「いただきます」
「いただきます」
屋上の、いつも座る日陰に腰を下ろして、弁当箱を開ける。
綾波は、袋の中から、あのピンクの弁当箱を取り出した。
綾波が学校に復帰して、一ヶ月が経った。
僕達は、毎日一緒に屋上で弁当を食べている。
初めの頃、あんなに気になっていた他人の目も、すっかりどうでもよくなっていた。
タコの形にしたウィンナーを、綾波は興味深げに箸でつまんで。
「これ、どうやったの?」
僕に見せながら、言う。
「ああ、それは簡単だって」
綾波は、最近料理を始めた。
僕が一人で毎日弁当を作っているのを見て、急に自分もやると言い出して。
それで、ここ何日かは一緒に弁当を作っていた。
とは言っても、まだほとんど僕が作っていて、綾波は手伝い程度のことしかしていないけど。
それでも、僕は驚きを感じたのと同時に、嬉しく思った。
この弁当の中にも、綾波が炊いたご飯が入っていた。
「あの問題、分かった?」
「……分かった」
「すごいな、全然解けなかったよ。どうやったの?」
四時間目の数学の時間に出された、僕には解答することが出来なかった難問。
それは、教師にも難しいような、角度の問題だった。
「……忘れた。でも、答えは出たわ」
「すごいな、後で教えてよ」
綾波は、ポーチを開きながら頷いた。
基本的に授業はパソコンで受けるのだが、数学では問題を解く為に、ノートを使う。
それは、今は教室の綾波の机の中に入っていた。
僕が綾波にお茶を手渡すと、綾波は取り出した薬を口に含み、一緒に飲んだ。
「それ、何の薬なの?」
「……ただの、ビタミン剤」
綾波はコップを僕に返して、下に広がるグラウンドを見渡した。
そこでは一年生が休憩時間を利用して、ドッジボールをやっていた。
「……なら、いいけど」
僕は、知っていた。
その薬は、ネルフのものだってことを。
蛹の夢:黒い雨と赤い空
僕達が教室に戻った時には、生徒はほとんどいなかった。
次の時間が体育だから、早めに着替えに行っているのだろう。
自分のロッカーに向かい、中から体操服を取り出す。
綾波は、机の横にかけていたプールの袋を手に取った。
「じゃ、また後で」
「ええ」
次の授業まで、もたもたしていると遅れてしまうくらいの時間になっていた。
最近、綾波は話に乗ってくれるようになった。
だから、食事の時に会話が弾み、食べるのに長くかかってしまうようになっていた。
テレビを見ても、くすっと笑うようになったし。
悲しいことがあったら、瞳がうるうるとなることもあった。
でも。
そういう表情を見せるのは、まだ、僕にだけだった。
綾波はドアへ向い、プールに走っていった。
僕はそれを見届けると、更衣室に急いだ。
綾波は、あの日から、頻繁にネルフへ行くようになった。
月水金に土日。
学校が終わると、僕がしていたようにバスで直行して、八時頃に帰ってくる。
僕はそれを、晩御飯を用意して待っている。
いつも決まった時間に帰ってくるけど、たまに遅くなる時があって。
綾波は何故か携帯電話を持っているから、遅くなる時は電話して、と言ってあるけど、それでも心配でしょうがなかった。
綾波は、ネルフのことについて、僕に触れられるのが嫌なようで。
それは言葉には出さなくても分かった。
だから、極力触れないように努力している。
けど。
綾波が時折見せる、辛そうな表情に、僕は気付いていた。
僕の視線に気付くと、何も無かったかのような仕草を見せるけど。
そして、僕も、気付かないふりをする。
……そうするしか、なかった。
「パスしろパス!!」
「早くしろよ!……ああ、何やってんだよ!!」
グラウンドで砂埃を上げてサッカーをする同級生を、影で休みながら見ていた。
「……それにしても暑いのぉ」
「……全くだ」
トウジとケンスケは意識が朦朧とした感じで、座り込んでいる。
僕も二人の隣にしゃがんで級友のプレイを応援して。
点が入る度に、まわりにあわせて一喜一憂する。
それでも二人はあいかわらず、だらけていた。
そこに聞えてくる、バシャバシャという音。
「えい!」
「きゃっ!?やったな〜」
一年中夏なのにプール開きも何もないとは思うのだけど、授業としては前世紀からこの時期から始まる。
プールから聞えてくる、女の子の声に反応して、思わずそっちを見てしまう。
「おお、やっぱ水着はええのぉ」
「全くだ」
