葉はそのまま彼女の心境を、僕との距離を測ろうとしているのだと。すこしでも僕が受け入れる姿勢を見せれば、悪く言えば隙を見せたら、ユイはすかさず飛び込んでくるだろう、後戻りも出来ないほどに。
 僕は何を望んでいる、ユイの望むようにすればいいのか?ユイにしたって誰にでも僕と同じように出来るわけではないだろう、夜の街で出会う男どもにそんな甲斐性などあるわけはない、それくらいは僕でも思う。もしかしたらマヤさんは最初からすべて見抜いた上で彼女たちを僕に押し付けたのだろうか?ユイは自分の手に負えないから、とびきり手のかかる娘だから。それは決してマヤさんのキャパシティを超えていたとかいうわけではなく、ただ厄介払いをしたかっただけだろう。どうなんだ?僕は本当にユイとやっていけるのか?

 一条さん、正直に言うよ、僕は君と付き合う自信がない、

 ユイの瞳がきゅっと絞られ、そして僕の心臓も縮み上がる。ユイもきっとそうだろう、幼さと危うげな色気を抱えた乳房が震える。

 言葉を失った唇がかすかに震え、僕はユイの表情のすべてを逃さず見ようとする。

「わかるんだよ、君みたいな娘は何人も見たことあるからね、いちばん厄介な種類だぜ、とにかく気難しくて自分第一だから」

 そんなんじゃない、と言おうとした声は最初のそ、だけで途切れた。

 わかってるさ僕も、君は違うって信じたい。できるなら君のすべてを攫ってしまいたい。だけど怖いんだよ僕だって、今この場限りじゃない、後からついてくる厄介な要素は幾らでもあるんだ。僕だってそれがわからないほどガキではない。
 ユイ、君もそうだろう?信じたくても、今まで何度も裏切られてきたんだろうな。だから誰にも心を許せず、近づけず、こんな形でしか関係を作れなかった。自業自得と断じることは簡単だが、それでも僕はなんとかしてユイを。ユイを?

 どうする?ユイをどうするんだよ。
 僕はユイをどうしたいんだ?説教して更正させて、すみませんでした心を入れ替えて真っ当に生きていきます、と言わせたら満足なのか。僕にいったいどんな権利があってそんなことが出来るんだ?おいなんとか言えよ。ユイの心の苦しみ、それを全部背負い込んで飲み込む覚悟が僕にあるのか?言うだけなら誰だって出来るさ。だけど言いっ放しで捨てて、それで後は知らん振りなら、俺はとんだ若造だぜ。ちょっと社会をかじっただけで全部悟ったつもりになってる青二才だ。俺はユイを捨てられない、ユイをずっと手元に置いておきたいと思う、それはつまり彼女の何もかもを受け止め理解してやるってことだ、何も手取り足取りなどしなくていい、ただそばで見ていてくれるだけでいい、それがわからない俺じゃないだろう!?思い出せよ、アスカと結婚したときを、ミライが生まれたときを。家族という縁で、絆で結ばれたならそんな理屈抜きに支え合おうと思える、人を好きになるってのはそういうことなんだ。青臭い若者の戯言に嫌というほど傷つけられてきたユイ、だからマヤさんは言ったんだ、若い男は苦手なんだって、ただなんとなくというニュアンスで伝えはしたんだろうが、その真意ってのはこれだ、俺にしても不十分ではあるだろうが、それでも僕は自分の力が許す限り、ユイに僕の想いを受け取って欲しい。

「だけど君の望む男になれるよう僕は努力したいよ、だから君もわかってくれ。せめてお互いの立場とか身の上とか都合とかを、きちんと理解して尊重し合えるようになろうな、それは人として当たり前のことなんだから」

