「……第三新東京市で起こった、謎の爆発事件から今日で二週間が経ちました。已然原因は判明していないこの事件は……」

茶碗を片手に、テレビのチャンネルを回す。

朝の番組はどれも、あれから二週間経った今もひっきりなしに同じ内容を報道し続ける。

けれども、本当のことがマスメディアに取り上げられることはなかった。

僕も直接見たわけじゃないけど、"使徒"と呼ばれる敵の存在は、まるでなかったことのような扱いだった。

ちらりと横を見ると、たくあんの乗った皿に手を伸ばす手が見えた。

綾波は音は聞いているのだろうけど、ブラウン管を見ることなく食事をしている。

「……なんで、本当のこと言わないのかな?」

「ネルフが圧力をかけているから」

さらりと答える。

「へえ、裏でけっこうやってるんだなあ」

詳しいことは分からなかったけど、ネルフはどうやら国連直属のすごい組織だったらしくて。

綾波が言うように、相当な政治力を持っているらしかった。

そして、父さんがどうしてそんな組織のトップの座に居るのかが一番の謎だった。

昔、僕が小学校低学年だった頃。

いつまで経っても迎えに来ない父さんに対する鬱憤が爆発して、僕を預かってくれていた先生の前で泣き喚いてしまったことがあった。

その時、確かに先生は僕をなだめるように、こう言った。

「シンジ君のお父さんは人類を守る仕事をしているんだよ。もう少し待てばきっと迎えに来てくれるから、いい子にしてるんだよ」

それを言われた時は全く意味が分からなかったし、結局父さんは僕のことをほったらかしだったけど。

それが嘘でなかったことが、やっと分かった。

でも実際に人類を守っているのは、綾波だったが。





「ごちそうさま。すごいおいしかったよ」

箸を置き、手を合わせる。

今朝のメニューは全部綾波が作ったものだ。

僕の皿に何も残されていないのを見て、綾波はかすかに表情を緩めた。

「ごちそうさま」

綾波も食事を終え、箸を置いた。



実は今日、僕は寝坊してしまって。

慌てて飛び起きてリビングに向うと、驚いたことに綾波がすでに食事を用意していた。

さすがに昼の弁当までは手が回っていなかったけれど、それでも皿に盛られた朝食の匂いを嗅いだ時の感動は、言葉では言い表せない。

綾波が台所に立つ機会も増えていたし、そろそろ一人でも作れるかな、とは思っていたけど。

実際に全て綾波一人で作ったのは、初めてだった。

でも申し訳なさを感じる一方、自分で作らずにのんびりと綾波が作ってくれた食事が出てくるのを待つのもいいかな、と。

……。

少しだけ、駄目な男の気持ちが分かったような気がした。



そろそろ家を出なければ、と思ってテレビに視線を向けると、ちょうど表示されていた時刻が八時十分を示す。

僕が寝坊したせいで、二人とも遅刻しそうになってしまった。

これから走って間に合うか、それくらいのぎりぎり具合。



「……行こうか」



綾波は鞄を背負って、小さく頷いた。

リモコンを握り締め、電源のボタンを親指に力を込め、ゆっくりと押す。

テレビはブウンと気持ち悪い音を立てて、ゆっくりと光を失っていった。



















蛹の夢:軋み





















あれから世界はわずかに、しかし確かに変化した。

例えば、教室の光景や、空気。

この前まで賑やかだったクラスも、今は何処かぎくしゃくしたような静けさに包まれていた。

クラスの人数の絶対数が一気に減ったのだから必然だったのだが、それにしても静か過ぎる。

教室を見渡して、空席を数える。

山田さん、吉田、西山、花田、大越、梁田、川野さん、満田、佐竹さん、井上、加藤さんに……田仲さん。

先週、十二人のクラスメイトが疎開して行ってしまった。

駅のホームで抱き合って連絡先を交換する女子の姿が印象に残っているが……それも次第に薄れていく記憶なのだろう。

正直、去って行ったのは話したことも無いような人ばかりだったし、そんなに寂しさを感じることはなかった。

