第4章「変化」

僕が大学三年の冬に書いたレポートが担当教授の目に留まり、教授が学長に報告したところ、ぜひ学長が会ってみたいと
打診してきた。何でも学長はもともとはここの研究室にいた人で、僕に興味を持ったとのことだ。
僕は学長の名前なんか興味が無かったので知らなかった。しかし、僕も良く知っている人だった。
学長室に入ると当時よりやや老けた冬月副司令が立っていた。
「久しぶりだな、シンジ君。」
「副司令!どうしてここに?」
「どうしてってここの学長だからだよ。副司令とは・・懐かしい響きだ。ネルフに入る前はここで教授もやっていた、
むしろこっちが本来の自分なのだよ。」
「そうですか・・・」
「君のレポート拝見させてもらったよ。君のお母さんにも言ったが2、3疑問は残るが面白いレポートだったよ。」
「母さんもここに居たんですか?」
「君は何も知らないでここに来たのか?」
「はい。」
「それは驚いた。これも不思議な運命のめぐり合わせか・・・レイも君と一緒にいるのだろう?そしてアスカも」
「はい。綾波もアスカも一緒です。」
「不思議だな・・・」

「それはそうとシンジ君、実は碇と共に行方を晦ませていたしていた初号機が見つかったんだ。」
「なくなっていたんですか?」
「聞かされていなかったか。4年前のゼーレ壊滅のドサクサに碇と初号機とレイが行方不明になっていたんだよ。」
「しかし、すぐにレイは記憶を失ったまま保護され、鹿児島のとある家族にやっかいになっていた。」
「それで、父さんは?」
「初号機はコアが無い状態で見つかった。今は元のネルフ本部にある。エヴァを置いておくにはあそこは最適だからな。
おそらく碇は私たちの違う概念の世界で生きているのだろう・・・君が碇に会いたくないのはわかる。
しかし初号機を見ておかないか?もちろんこれは国家の最高機密ではあるが、君にはその資格も、権利も、義務もある。
そして、一研究者として遺伝子工学のトップに立っていた君のお母さんの研究結果をもう一度研究者の目としてみておきたくはないか?」
「あそこでの事は全て思い出したくないと思ってました。しかし、ここで再びアスカと、そして綾波と再会したことにより、
もう一度向き合う事も必要なのかなとも思ってもいます。でも、トウジのことやカヲル君のこと、それに父の事、綾波の正体。
全てを受け入れられるほど僕は大きな人間ではありません。」
「全てを受け入れる必要など無いさ。私だって良心に何度も押しつぶされそうになった。無理強いはしない。
君が望まないならそれもまたよし。誰も責めはせんよ。」
「綾波も・・・綾波も一緒じゃダメですか?権利や資格なら僕よりも彼女にあると思います。」
「かまわんよ。来週の金曜に出発しよう。いいかい?」
「はい、わかりました。ありがとうございます。」

僕は綾波と冬月元副司令と一緒にエヴァ初号機が保管されているあの思い出の地へ向かった。



第5章「記憶」

僕は再び第三新東京市に降り立った。街は大きく変わっていた。
ビルが地中に潜ることは無くなり、疎開も無くなったため、首都と呼ぶにふさわしい大規模な都市になっていた。

ケーブルカーを使って僕と綾波と冬月元副司令でネルフの本部があったジオフロントへ向かった。
無人かと思っていたが、内部には国連の職員が大勢いた。なにやら、今ではセカンドインパクト復興対策特殊支部となっているらしい。
そこの職員に案内され、三人は初号機が格納されているケージに向かった。

綾波は初めて来る場所の様なそぶりで、僕の服のすそをぎゅっと握っていた。
きっと無意識でやっているのだろう。普段は見せない姿に少し僕も戸惑った。

初号機の前に来ると職員の人は冬月元副司令に敬礼し去って行った。
目の前にあるのはコアがぽっかりと抜けたただの人形だった。

「シンジ君、レイ、私は挨拶してくるから好きなだけここに居るといい、帰りは別々でいいかな?」
冬月元副司令は僕たちに気を使ったのかその場から離れていった。
後から小耳にはさんだ話だと、冬月元副司令は母さんに好意を持っていたらしい。
そのときの母さんと同い年になった綾波。冬月元副司令は複雑な心境だっただろう。