 そこで初めてユイに手を差し伸べ、僕は優しく彼女の髪を撫でてやる。ユイはすこしだけ、曇っていた表情が晴れた。
 何を綺麗事言ってる、何を言ったところで結局これは不倫だろうが!?馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう、僕はこれからどうやって生きていこう?アスカにばれたら死ねるな、普通に。面倒くさい後処理だってあるだろうさ、だけど今はそんなこと忘れようぜ?お互いそのつもりで、僕はユイに電話したしユイもそのつもりで家に来たんだから。
 許される仲じゃないってのはわかってる、だから忘れさせてくれ。
 僕はユイの下着を外させ、なめらかなラインを描く肩を紐が滑り落ちていく様を目に焼き付けながら抱き寄せた。ユイはそれに応えて僕の胸板に自分の胸を合わせる。柔らかで弾力のある若い胸をいっぱいに味わえるように抱きすくめ、僕たちは息を合わせて動く。

 君ほど心を惹きつけられた娘は初めてだよ、

「私の他にも付き合ったことある娘いるの?」

 昔の話だよ、今は彼女たちも大人になって、結婚して子供もいるかもしれないな、

「そっか、私もいずれそうなるのかなあ」

 微笑みの陰に潜む憂いを僕は見つけていた、だけど言葉は止められない。ユイが求めているのは他でもない、この僕だから。

「ああ、きっとね、君なら幸せな恋ができるさ。いつか君のことを本当に理解してくれる人が、きっと現れる」

 ユイはうん、と小さく頷き、僕の胸に寝そべるようにして頬ずりした。背中から脇へ撫でるように抱き、指先がかすかに横乳に触れる。
 僕もユイもわかってるのに、想いを正面からぶつけ合うことが出来ない。どちらも切っ先を逸らして受け流し、触れ合うことを避けている。僕はユイが欲しい。素直にそうできるならしてやりたい、少女一人の人生を狂わせるなんて僕にとってはたやすいことだ。同様にユイが何かをしてみたところで僕はどうもなりはしないだろうが、それでも心が痛むのはなぜなんだろう。
 僕の名を唱えながら取り縋るユイをしばらく見下ろし、僕は自分の薄汚さを実感していた。したたかなようでいてか弱い、その逆も然り。それが女の姿だ、対して僕は愛しさと憎さを相反させて、そして二人とも同じように感情を混ぜ合わせて黒い澱を胸の底に溜め込んでいる。

「なあ、いつもこんな感じなのかい?」

「いつもって?」

「仕事をする時さ、いつもこんなにメロメロになるのか」

 まさか、とユイは笑ったが、それはいつもの元気のある笑顔ではなく艶やかな憂いを含ませた女の、少女ではない女の表情だった。

「そこはほら、まったく気持ちを捧げちゃうってわけじゃないよ、どんだけ泣いても抱かれても、コトが終われば戻ってくるから、なんていうのかな」

 演技をするのと同じようにかな、たとえば女優が撮影の間は役に没入して、終われば普段どおりになる、生き物は身体を返してくれるとか、

「そうそんな感じ、まあ、お店で働くプロのヒトたちだったら当たり前にできることなんだろうけど、私の感じ方としてはね、抱かれてる最中はもう本当にその人のことを、好きっていうのも変かな、ただ心の底から思う、そうでなきゃやっぱりわかっちゃうもんだしね、本気で抱かれたいって思える、んでも終わって別れて帰り道ではもうそんな気持ちって無くなっちゃってるのね」

 俺ともそうなのかな、

「わかんないよまだ」

 嫌味くさい皮肉だ、と自分で言っておいて思う。言葉にはしづらいが僕にもなんとなくわかる気がする。

 僕といると安心できる?

「たぶん、ね」

 もし僕が君に酷いことをしたら?

「まず逃げるかな、それから伊吹社長に言う」

 そしたら僕は消されちゃうな、

「知らないよ」

 そっけない問答を交わし、ユイが俯きかけたところで僕は彼女の頬にそっと触れた。一瞬身体を強張らせ、それから徐々に落ち着いていくのがわかる。猫のように、小動物が警戒するように、自分が弱く傷つきやすいとわかっているから。そして僕は少なくとも弱い少女を守ってやりたいと思えるほどにはまともな思考を持っていた。