二人は急に元気になり、身を乗り出してそっちを食い入るように見つめる。
プールサイドを楽しそうに走り回る、女子たち。
「……あ」
「ん?シンジどないしたんや?」
「……いや、何でも」
「?ならええけど」
太陽の光できらきらと光る、水しぶき。
その中で。
綾波は一人で、プールサイドで膝を抱えて座っていた。
トウジは、あの日から。
綾波が退院して、初めて登校した日から、僕に綾波のことを聞いてくるようなことはしなかった。
僕と綾波が、昼休みになると一緒に屋上に行ってしまうのを、見ているのにも関わらず。
きっと、僕が他人に言えないようなことを持っていることを、なんとなく予想してたんだと思う。
だから、触れないでいてくれた。
僕のトウジ達と一緒にいる時間が減ったことによって、二人が僕から離れて行ってしまうかと心配したけど。
二人は、何事もなかったかのように、僕に接してくれたからこうやって体育の時間などで、一緒に行動出来ている。
そのことに関しては、ただ感謝するしかなかった。
これは、僕の勝手な、エゴだということは分かっていた、けど。
いつか綾波が、二人を受け入れられるようになったら。
一緒に、屋上で食事をしたかった。
ピー、と終了のホイッスルが鳴った。
コートの中にいた人がゼッケンを脱ぎながら日陰に歩いていく姿が目に入った。
「……行くか」
トウジとケンスケはふらふらっと立ち上がって、クラスメイトからゼッケンを受け取った。
授業を半分に区切って行われるゲームの後半に僕達は出る。
好きな者同士で、クラスを四チームに分けるから、僕とトウジとケンスケは同じチームにいた。
プールサイドから視線を戻して、僕もゼッケンを受け取る。
「頑張れよ、碇」
「うん、頑張るよ」
肩を叩いて、追うように日陰に走っていく。
センターラインにはすでに敵味方並んで待っていた。
審判は、いない。
授業といっても、そこらへんはかなり適当だったから、キックオフも適当だった。
「ケンスケ、パスパスパァァース」
試合が始まった途端に元気になったトウジが前線に駆け上がり、ボールを持つケンスケに叫ぶ。
ロングボールが、トウジのもとへ送られるが、あっさりとカットされてしまう。
「なにしとんじゃケンスケ!!」
「場所が悪いんだよ!!動けよ!!」
守りそっちのけで口論し始めた二人。
「トウジ、ケンスケ、守れよ!!」
素人サッカーにおける下手糞の代名詞、キーパーだった僕は一応ゴールを任されていたから、二人に戻るように必死で叫ぶ。
二人が戻ってくるよりも早く、ボールは僕の目の前まで運ばれ、あっさりとゴールされた。
「ああー……」
トウジ達の落胆の声が聞えた。
……守れよなぁ。
ネットにからまったボールを拾い、センターに向って蹴ろうとした時。
耳をつんざくような、音が学校に鳴り響いた。
「……なんだ?」
グラウンドでサッカーしていた者も、休んでいた者も、全員が何が起こったのか分からなかった。
しばらくして、学校のチャイムが鳴り、アナウンスが入った。
「……え、生徒の皆さん、教員一同、よく聞いてください。たった今、関東地方に特別非常事態宣言が発令されました」
皆、唖然としていた。
その中で、ケンスケだけは真剣な表情になって、校長の話に耳を傾けていた。
「これから、シェルターに避難を開始するので、いつもの訓練の時のように、グラウンドに集まって下さい」
校長は同じことをもう一度繰り返して、放送は終わった。
この学校は、頻繁に避難訓練が行われるから、こういう時も多分スムーズに動ける。
けど、校長が言っていた、特別非常事態宣言とは、何だろうと思いつつ、これからどうするかを考える。
僕達は、ここで待っていてもいいのだろうか、と思っていたら、校舎の方から体育教師が飛んできて。
「お前ら、すぐに着替えて来い。その後、ここに集合な」
と言って、来た方向に戻っていった。
生徒は、次第に更衣室へ向い始めた。
「なんかワクワクせんか、シンジ?」
更衣室で、着替えながら話し掛けてきたのは、トウジだった。
「どうして?」
「いや、なんか修学旅行みたいな、そんな感じせえへん?」
「……どうだろうね」
ズボンのベルトを締め、きれいに畳んだ体操服をどうしようか、と考える。
……これ、持ったまま避難はしたくないよなあ。
トウジは体操服を強引に袋の中に入れて、それを肩に背負った。
