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「…今回の作戦についての説明は以上だ。──何か質問は?」 時田の声に真っ先に反応したのは、この座における彼の対極に位置に鎮座していた、霧島マナであった。 「あり過ぎです!」 日本重化学工業共同体、その前線基地。 「作戦会議中 入ルナ」とマジックで殴り書きされた藁半紙が出入り口の扉に貼り付けられたこの大部屋は、普段は社員食堂として職員達の食事を一手に賄っている。 その中央のテーブルを囲んだ"碇シンジ奪還計画"参加メンバーは、首謀者たる時田シロウの考案した作戦の説明を受けていたのだが、早速というべきか会議の場は紛糾に包まれた。 「てか、どーして綾波さんが此処にいるんですか?! 彼女、NERVの人じゃないですか!」 テーブルに設置された調味料の瓶を弾き飛ばさんばかりの勢いで、困惑と怒りをない交ぜにした表情のマナが、両の手の平をテーブルに強く打ち据えた。 「そういう説もあるな」 「バレバレですっ!!!」 しれっと答えた時田に、マナの激昂の叫びが浴びせられる。 そこへ、例の悪戯な笑いを浮かべた綾波レイが口を開いた。 「貴様の知った事ではない。 私はただ、街を歩いていたら、この男に声を掛けられただけだ」 「かねてよりの議題であった、"JAおっぱいミサイル装備計画"の可否の件で、 綾波嬢に意見を求めただけだ」 「是非やってくれ」 「そんな事訊くな──ッ!そして答えるな──!!」 「別に構わんだろう、 私が乗るもんじゃなし。 …だがむしろ、アイスラッガーの方が良くはないか?」 「それはシンジ君を両手で挟んで投げ飛ばすという事かな? 綾波嬢」 「そうだ」 「検討しよう」 「やめてーッ! シンジが、シンジがぁ〜ッ!」 マナと時田のやり取りを、レイが楽しそうに混ぜっ返し、その隣では日重副部長であるメイファが面倒くさそうに作戦のタイムスケジュールをまとめたプリントをめくっている。 「…そもそも私が、わざわざ貴様らと徒党を組む気になったのは 碇シンジがNERVに来ると、何かと目ざわりだからだ」 マナにちらと視線を遣ると、レイは己の行動の理由を明かした。 「目ざわり…ですって?」 「ああそうだ。…NERVは私の代わりにヤツを初号機に乗せる予定だったらしい。 ヤツ程度なら貴様らのJAで充分。初号機は過ぎた長物だ」 「その通りだ」 レイの言動に胸を張って同意を示した時田が、 「シンジ君にはJAこそが相応しい…! そして綾波嬢、今回の作戦が成功次第、援助料として相応の報酬を支払わせてもらう」 「そうか…。 高いぞ私は?」 ニヤリと笑うレイと時田。 ある意味怪しげなその光景の周りで、まだ納得いかない様子のマナが喚いている。 そこへ「どうでもいいんだけどさ」という、メイファの声が遮った。 「MAGIにこれだけの規模でハッキングするのって、かなり難しいわよ? あちらさんだって、いい加減セキュリティ強固にしてるだろうし」 「案ずるなメイファ君。キミなら出来るとも」 MAGIハッキングの成功性に不安を示したメイファに対し時田は、ニカッと笑ってみせた。 「おい、貴様。…物凄く腹立たしくないか?」 「同感…」 ひそひそと時田スマイルの感想を述べ合うレイとマナを尻目に、時田は時間だと告げると、 「…まぁ、いざとなれば頭脳集団がいる」 「それは無理でしょ…」 マナの脳裏に、修学旅行の候補地を沖縄から強引に根府川に変更せしめようとした、あの老教師の姿が浮かんだ。 #12 "碇シンジ奪還計画" 僕は、冷たく暗い空間の中にいた。 体が動かないし、息も苦しい。 見上げると、天井の方に光が差し込んでいて、少し明るい。 でも、僕はその光からどんどん遠ざかっている。 …沈んでいる? そう、僕は沈んでいる。 ここは───海の中だ。 ああ、思い出した。 僕はJAに乗せられて、大きな魚の使徒の上に、落とされたんだっけ… 張っていたATフィールドも消えそうだし、体が冷たくって動かない… どうして… こんな事になっちゃったんだろう… まだ… やらなきゃいけない事が残ってるのに… 僕は…死ぬのかな…? そんなの…嫌だ… いやだ……よ…… …? なんだろう、光が…── 近づいてくる…? すごく…あたたか…い 綾…波…? 光の中にいるのは、綾波な…の…? あ…── あやなみ… 綾波…の顔が… すぐ前まで来て… 唇が… 触れ……た……── 「シンジ君、どうかしたの?」 