「主電源接続!」
「全回路動力伝達、問題無し」
「了解。第二次コンタクトに入ります」

高揚と共に若干の張り詰めた、緊迫感ある音声が第一発令所に交錯していく。

国連軍の後を受けた特務機関NERV。
世界を守護する最後の砦が、いま己の持つ唯一にして無二の紫紺の切り札を呼び醒まそうとしていた。

「A10神経接続異常なし」
「初期コンタクト、全て問題なし」
「ハーモニクス全て正常値。暴走、ありません」

主スクリーンを険しい表情で見詰めていた葛城ミサト作戦部長は、振り向いた赤木リツコ博士に促されると、暫しの躊躇の後、己の脳裏に渦巻く懸念を振り払うように、強く──声を発した。

「エヴァンゲリオン初号機、発進!」






Ultra_Violet
#04 "Wake up Dead Man"






「なっ…」
黒髪の少年は、彼の目の前に広げられた"パイロットスーツ"なる表記の成されたボール箱の前で絶句していた。

「なんですかこりゃ?!」
「何って装備よ。さっさと着替えなさい」
碇シンジの背後で煙草を燻らせていた長髪の美女が、紅く妖艶な唇から細く、白い煙をふぅぅー、と気だるげに洩らした。

『特務機関NERV、エヴァンゲリオン初号機を出撃す』
の一報を耳にしたシンジは、日本重化学工業共同体の切り札──ジェットアローンに搭乗する事を半ば反射的に承諾した。

何故なら、この世界で初号機を起動させることが出来るのは、彼の他には綾波レイ──蒼い髪、紅い瞳の儚げな少女しか存在しないからだ。

そして、この時点において綾波レイは去る零号機の起動実験の失敗により、負傷しているはず。
黒髪の少年の脳裏によぎる、ケイジに運び込まれた移動式ベッドに横たえられた、血の滲んだ包帯だらけの少女の姿。
シンジの実父であり特務機関NERVを統べる男は、委細構わず満身創痍の少女を死地に送り出そうとしている───。

前回の歴史では、その場にシンジが居り、彼が代わりに初号機に搭乗した。
だから、レイが出撃させられるという事態は回避できた。

だが、他に代わりが──碇シンジという予備パイロットが──居ない今、初号機で戦える事が出来る者はレイしか存在しない。
シンジは無意識の内に前回の歴史と同じくレイの身を案じ、使徒に対抗すべく造られた鋼鉄の巨人に己の身を預ける事を宣言したのだった。


…だったのだが。


「…でも、ちょっとこれは…」
JAに搭乗する事を決意したシンジが連れて行かれたのは、『パイロット控え室』と銘打たれたボイラー室だった。

彼をこの部屋にいざなった美女が、やる気なく差し出した衣装箱。
その中に入っていたのは、道路工事でよく見る黄色いヘルメット、
サングラス。
軍手。
ひじパットに膝パット。
そして、青地に白の全身タイツという有様であった。

これらにあと馬ヘッドが加われば、若手芸人の楽屋の如き惨状になるのだが、いかんともし難いセンスの衣装群の前に、燃え上がった筈のシンジの意志が、瞬く間に萎えていくのは致し方ない事であった。

(エヴァのプラグスーツとまでは行かなくても、もうちょっとマシなのがあるでしょ…)
ご丁寧に腹部に半円状の白いポッケまで付いている全身タイツを拾い上げて、辟易した表情を隠せないシンジ。

「あのオッサンの趣味よ。諦めることね」
立て掛けてある鋼材に寄りかかって、煙草をスパー…と嗜む美女に、シンジはやはりと引き攣った表情を向けた。
紺の軍服の上から無造作に白衣を羽織った彼女は、歳は二十代半ば〜後半。ロングの髪、凛とした整った顔立ちにやや濃い目の化粧が珠に瑕。
そして、ミサトまでは及ばないまでも十二分に魅惑的なプロポーションと、それに不釣合いな全身から発している気だるい空気が、技術畑よりもむしろ夜の女を思わせた。

「…それに…その…。ここで着替えるんです…か…?」
そして、一向にこの部屋から立ち去ろうとしない美女に、シンジは先刻よりの懸念を遠回しに告げた。

「そう、JAのレクチャーついでにあんたが逃げ出さないか見張んなきゃなんないの。
 つか、あたしがガキの裸見て、喜ぶと思う?」
心底かったるそうな美女の回答に、シンジがうなだれたその時。

