人類滅亡を運び、迫り来る使徒。
その脅威に晒されながらも、人類の存亡を背負い、汎用人型決戦兵器を駆って抗戦を続ける少年たちの前に突如、ひとりの少女が姿を現した。

時期外れの転入生である少女は、彼女のクラスメートの華奢で、気が弱くて…、そして何より優しい少年に転校早々、急接近を果たした。

積極的に好意を向けてくる栗色の髪の少女に、黒髪の少年は戸惑いつつも徐々に心を開き、いつしかふたりは互いに淡い感情を寄せ合うようになった。

生まれて初めてのデート。
夕闇迫る山頂でのキス───…

だが、運命は彼らに、残酷な道程を歩む事を強いた。

実は少女は、少年の所属する特務機関NERV、ひいては汎用人型決戦兵器・エヴァンゲリオンの機密を探り出す為の戦略自衛隊より派遣された内偵であり、己の任務遂行の為に、エヴァのパイロットである少年に近付いたのだ。


「わたしは…
シンジ君のことが大好きです。
…でも、これ以上シンジ君の側にいると、
シンジ君がつらい思いをするから…

──だからもう、終わりにします」


時を同じくして戦自を脱走した少年兵と共に、戦自が投下したN2兵器の爆発の中に、少女──霧島マナは消えた。






Ultra_Violet
#15 "鋼鉄の、ガールフレンド"






「…くん、──ンジ君…?」

誰かの呼び掛けに、ハッと我に返ったシンジは意識を現実に引き戻した。
視線を巡らせると、そこには無精髭をたくわえた、飄々とした風貌の青年──加持リョウジの姿があった。

「加持さん…」
「どうしたんだい、シンジ君? 独りで考え込んで」

芦ノ湖に浮かぶ、海賊船を模した遊覧船。
その甲板の端に身を預けた少年は、いつしか以前の人生の記憶を脳裏に甦らせていた。

前回の人生に於ける、霧島マナとの悲恋。
目的成就の為、逆行を果たした今回もまた、マナと出会い、そして彼女と共にまた、この芦ノ湖に来ようとは…

「…いえ、何でも… ないです」
被りを振るシンジに、加持は、

「せっかくの彼女とのデートだろう、たそがれてちゃダメじゃないか?
 応じてくれたマナ君の気持ち、大事にしてあげないと、な」
「加持さんだって…、メイファさんとはどうしたんですか?」

「彼女達なら食堂だ。 特製みつまめがイケるらしい」
「いや、そうじゃなくって…」
シンジの問いの矛先を、加持は飄々とはぐらかそうとするも、少年は生真面目にも会話の流れを引き戻した。
加持は苦笑しつつ、

「…知りたいかい? 俺と霞村の事」
「ちょっと… 不思議に思ったもので…」

シンジは前回の人生において、本部内の休憩スペースで伊吹マヤを誘っている加持の姿を目撃した事があることから、加持の軽さについては幾らか知っているつもりであった。
だが、いわばNERVの商売敵である日重の副部長たるメイファと懇意にしているとは、思いも寄らなかったのだ。

さもありなん、とばかりに微笑を浮かべた加持は、胸ポケットから摘み出した紙巻きに火を点けると、

「…なら、君達の事も教えてくれないか?」
「別に、いいです…」
「そう言わないでくれよ。交換条件だ」
「…」

シンジの沈黙を是と受け取った加持は、煙を吐き出しながら、構わず続ける。
その内容は、シンジの予想を遥かに超えたものであった。

「…──実は俺は、先日の使徒戦で初号機を動かしていたのは、
 綾波レイではなく、キミだと見ているんだが」
「!!───」

驚愕と動揺に目を見開いて、反射的に加持を見やるシンジ。
数秒の後、

「…違い…ます」
やっとの思いで、否定の言葉を紡ぎ出す。
だが、その震えた言葉に説得力はまるで持ち得なかった。

「…そうかい?」
加持は依然、飄々とした面持ちのまま、何気ないようにシンジの隣で煙草を燻らせている。
だがそれは、少年の反応を計り、尚且つ逃げ出さないように視線で監視と束縛を施しているのだ。

「…どうして…そんな事を… 聞くんですか」
知らず知らずの内に、加持の領域に足を踏み入れてしまったシンジは、それでも激しく動悸を繰り返す心音を悟られぬよう、精一杯の抵抗を示した。