多分教室に戻ってはいけないから、仕方ないから靴箱にでも置いておこうと思って、更衣室を出ようとする。
「おいシンジ、どこ行くんだ?」
シャツをズボンから出して、団扇で扇いでいるケンスケの声が、後ろから聞えた。
「ちょっと、これを置いてくるだけだって」
見えるように体操服を持ち上げて言う。
「早く並ばないと怒られるぞ?」
「すぐ戻ってくるよ」
更衣室のドアがバタンと音を立てて閉じた。
少し見えるグラウンドに目を向ける。
まだ、生徒は全然出て来ていなかった。
少し安心して、靴箱へ走った。
戻ってきた時には、全校生徒のほとんどがすでにグラウンドに集まっていた。
日々の訓練の成果は確実にあるのだろう、放送が入ってからまだ十分も経っていなかった。
自分のクラスの場所を捜して、背伸びしたりしてみる。
「おい、シンジ。こっちだって」
声の主はケンスケだった。
出席番号順に座るので、彼は僕の前の人だった。
「女子は?」
「まだ着替えてるんじゃないか?」
隣の列にいるはずの女子が一人もいなかったのが気になったが、プールだったし着替えるのにも時間が掛かるのだろうと納得した。
案の定、ちょっとしたら、プールの方から走ってくる女子の姿が見えた。
「さ、早く並んで」
担任の先生が、女子を一列に並べる。
あらかた揃ったような感じになって。
「洞木さん、全員いるか確認して下さい」
先生が指示し、先頭に立っていた洞木さんは一人ひとり居るか確認するために歩いて後ろまで行った。
生徒を掻き分けるように戻ってきて、額に浮かんだ汗を拭いながら報告する。
「先生、つい今さっき早退した人がいるんですけど、その人はどうしましょう?」
先生は、出席簿とペンを取り出して。
「……誰ですか?」
洞木さんに、尋ねた。
「……綾波さんです」
「ほんま大丈夫なんか、ここは?」
「大地震にも耐えられるらしいから、ちょっとやそっとじゃ壊れないだろ」
「ほんまかいな……」
トウジとケンスケが隣でしている会話を聞きながら、僕は全く別のことを考えていた。
もちろん、綾波のことだ。
五時間目の体育までは、いたはずだ。
それは洞木さんが言うし、僕もこの目で見たのだから、間違いない。
避難が始まったのは、五時間目の途中。
そして、その前に綾波は学校からいなくなっていた。
その経緯を、僕は洞木さんに教えてもらった。
五時間目、体育の授業にて。
プールサイドで、輪に加わろうとしない綾波を、洞木さんは心配して見ていたらしくて。
その時、サイレンが鳴り響いた。
皆が慌てふためく中、綾波は何か考え込むような顔をして、立ち上がって。
洞木さんに、早退する、と行って更衣室へ戻って行ってしまったらしい。
そして、それ以降の綾波の行動は、誰にも分からない。
どこかで避難しているとは思うけど、心配でしかたがなかった。
そのことが頭の中を延々とループしていた。
「鈴原……鈴原トウジ」
どこかから、聞き覚えのある声が聞えてきた。
声の発信者は、先生だった。
「はい?鈴原なら、ここにおります」
トウジは手をあげて、先生に見えるように大きく振る。
座っている生徒を掻き分けて、こっちに向ってくる。
「なんです?先生」
先生は、辺りを見回して。
「……こっちに鈴原君の妹さん、来てませんよね?」
トウジはびっくりした表情で。
「ええ、来とりませんけど……何か、あったんです?」
「……妹さんの小学校も、このシェルターに避難してるんですけど……何処にもいないんです」
トウジは、さらに驚いて。
「どういうことです?」
真剣な顔になり、先生の顔を睨みつけるように見た。
「……分かりません。途中ではぐれたか、何かあったのか……」
先生は、いつになくびくびくしながら言葉を続けた。
「それで、捜してくれてはるんですか?」
「……ここにいなかったから、これから他のシェルターに連絡を入れると思います」
「……そうですか」
トウジは心配そうに、表情に影を落とした。
「……それだけです。では」
「あの、先生」
背中を向けて立ち去ろうとした先生は、くるりと回ってこちらを向いた。
「どうかしましたか、碇君?」
「えっと……」
心の中で反復した言葉を、口に出す。
「……綾波が、ちゃんと避難しているか確認してもらえませんか?」
さっきから気になっていたこと。
時間的に家には帰れていないだろうし、帰っている途中に警報が出たなら。
