第3新東京市立第壱中学校2年
生徒(甲)

証言:「綾波さん? 彼女、NERVのロボットのパイロットなんだってね。
     …でも、学校では親しい人はあまりいないんじゃないかな」

同校同学年
生徒(乙)

証言:「彼女、少し近寄り難い雰囲気持ってるものね」


同校同学年
生徒(丙)

証言:「話し方も何だか恐いよな。軍人みたいだね」


同校同学年
生徒(丁)

証言:「だけど美人だし、少し変わってるけどそこがまた神秘的で良いみたいで…
     校内に結構隠れファンも多いよ」


同校同学年
生徒(戊)

証言:「綾波さんって時々、NERVのヘリで登校して来るんでびっくりします。
     その度に授業がストップするんで、先生方も迷惑してるみたいだし…」



同校同学年
転入生(己)

証言:「…し、シマシマ…でした…」






Ultra_Violet
#07 "ウルトラ・ストライプ"






無機質な建物に整然と設置されたアルミの窓枠が、圧倒的な風圧の前に激しく揺さぶられ、貼り出されたガラスが破れんばかりに振動を伝える。

窓辺に集った生徒達の耳目と意識を強引なまでに一手に惹きつけているのは、先程老教師に紹介された転入生の少年ではなく、頭上のVTOLより降下してくる蒼い髪のクラスメートの姿であった。

降ろされた縄梯子。
それに片手と片足を掛けた制服姿の少女が、VTOLより吹き降ろす強風を別段気にもせずに、着実にこの2-Aの教室の窓際へと降りて来ている。

眼下の校舎内では、驚愕に怒鳴る教師達や野次馬どもの色とりどりの表情が並んでいる。
それに対し、彼女は特に何の感慨も示さない。
彼女にとって、いつもの登校風景───。

ふと、彼女は窓際に集う級友達の中に、とある少年の姿を認めた。

黒い髪。
どこか女性的な顔立ち、黒い瞳。
だが今はそれを物憂げに曇らせた少年が、自分を心配そうに見詰めている──

それを認めた瞬間、自然と少女の口許が…笑みを形取っていた。


「また…逢ったな」


少年──碇シンジは、VTOLより降下中の少女、綾波レイが自分を発見し、微笑ったのを見た。

だが、彼の表情は決して晴れることはなかった。
それどころか、胸の内がますます複雑な感情に支配されていくのを留める事が出来ずにいた。

レイがシンジに向けた微笑み。

それは、いつかの月夜。
涙に暮れる自分に彼女がはじめてくれた、月明かりに照らされた…あの微笑み。
以来、片時も忘れた事はなかったあの情景の彼女とは程遠い、ニヤリと悪戯めいた笑みであったのだ。

──どうしちゃったんだよ、綾波……。

「……」
忸怩たる思いを隠せず、戸惑いに囚われた表情の黒髪の少年。

だがその目が、ある瞬間を境に大きく見開かれた。

そして、二、三度と大きくパチパチと瞬きをした後、顔を真っ赤に染めて俯いた。
…と思えば、また真っ赤な顔を恐る恐る上げてレイを見上げてみたり、また俯いてみたり───

「あ、綾波…──」
校舎の窓枠を揺らし続け、吹き上げる強風。
それは降下する少女の蒼い髪と、制服のスカートをいとも容易く吹き上げて、眩いばかりに白い太ももと、白とブルーのストライプ模様のショーツを露わにしていた。


(…まる見えだよ…、綾波…──)






『フッフッフ。会いたかったよ、NERVの諸君』

発令所の主スクリーンには、顔面を真っ青に塗りたくった赤マント姿の時田が、実に胡散臭い口調で眼下の職員達に口上を述べている。

「…何しに来た」
苦虫を噛み潰した表情の冬月が、仕方なしに応えた。

昼下がりのNERV本部第一発令所に、突如として日重より入電が舞い込んだ。
交換手を務めた青葉が受信拒否の操作をするより早く、過日、職員達を震撼させたあの男のどアップが再び、NERV本部を強襲せしめたのだ。