「俺はちゃんと"君達の事"と言ったろう?
 君と綾波レイについて、少し興味があったもんでね」
「なっ…──!」
悪戯っぽく打ち明ける加持の言葉に、シンジは愕然とした。

「リッちゃん…──いや、赤木博士によると
 綾波レイは、ついこの間まで満足に初号機を起動できず、
 実験の度に暴走を繰り返していたそうだ──
 勿論、自力で起動なんて出来るはずもない」
「それなら、尚更僕だって──」「そこなんだ、俺が知りたいのは」

「…あの時、MAGIは時田氏によって使用不能にされ、
 さらに初号機プラグ内の隠しカメラも、レイに壊されていた。
 よって、あの時プラグ内で何が起きていたのか…、
 それを知るのは、君達以外には居ない」

「……」
「…シンジ君、俺はキミが何かとてつもない力を
 持っているように思えて、仕方がないんだ」

「…買いかぶりすぎですよ、加持さん」「理由はある」

「…君が乗っているジェットアローン。
 あれがATフィールドを発生させているのは、
 シンジ君、キミの仕業なんだろう?」

「!!」
加持の言葉に、シンジの表情が一瞬の内に色を失った。

「実は使徒襲来時、俺は日重の前線基地にお邪魔していてね…。
 いくつか記録を拝見させてもらった。
 それらからこの推理に辿りついた訳だが… 当たらずしも遠からずだろう?」

「──……」
沈黙を守るのか、それとも言葉を告げられぬほどに衝撃を受けたのか。
シンジは青ざめた表情で硬直を保ったまま、ひと言も発せずにいた。

「……」
「教えてくれないか、シンジ君…?」

長い、長い静寂。

だが不意に、その時が終わりを告げる事となる。
彼らの傍のスピーカーから、遊覧の終了時刻を告げるアナウンスが騒々しく流れ、次いでシンジ達を探しに来たマナとメイファが、甲板に上がって来た。

「あー、いたいた! シンジぃ、此処にいたの」
「先輩、いきなり居なくなったと思ったら…」

「…ゲームオーバー、か」
加持は穏やかな佇まいに戻ると、立ち上がり、そう呟いた。

「…加持さん」
「…ん?」

「もし、僕が… 加持さんの言うとおりの人間だったら…
 加持さんはどうするつもりだったんですか…?」

別にどうもしないさ、と加持は笑って、

「俺が君に訊いたのは、あくまで俺の立てた個人的な推理を試したかっただけさ。
 どの道NERVはもう、サードチルドレンは登録抹消、初号機パイロットは
 綾波レイで固定する事に決定済みだし、ね」






「じゃあ、ここでお別れだな。シンジ君、マナちゃん、気をつけてな」
「はい! 加持さんメイファさん、今日はとっても楽しかったです!」
「…まさか混浴だったなんて…_| ̄|○」
「……(苦笑)」

露天風呂の出口で再び合流したふた組は、夕暮れに染まり始めた山道で、惜別の言葉を交わしていた。
これから仕事があるという大人ふたりとの別れ際、不意にシンジは加持に呼び止められた。

「…ああ、忘れていた。 シンジ君、質問の答えだ」

マナやメイファに悟られぬよう、そっと手渡された写真。
それには、若い男女が並んで写っている姿が収められていた。

「……?」
しげしげと見詰めるシンジ。

ひとりは、簡単に判明した。
ジーパンにTシャツ、ジャケットをラフに着崩した、若き日の加持の姿。
そしてその傍らで緊張した面持ちで立っているのは、黒髪をおさげにし、眼鏡を掛けた化粧気の全くない、野暮ったい服装の色白の少女の姿。

「…誰ですか、このひと…──」
顔を上げたシンジに、加持は微笑むと、

「学生時代の後輩さ。 俺の事を覚えてくれてたらしい」
言いつつ、視線を十数メートル先の、青いチャイナ服に身を包んだ魅惑的な女性に向けた。

「メッ───…!?」
思わず声を上げそうになるシンジを制した加持は、

「そういう事さ。これで分かってくれたよな?」
依然、硬直したままのシンジに笑いかけると、加持は彼のかつての後輩──霞村メイファと共に山道を下っていった。

「…どうしたの? シンジ」
少年の肩口から顔を出したマナが、震えの止まらないシンジを心配そうにのぞき込んだ。

「む……っ」
そのシンジの心の内は、とある感情がマグマのように渦巻き、叫び出したい衝動でいっぱいであった。


すなわち。


(昔のメイファさんって…、眉毛太───────ッ!!