「これが母さんの研究結果。そして母さんの生きた証・・・」
当時は意識もしていなかったが、生物工学を少しばかりかじった僕は当初の不安も消え、初号機を食い入るように眺めていた。
ひとしきり眺めた後綾波に目をやった。
「綾波。君は昔これに乗っていたんだよ。そして・・・」
僕は今まで語らなかった昔の話を、順を追いながら、たどたどしく語った。
初めてだった。誰かに自分の過去を話すのは。自分の言葉にするたびに痛みが襲ってきたが、
そんなことより綾波の記憶の方が大事だった。だから僕は綾波と一緒に過ごしていたあの思い出を全て話した

しかし、綾波からは思い出したというような表情は見られなかった。
「ごめんなさい。せっかくここまで連れてきてもらって碇君の話したくない事まで話してもらったのに何も思い出せないの・・・」
「謝る事なんてないよ。よし。もう、いいや。諦めた。」
「諦めたって、何を?」
「綾波の記憶を取り戻す事さ。もう、記憶とか昔とかどうでもいい、大切なのは今こうして僕も綾波もここでこうして生きているってことだから。」
「ここで6年前は一緒にエヴァに乗っていた。その絆があったから綾波と僕は再会できたんだ。もちろんアスカとも。副司令だってそうさ。
でもそれは過去の事なんだ。今じゃないんだ。思い出は消えてしまう、そして人間は思い出を忘れる事で生きていける。忘れちゃいけない大切な思い出もある。
僕にとってはトウジのことだったり、カヲル君のことだったり。でも綾波はこれからそういう大切な思い出を作っていけばいいんだと思う。そして、僕も。」
綾波に僕はそう伝えた。すると綾波は顔をうつむけたまま、何も話さなかった。

しばらく沈黙が続いた後、
「碇君・・・ごめんなさい、私こういうときどんな顔をすればいいかわからない。」
と綾波はヤシマ作戦の時と同じことを言った。
「笑えばいいと思うよ」
ヤシマ作戦の最後に見せたあの不器用な綾波の作り笑い。そのときの表情と殆ど変わらない笑顔がそこにあった。
「綾波の思い出は何も無いわけじゃない。アスカ、そして僕、これからも色々な思い出を作ればいいじゃないか。だから、もう過去をあれこれ言わないでおこう。」
「ありがとう、碇君」
「ぼ・・・僕が・・・傍に・・・いるからさ・・・」
僕がそういうとレイはそっと顔を近づけてきた。僕はそれに応えた。
お互い顔を離すとレイは相変わらず不器用だが、今までに無いくらいのまぶしい笑顔を僕に見せた。

その日から僕と綾波は変わった。お互いを縛っていた過去の呪縛から解き放たれた。
そして、最大の変化は綾波が僕の家に住むようになった。
綾波の正体がどうであろうと関係ない。僕にとってレイは必要な人間だ。
そしてレイにとってもそうなんだと思う。そうして大学三年生が終了した。



第六章「それぞれの転機」

レイと付き合いだした事をまずはアスカに報告した。すると、アスカはおめでとうと言ってくれはしたが次にこう言い出した。
「それにしても、アンタとファーストとはねぇ、予感はあったけどまさか本当にくっつくとは・・・
でも心配だわ。人付き合いの知らないアンタとその100万倍も人付き合いの知らないファースト。
やっていけるのかしら。まあ、そんなことよりどこかにいい男いないかしらねぇ〜」
「アスカならすぐにいい人見つかるよ。」
「なぁに〜その余裕〜むかつくわねニヤニヤしちゃって。彼氏できないのはあんたのせいでもあるんだからね。」
「どうしてだよ!」
「あんたみたいな男と、そして辛気臭いファーストといっつも一緒にいたから男なんて寄ってこなかったのよ!
あたしのキャンパスライフ返しなさいよ!!」
「そんなことぼくのせいじゃないよ!」
レイを見るとレイが笑っていた。
余談だが、アスカはミス京都大学で、綾波は準グランプリだった。だからほっといても男は寄ってくるわけで、
僕のせいなんかではなかった。アスカの中でまだ加持さんのことが頭にあったんだと思う。