不意に彼を呼び掛ける声が筐内に響いて、シンジは意識を声のした方向へと急速に引き上げられる。 閉ざされていた瞼を開くと、そこには懐かしき初号機エントリープラグの内装が広がっていた。 碇シンジは、リツコの提案により初号機の起動実験に否応無しに参加させられていた。 「あ、すいません、少し頭がボーッとしてしまって…」 発令所からの何度かの呼び掛けで、やっと応答を寄越した3人目の適任者は、モニターの向こうで腕組みする女性科学者に少し慌てた様子で弁明した。 「こちらで計測している分には、今のところ貴方の体に異常は見当たらないわ。 異状が認められたら、即座に実験は中止しますので安心なさい」 これまで彼女が少年相手に繰り広げていたレクチャーを、頭がボーッとしたという理由で台無しにされたという事に憮然とした表情を隠せないリツコが、少々の苛立ちと共に告げた。 「…本当に彼、エヴァを起動出来るの…?」 リツコの傍らの妙齢の美女が、不安そうに口を開いた。 起動確率が、0.000000001%であった事から『オーナイン・システム』と謳われるように、初号機を起動出来る者は全人類を持ってしても希少である。 幼少より、エヴァに乗る事を念頭に育てられてきたような少女──綾波レイですらも、初号機とシンクロ・起動に至るまでに多くの歳月を費やしてきた。 ひるがえって、このモニターの中に居る少年は、NERV総司令の息子という以外は取り立てて特徴のない、一見して平凡な少年でしかない…。 ミサトの懸念も、致し方ない所であった。 「さあ…ね」 リツコは友人の懸念を半ば肯定するかのように、軽く首を振ってみせた。 ミサトらには明らかにしてはいないが、確かに初号機には少年の母親である碇ユイの魂が入っている。 それに賭けようという、発令所の頂上に居る男の意向にも頷けるものがある。 だが… (それだけで───起動出来る様な代物ではないはずよ) リツコは独りごちつつも、起動実験開始をマヤに命じようと口を開いた。 その時だった。 「ハロ〜〜ゥ、ジェントルメェ〜ン」 制服姿の少年を映し続けていた発令所の主モニターの映像が一瞬にして切り替わり、顔面白塗りの時田がどアップで映し出された。 「またこいつか!!」 「もういい加減にしろ!!」 「帰れ!!」 さすがにNERV職員達も慣れてきたのか、驚愕するよりも先に、発令所のあちこちから時田に対する怒号罵声が飛び出した。 だが時田は、降りかかる罵声に一向にひるんだ様子も無く、 「いけませんなぁぁ…、 NERV諸君。 我々のエースパイロットを勝手に引き抜いては…」 わざわざ赤く塗った口紅を見せ付けるように、カメラに接近しつつローアングル気味に語る白塗り時田の粘着質な映像は、バカ殿のそれを遥かに超えている。 「知るか貴様!!」 「消えろ!!」 いつにも増してねちゃー、とした時田ワールドに耐え切れず、伊吹マヤ二尉等数名の女性職員がリタイヤしたが、それでも発令所の人々は気丈にもモニターの男に向けて物を投げつけるなどして、抵抗し続けている。 「くらえ!」 その内のひとつ──職員が放ったコーヒー入りの紙コップが、モニターの時田の顔に命中した。 バリン!! 「なにをするんじゃ───っ!!」 「うわああああぁぁ?!」 突然スクリーンが破られ、なんとその中から、本物の時田シロウが発令所に乱入して来たのだ。 勿論、白塗りである。 「うわっ、うわわわわわわわわわわわっ!」 予期せぬ本物の時田の来襲に、一斉に取り乱す職員達。 「人が大人しくしていれば不埒な悪行三昧!! 盗人猛々しいとはこの事だなNERVの諸君! さぁ、我々のシンジ君をきっちり耳揃えて返してもらおうか!」 背後からこそこそと付いて来たマナを従えて、最前列のオペレーター席に乗り上げた時田は、発令所中に響く声で大見得を切る。 「うわぁ… 生だ…」 「生時田…」 ざわざわと動揺の波が発令所内に広がる。 これまで、映像で度々彼らの妨害を加えてきた時田シロウ。 それが今、彼らの前に、まさしく「生」時田と化して降臨した。 これを引かずにいられようか。 「…保安部員を呼べ」 顔面蒼白のままにじりつつ、時田の前から後退していく職員達に業を煮やしたのか、発令所の頂点に君臨する男──碇ゲンドウが、傍らの初老の男に命じた。 「フン… 無駄ですな総司令殿。 保安部員詰所の部屋には、あらかじめ催眠ガスを散布させて頂いた…。 彼らは今頃、夢の中でしょうぞ」 「今度は、館内のセキュリティ機能もハッキングしたというの…?!」 