『霞村(カムラ)副部長、霞村副部長。
 至急、シンジ君を同伴の上ケイジまで──』

天井に設置されたスピーカーから、シンジの搭乗を促す時田の声が唐突に降り注いだ。

「…お呼びよ。さっさとなさい」
「副…部長──?」

上司からの通信に舌打ちまでしてみせた美女の傍らで、シンジが呆然とした様子で思わず尋ねた。

「そ。霞村メイファ。何の因果か、日重の副部長やらされてんのあたし」
「そ、そうなんです…か…」

日重の開発部長が確かあの時田であった筈だから、必然的に彼女は時田の補佐となる。
時田にさんざ振り回され、苦労している様が容易に目に浮かんで「心中お察しします」と心の底から同情してしまったシンジの表情を見て取ったメイファは、少し困ったように表情を柔らげて、こう言った。

「コラコラ…あんたまで不景気な顔する必要なんてないのよ?
 『次』があるかどうかは知らないけど…ま、よろしくと言っておくわ、碇シンジ君」








初号機の射出作業を遂行した、数分後の事だった。
日向の端末に、思いも寄らぬ相手からの通信が入った。

「司令、日本重化学工業共同体を名乗る機関より、通信が入っています」
怪訝そうな表情を隠しきれないオペレーターが最上部の男に振り返り、指示を仰ぐ。

「日重だと…。今更何の用だ」
この非常時に、と眉を顰める冬月の傍らに腰を据えた男は、

「…(政府の狗か──)…構わん。…繋げ…」
暫しの沈黙の後、重苦しく命じた。

と、次の瞬間。


パッ


「うおっ…?!」
メインスクリーンに大写しとなった、時田の必要以上のアップに、並み居るNERVの御歴々が一斉に後ずさった。

「何をしている、縮尺を下げろ!」
「駄目です!向こうから強制的にロックを掛けられています!」
発令所にマヤの悲鳴交じりの報告が響く。

「どうやったらそんな事ができるんだ…」
「…MAGIも、なめられたものね…!」
中年男の毛穴まで判る位のアップをこれでもかと見せ付けられ、唖然とする冬月の眼下で、リツコが屈辱に身を震わせている。

『あー失礼。私は日本重化学工業共同体開発部長、時田シロウと申しまして。
 本日は特務機関NERVに我々より増援を提供致したく──報告仕った次第であります」

NERV第一発令所の未曾有の大混乱を一切無視した、満面の脂ぎった笑顔の時田がフルスクリーンの大迫力とサラウンドの大音量に物を言わせて口上を告げる。

『…つきましては、そちらが先刻投入されたエヴァンゲリオン初号機と、
 我々のジェットアローンとの、共同戦線の展開を提案するものであります』

「回線を切れ!切ってしまえ!!」
「駄目です!通信系統が完全にジャックされています!」
「は、鼻毛いやあああああぁぁぁ〜!!」

大音量で容赦なく響く、時田の勝手にも程がある通信の前に、世界を守護する最後の砦は怒声と悲鳴が交錯し、失神者も続出。

「…こいつを使徒に認定することは出来んものか…」
「検討しよう」
まさに地獄絵図と化した第一発令所を眼下に冬月とゲンドウが呟いた。

「ジェ…ッ、ジェットアローンですって?!
 時田氏、貴方あんな欠陥品で使徒に対抗できると考えてるのですか?!」
本能的にスクリーンから顔を背けていたはずのリツコが声を荒げる。
「…」
時田とNERVのやり取りを管制室で適当に聞き流していたメイファが、リツコの声を聞きつけるや、僅かに真顔になった。

『ほほぉ…これはこれは、御高名な赤木リツコ博士。
 御目に掛かれて、光栄の至りです。
 だが、我々人類の切り札を欠陥品呼ばわりとは、いささかお言葉が過ぎませんかな?』

「私が以前拝見した資料では、ジェットアローンは本体に内燃機関を内蔵している筈──
 格闘戦を前提とした陸戦兵器にリアクターを内蔵させるなど、言語道断です!」
『5分も動かない決戦兵器よりは、役に立つと思いますが?』

「…っ! 遠隔操縦では緊急対処に問題を残します!」
『希少なパイロットに負担を掛け、包帯だらけで出撃させるよりは、より人道的と考えますがね』


「…毎度のことだけど…、このオッサン相手の質問に全く答えてないのよね…」
管制室の自らの端末席に身を置いたメイファが、やれやれとばかりに煙草を燻らす。
「はは…」
その様子を搭乗リフト前のモニターで見ていたシンジが苦笑を洩らした。
ただ、その一方で彼は時田の発言に、確信とも言える感覚を得ていた。


「…何と仰られようと、NERVの主力兵器以外、あの敵生体は倒せません!」
『「ATフィールド」、ですか…?
 それもJAは既に対応済みです。
 いつまでも貴女方NERVの時代ではありませんよ』

