──小さな腫瘍の様な病巣は、日を追うごとにその脈を早めている。
    この肺を蝕んでゆく感覚は確実に、僕に時間が残されていない事を告げていた。

──そのまま逃げ出すのか、あるいは、彼女の為に全てを投げ出すのか。
    焼け野原に、選択のカードが散らばる。

──僕が拾い上げたそれは、果たして、正しいカードだったんだろうか。






夏へのトビラ 第十七話 「終局」

NEON GENESIS EVANGELION
The Door into Summer:17






「…来た…──」

彼以外誰もいない、病室横の通路。
そしてその窓枠の向こう。

空広く、蒼く染まる視界の最果てに、小さな環状の光点が浮かんでいるのを、片目のシンジは認めた。

第十六使徒・アルミサエル。
零号機の自爆を引き起こし、2人目の綾波レイを死に至らしめた、あの使徒が、遂に彼の前にその姿を現した。

だが、使徒の姿を目の当たりにしたその時。
彼の心臓が、突如ハンマーで叩きつけられたように跳ね上がった。

「……!!」

ぎゅっと強く、左胸を手で掴みながら、歯を食い縛って、不意に訪れた痛みに耐える。
心音が、胸の内側から彼を激しく叩き上げる。
瞳孔は収縮し、額に汗がにじむ。

心臓が胸元から、喉笛にまでせり出してくるような、重く、苦しい感覚。

解っているつもりだった。
覚悟は、出来ている筈だった。

だが、恐らく彼にとって最後の使徒となるであろう、第十六使徒アルミサエルが来訪したという事は、同時に彼の命の灯火が、間もなく尽きようとしている事を告げていた。

絶対的な、死への恐怖。

彼の弱さが、これまで、その感情を心の奥底に隠し通していた。
気付いても、気付かない振りをしていた。平気なふりをしていた。
だが、アルミサエルの姿を確認した瞬間、それは激しい動悸、喩えようもない悪寒を持って揺り起こされたのだ。

打ち据える心音は、更に強く、彼の内に響き渡る。

手脚の力が抜けていく。
もう、耐え切れない。

窓枠に手を掛け、身体を支えようとするも、その手指にすら力が入らず、掛けられた指は空しくガラスを滑る。
床に崩れ落ちる片目のシンジ。

「はあっ、…はあぁっ…!…くっ、…はあっ…!!」


──いやだ。
    死にたくない。

──助けて。
    誰か、たすけてよ…!