「正直、これからも君が他の男とやることがあるのかって思うと穏やかではいられないさ、俺も男だからね、君を独り占めしたいっては思うよ。だけどそういうわけにもいかないよな、君はそうやって今まで生きてきたんだし、生きるためには金は稼がなけりゃいけないしな、聖霊の学費だって安くはないんだろう?ただそれは俺にしたって同じだから、アスカが、ああ俺の嫁がそういう名だ、俺はアスカや子供をほったらかしにはしておけないし、いつでも君の相手ができるわけじゃない、それは君も俺も同じだ、君も俺が他の女とやるのは良い気分はしないだろうが、こうして二人で会ってる間はその限りじゃないから、きちんと分けて考えてくれよ」

「うん、わかるよ。だから今は好きなだけ、楽しもうね」

「もちろんだ」

 みるみるうちに笑顔になっていくユイがうれしくて、僕は身体を起こしてユイを抱き上げ、膝の上に乗せた。向かい合って瞳を見つめ、すぐさまキスを交わす。
 なにも迷うことなんてない、俺とユイは当たり前のことを、領域の離れたそれぞれの生活を持つ者どうしが付き合う上で当たり前のルールを確かめ合っただけなんだ。この胸の痛みはユイも同じように味わったはずなんだ、だからその分も精一杯、僕はユイを愛し、そして貪ってやる。

「碇さん、すごい」

 息を吐いて上ずった声でユイが言った。離れて少し待つと、今度はユイから求めてくる。純粋に、貪欲に。ユイはただ自分の想いに従う。僕はどうだ?僕を駆り立てる想いというやつはどこにある。ユイ、僕を虜にしてくれ、僕を狂わせてくれ。
 唇を重ねあいながら僕はユイのジーンズに手を伸ばした。じれったく脱がせ、その間もユイはキスをやめようとしない。

「キスが好きなんだな、そんなに僕がいいのかい?歳とって汚れたオヤジだぜ」

 キスの嫌いな女の子なんていないよ、とユイははにかんだ。

「碇さんだからだよ」

 尻をひと撫でするとユイはのどを鳴らして身をよじった。こぼれた唾液で口の周りをどろどろに濡らし、赤ん坊のように舌を遊ぶ。腰を浮かせて、片膝をついてユイはジーンズを脱ぎ捨てた。白いショーツ一枚だけになった彼女の身体が部屋の灯りに照らされて、肌と肉の質感が強調される。

 子供のようだ、と僕は思っていた。それは身体が幼すぎて欲情しないということではなく、その無邪気さを実感したから。たしかにユイは売りをやっていて、一般的に見れば汚れている、と言われるだろうがしかしこの場限りで先入観を捨てて見たなら、そんな視点が意味を成さないのだと思い知らせるに十分な明るい笑み、優しい心を受け取ることが出来るだろうと思う。

「好きよ。碇さんのこと、好き」

 好き、とユイはもう一度繰り返した。僕はつとめて冷静に彼女の言葉を飲み込もうとした。碇さんのこと、好き。意外なほどに飾り気のない言葉は雨水のように僕の身体に染みこんでいき、その間に僕は好きという言葉の意味について考えることが出来た。
 アスカと、愛してるという言葉は腐るほど交わしたが好き、とは久しく言っていない。言っていないと思う。どれだけの違いがあるのか僕にはにわかに考えられない。
 僕もだ、と言ってユイを抱きしめる。言い足りない気がして、僕も君のことが好きだ、と続けた。そうすることで自分の気持ちがはっきりする気がしたからだ。初心な少年少女のように言葉を交わし合う、しかし、だからといって僕たちの気持ちに貴賎などないのだ、と僕は自分に言い聞かせていた。そうでなければ僕は僕の心にしつこく残る疑問に囚われ、またユイを傷つけてしまうだろうから。
 なで肩と、わき腹、それから乳首の順に触れていくとユイは堪え切れない様子で僕の胸に寄りかかった。乳首の先端を撫で回して押し込み、乳房を手のひらに包み込むとさらに背を屈めて声を押し殺す。