それでもがらがらになった教室は、どこか寒いものを感じた。

そして……疎開はしていないはずなのに、ずっと空席の机を見て、溜息を吐く。

トウジ。

この二週間、トウジは一回も学校に来ていない。

「トウジ、長いよなぁ」

ケンスケは机にうつ伏せになりながら、姿を見せない親友を心配してぼやいた。

「電話してみた?」

「何回もな」

毎朝トウジと一緒に登校して来るはずのケンスケは、ここ二週間は一人で寂しく学校の門をくぐっていた。

家に行っても誰も居ない、そうこぼすケンスケ。

「本当に、どうしたんだろうなあ。連絡もよこさないってのは、よっぽどのことだぞ。
 あいつ、トラックにはねられても次の日普通に学校に来てたのになあ」

「そ……そうなんだ」

「小学校の時の話でさ、坂をチャリですごいスピードで降りてたら横からドカーンとね。俺、その場に居たんだぜ。もう真っ青だったよ」

「よく生きてたね?」

「いや、何か当たり所が良かったらしくて。病院に検査に行ったらしいけど、全く問題なしでさ。チャリはスクラップになったけどな」

「ふーん……すごいね」

「ああ。だから、余計に心配だよなぁ」

ケンスケは長らく持ち主に座られていない椅子を見て。

「……委員長、何か知らないかな?」

「委員長?……さあ、知らないんじゃないの?」

「そっか……そうだよな、俺達でさえ知らないのにな」

今朝、洞木さんは珍しくホームルームに遅刻して来た。

僕達はぎりぎりで間に合ったけど、やはり洞木さんも走って来たのだろう、顔が少し青くなっていて皆に心配されていた。

……洞木さんも、やはりトウジのことが気に掛かるようで。

ここ最近、授業中洞木さんに目をやると、トウジの机を見詰めていることが多かった。

本当はそうではないのかも知れなかったけど、僕にはそう思えた。



休憩が終わるチャイムが鳴り、散らばっていた生徒は自分の席に戻り始めた。

しばらくすると教科書を携えた担任が教室に入ってきて、授業が始まる。

三時間目は数学。僕が得意でも不得意でも、好きでも嫌いでもない教科。

先生は宿題だった問題を、生徒を指名して黒板に解かせ、それを解説し始めた。





それにしても、トウジがこんなに学校へ来ないのは尋常ではなかった。

先生に聞いてみたところ、学校は休むって連絡は入っているらしかったけど、その理由までは教えてもらえなかった。

多分、僕達がシェルターを抜け出したことで、先生からの信用が一気に落ちたからだと思う。

学校が再開された日、僕とケンスケは放課後、生活指導室に呼び出されて。

校長、教頭、学年主任、生活指導部長、そして担任から、小一時間集団行動がどうとか責任がどうとか、がみがみと説教された。

その前のネルフの黒服で反省していた僕とケンスケだったから、適当に聞き流していたけれど。

そして説教が終わった後、担任の先生は僕だけを残して、色々と語り出した。

先生は実は、ネルフから派遣された、学校で綾波を監視というか保護する役目の人だったらしくて。

綾波がロボットのパイロットであることも、僕と同棲していることも知っていた。

だから、あの時僕に綾波がシェルターに居る、という内容のことを言ったのは、秘密保持の為に仕方が無いことだったらしい。

あの時あの場所で綾波がネルフに向っていると僕に言えば、周りに居た人々にも聞えてしまう。だから言えなかった、と先生は弁解した。



ふと教卓に視線を向けると、問題を解いて一段落ついた先生が、何かを感慨深く喋っている様子が伺えた。

そして、周りが少し騒がしくなったような気がした。





……あ、また先生、セカンドインパクトの話を始めたよ……





もはや授業を聞いている者など居なかった。

周りは皆先生が注意しないことをいいことに、こそこそと話し合ったり睡眠をとっていたりしている。

でもそれは、僕も同じだった。

ここ最近の綾波も僕も、授業なんてまともに聞いていない。