マナに手を引かれるままに、シンジは気が付けば山頂の展望台にいた。

夕焼けに赤く照らされたカフェのテーブルを挟んで、向かい合ったシンジとマナ。
今日会った事を楽しく語り合うふたりに、やがて会話が途切れる瞬間が訪れる。

「え…と、あは…は…」
次の会話の糸口を慌てて探そうとするシンジを、マナは彼の黒い瞳を見詰める事で制した。

「あの… 霧島…さ…」
「ホントはね…」

マナが口を開いた。

「本当は、上からの命令で…、
 シンジと仲良くならなきゃいけなかったの。
 つらい目に遭うだろうから、日重に繋ぎとめておいてくれ、って…」

「霧島さん…」
「でもね、実際にシンジと会ってみて…、命令じゃなくて…
 心から、シンジと一緒にいたいと思ったの。
 うまく…言えないけど… 戦自にいた時にはこんな気持ちになった事…ない」

「……」
「いつかは… わたしも戦自に戻されるときが来るわ。
 でもそうなる前に、出来るだけ…、シンジといっぱい話して、
 色んな所行って…。 思い出を作りたいの」

「だから… 時田さん達も協力するような真似を?」
シンジの問いに対しマナは、済まなさそうに頷いた。

「ごめん… ごめんねシンジ…
 でも…」

言葉が見つからず、泣き出しそうな表情のマナ。
シンジは、無意識の内に彼女の手に自分の手の平を重ねていた。

(ど、どど…、どうしよう、このままじゃ…!)
シンジの脳裏に、前回の人生に於ける、霧島マナとのデートの記憶が甦る。
あの時も夕暮れの山頂で、ふたりはくちづけを交した。
今回も、そうなるというのか。
彼には、明確な目的があって逆行を果たしたというのに…。

「!! …シンジ…」
小さな、とても弱々しいマナの声。
それが、必死に衝動を抑えようとするシンジの意志にヒビを入れた。

(キスしちゃだめだ、だめだ、だめだ…!)
ここでマナとくちづけを交わせば、運命の天秤は前回の人生同様、悲恋に傾くかも知れない。

自分はどうなろうと別に構わない。
だが、二度もマナにつらい思いをさせ、死なせるのは御免だ。

しかし、少年の思いとは裏腹に、マナの視界には、彼女が想う少年の顔が近付いて来ていた。

(だめだ、…だめだ、だめ……だ…───)

必死に傾きゆく自らの身体を食い止めようと、彼の理性が叫ぶ。
だが、その一方で彼の記憶が語っていた。

シンジとて、あの時は確かにマナの事を、大切に想っていたのだ、…と。


(許して…くれる…の?)
マナは、瞼の端に涙を滲ませながら、そっと眼を瞑った。






「みんな、おっはよ!」

翌朝。 教室のドアを開けたマナは、開口一番明るい声でクラスメート達に呼び掛けた。

「…どうしたの、マナさん。 すごくご機嫌じゃない」
少々呆気に取られた様子で、彼女の友人である洞木ヒカリが訊いた。

マナに続いて教室に入ったシンジは、何故か赤面し俯いて、周囲の追求及び、窓際の蒼い髪の少女の視線を避けるように、早足で自らの席を目指した。

「そんなコトないよぉ、えへへ…」
頬を染めつつ、そそくさと自分の席に着くマナ。


その右頬には、とても大事そうに… バンドエイドが丁寧に貼られていた。










広く、薄暗い執務室の中央で、二人の男が言葉を交わしていた。

「セカンドの来日が遅れる、だと…?」
両手を組んだ男が、低い声音で長身の男に訊いた。

「弐号機の調整に手間取ってるんだそうだ。
 …その代わりと言ってはなんだが」

長身の男が差し出した文書に目を遣ったNERV総司令は、僅かに眉を顰めた。

「"4人目の適任者を確認、本部に移管要請"───」

「…委員会直々の、要請だそうだ」







+続く+




++あとがき++

ココノです。

大変お待たせしました。
Violetの15話をお届けしました。

今回はメイファさんの過去の一端を紹介しましたが、いずれはメイファさんや時田氏のもう少し突っ込んだ過去、何といいますか本編における「ネルフ、誕生」の日重版を描けたらいいなと考えています。

さて、次に紹介するエピソードは、久々にJAというか時田大暴れ編になる予定です。
お楽しみに…




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