「碇さん」

 僕は頷いて彼女をベッドに寝かせ、正常位の姿勢を作った。喘ぎ声を抑えないユイに僕は興奮をかきたてられる。ユイはシーツを握りしめて激しく息を吐いている。触れたくても手を伸ばせない、僕が先取りする。割れ目に指を走らせるとユイはひときわ大きく叫んだ。息つぎのたびに胸を大きく上下させ、熱せられた想いを瞳に満たして僕を見上げ、すると僕はまた陰部を攻める。
 なんて幸せそうにしているんだろう、僕は柄にも無く胸が熱くなっているのを感じていた。これほどまでに、少女を愛しいと思ったことがあるだろうか?どうしてこんな素敵な少女が援助をしなければならなかったのだろうか?
 ユイの美しさは努力によって得られたものだろうか、それとも持って生まれた才能なのだろうか、疑問に対する満足な答えはない。永遠に得られることなどないのだと思っている。だから僕は疑問を想いに変える。

 コンドームを装着している間、ユイはベッドに張り付くようにして横たわり早く欲しいとねだっていた。そんな彼女を宥めつつ僕は乳首を口に含む。このおっぱい星人、と頭をはたくユイが可愛らしい。

「霧島さんが怒るだろうな、君が先に僕とやったって知ったら」

「マナのことはいいって、言ったでしょおっ」

 泣きそうな声で叫ぶユイにすかさず挿入する、切なさが身体じゅうに一瞬で広がり弾ける。防音のよく効いた部屋でなければ隣の家まで聞こえてしまうんじゃないかというくらいに発情的な声でユイは鳴いた。顔に似合わず乱れるんだな、僕が意地の悪い声色で言うとユイは頬に涙のしずくを転がした。いじわる、鼻をすするユイの声がどこまでもいじらしい。
 軽口を叩くのは余裕を装ってるから、僕は怖い、ユイに本気になってしまうのが。これだけは女には敵わないと思う。
 リズミカルに揺れるユイの身体を、僕は一歩引いて見ている、つまり本気になれてないってことだろ、それじゃユイに悪いだろ?もっと激しく、と急かす声が僕の中で跳ね回り、心にぶつかる。もう取り返しのつかないことをしているんだ、今更何をためらうっていうんだ、そうなのかもしれないが、僕はまだどこかで、ここまでなら許されるだろうといった勘定をしているのではないか?
 脚を開いてより深くまで求めてくるユイの姿が怖い。僕は喰われてる、僕が逆に喰われてる。怖い、怖いから僕はユイを愛する。抱き上げてキスし、のどや胸や鎖骨を舐める。そこまでしてもユイのセックスは激しさを増すばかりだ。
 涙混じりに喘ぐユイの声に、アダルトビデオで聞くような単語を見つけて僕はかすかに眉をひそめる。自然に出る言葉ではあるけれど、僕は自分が中学生の少女をこんなにしてしまったということを今更のように自己嫌悪していた。しかしここで萎えてなどいられない。僕はワルだ、許されない犯罪者だぜ。俺は最低だ。腹の下に抱えた肢体は恐ろしいほどに細く小さい、少女、ユイ、俺がハメてるのはこんなに小さな女なんだ、僕は子供を犯してる。

 泣き叫ぶユイの声が耳に、快楽に壊れた表情が目に残って離れない。壊れたっておかしくない、射精と共に内臓がごっそり抜き取られてしまったような虚脱感に襲われて僕はベッドに沈んだ。
 ユイがすすり泣いているのが聞こえて僕は彼女の手をとる。傷つけてしまったか、痛かったか、僕は償わなければいけない、たとえ自分がどこまで堕ちようとも彼女を愛し続けなければいけない、そんな想いが湧き上がるのは僕がユイから逃げようとしたから、だから彼女が僕を罰したのだ。なんとなく、それで理屈が通るような気がした。ユイは力無く僕の手を握り返し、僕はようやく起き上がって彼女の隣にいっしょに横になった。

「ごめん、きつかったかな」

 答えないユイを僕は撫で続ける。僕が優しいつもりでも、それがユイに届いているかどうかはわからない、だから怖い。想いが通じないのは受け取れない方が悪いなんていうのは嘘だ、それは本当に想いを交わさなければいけない状況に出会ったことが無い奴だ。