その地区のシェルターに避難しているはずだ。
そう信じたかったけど、確証が欲しかった。
「ああ、それなら大丈夫です。ちゃんと連絡、入っていますから」
先生は優しい表情になって言った。
「……そうですか」
「では、また」
後姿を見せて、去っていく先生。
……よかった。
綾波が、何処かにいるってことが確認出来たから。
あとは、早くトウジの妹さんが見つかって、ここから出て家に帰りたい。
もう、今日はそれだけでよかった。
避難してから、六時間が経過した。
シェルターの中は明るいので錯覚を起こしそうだが、外はもう闇に包まれ始めているだろう。
……トウジの妹さんの連絡は、いまだになかった。
妹さんの担任はあれから他のシェルターに連絡して、居場所を突き止めようとしたらしいけど。
それでも、見つからなかった。
僕達の先生はあれから数回こっちの足を運んで、状況がどうなっているかをトウジに話していた。
ネルフに連絡して、捜索してもらう。
それしか、シェルターから出ることが出来ない僕達にとれる手段はなかった。
けど、ネルフに連絡して、何時間経っても。
発見したという連絡はなかった。
トウジは、壁にもたれかかって思い込んだ表情を浮かべていた。
「……ちょっと、行って来るわ」
トウジは、急に立ち上がって言った。
今さっきからのトウジの様子から、何を考えていたのかは想像がついていたけど。
その真剣そのものの目は、決意を伝えていた。
「……まじか?」
耳元にあてたラジオを離して、ケンスケはトウジを見上げる。
「おう。どんなに言うても、やっぱ心配やからな」
今さっきから断続的に振動が伝わるシェルターを見回して。
トウジは、外に出るためのドアを見つけた。
「ケンスケ、シンジ、あのロック外すの手伝ってくれんか?」
トウジはしゃがんでそのドアを指差し、僕達に見せた。
「……まじかよ」
「まじや」
ケンスケは、トウジの真剣そのものの目を見て。
「……仕方ないな」
周囲に聞えないように気を配りながら小声で話す。
僕は。
「……分かったよ」
トウジの気持ちを考えたら、そう言うことしか出来なかった。
「……おおきにな」
トウジは、目を閉じて頭を下げた。
そして。
トウジは、トランプをして遊んでいた、洞木さんのもとへ歩み寄って。
「委員長、わしらトイレや」
洞木さんは、トウジを見上げて。
「もう……早く戻って来てよね」
「わーっとるわ。じゃ行ってくるわ」
そう言って、僕達に目で合図をした。
実際は、トイレとは全く反対方向に向ったのだけど、どうやら気付かれなかったようだった。
「よかったの?あんな嘘ついて」
見を低くしてドアまで進む。
「ああ、ええんや。あんぐらい言うとかな、信じてもらえんやろ」
トウジは、見た目は悪ふざけをした少年のような顔を作ったけど。
目が、笑っていなかった。
「おーい、ナツミー、おらんか?」
月明かりと、不気味に輝く街灯だけが街を映し出していた。
誰もいない街に、トウジの声が響き渡る。
「……おーい」
僕も、声を出す。
シェルターからずいぶん歩いたけど、返事が返ってくることはなかった。
「……それにしても、ここは何処なんや?」
それは、僕も感じていたことだった。
昼間と雰囲気が違うから道が分からないなんてレベルの話ではなくて。
町並みそのものが、全く変わっていた。
今さっきケンスケに教えてもらうまで知らなかったけど、この街は形を変えるらしくて。
何か、軍事的な設備がそこらかしこに姿を現していた。
けれど、それ以上に僕達がびっくりしたのは。
それらの大部分が、半壊していたことだった。
道路にはいくつもの巨大な陥没が、どこまでも続いていた。
「戦争でもあったんかいな?」
トウジは崩れたビルのコンクリートを拾い上げ、それをまじまじと見た。
ケンスケは手に持ったビデオカメラを、特殊な照明を使って回していた。
「……くそ、この照明バッテリー食うんだよなぁ……」
バッテリーが切れたのだろうか、ケンスケは持ってきた鞄の中から、もう一つのバッテリーを取り出そうとして、手を突っ込んだ。
と、その時。
眩い光と共に、爆発音と強い風が僕達を襲った。
「なんやぁ!?」
何かが焦げる匂いが鼻についた。
「おい、あっちだ!」
ケンスケが指差した方には、巨大なキノコ雲のようなものが立ち上っていた。
「……やっぱ戦争しとんちゃうか?」
「おい、どうする?」