四年生に進学した僕はすんなりと進路も決まった。国連のセカンドインパクト復興対策本部に配属が決まった。
初号機と再会したことにより、自分の生物工学者としての底の低さがはっきりとわかったからだ。
人生で二度も初号機によって人生が変わってしまった。でも、一回目と二回目では大きく意味が違う。
母さんにはどんなにあがいても勝てない。だから僕は学校に残る事をすっぱりと諦め、学長推薦で国連に入る事となった。

アスカは日本全国の史跡や遺跡などを見物しては論文を書き、斬新な考えをするということで学会から注目されているという。
ある人はドナルド・キーンの再来だとか、ある人はルーズベネディクトの再来だとそういう形容で彼女を表した。
しかし、当のアスカはその形容がいたくお気に召さなかったらしい。
「ドナルドだかなんだか知らないけどあたしの方が100万倍もすごい」
とのことだ。

そして、レイだが、教授にどうするのか?と聞かれると
「家庭に入ろうと思っています」
と答え、教官の度肝を抜いた。新入生代表の挨拶をするぐらいだから入試の成績はトップ、
しかも、その後の大学の成績も優しか取っていなかったために、院に進学する事をまわりは当然だと思っていたらしい。
おかげで、僕は教授からねちねちと
「お前は日本一の遺伝子工学者を家庭に入れるケツの穴の小さい人間なのか?」
とか、
「おかげで日本の遺伝子工学は30年遅れることになった」
などと卒業するまでの間ずっと言われ続ける事となった。





そして、後期の試験も終わり、僕らは卒業する事になった。
卒業式の後、引越しの準備が終わっていなかったために、飲み会もそこそこにレイと二人で帰宅した。
部屋につくなりレイはすぐに僕に抱きついてきた
「シンちゃん、卒業おめでとう。」
「綾波も、おめでとう。」
「あっ、また綾波って言った、来週から碇になるんだからね。」
「ごめん、くせなんだよ。」
「あっ、また謝った。」
「あっ」
レイは僕と付き合いだしてからだいぶ変わった。よく笑い、よくしゃべる、とても表情豊かな魅力的な女性になっていた。
辛気くさい女とアスカに言われた女性と同じ女性だとはとても思えないほどに。
きっと、生まれてからレイは人の温かさを知らなかったからだと思う。試験管の中で生まれ、無機質な部屋で育った彼女には
人の温もりというものに触れることなく育ってきた。14歳のとき触れかけたのだろうが、再び記憶を失い、振り出しに戻ってしまったのだろう。
その点では僕も同じだ。母はすぐそばにいたとはいえ、人間の形をしていなかった。父は憎むべき対象でしかなかった。
友達も失ってしまった。一人は僕の手によって。
でも、レイと僕お互いに足りないところを補って不器用ながらも二人で暮らしてきた。その不器用さがお互いにいい温もりだったのかもしれない・・
お互いにブランクを埋めるためにいろんなところへ行き、いろんな話をした。
砂漠のようにレイは温もりを吸収し続け、いろんな表情を見せるようになった。



「もしさ、今ミスコンやったらきっとレイがグランプリだよ。」
「どうして?」
「だって、あの時はレイのことを皆は近寄りがたいと思っていたからアスカファンの組織票に負けたんだよ。だからきっと今やれば変わると思うんだけどな」
「ミスコンの順位なんてどうでもいいの、シンちゃんさえそばにいてくれたら。そうしないと私生きていられないもの・・・」
「レイ・・・」
「それはそうと、アスカに報告しなきゃね。ミスコンの順位にけちつけてたって。」
「ちょっと、レイそれは卑怯だよ〜」
「アスカきっと怒るわよ〜プライドの塊みたいな女性だもの。」
「レイも何気にひどいこと言ってるよ・・・」
「そうね」
二人で顔を見合わせ大笑いした。


そして、僕と、レイは夫婦となって京都を後にした。




+終わり+



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