「大丈夫か?」

「うれしかったの。碇さんと、エッチできてすごくうれしかった、こんなに切ないの初めてだよ」

 ああわかった、わかってる、だから頼む泣かないでくれ、俺が辛い、

「碇さんのこと大好き」

 たった一度のセックスでそこまで惚れこむのか、と一瞬思ったがユイにとってもこれは特別なことだったはず、そうだよな、と考え直す。

「昔から俺は音楽とセックスしか人に褒められること無かったんだよ、そんな俺に入れ込んだって碌なこと無いぜ。なあ一条さん、君はもっといい男と出会えるはずなんだ、俺なんかよりな、君はまだ若いんだからこれからいくらでも出会うチャンスはあるだろう、だから」

「違うの」

 どこまで白々しい科白を吐けば気が済むんだ俺は、さんざっぱら女を虐めてボロボロにして、最後にちょっとだけ優しいとこを見せて口説き落とす、ユイを同じ目に遭わせてどうするんだよ、いつから俺はそんなに偉くなったんだ。

「若いんだからって、私が碇さんに出会ったのがたまたま今だったってだけでしょ、もし私が小学生の子供でも30過ぎのおばさんでも私は碇さんを選ぶよ、どうしてそういうこと言うの?私は碇さんがいいの、たとえあなたが世界一の悪人でも私は碇さんを選ぶよ、他の誰でもダメなの、どうしてよ」

 どうして、そういうこと言うの。

 全身が干上がりそうだった。
 僕は本当に取り返しのつかないことをしてしまった、その一文が身体じゅうを駆け回って容赦なく僕をぶった切り、胸に深く深く突き刺さる。

 気づけ、

 何に?わからない、とにかく気づけ。頭の中が埋め尽くされていく。僕は謝らなければならない、誰に?ユイに。僕はユイの気持ちも量れずに無思慮な言葉をぶつけてしまった、だからきちんとフォローをしろ。
 恨めしげな目を向けるユイをもう一度しっかりと抱きしめる。放さないように、ユイは僕の腕の中だ。

「悪かった、僕が悪かったよ、一条さん、ごめんよ、君は本当に僕のことを想ってたんだよな、君に本気で向き合わなかった僕が悪かったんだ」

 一言ごとに僕は自分のプライドとか積み上げてきたものが音を立てて崩れていくような気がしていた。まさに魔性だ、ユイに惚れることがここまで身を崩させることだなどと、僕はいつ想像できただろう?このままでは逃げられない、いや逃げようとすること自体が間違いなのだ、世の中には抗うことのできない運命というものが存在するという、ユイの存在そのものが紛れもないその証拠ではないだろうか。

「わかったよ、君は僕が欲しかったんだよな、すべてを打ち明けて信じることの出来る人が、そうだよな、僕じゃなきゃダメだったんだよな。な、だから泣くな、もう大丈夫だよ、僕はどこにも行ったりしないし君を裏切らない、約束する」

「碇さん、…ありがとう」

 ありがとう。感謝の言葉。吐き出される言葉を僕は止められない。僕はこうなるしかなかったんだ、そんな諦めとは違う、なにか自分の力では逆らうことのできない運命的なものを僕は感じていた。そう、これは運命だ、テレビで毎朝やる占いを信じてあれこれ思索するように、同じように受け入れるべきなのだと僕の中の誰かが言っていた。繰り返し、言い続けている。本当にそれが出来たらどんなに幸せだろう。

 一条さん、僕はシアワセなんだろうか、僕たちはこれでよかったんだろうか?

 ユイはかすかに、しかし揺るぎない意志を持って肯定の返事をした。
 非日常の世界に誘われるってのはそういうことなんだ、僕たちの想いがどうあれ、僕たちは明日、朝日が昇ればまたそれぞれの生活に戻っていく。そして、帰ってくる。
 僕は熱くなる目頭を抑えられない。僕はユイに惚れてしまった、ユイは文字通り自分の身体を張って僕に伝えたんだ。自分の抱えているものが何なのか、そしてそれが僕たちにとってどういう意味があるのかと。
 そういうことだ、と僕は思う。