綾波は気付いていないんだろうけど、いつも僕は綾波の見ている方向を見ていた。

窓から見える、グラウンドの片隅に生えている、あの木。

あそこから、蝉の合唱が聞える。

綾波はいつもあの木を、ただぼんやりと眺めていた。

けれど、授業を聞いていないという点では同じはずなのに、不思議なことに綾波は優等生、僕は劣等生で通ってしまうようになった。

なんで授業を聞いていなくて、家で勉強もしないのにあんなに成績がいいんだろうといつも思う。

何とか見せてもらった一学期の通知表には、10以外を見つける方が難しかった。

昔は苦手だったらしいけど家庭科の成績もどんどん上昇していて、あと苦手な科目と言えば美術くらいだろうか。

僕が綾波に勝てる科目は唯一、子供の頃から続けていたチェロのお陰で、音楽だった。

小学校の頃から、最低でも8、本気を出せば9、10をとれる、といった感じでやって来たから、音楽に関しては自信がある。

数値で人の価値を決められるわけないとは思うけど……いい評価をもらうことは、やはり嬉しかった。



「……数多くの国々で内戦や経済恐慌が起こり、世界人口の半数がわずか半年で失われてしまいました。
 これが世に言うセカンドインパクトであります。かくして我々の文明は振り出しに戻り……」



先生の話に熱がこもり始め、授業は益々脱線していく。

世界は、影に潜んでいる恐怖からわざと目を逸らすかのように、今日も平和を装っていた。



























「あ、ちょっと待って綾波。靴が……」

先に靴を履いて脱靴場で待っている綾波は、太陽の日差しに目を細めた。

最近買ったこの靴はまだ足に馴染まない、まだまだ履かないと柔らかくならないだろう。

何回か履き直して、やっとすっぽりと入った。

「ごめん、行こう」

綾波の横に並び、歩き始める。

飛行機雲が白く長く、青い空に切れ目を作っていた。

下校時間の道には生徒が溢れ返っている。

「……今日、何が食べたい?」

「何でもいいわ」

「分かった。何か作っとくからさ」

こんな会話をしているのは、僕達だけだったが。

そういえば、冷蔵庫の中に何かあったかな?

これからスーパーに寄らないといけないな、と思いつつ、いつもの道を行く。

しばらく歩くと大きな十字路がある。

そこで、ちょっとの間、お別れだ。



だんだんと見えてくる、ジオフロントへのゲート。

一歩先に出て綾波は、僕を振り返った。



「……行ってきます」

「行ってらっしゃい」



いつも繰り返される、やり取り。

綾波は左へ、僕は右へ。

綾波が向う方向にはジオフロントへの入り口がある。

僕の向う先には、家がある。

あれからも綾波はスケジュール通りにネルフへ実験をしに行っていた。

そして僕は綾波を、いつもこの十字路で見送る。

小さく手を振り、綾波は角へ消えた。

僕は見えなくなるまで、綾波の後姿を眺めていた。





僕としてはまだ、綾波に二度とあのロボットに乗って戦って欲しくないと思っていた。

きっと、これからも敵はやって来る。そして、綾波は戦い、傷付くのだろう。

そんなのは、もう嫌だった。

けれど、僕の口から、「もう乗らないで下さい。」と言うことが出来るのか?

……綾波は、他人に無理やり乗らされているのではなく、自分の意志で乗っているのに。



だから──僕は、綾波が無事で居てくれることを願うことしか出来ない。

僕が、少しでも目に見える形で綾波の力になれればいいのに、と思う。





──僕に、あのロボットに乗る力が、あれば。

そんなことを、よく考えていた。





それでも、日々は続いていく。

現実的な問題も、目の前には山積していた。

──さて、何を今日、作ろうか?

綾波は何でも食べるから、本当に作り甲斐がある。

それに、特に実験があった日はよく食べるから、飽きないように毎日頭を悩ませてメニューを組み立てなければならなかった。

最近作ってないものは、何だっただろうか?