『これはこれは、冬月副司令殿…。なに、ちょっとした確認の為ですよ。
 本日政府より発令された、NERVと我々日重との対使徒共同戦線協定のね』

時田のその言葉は、只でさえ不穏な発令所の空気が明らかに緊迫したものへと変化させた。

「ッ! それが…、どうしたというのだ…」
絞り上げるような、副司令の声。
一瞬の言葉の詰まりの後、主スクリーンを睨みつけた冬月は、手元にある文書の写しを無意識の内に握り締めていた。

”日本重化学工業共同体は、特務機関NERVに対し、
 使徒と呼ばれる物体の殲滅を目的とする場合に限り、
 自由に戦線に参入する権利を正式に認可する。”

日本政府が本日付で発令したこの文書は、大まかにこういった内容であった。

『…まあ、国のひとつやふたつ平気で傾くような莫大な資金を投入して成り立っている
 どこぞの決戦兵器よりも先に、使徒に致命傷を負わせたのは私のJAですからな。
 政府も重んじざるを得ないといったところでしょう』

これみよがしに、件の文書片手に自らの青い顔をパタパタとあおいでみせる時田。
実際には時田が、JAが使徒にダメージを与えている映像をこれでもかと政府のお偉方に見せ続けてJAの有効性を認めさせ、半ば無理矢理に発令させたものであった。

(政府の屑どもめ…!)
沈着な表情の裏で、歯噛みする冬月。

国際連合直轄の非公開組織、またの名称を「超法規的国際武装集団」と揶揄されるように、使徒殲滅を大義名分にいささか強引な行状を、NERVはこれまで繰り返してきた。
それゆえ日本政府や国連軍、戦略自衛隊等、NERVを快く思ってはいない勢力が点在する事は、さすがに冬月とて自覚している。

第三使徒との第一次頂上決戦に乱入し、当初の作戦プラン変更を余儀なくさせた挙句、泥仕合にもつれこませた紛れもない元凶・ジェットアローン。

彼ら政府は、こんな足手纏いをNERVに押し付けてきたのだ。
嫌がらせと取る以外ない今回の発令に対し、冬月達は臍を噛んだ。


…だが、彼らは知らなかった。

出口を武装した科学者達に封鎖され、密室の中、深夜のテレビショッピングの外人の如くハイテンションでJAを賛美する時田のスピーチをBGMに、時田の要求する文書に判を押すまで、繰り返し延々とビデオを浴び続けた日本政府内務省の万田氏や八杉氏の覗いた地獄を。

彼らはこの無茶苦茶な要求にサインするまで都合780回、JAに股間を頭突きされて右に左に悶絶する第三使徒の姿を見たという。


「…その文書は、確かに届いている」

不意に、冬月の傍らで沈黙を守っていた男が、結んでいた両手の向こうより低い声音を発した。
「碇……」

「だが」

振り返る一同の注視の中、言葉を区切ったその男は、唇の端に冷ややかな笑みを貼り付け、こう言った。

「それに我々が従う道理は、何処にも無い」

NERVは国連直轄の組織であり、いかな日本政府の命令であろうと応じる必要はない。
それが、ゲンドウひいてはNERVの見解であった。

それに対し時田は、倣岸な態度を崩すことなく、

『然様ですか。──ならば、これはどうご説明戴けますかな?』
と、画面を切り替える。

時田の顔面の代わりに、件の文書の原本が主スクリーンいっぱいに映し出される。
それを下部までスクロールさせて行くと───
そこには、日本政府内務省の万田氏や八杉氏のサインの他に、ドイツ語と思わしきサインが記されていた。


"キール・ローレンツ"(人類補完委員会議長)


──あの親父───!!!!!