「シャワー浴びようか」

 うん、とユイは言った。
 二人で浴室に入る。一条さんはお父さんやお母さんといっしょに入ったりしたかい、と訊くとそんなのは幼稚園で卒業したよ、と笑っていた。

「でも碇さんほんとに凄かったよ、やっぱり伊吹社長が言ってたの本当だったんだね、碇さんは本物のセックスマシーン」

「なんだそりゃ、恥ずかしいな」

「2東のJB、ってあだ名だったんでしょ?」

 頼むから忘れてくれよ、と僕は腹を抱えて笑う。俺はもうただのしがない音楽屋だから、今言われても嫌味にしかならないぜ、そう言って二人で笑いあった。
 ユイの笑顔は本当に美しい、と思う。綾波が明るい性格だったらこんなだったのだろうか、もしそんな綾波といっしょに平和な学校生活を送れていたら、少しだけ、二度と戻らない少年時代に想いを馳せる。

「ほんとだよ、うれしかったのは」

 興奮と風呂の湯で頬を上気させてユイは言った。目で頷く僕に静かにすり寄ってくる。まさか、ここで二回戦とか言わないよな、僕はユイの肩に手を置いて確かめる。
 逃がさないように胸を寄せてこられ、僕は手のかかる幼児を相手にしている気分になった。ユイは子供、まだ子供、肉体は一人前だけど。そのギャップが疲れた中年男にはたまらないのだろうと思う。もしもう何年かしてミライが大きくなれば同じ情を持ってしまうかというと、それは無いだろうが。
 手マンくらいなら、と考えあぐねていると脱衣所に置いていた携帯が鳴って思考を止めさせる。どこか不満そうなユイを後目に電話に出るとトウジからだった。

「どうしたこんな時間に、まだ明後日ともう一日あるだろ?あまり騒ぐなよ、ムサシはすぐ調子乗るからな」

 トウジは威勢良く笑って答えた。少し酒が入っているのだろうか、と僕は受話器越しの空気を探る。

「センセどうせ暇やったら今からでもこっち来えへんかって話しとったんやけどな」

 つまり酒盛りしてるってことだろう、とぶっきらぼうに返す。

「なんや、もしかして寝とったんか?機嫌悪そやの、それともあれか、また嫁はんにナイショで女連れ込んどったんか」

 引き攣りそうになる声を抑え、寝てた、と言おうと思ったが背後の水音を考えて風呂に入ってた、と言い直した。ゼスチャーでユイに声を出さないよう伝える。
 ユイは僕の電話相手に気づいたのかニヤニヤと笑ってる。電話口の向こうでトウジも同じ笑いをしているのが容易に想像できて僕は肩を震わせた。

 お前らこそ、ファンの女の子つかまえて連れ込んだりしてないだろうな?トウジお前がきっちり監督しとかなきゃダメなんだぞ、大体だなムサシはいつまでもインディーズ気分が抜けてないんだから、

「わかっとる、そこはきっちりやっとるから安心せえ」

 ふん、とため息をついてしばしの間がある。シャワーの音が聞こえないように無意識に足を組み直し、洗面台の鏡に映った自分の身体を眺める。

「それは置いといてやな、山岸の奴がまた心配しとるんや。去年もセンセ似たようなことなっとったし、今後の仕事もあるしてな」

 大丈夫だ、とりあえずは、UVの方も『Green Bird』と『心の行方』は収録も終わってマスターテープも上がってるし、

「やったらええんやけどな」

 ちょっと代わるか?

 トウジの返事の後、電話機が渡されるくぐもった音がして山岸の声がやってくる。おつかれさまです、と挨拶し、山岸は昔から変わることのない丁寧で落ち着いた声を僕に伝えてきた。

「思ったより元気そうで安心しました」

 おかげさまでね、ありがとう。まあ去年ほど酷くはないよ、当面の仕事は片付けてあるから、

「はい、あのそれで、今回のツアー終わったらなんですけど」

 うんわかってる、ちゃんと行くから、

「はい、楽しみにしてます」

 微笑む山岸の顔がはっきり思い浮かぶほどの安心感に満ちた声に、僕の表情も思わず綻ぶ。バスルームの引き戸を指でつつく音がして、僕は手を振って答えた。もうすこしだから、するとユイは拗ねたように湯に身体を沈め、ぷくぷくと空気を吹かせていた。