「そんな詭弁…──!」「詭弁かどうか、」
いよいよ肩を憤怒に震わせ、食って掛からんばかりのリツコの背に、期せずして低い声色が飛んだ。

「──試してみれば済む事だ」
ゲンドウであった。

(…諜報部の報告よりは、いささか早い仕上がりを見せたようだが──
 いずれ「工作」をせねばならんと思っていた所だ)

「(今、此処で潰すつもりか…)碇、いいのか」
「構わん。好きにさせろ」
両の手を組んだままの姿勢で、NERVを統べる男は口元に陰湿な笑みを僅かに浮かべ、突然の闖入者の提案を受け入れた。

その瞬間──。

フルスクリーンに映し出された時田の顔が、先程のゲンドウの笑みの150倍は下らない、邪悪かつ汚い笑みに歪んだ。

「…グッド!」

向こう3日は悪夢として出て来そうな、親指を突き立てた時田の百万ドルのスマイルを最後に、通信は途切れた。
残された第一発令所には、職員達の死屍累々の荒野が広がり、一時的に特務機関NERVの機能はストップを余儀なくされた。

「つくづく…、視覚的に訴えてくるヤツね…」
医局より支給された、酔い止め薬を片手にミサトはげっそりした表情で独りごちた。








白衣を身に纏ったメイファが、驚くべき速さで自端末のキーボードに指を滑らせ、起動用OSをブートする様がモニターに映し出されて行く。

ジェット アローン起動用オペレーティングシステム ver2.5.1c
Copyright(C) 2014,2015 日本重化学工業共同体 通産省 防衛庁

CO-CPU            Check    256seg  OK
I/O VECTORS       Check            OK
CONSOLE DRIVERS   Check            OK
ROOTING TABLES   Check             OK
STATUS ANALYZER  Check    SLAVE   OK
VIRUS PROTECTION Check    GREEN   OK
---
--
-

ドーム状の建築物。
その外殻が左右に緩やかに開き、その内から赤と白にカラーリングされた、鋼鉄の巨人が現れ出る。

「起動準備完了」
「全動力、開放!」

「圧力正常」
「冷却機の循環、異常なし」

「制御棒、全開へ」
「動力、臨界点を突破!」

「──出力、問題無し!」
「…いける、いけるぞ!」

管制室が歓喜の声に沸く。
それを見届けた時田は、高揚に包まれる技術者達に人知れず背を向け、ヘッドセットを取り出した。

「…さてシンジ君」
リフト付近で待機しているシンジが、衣装箱からこれと軍手のみ装着することとなった、黄色い工事用のヘルメット。
その内部に仕掛けられた小型スピーカーから、時田の声が響いた。

「この通信は、私と君以外の部外者には傍受されない──秘匿回線というやつだ。
 出撃前にすまないが、私は君に是非話しておかなければならない事がある」

「…は、はぁ…」
先程のNERVへの迷惑千万な通信とは打って変わって、やけに改まった口調の時田に若干引きつつも、シンジは応えた。

「単刀直入に言おう。
 ──私は、君と同じくあの最果ての世界から、君を追って逆行して来たひとりなのだ」

「…───」
シンジは真顔のまま、時田の告白に耳を傾けている。
その表情には驚きよりもむしろ、己の確信が当たった事に対する衝撃が浮き出ていた。

時田があの写真を持っていること、そして、リツコとの会話でエヴァの特徴を掴んでいた事。
そして何より、包帯だらけのパイロット──綾波レイの事を知っているという事。
時田が彼と同じく、この世界に逆行を果たしていたと見るに、理由はあり過ぎる程に存在した。

「やはり驚きはしないか…。まぁ、あの写真を見せた時点で薄々感付いたと思うが──
 『彼女たち』の力を借りて、この世界にやって来たキミ同様、私にも目的があってね」

「目的…ですか」
「そう。以前の世界で私のJAは、NERV上層部の奸計に嵌められ、
 人為的な暴走を起こされ──結果としてJAは破棄、研究打ち切りの憂き目を見た」

「…」
「もっとも、私がNERVの奸計に気付いたのは世界が終わる直前でね。
 非常に悔いを残したままで、LCLに溶け合う事も出来なかった、そういう訳なのだよ」

「私とて馬鹿ではない。エヴァとJAの能力差は重々把握しているよ。
 だが、…いや、だからこそ、私はこのJAで奴らを…エヴァを擁するNERVを出し抜き、
 思い上がった奴らに正義の鉄槌を下してくれんと願ったのだ」

