オペレーターの伊吹マヤが異変に気付いたのは、勝敗が決しようとしたその刹那であった。

勝利に沸く発令所の空気に冷水を浴びせるように、彼女の声が響いた。
「初号機との通信回線が切断されました!!」

「なんですって?!」
スクリーンに映る、初号機に屠られる第三使徒の姿を、どこか高揚した面持ちで注視していた葛城ミサトが、一転してマヤの背中に狼狽した視線を送った。

「と、突然…、初号機側が一方的に回線を切断した模様です」
「レイの様子は?!」

サブのモニターに逐次送られている、プラグに搭載されたカメラの映像にミサトはすがった。

「駄目です、それもモニター出来ません!」
「くっ…」

悲鳴交じりのマヤの報告に、ミサトは狼狽を隠せない面持ちで、金髪の白衣の女性に向き直った。

「リツコ、まさか──」
ミサトの問いに、彼女の親友であり、技術部の長でもある赤木リツコが無言で肯く。

──またしても……暴走させたのね。あの娘───

メインスクリーンに繰り広げられている、初号機による凄惨な私刑。
とうに動かなくなっている使徒を、初号機は更に引き裂き続けている。

「第3新東京市の対使徒防衛システム──引き続き稼動させておくべきね」

正視できず、嘔吐しかけているマヤの傍らでリツコが呟いた。






Ultra_Violet
#06 "The Girl Has Landed"






「──綾波レイ、14歳。
 マルドゥック機関の報告書により選ばれた、ファースト・チルドレン。
 エヴァンゲリオン操縦者にして、過去の経歴は抹消済み…か」

日本重化学工業共同体前線基地にJAと共に帰投──ほぼ拉致まがいであるが──した碇シンジ。
直ちに開始されたJAの換装作業の喧騒を他所に、部長室と銘打たれた部屋では、資料を淡々と読み上げている時田、そしてそれを少し離れた位置でソファーに身を預けて、項垂れている彼の姿があった。

「…一見するに、以前の世界の彼女の情報と、変わらないように思えるがね?」
「……」

日本政府が極秘裏に、特務機関NERVに配置した"目"と"耳"による報告書に書かれたそれは、シンジ、そして時田が体験してきた歴史における綾波レイの情報と、さしたる違いは見受けられない。

だが──

月明かりに照らされ、銀色となった髪。
こちらを見詰める紅い瞳。
そして、薄桃色の唇から紡がれた次の言葉が、シンジの行動の一切を停止させた。



「…何だ、貴様は」



少年にとって、あまりにも予想の範疇を越えたその言葉に、彼は暫し金縛りに遭ったように硬直し、言葉を発することが出来なかった。

呆然と立ち尽くすのみの、眼下の少年に対し蒼銀の髪の少女は、再びプラグ上から幾つか言葉を投げ掛ける。

しかしそれは突如、彼らの周りを包んだローターの轟音によって、かき消されてしまった。
NERVの、そして日重の回収班がゼロ・ポイントに同時に到着したのだ。

「綾波…」

VTOLより降ろされた梯子に身を預け、帰投していく少女の姿を見詰める、ただひとり地上に取り残された少年。

その唇から、やっと──言葉が紡ぎだされた。

「綾波!!!」

悲鳴にも似たそれは、喧騒と月夜の闇に溶け、少女に届くことはなかった。






「シンジぃ、そろそろ学校行こ?」
「……」

第三使徒戦より3日後の早朝。
焼けたトーストの香ばしい匂いとコーヒーの香りの中、碇シンジは眼前のミルクを飲み干した少女の呼び掛けに応えられないままでいた。

日重は、住処を失ったシンジに当座の住居を提供してくれた。
与えられたマンションは、第3新東京市の中でも日重の前線基地に程近いブロックにあり、前回の記憶の主な住処であった葛城邸──コンフォート21マンションよりは格は落ちるが、それでも快適に生活するには充分な広さ、設備が整えられていた。



ただ、このマンション───



日重の社員寮でもあったのだ。

「シンジ君、そろそろ学校に行かないと遅刻するのではないかね?」
「いーのよ、学校なんてテキトーで」
「私ゃその頃、根府川に住んでおりましてな、
 今じゃもう海の底ですが──」

ネクタイを締め直した時田が出発を促せば、カウチにどっかりと腰を降ろしたメイファがスパー…ッ、と食後の一服を嗜み、ベランダ脇では老教師が湯呑み片手で虚空を相手に一説ぶっている。

それらに囲まれたシンジは、頭を抱えて悶えていた。

シンジの隣室に住む霧島マナが言っていた「ご褒美」とは、毎朝こうして彼の部屋までご飯を作りに来てくれるという事であった。
しかし、それを聞きつけた時田らが、入れ替わり立ち代わりシンジの部屋を訪れ、半ば朝の集会場と化していた。

いくらなんでも朝からこの面子はキツイであろう、濃い来客達の前にふさぎ込んでしまった少年。
その手を半ば強引に掴んで、マナが再度呼び掛けた。
「もうっ、シンジぃ、学校行こってば!」

未だにリビングにたむろしている時田らを追い払いながら、マナがシンジを玄関へと引きずっていく。
「今日はシンジの転校初日なんだから!遅刻なんかしたら大目玉だよっ」

「う、うん…」
マナのペースに引きずられるようにして、シンジはやっと自分を取り戻す。

前回の記憶においても、シンジはマナの積極的な姿勢にみるみる内に惹きこまれていった。

マナは任務という側面があるゆえ、進んでシンジに取り入れなければならなかったのだが、それを抜きにしても自分に自信が持てず、臆病なシンジはマナのように積極的で、わかりやすく意思表示をする女性が本質的に心地良く思えるのだ。