 それじゃあ、おやすみ、また後でね、

 おやすみなさい、と言って電話を切り、浴室に戻る。濡れたまま出てきてしまったので冷えた身体を温めなおそうと、僕はユイの入っているバスタブにいっしょに入った。一人分のバスタブに二人がいっしょに入ったので湯があふれ、滝音に混じって足や腕が触れ合う。その隙を逃さずユイは僕の腕にしがみついてきた。

「今の、誰?」

「バンドのみんなだよ、ツアー先からね」

 見上げるユイの丸い瞳、その向こうにふくよかな胸、白い丘を水面が登っている。僕がじっと見ているとユイは身体を寄せ、波を被った乳首が僕の胸板に触れた。

「甘えん坊なんだね」

 ユイは答えず、まっすぐに僕を見た。健気、儚げ、そんな言葉が浮かんだ。どんなに明るく元気な振る舞いをしても、光があれば陰は必ず出来る、隠しきれない闇が必ずある。どんなに一見した性格が違っていようとこれは綾波なんだと、綾波が明るい性格だったらきっとユイと同じだろうと、僕はそう思っている。
 本当に、どうして今、ユイは僕の前に現れたんだろう?僕とユイは出会ったのだろう?考えれば考えるほどに、僕たちの出会いは限りない偶然が重なり合って起きたものなのだという確信が深まっていった。僕が出会うことの出来る少女は他にも何人もいるだろうけれど、ユイはただ一人だけ、今僕の目の前にいるただ一人だけなんだ。だから僕はなんとしてでもユイを逃すまいとするだろうし、守ろうとするだろう。愛しいと思う気持ちがこんなに切ない快感なのだと、僕の疲れて軋んだ心がユイに優しく包まれている。

「聖霊の正門前まででいいよね」

 送ってあげる、と言うとユイはやや伏し目がちに、ええでももう今日は遅いし、と指先を弄った。

「朝まで居ていい?碇さんがよかったらだけど、私は別に学校は遅れても」

「いや、ちゃんと学校は行かなきゃ」

 僕が諭すような微笑みを見せるとユイはばつの悪そうな顔で舌を出した。

「どうせなら登校時間中にあれで乗りつけるかい?みんな驚くぜ」

「ええっ、それはちょっと」

「だよな、いちおうナイショだろ?こんなことしてるの」

「大丈夫だよ、別に送ってもらうくらいなら」

 脱衣所に戻って濡れた身体をバスタオルで拭いてやる。ミライが赤ん坊の頃、風呂に入れてやっていたのを思い出しているとユイが自分で出来るから、と僕の手からバスタオルを取った。
 やっぱりまだ子供扱いしてる、と唇を尖らせるユイに、だから甘えん坊だなって言ったんだよ、と頭を撫でてやる。
 いじわる、と、だけど今度は嬉しそうな声で言った。

 対等に立ちたい気持ちはわかるけど、やっぱり僕と君とじゃ違うからね、なにも半人前扱いしてるわけじゃないんだ、君が可愛いからだよ、

 ユイはえへへ、とえくぼを作り、ほのかな恥じらいを見せて下着を身に着けていく。僕も下だけ服を着て、上半身は裸のままで部屋に戻った。昔ほどではないとはいえ、僕は自分ではわりと筋肉質な方だと思っている。かといって太いわけでもなく、細身の体躯によく絞り落とされた筋肉がついているといったところか。

「でも、私はこれくらいの方がいいな、抱き心地いいもん、あんまりムッキーマンなのもやだ」

 僕が自分の身体について訊くとユイはそう答え、僕の胸に寝そべるようにもたれかかった。彼女を連れて僕は再びベッドに戻る。枕元の時計を見て聖霊学習院までの所要時間を逆算し、どれくらい休めるかを考えながら僕はもう一度ユイを抱く。
 せっかく今夜こうして会えたんだから、そう言ってユイは僕の胸をついばんだ。
 慌てなくても、これから幾らでも会えるさ、