「…でも、それは…」

「シンジ君、これからキミには多大な苦労を掛けると思う。
 JAに乗るのはこれ一回きりでもいい。ただ、私のJAがNERVよりも先に、使徒を倒す所を見たいのだ。
 そしてその後は、私は全力を持ってキミが逆行した目的の成就に協力するつもりだ…」

「時田さん…」
シンジは、意外という表情を隠せないでいた。
そんな黒髪の少年の反応に微笑みつつ、時田は周囲の技術者の発進命令の催促を受け、

「…おっと、お喋りが過ぎたな。それでは、JAに搭乗してくれたまえ。
 君とJAの健闘を祈らせて貰うよ」

時田との秘匿回線が途切れ、ふと振り向いたシンジは足元に人影を認めた。

「おにーちゃん、はい!」
見ると、施設内を走り回っていた子供のひとりが、手にした豚汁のドンブリを笑顔と共にシンジに差し出している…。

「がんばってね!」
髪の両端を赤いゴムで括った少女が、無邪気な笑顔でシンジに豚汁を渡した。

「あ、ありがと…」
時田の、NERVを断罪せんとする意志には賛同は出来ないが、それでも今は使徒を倒し、初号機の中にいるレイを、そしてこの少女や第3新東京市の人々を守る方が先決だ。

決意も新たなシンジを乗せたリフトは、JAの操縦席目指して上昇を始めていった。








NERVの監視衛星のレンズが、日重の戦線基地より現われし鋼鉄の巨人の姿を捉えていた

「JAが起動準備に入っています!」
「…本当にあれで戦うつもりなの…」
伊吹マヤの報告に、リツコが信じられないといった様子で首を左右に振った。

「…何なの、あのロボは?」
「利権にあぶれた人々が失地回復の為に無理矢理開発した、ジェットアローンという無人機よ。
 情報では、歩く程度もおぼつかない完成度と聞いていたけど…」
ミサトの問いに、軽い侮蔑をこめてリツコが答えた。
時田のあの殺人的な、中年男ドアップショーの後では致し方無いところではあるが。

「まあいいわ。あの変なのが邪魔する前に、初号機を死角に回らせないと…──」
ミサトが、初号機に指示を与えようとしたその瞬間だった。

「──待ってください!
 JAに…──人が乗っています!!」

「ええっ?!」

監視衛星が捉えた映像がMAGIによって処理され、JAの拡大映像がスクリーンに映し出される。

ゆっくりと、歩き出したジェットアローン。
その頭頂部に映っていたのは…




サードチルドレン、碇シンジの姿であった。




シンジに用意されたJAのコクピットは内部にはあらず、頭頂部。
しかも、いかにも即席の、鉄製の手摺りを付けただけの吹きっ晒しであった…。

「やめて高い助けて助けて助けて」



「サッ…、サードチルドレン…確…認…」
震えが止まらない声で、伊吹マヤが報告する。


嘘だ。

誰か嘘だと言ってくれ。


第一発令所内は、そのような心の叫びで埋め尽くされていた。

まさか、第3東京市内で行方不明となったサードチルドレン・碇シンジが、よりによってあの変態男・時田のロボットの頭部に括り付けられて泣き叫んでいるとは…
まるで見てはいけないものを見てしまったかのように、発令所に集う人々は、皆一様に引き攣った表情でスクリーンに映る惨状に釘付けとなった。


一方、日本重化学工業共同体管制室。

「シンジ君は?」
順調に歩みを始めたJAの雄姿に満足しつつ、時田がオペレーター席の霧島マナに尋ねた。

「さっきからヤメテコワイタスケテタスケテと口走っています」
「よし」

「…何がいいんですか…」


NERV第一発令所では、巨大なロデオマシーンに成す術なく振り回されている少年の姿に悲鳴が飛び交っていた。

「…あッ、サードチルドレン、今にも振り落とされそうに…
 あぁっ、何か顔にドンブリのような物を反動でかぶって…!
 すッ、すごく熱そうです!踊るように熱がっています!」

マヤの報告に顔面蒼白となるNERV職員達。


一方、日本重化学工業共同体管制室。

「シンジ君、運転中に豚汁を飲もうとして顔面に中身をぶちまけてしまった模様です!」
「うむむ、リフトに乗っている間に食っておけば良いものを…」
「きっと、ネコ舌だったんでしょうな」


決戦の地へと赴く、2体のロボット。

1体を操るパイロットは、沈黙を持って。
そしてもう1体のそれは、豚汁まみれになって…──

再侵攻を果たした第三使徒に戦いを挑むべく、地を駆けた。






+続く+






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