ゲンドウの脳裏に、バイザーを着用した、世界を統べる老人の厭味な笑みを浮かべた姿がよぎった。

時田のごとき一介の技術者が、委員会の存在ばかりか、キールの名まで知っているとは到底思えない。
それ故に、この署名の持つ意味の重大さをゲンドウは認めざるを得なかった。

「…わかった…」

重々しい、悔恨に満ちた言葉がNERV総司令から洩れた。

「JAの参戦、認めよう──」






「…氷の大陸を、一瞬にして融解させたのであります。
 水位は上昇し、地軸は歪み──異常気象が世界中を覆ったのでありますな」

2年A組の教室を占める生徒の割合は、4月の進級時に比べると3分の2に減少していた。
使徒襲来による疎開が主な理由で、そういう事もあってか教室の後方は主の居ない空席が十数ほど存在する。

シンジは、やや窓際よりの後方の席にいた。
彼がその席を選んだのは、マナがこっちこっちと彼を呼び、近くに座らせたがったからであり、さらに言えば彼の地味な性格柄、教室の中心に居座るのは彼の性分からして居心地悪く思えるからだ。

そんな訳でシンジの視界には右にマナ、そして左の窓際にレイの背中が映るようになっている。


数日続いた雨模様とは打って変わって、陽光に包まれた教室。
その窓際に咲く、可憐な蒼い髪を持つ少女の華奢な背中に、自然と少年の目は釘付けになっていた。

(綾波…一体、どうしたっていうの…)

彼の知る綾波レイとは全く違う、目の前の少女の振る舞いに戸惑い、思い悩むシンジの脳裏に、朝の騒動がフラッシュバックした。


「ん? …どうした、貴様」
「………」

2-Aの教室に辿り着いたレイは、顔を真っ赤にして俯く少年の姿を、不思議そうに暫しまじまじと見ていたが、やがて彼女を注意するおさげの学級委員長の少女の言葉から、少年が恥じらっている訳を理解した。

「フフ…。何だ? 見えたのか?
 正直に言ってみるがいい、ん? このスケベ」

耳まで真っ赤にして俯くシンジに絡むレイは、悪戯な笑みを浮かべて少年の顔を覗き込む。
その隣でマナが「シンジぃ──!!」と怒声を上げている。

学級委員長の少女の雷が炸裂したのは、程なくしての事であった。


(…ええぃっ!なんでまた思い出すんだよ〜…!)
未だ脳裏に焼きついて離れない、白とブルーのストライプ模様がちらつくのを、必死に頭を振って振り払ったシンジ。

彼の学習用の端末に、クラスメートからの通信が入ったのは、老教師の昔語り一人旅が佳境に入った、五時限も終わりを迎えようとしていた頃であった。



『碇くんが、あの変なロボットのパイロットというのはホント?(笑  Y/N』



「…!!」

ガカッ。
鬼神の如き迅速さで、端末のキーボードの「N」と「O」を殴打するシンジ。



『ホントなんでしょう? Y/N』

__No

『パイロットなんでしょう? Y/N』

__No

『綾波さんといっしょに戦ったんだって?』

__No

『恥ずかしがらないで』

__No

『白状しておきなよ(^^』

__No




『私が傍らで見てたんだ、観念しろ』

__N.........




「───…え?」

真っ赤にさせた顔を跳ね上げたシンジが、反射的に窓際の席へと目を遣った。
そこには、レイがこちらを向いて──


「格好良かったぞ? 碇シンジ」


と、朝と同じく悪戯な微笑みを、少年に投げ掛けていた。






転入生碇シンジが、あの如何ともしがたいロボット・JAのパイロットであるという事がバレて、期せずして騒然となった教室。
必死に静めようとする洞木ヒカリ学級委員長と霧島マナを他所に、2-Aの教室の扉が不意に開いた。

見ると、そこには懐かしい友人の姿が…。

(トウジ…)