綾波はカレーが好きなようだったけれど、よく作るから今日は止めておこう。



……ま、店に行ってから、見ながら決めよう。

ここから最寄のスーパーは僕の家の方向から逆だったけど、学校からの帰りがけに寄れるから最近よく利用する店だ。

他の店に比べて安いし、今日は確かポイント5倍の日だったような気がする。

……たまに、自分のことを主婦みたいだな、と思うことがある。

でも、形としてはそうなんだよなあ。

家に帰って、家事をして、綾波が帰ってくるまでに夕食の準備をして待っている。

それはまさしく、ステレオタイプな主婦の姿だよなぁ。

でもまあ、それはそれで結構楽しいし、自分でも似合っているのかな、と思うから別によかったんだけれども。





スーパーまでは、下り坂だった。

僕の家の方は基本的に坂というものがないけど、ここらへんの地区は街の中心部から離れていて開発が遅れているというのもあって、昔か
らのあんまりきれいではない道路が目立っていた。

……ここから、トウジとケンスケの家は、かなり近い。

スーパーに行った後に、寄ってみてもいいな。



そんなことを考えていて、前をうっかり見ていなかった。



「うわっ!」

突然横切った黒い自転車に危うくぶつかりそうになってしまって、体勢を崩してしまって大袈裟に倒れてしまった。

自転車の男も僕を避ける為に急なカーブをして、籠の中に入っていたものをばら撒いてしまっていた。

「ちょっ、あんた何やってんねん!」

帽子を被った少年の声は聞き覚えがあったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「す、すみません!」

慌てて転がったカップ麺をかき集め、ビニール袋の中に入れ直す。

「前、見てなくて……本当にすみませんでした!」

自分が恥ずかしくて顔を上げることが出来ずに、必死に謝るしかなかった。







「……シンジ?」

「えっ?」

見上げたそこには、上下を黒ジャージで包んだ、色黒の少年。

「……トウジ?」

随分と見ていなかった、鈴原トウジの姿があった。

「こんな所で、なにやっとんねん?」



帽子からはみ出している髪の毛はぼさぼさに伸びていて、トレードマークであるジャージもどこか薄汚れているような気がした。





















スーパーの近くの、小さな公園。

子供達は楽しそうに走り回っていた。

カラスが鳴き、食事の準備が出来たのだろう、母親がエプロン姿のままで子供達の名前を呼ぶと、笑顔で母親の下へ駆け出した。

僕とトウジは無言で、それをただ見詰めていた。

座ったブランコからは揺れる度にキイキイと金属の錆びた音がする。

それは不思議な懐かしさを感じさせられた。





「……それ、食事?」

「……ん、ああ。今家に誰もおらんから……メシ作るのが面倒臭うてな」

投げ置かれたビニール袋からは、数個カップ麺が飛び出していた。

トウジはそれに気付いて、出ているのを袋に乱雑に突っ込み直した。

「……二週間も休んで、どうしてたんだよ。皆心配してたよ」

「ほうか……すまんかったな、連絡もせんとって」

「いや、いいんだけどさ……本当に、どうしてたんだよトウジ」





トウジは、深く息を吸い、大きく吐いて。





「……妹がな。この前、やっぱり外におったらしくてな……瓦礫に挟まれて大怪我負ったんや」

「え……っ!?」

「うち、おとんもおじんも研究所勤めやから、わししか面倒見てやれんでな。ずっと看病しとったんや」

「……そうだったんだ」

「……ああ」

そう言ってトウジは空を見上げた。

鳥の群れが巣へ帰る為に飛んでいる。

太陽はまだ昇っているのに、なぜかひどく暗い空のように思えた。

「……大怪我って……かなりひどいの?」

「その日のうちに手術や。下手したら両足切断やったって、医者の先生は言っとった」

「……」

「ま、助かったし、もう冗談を言えるくらいに回復したしな。当分リハビリせなあかんらしいけど」

「……リハビリ?」

「おう。今も、病院行っとって、そんでこれから家に帰るところやったんや。
 ……ま、本人の頑張り次第で完治するそうやし、そんなに重く考えんでもええんやけどな」



トウジは無理やりに笑顔を作った。

けれどそれが逆に、夕日に映し出された顔は──悲壮さを滲ませていた。





「ホンマは、学校行こうと思えば行けたんや。看護婦さんに任せてくれていい、ってナツミも言っとったしな。
 せやけど……なんか、行けれんかった。気持ちが上手いこといかんかった」