歯噛みするリツコ。 それを尻目に、時田は副スクリーンに映る少年に向き直ると、 「…シンジ君…。我々にも非はある。 キミにはいつも苦労掛けているし、 日重に不満等、いろいろあるかも知れない…」 「シンジぃ… 戻って来て…」 打って変わって神妙な時田に、瞳を潤ませたマナ。 ふたりの姿にシンジは罪悪感を隠し切れず、口ごもった。 「いえ、その…僕は…──」 あわあわと口をパクパクさせるシンジを背に、拳を固く握り締めた時田が、この世の罪を全て背負うかのような苦悶の表情で、 「…そう、例えば此処に居るマナ君の胸があまりにも無かったり、 あるいは霧島三曹の胸囲が比類なく貧相であったり、 クラスメートのマナのバストがナインだったりとか!! だからキミは出て行ってしまったんだなシンジ君!!」 「おのれはァ────ッ!!」 歌劇役者の如くオーバーな身振り付きで嘆く時田に、鬼神の如く怒るマナの怒号が被さる。 「霧島さん、そんな事ないよ! それに僕は、そういう事で脱け出したんじゃないんだ!」 「…シンジぃ…」 「彼女は毎日、沢山の量の牛乳を飲んでいる! そう、努力しているんだ! それだけは分かってくれ給え! たとえ無駄だと分かっていてもだ!」 「なに────っ?!」 時田の説得の中に、決して知られて欲しくない内容が盛り込んである事に、顔を真っ赤にさせたマナが驚愕する。 「時田さんちょっと…、そこまで暴露する事は…」 暴走する時田に、真顔で注意するシンジ。 彼の心遣いを嬉しく思ったマナもそれに同調する。 「そーよ、言って良い事と悪い事があるわ!」 「…でも、無いよりはあった方が良いだろう?」 「はい」 「貴様らぁ────ッ!!!」 逆上したマナが、時田を突き飛ばし、唖然としているNERV職員達をかき分けて、発令所の扉をくぐって出て行ってしまった。 そして、数十秒後── ドルル、ドル、ドルルル…!! 「な…、何だ?」 「あれは!?」 エンジンの起動音が高らかに鳴り響いたかと思うと、車体に大きく「MILK」と書かれた赤いカラーリングの放水車が、発令所の扉を破って強引に乱入を果たした。 「なッ…何をするつもりだマナ君?!」 「──みんなして、無い無いってバカにしてぇ…っ!」 驚愕する発令所の人々を、放水車のボンネット上から一望したマナは、おもむろに荷台から消防車のホースのような代物を取り出すと、バルブを捻って机上に立ち尽くす時田に向けて牛乳を最高出力で掃射する!! 「うおおおおおおおおおおおぉぉぉ?!」 牛乳の暴力的なまでの出力の一斉掃射を浴びた悪漢・時田は、たちまちに弾き飛ばされ、主スクリーンのあった壁に激突する。 「もお、どいつもこいつもっ、みんな…くらえええぇぇぇぇぇ〜〜っ!! なおも怒りに猛り狂ったマナは目に入った人物──NERV職員やミサト、果ては冬月やゲンドウに至るまで牛乳ぶっかけの餌食とし、最後には放水車のボンネット上で両手に牛乳パックを鷲掴みして、 「牛乳は体にいいんだモー」 などと訳の分からない事を口走ってラッパ飲みし、勝ちどきを上げた。 (よ、よくやった…マナ君。計画通りなら、この騒ぎに紛れて ケイジに忍び込んだ綾波レイが、シンジ君を救出しているはず) 踏まれたカエルのように突っ伏した時田が、胸の内でマナに賛辞を送る。 「あとは… 脱出すれば本計画は完遂に至る…」 「う…うぅ…」 意識を取り戻した伊吹マヤが、ミルクびたしになっている端末群を目の当たりにして、声にならない叫びを上げた。 「MAGIが…っ、MAGIが、使えません!!」 半泣き状態で端末を叩くマヤ達。 そこへ、無残に破壊された発令所の出入り口に職員が、息せき切って駆け込んで来た。 「大変です! ──使徒、接近中です!!」 「えええぇぇぇーーーーっ!?」 時田、マナを含む発令所の人々全てが、驚愕に目を見開いて絶叫した。 +続く+ ココノです。 今回のミルクぶっかけネタは、WWEで昔、実際に敢行されたエピソードです。 ただ、放水車でミルクぶっ放してたのは可愛い女の子ではなく、 首から金メダルぶら下げたおっさんでしたが…(;´∀` ) Violetも用意したプロットのターニングポイントに差し掛かり、 そろそろ一連のドタバタ劇に区切りをつける時期が来つつあるようです。 それでは、次回の更新でお会いしましょう… ++ 作者に感想・メッセージを送ってやってください ++ こちらのページから ■BACK |