紺のジャージに身を包んだその少年は、彼の姿を悲しげに見詰めるシンジの側を素通りし、憔悴しきった表情の中にも歓喜を湛えると、開口一番、


「皆…、やった…!やったでぇ…!!
 ナツミが今朝、戻ってきおった!!」


「ホントかトウジ!?」
その声に真っ先に反応したのは、シンジのふたつ前に座るメガネの少年、相田ケンスケだった。

「鈴原…!──よかっ…た…!」
両手を握り締め、感極まっているのは、おさげ髪にそばかすも愛らしい少女、洞木ヒカリ。


「──え…?
 いったい、どういう…??」

状況が掴めず、呆然とするシンジに、ケンスケが嬉しくてたまらないといった様子で叫ぶ。

「碇、あいつの妹が一週間前から、行方不明になってたんだ!
 捜索願い出したり、俺達も手分けして探してたんだけど…いやぁ、本当に良かった!」

言いつつ、『探し人』と大きく見出しの書かれたビラをシンジに見せる。
そこに印刷されている、髪を左右に結わえた、小学校低学年くらいの女の子の写真───


「あ……──!!」


それをひと目見たシンジは顔面蒼白となり、たっぷり5分は硬直した。






「時田ああああぁぁぁぁ〜〜〜〜ッ!!!

 …って、

 うわああああああああああ〜〜〜〜〜ッ!?!」


夕刻。
日重前線基地に、凄まじい勢いで怒鳴り込んで行った碇シンジは、出迎えた時田の気持ち悪いほどに青く塗りたくった顔面の前に返り討ちに遭った。

「…何かね、シンジ君」
「何かねじゃないです!! 時田さん、あなたこの子知ってるでしょう!?」

赤いマントを翻し、悦に浸っている時田の顔に、ずいっと『探し人』のビラを突きつけるシンジ。

「あぁ、この子か──。確か、出撃直前にキミに豚汁をあげてた子だな」
「そうです!!」

第三使徒戦直前。
JAに搭乗することを決意したシンジに、炊き出しの豚汁を渡す小さな女の子の姿があった。

髪を左右に結わえた少女は、鈴原トウジや彼のクラスメート達が必死に探していたトウジの妹、鈴原ナツミであったのだ。

「彼女達なら、無事に家に帰してあげたはずだが?」
「それ以前に、どうしてこんな所に無断で連れて来てたんですか?!
 トウジとか、彼の家族がすごく心配してたんですよ!?」

これは、どう解釈しても誘拐に他ならない。
他人事のように冷静な時田に、食って掛からんばかりのシンジが吠える。
だが時田は、極めて穏やかな表情で、激高するシンジにこう告げた。

「彼女に、重傷を負わせる訳にはいかんからな」

「……?」

「…知っての通り、私はキミと同様、LCLに浸かった世界の最果てよりこの世界に来た。
 それ故に、キミの歴史についても少しは心得ているつもりだ──」

未来で4人目の適任者となる少年、鈴原トウジ。
彼があの、呪われし参号機に搭乗する原因のひとつとして、彼の近親者──鈴原ナツミが不慮の事故に遭い、入院生活を余儀なくされた事にあると、時田は踏んだ。

ならば彼女が戦闘中の事故に巻き込まれない内に、こちらで第三使徒戦終了まで預かっておこう──彼はそう考えたのだ。

「だが不運な事に、鈴原トウジの妹君に関する情報が不足しておってな──
 めんどくさ──いや、急を要する事態であったので結局、
 第3新東京市に住む鈴原姓の児童を全員、片っ端から保護したという訳なのだよ」

「それで…此処に小さい子達が駆け回ってたのか…」

これで君もトウジ君から恨まれる事はあるまい、と誇らしげに語る時田の傍らで、シンジは言い様のない頭痛に悶えていた。


その時だった。


<<未確認移動物体を検知! 総員、第一種戦闘配置を取れ!>>


前線基地の至るところに設置されたスピーカーが、不意に使徒襲来を告げたのだ。

「「ウソだろ?! 早過ぎる!!」」

シンジと時田、ふたりの逆行者が揃って驚愕の声を上げた。






+続く+




++あとがき++

ココノです。

読者の皆様より戴く質問に、本作のタイトルである「Ultra_Violet」の意味は何?
という問いをよく拝見します。

実はあまり深い意味はありませんでして、U2のアルバム"Achtung Baby"の一曲から拝借しています。

眉間に皺を寄せて演奏してそうなU2らしからぬ、彼らにしては明るく爽快な部類に入るこの楽曲が、僕の前作「夏へのトビラ」とはベクトルを異にする、今作の大まかなイメージとなっているのです。

さて、次回の更新は6月下旬以降になるかと思います。
それでは、またお会いしましょう…




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