不安そうに、トウジの顔色を伺うケンスケ。
「……行く」
「本気か!?死ぬかも知れないぞ」
「あそこにナツミがおったらどないすんや!……わしは一人でも行くぞ」
そう叫んだトウジは、疲れと焦りが混ざったような顔をしていた。
「ここまで、ついて来てくれてありがとな」
爆発のあった方へ向けて走り出したトウジ。
「お、おいっ、くそっ、待てよ」
ケンスケは躊躇し、足が止まっていた。
──僕は。
トウジを追いかけて、走り出した。
「……おい、シンジ!待てよ、分かったよ。行くよ!」
慌てて走り出したケンスケ。
ビデオのバッテリーは、交換出来ていなかった。
どのくらい走っただろうか。
次第にあたりは埃のようなもので覆われ、視界が悪くなっていた。
「ハア、ハア、ハア」
胸が苦しい。
心臓が新しい血液を送るために激しく動いているのを感じた。
その場にへたりこむケンスケ。
「ハアハア、ここか、さっきのは?」
「……多分」
まわりのビルは倒壊していて、道路にはコンクリート片がばらばらに散らばっている。
「おーい、ナツミ!おらんのか!?」
トウジは呼吸が整うのを待たずに、歩き出した。
「……シンジ、ちょっと、俺、休むわ……」
ケンスケが仰向けに寝転んで、本当に気分が悪そうな顔で言った。
「……分かった、ここにいてよ」
「……おう……うえっ」
ケンスケをここで休ませるのに付き合うべきだったんだろうけど、トウジを一人で行かせるわけにもいかず。
すでに夜の闇に消えそうなほど遠くへ行ってしまったトウジを、声を頼りに走って追いかける。
「おーい、ナツミ!!」
トウジのその声は、悲痛だった。
……正直、こんな爆発があった所に、人がいるわけがなかった。
けど、それを分かっていても捜さなくてはいけないのが、兄であるトウジなんだ。
どんなにかすかな可能性でも、自分が危険な目にあっても。
考える前に行動してしまうのが、人間なんだ、と思った。
「おーい、ナツミ、ちゃん?いませんか?」
返事があるはずはなかった。
けど、必死なトウジの後姿を見て。
それを、トウジに言うことは、僕には出来なかった。
「おーい、ナツミ!おらんの……」
突然立ち止まったトウジ。
「……いたの?」
トウジの様子からそれは感じ取れなかったが、一応聞いてみた。
「ちゃうわ」
そう言って、僕に目配せで伝える。
「……あれ、なんやろうな」
僕はトウジが見つけたものが、暗かったせいもあるし、それに視界も悪かったから、どれなのかよく分からなかった。
「……どれ?」
「あれや、あの、ビルの横にある、黄色っぽいヤツや」
指差されて、初めてそれが何か不自然であることに気が付いた。
「……本当だ、なんだろう」
それは、大きな人形のようにも見えた。
よく見るために、数歩近づいたところで、遠くからなにか音が聞えるのに気が付いて。
「……車?」
それは、速いスピードを出した車特有の、タイヤがこすれる音。
次第にそれは大きくなり、こっちに近づいているのが分かった。
ビルの瓦礫に身を潜め、それが通り過ぎるのを待つ。
「……救急車、やな?」
その車体には。
僕が、普段からよく見る、マーク。
ネルフのマークが刻印されていた。
僕達の目の前を通り過ぎ、黄色い物体の前で止まった救急車に良く似た車の中から出てきた四人。
手には、担架や救命道具を持っているのがかろうじて見えた。
彼等は素早くその物体を駆け上り、何か操作をしたと思うと、何か、白い棒状の物体が飛び出し、液体が排出された。
そして、ハッチのような部分をこじ開け、先頭の一人がその中に入る。
そして、出てきた時には、背中に人を背負っていた。
僕と同じくらいの、子供だろうか?
その人は、白いダイビングスーツみたいなものを、着ていた。
救急隊員の陰になって、その顔は見ることが出来なかった。
「……なんやあれ、乗り物かいな」
トウジは、小声で言った。
僕はそれに答えず、状況を見守る。
彼等はその人を担架に乗せると、ゆっくりと黄色い物体から降りて来た。
そして、その人を、救急車の後部の部屋に乗せようとした。
その時。
僕の目に、見間違えるはずのない、あるものが見えた。
青い、髪。
ぐったりとした、少女。
「綾波……?」
心臓の音が、聞えた。
+続く+
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