続…あの日に
    280氏



プシュ〜
「ただいま〜」
カードキーを挿し、玄関に入りながらそう言うといつものように声が返ってくる。
「おかえりなさい」
それは会ったときから変わらない落ち着いた声音だったけど、やっぱり少し違う…どこだろう?
考えながら家に上がり、一旦着替えるためにそのまま寝室に入ろうする。
…と、廊下の奥の扉から僕の奥さんの顔が覗く。僕の奥さん―レイがこちらに微笑みかけた。

―あぁそうだった、変わらないようでレイは変わっていたんだ―

笑い掛ける…こんな何でもないことだけど、前は限られた人にしか見せなかった表情…
…僕と父さんしか見なかった表情
僕は見ていたけど、それゆえに気づかなかった変化。
『いつから誰にも見せられる&\情になったんだろう』
そう思いつつ寝室に入る。
上着をハンガーに掛け、ネクタイを解く…と飾られた写真が目に入る。
純白のドレス姿のレイとタキシードを着て緊張気味の僕。
奥さんは笑顔だった。

僕とレイが結婚して一年と少し経つ。
それでもまだ鮮明に思い出す結婚式、これはその時に撮られた写真だ。
『そういえば僕と会ってからだよな、レイが変わり始めたのは…』
そして結婚する頃には劇的と言っていいほどに変わっていた彼女。
けれど、僕も変わった…まぁ色々と…
例えば呼び方なんてそうだ。
綾波と呼ぶのに慣れてしまって、なかなか下の名前で呼ばなかったのを強引に呼ぶように言いつけた≠フはレイ自身だった。
それも…そうだ、この写真を取った日…結婚式の時のことだった…

――先ほどから椅子の背にもたれることなく背筋を伸ばしっぱなしで体が痛い。
椅子の背があるならもたれればいいのだが緊張がそうはさせてくれない。
僕は今、結婚式に出ているのだ、他ならぬ当事者、新郎・碇シンジとして。
「大丈夫?碇君」
突然話しかけられ、ビックリして声のする方―僕の左を見た。
そこには当然ながら新婦―綾波レイがいて、心配そうにこちらを見ていた。
「え?…ああ大丈夫だよ」ぎこちなく笑い掛ける僕
その笑顔に不安を隠せない綾波だったけど、結局は「そう?」と言ってまた前を向く。
『リラックス…しなくちゃ』
綾波が少し心配そうなのを見てそう思った。
だって、僕は夫になるんだ。奥さんを不安がらせちゃいけない…そういうものだと思う…
よし、っと気持ちを切り替えてミサトさんの挨拶を聞くことにする。
見るとミサトさんもガチガチだ。
僕と同じか、それ以上に。
けれどもドモリながらでも確実に言葉を紡いでいる。
曰く、碇君はこんな子で、綾波さんはこんな子だったみたいな結婚式ではありがちな挨拶だった(二人称も変わってるし)けど、頑張って紡いでいる。
しかし、
段々とちゃんと喋るようになってきた。
段々といつものミサトさんに戻っていく。
そして最後に、もう完全にいつもの調子でこう言った。
「シンジ君!レイ!いいっ!幸せになるのよ!…それから、時々でいいから、ご飯作りにきてね?私とアスカじゃ、シンジ君みたいに家事をこなせないんだから…あ、モチ忙しいからよ?」とおどけて言った。
式場は沸いたがやっぱり僕にはいつもと違ってミサトさんの目尻が光ってるように見えた。



あの日に君は



ミサトさんが席に戻って行くその時には僕の緊張も少しは解けていた。
ありがとう、ミサトさん
挨拶するの「そんなの私にあわない」とかってイヤがってたのをやらせた上にここまで背中押してもらうなんてほんとにお世話になりっぱなしだな。
重ね重ねしっかりしなきゃ…と、思う。
そんなことを考えてたらまた緊張してきてしまった…大丈夫なんだろうか、僕。
そうやって不安になりかけた僕に綾波が話しかけてきた。
「碇君、本当に大丈夫なの?」
心配そうにこちらをのぞき込む綾波に僕はさっきと同じ、引きつった笑みで返してしまう。
しまったと気づくのは綾波にこう言われてからだった。
「表情が硬いわ。何か心配ごとがあるの?」
初めて自分の表情が綾波を不安にさせていたと気づく。
「話して」
でも今、結婚式…
でも、綾波は客席を向き、澄ました顔で言い放つ。
「話して」
はい、観念します…
こうなったらもう絶対に言わないと気が済まないんだろうな。そう思って全部言った。

「緊張してるんだ」
「緊張?」
僕は今の気持ちをストレートに言った。
「うん、この式でやっと夫婦になるのに(といっても、もう籍は入れてるんだけど)僕はダメだなって思うんだ」
「……」

綾波は客席を見て顔色も変えずに静かに聞いている。そんな顔を見ていると、やはりまだまだだなと思う。
「こんな、それこそ今って時に僕は不安なんだ。まったくエヴァに乗ってた時と変わってないや…何かに縋っていたくて、怖いのにエヴァに乗ってた…」
「何が怖いの?」
「だって夫婦になるんだよ?僕もしっかりしなきゃとか思うよ」
そんなどこか弱気な僕に、事も無げに綾波は言った。
「何が変わるって言うの?…碇君、私たちが夫婦という関係になろうと私たちは変わらないわ」
「え?」
僕は本当にびっくりした。そんな考え、僕には無かったから。
そして、冷静にただ前を向いて綾波は続ける。
「私も碇君も変わっていくわ…けどそれは突然変わるものじゃない、ゆっくりと変わっていくものよ。私はそうだった=v
「……」
今度は僕が黙る番だったそして少し微笑んで言う。
「とりあえず今日変わるのは一つ…」
少し軽い響きで言う綾波に僕は『?』という顔になり、そんな僕に綾波はやっとこちらを向く。そして…
「改めて、これからも宜しく頼むわ。シンジ君=v
目を細め、綾波はすっごく嬉しそうに笑いながら言った。
もう僕はその笑顔≠ニ、その呼び方≠ナ解ったんだ。だからもちろん笑顔でこう言った。

「こちらこそ、レイ=I」




+おわり+



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