そして、世話焼きであるマナからすれば、シンジは任務を抜きにしても放っておけない存在であり、自然と彼の事を気にしてしまう。

相性、といっても良かった。






「碇シンジです。…よろしくお願いします」

シンジは、そう言ってから頭を下げた。

第3新東京市立第壱中学校2年A組。
やはりというべきか──シンジは、この学び舎、このクラスに身を置く事になった。

馴染み深い教室を見渡し、懐かしい面々の表情を見て取るシンジに、感慨の思いが去来していた。
しかし、意外にもクラスの住人達は、この時期外れの転校生に、さほど芳しい反応は見せてはいなかった。
というのも、シンジの数日前にマナがこのクラスに転入しており、彼らからすればまたか、といった印象を受けていたからかも知れない。

「では碇君、どこか……空いてる席に座って下さい」

日重では"頭脳集団"と呼ばれている老教師が、シンジを促す。
いわれるままに後方の、空席だらけのスペースへと歩み行くシンジ。
その彼に、笑顔で手を振ってみせるマナの姿があった。

周囲の男子生徒どもの冷たい視線を感じて、やや引きつった笑いを返すシンジの鼓膜を、突然激しい轟音がつんざいた。

「?!」

バラバラバラバラバラバラバラバラバラ……!!

モーターが無機質で獰猛な咆哮を上げて、頂から生えた羽が空を鋭く切る。
その轟音は、校舎の上から響いてくるようであった。

「なッ……!」




──その頃、特務機関NERV本部・司令執務室。
広大な面積の部屋にぽつんと設置された執務机を中心に、両手を組んだ男と、その傍らに立つ長身の男、そして白衣の女性の姿がある。

「…これ迄、ファーストチルドレンに対し行ってきた初号機の起動実験は4度──」
「そのどれもが、起動は成功…しかし、ことごとく直後の機動テスト中に暴走を繰り返しています」

長身の男──冬月の言葉に、白衣のリツコが応えた。
綾波レイは、過去に行われた初号機の起動実験において、奇跡と呼ばれる確率のパーセンテージを超越して起動に成功を収めてきた。
だが、その度にレイの乗る初号機は機動テスト中に暴走を起こしていたのだ。

初号機の暴走の原因は定かではなく、実験のたびに暴走し施設を廃墟と変える有り様に業を煮やしたNERV首脳部は、2ヶ月前の実験を最後にファーストチルドレンを事実上の更迭、サードの調査に移っていた。

「今回の第一次頂上決戦においても、暴走とおぼしき行為があったと見られるが──」
「…MAGIの記録では、初号機に暴走の痕跡は見受けられませんでした」

三人目の適格者・碇シンジの発見、そしてロスト。
思わぬ窮地に追い込まれた彼らは、いわば暴走覚悟でレイを、ファーストチルドレンを初号機に再び搭乗させねばならなかったのだ。

だが、彼女の初号機は暴走を起こさなかった…。

「ファーストチルドレンが、交戦中に回線を切断した件に関してはどう見る?」
「作戦後、葛城作戦部長より厳重注意を与え、事情聴取を行いましたが──」
「あの調子、という訳だな」
「はい」

ミサトの叱責と質疑を、小馬鹿にしたような表情でやり過ごすレイの姿が目に浮かび、冬月は心の内で苦笑する。
その傍らでは両手を組んだ男が、表情をサングラスの向こうに押し留めたまま、口を開いた。

「よろしい──下がり給え」



リツコが退席した後、冬月が呟くようにサングラスの男に告げた。

「なあ、碇──。
 エヴァが暴走に至る一因として、パイロットの心的な障害が影響する場合もあるそうだが──」
「……」

「──その心的な障害を、解消してくれる何かが、
 レイの前に現れていたとしたら…──今回の事も説明がつくのではないか?」

「……」
ゲンドウは、無言のままだった。




校舎上空に、突如飛来した黒いVTOL。

「NERV」と白くマーキングされたハッチの内から、縄梯子が降りてきたかと思うと、それはシンジ達の居る2−Aの教室の窓際へと近づいて来た。

見上げるシンジ達の目に飛び込んで来たもの。それは───

降りて来る縄梯子に片手と片足を預け、第壱中学校の制服に身を包んだ少女の蒼い髪が陽光に照らされ、輝きを放つ様だった。

(綾波……)

窓辺に集まった生徒達の中に、驚きと複雑な感情の入り混じった、黒髪の少年の姿を認めた蒼銀の髪の少女は、口元に悪戯な笑みを浮かべると、


「また、逢ったな」


と、告げた。







+続く+




++あとがき++

ココノです。

いつも感想メールおよび催促メールを戴き、激しく感謝しております。
中にはアドレスは明記されてないのですが、毎話ごとに感想を送って下さる方もおられ、読者様の有り難みを実感しています。ありがとうございます。m(__)m

さて、このUltra_Violetですが、前話を読まれた読者の皆様から、
「LRSじゃなくてLMSなのか?」
というメールが鬼のように来ました…(;´∀`)

このサイトはLRSが基本です。
ですので、Ultra_Violetも例外ではないのですが…








実は、マナも結構好きだったりして。




++ 作者に感想・メッセージを送ってやってください ++
こちらのページから


■BACK