ぎりぎりと何かを我慢するかのように奥歯を噛み締める音が、僕の耳へ届いた。

トウジは鎖を握る力を強め……僕の目を見ようとはせずに、ブランコに立って漕ぎ出した。



ぎーこ、ぎーこ、ぎーこ。



どんどん速度を速めるブランコ。

その加速がピークに達し──





──そして、トウジは、飛んだ。










五メートルほど手前に飛んだトウジは上手く着地して、手をぱんぱんと払って。

僕に向けられた視線は、空虚だった。




「あのロボットのパイロット、綾波なんやろ?」

「──っ!?」





トウジは僕の驚いた顔を見て、やっぱりか、といった風な顔をした。

「当たり、か。ずっと考えとったんや。なんであの時、綾波があんな所に居ったんか、ってな」



どうして、忘れていたのだろうか。

僕とトウジは、あの時綾波がロボットから担ぎ出されるのを、見ていた。

気付いていても、おかしくなかった。



「……ナツミ、ビルの中にずっと隠れとって、街中でロボットと怪獣が格闘しとんの見たらしいんや。」
 初めは、信じられへんかった。ロボットに、怪獣なんて在り得えへんやろ?
 ……せやけど、ナツミが嘘吐くわけないし、そんな噂も、病院で聞いたしな……」



僕と、同じだった。

日常から急に非日常へと突き落とされた感覚。

……しかしトウジは僕以上に深い所まで──漆黒の闇に、落とされてしまっていた。










「……ナツミ、敵やのうて……味方の……綾波のロボットが突っ込んできて、怪我したんや」















紅く染まり始めた街並みが、何処までも続く迷宮のような錯覚を起こし、眩暈を感じた。

世界は誰にも優しく微笑みかけはしない。



「妹は、わしらを助けてくれたのはあのロボットやって言っとったし、わしもそう思う。
 八つ当たりなのは分かっとる。分かっとるんや……。
 せやけど……わしは、これから学校で綾波に会ったら、どうしたらええか分からん……」



こんなに弱気な姿を、トウジは一度も見せたことがなかった。

その背中は小さく、そしてかすかに震えていた。

「これがシンジとかケンスケやったら、下手糞な運転すんなや、って一発ブン殴れば気が済むんやろうけどな。
 ……自分の気持ちが、よう分からんのんや……」

そして、トウジは、感情を押し殺すようにして、僕の目を見て。





「シンジ、わしは間違っとるんかな……?」










間違っている。

綾波は自分の命を削ってまでして、戦っているのに。

どうして誰かから、恨みを買われなればならないのか?

敵がやって来るまで、避難する時間は十分にあった。

なにがあったのかは知らないが、シェルターに居なくて怪我をしたのは、綾波のせいでもなんでもない。

それはただの八つ当たりだ。



そんなこと、言えるわけなかった。

トウジの気持ちも、痛いほどに分かっていたから。

トウジの感情は、兄として妹を慈しむ気持ちは、間違っているはずがなかった。










「……明日、学校行くわ。あんまり休みすぎたら、ただでさえ頭悪いのに余計に分からんくなってまうからな。はは」

「……」

「……すまんな、変な話聞かせてもうて。忘れてくれ」

「……うん……分かった」




















去っていく自転車に乗ったトウジの背中が、あんなに小さく見えることはもうないだろう。

誰もが、傷付いている。

どうしようもない現実は残酷で、僕の存在など無意味なほどにちっぽけで。



僕は自分が誰の気持ちも救うことが出来ない、子供であることを、知った。


























翌日、再び関東全域に特別非常事態宣言が発令された。
















+続く+






◆FUKIさんへの感想・メッセージはこちらのページから◆


■BACK