「お代はいいよ?碇さんはもうお客さんとは違うから、むしろ私の方がお礼したいくらい、今日は大切な話たくさんしてもらったから、だからほんと、碇さんには感謝してる」

 潤んで揺れる瞳が見えるようだった。僕は緊張のひとつが抜けていくと同時に、これでまたひとつ、大切な荷物を抱えてしまったな、と思っていた。
 僕たちはお互い望んでこの関係になったはずなんだ、だから迷うな、しかし可能な限り選択肢は吟味しろ。
 明日はマナにも話を通しておかなければいけないな、どのみちユイとだけ付き合うわけにもいかないだろうから。まだ仕事はひと段落はしない、もうひといき、だけどすこしは遊んだっていいだろ?心の天秤が大きく振れる。揺れる僕の心と、ユイの嬌声が混じって部屋を転がっていた。

 翌朝、僕は予定通りに起床しユイを学校まで送っていった。ぐずるかと思ったていたが、ユイは素直に従ってくれた。むしろ僕の方が名残惜しく思ってしまうくらいで、僕はユイにまた近いうちに会おう、と約束した。
 校門前にS2000を停めると、思っていたとおりにいくらかの注目を集めた。車で送ってもらう生徒は他にもいるが、それは名門女子校らしく金持ちの娘がお付きの者に送られているのがほとんどで、明らかに異彩な雰囲気を放つ僕たちは否が応でも注目される。成人や有職少年との交際は慎みましょう、なんて時代錯誤甚だしいプリントがホームルームで配られるんだろうか、ユイはそんな周囲の視線を楽しむように、あくまで無邪気さを強調した明るい仕草でいってきます、と挨拶した。
 気をつけて、と手を振ろうとしたらいきなりキスされ、僕は思わずハンドルを握りしめて踏ん張った。絶対見られた、他の生徒たち、女子中高生たちのガラスのような視線が僕に突き刺さる。

「それじゃ、またね。昨夜は楽しかったよ」

 ユイのその言葉さえ、聞かれたら何と思われるかは想像に難くない。年甲斐もなく興奮していく自分がまた恥ずかしい、こんな中学生みたいなことでのぼせ上がって。ユイを見送ってから聖霊学習院を後にし、家に帰る道のりの間じゅうずっと僕は高揚しっぱなしだった。ユイと結ばれた、そんな表現も青臭い気がするがあえて言う、僕たちは昨夜ひとつになった。心の中で声に出すと自然と口元が吊り上がって笑みを作る。
 たしかに忘れられている、僕は自分の不安を忘れられていた。ユイといる間は、僕を惑わし突き動かす得体の知れない不安から僕は逃れられていた。いや、あるいはその不安こそが僕をユイに駆り立てたのかもしれない。
 誰もいない助手席に、少年の姿の僕が座っていて語りかけてくる。
 逃げてるんだよ、昔に戻りたいだけなんだ、
 わかってるさそんなこと。僕はユイに綾波を重ねて見ていた。ユイの気持ちに応えるつもりになって、綾波を抱きたいという欲求を晴らしていたんだろう。その通りだよ。
 少年の僕は一見さわやかに、しかし黒く鈍い威嚇を含めた微笑を向ける。
 汚れたふりをして言い訳を作ってるんだよね、

 かもしれないな、僕ははっきりと声に出した。そうすれば幻覚なら消えてくれると思ったからだ。しかし少年の僕は消えない、あの濡れた子犬のような瞳で僕を見上げ、ゆっくりと最後の言葉を紡ぐ。

 僕はどのみちユイと付き合っていかなきゃならない、捨てるのは簡単だけど、僕はそれを許さないだろう、良心ってやつかもしれない、僕はユイの肉体をたっぷり味わった、だけどもう言い訳できないくらいに、心にも深く手を付けてしまったんだから。それは僕が望んだことだ、もし僕にその力があるならユイを手に入れて自分だけのものにしたい。それは純粋な欲望だから。僕はサイドウィンドウを下ろして風を手のひらに受けた。
 助手席に座っていた僕は何処かへ消えていった。そして僕は、次にユイと逢える夜のことだけを考え続けていた。




+続く+




◆霧島 愛さんへの感想・メッセージはこちらのページから◆


■BACK