悲痛な彼の叫び。
しかし、その思いは声となって実体化する事すら叶わず、ヒュー、ヒュー、と声無き声となって、彼の喉笛を鳴らすのみ。

そこへ院内放送が、天井のスピーカーよりこの通路に鳴り響いた。

『外科特別棟、碇様。碇シンジ様──
 お伝えしたい事がございますので、至急、受付までお越し下さい──』

内容は分かりきっている。
非常召集だ。

だが、自分はこんな状態で、使徒に立ち向かえるのか。
レイ自爆を、食い止める事ができるのだろうか──

眼を瞑る片目のシンジ。
すると、未来の世界で見たレイ自爆の映像の断片が、脳裏をフラッシュバックするかのようによぎった。


「く……うっ!」

歯を食い縛り、必死に己を奮い立たせる。

あんな事を、2度と繰り返すわけにはいかない。
2人目の綾波レイの、数奇な出自。そして、あまりにも哀しい最期。

これ以上、レイを悲しませたくない。


──僕が、この手で止めるんだ。


数分かかって呼吸を落ち着けると、壁に身を預け、よろめきながら隻眼の少年は立ち上がる。

「…行かなきゃ…──」








執務室には、ふたつの影が浮かび上がっていた。

ひとつは、両の手を後ろに組み、もうひとつの影の傍らに起立している。
その影が、再び声を発した。

「私が…お前の補佐に廻るようになってから、かなりの年月が経つ」
抑揚のない声が、ゆっくりと執務室の壁に溶けて行く。

「ゼーレの後ろ盾もあったが──
 僅かな期間に於いて、NERVをここまでの組織に仕立て上げた、
 お前の采配を、私は常に重んじて来た」

一旦、言葉を切った長身の男の影は、彼の傍らの机上に両肘を突き、両手を組み合わせて着席している男の影に視線を落とした。

「だが、今度ばかりは賛成しかねるね」
「…そうか」
机に両肘を突いた男は、暫しの沈黙の後、

「だが、シナリオは変えられんな。…冬月よ、我々の本来の目的を忘れてはいまいか」
彼の右腕と称された男に対し、果たして彼は憮然とした口調で撥ね付けた。

「『我々』だと…? もはやそうは思えんが」

「ふん…。ならばそれでもいい」
手を組んだ男の口元に、皮肉な笑みが広がる。

「それに、ゼーレの老人達も黙ってはおらんだろう」
「構わんさ。…準備は整いつつある。その為に、あれを生かしたのだからな」

「…」
無言のまま、冬月の影が去る。

彼が扉の向こうに消えたのを見届けてから、机の男は、朝焼けに染まる窓に視線を巡らせた。


──…あと、もう少しだ。あともう少しで、お前に再び逢える。


彼の口元が、吊上がる。
その眼には、狂気すら感じる意志を孕んでいた。

「──ユイ」

男の右手には、アダムと呼ばれる魂が、宿っていた。








巨大な光の輪が、山間を抜けるミサトの車からも、はっきりと目視できた。

螺旋状に合わさった光の輪が、第3新東京市に程近い上空を、ゆっくりとした速度で進行している。
山道に施されたカーヴに合わせてハンドルを切る一方で、ミサトは今朝、彼女の耳に飛び込んできた電話越しの加持の声を思い返していた。

「使徒を肉眼で確認…。──か」
やや虚ろな瞳で声の主は口篭った。




「……」
発令所の扉をくぐり、メインモニターを見上げる片目の少年の表情が険しさを増す。

「シンジ君。…顔色悪いわよ、すごく…。大丈夫?」
プラグスーツに身を包んだ片目のシンジの姿を認めたマヤが、彼を気遣う。

「大丈夫です…ありがとうございます」
蒼白となった表情に、無理に笑顔を作る。
そして、発令所の片隅に、同じくプラグスーツ姿のレイを認めた。

「綾波…」
レイに歩み寄ろうとする。

だがレイは、片目の少年に切なげな視線を送っていたかと思えば、彼と目が合うと同時に急に視線を逸らした。

「…」

レイが瞳を逸らしたその訳を、片目のシンジは知る由もない。
彼が俯きかけたその時、日向がミサトからの入電内容を少年達に伝えた。

「葛城三佐は、あと15分ほどでこちらに到着予定、
 その間に初号機を32番から地上へ射出。 零号機はバックアップに──との事です」

それを受けて、リツコが少年達に向き直る。

「…2人とも知ってると思うけど──、
 アスカは依然として、行方が掴めていないの。
 よって今回の作戦は、初号機と零号機での展開になります」

「……!」
片目のシンジは、自身の手に力を込め、固く握り締めた。
前回の記憶では、レイの零号機が先に出撃し、使徒に第一次接触──侵食──を許した。

慌てて増援に出されたアスカの弐号機は、起動に失敗。
レイの生命が危ぶまれる所で、やっと初号機の凍結が解かれ、シンジが駆けつけるもレイは自爆を選んだ。

この光の鎖の形状をした使徒・アルミサエルは零号機が接近を試みるや、ひと筋の光の矢に姿を変え、零号機を急襲した。

アルミサエルはアラエルと同じく、先ず最初に出現したエヴァに狙いを付けて攻撃したものと思われる。
ならばレイよりも先に出撃して、接触を果たす前に殲滅すれば──レイ自爆は阻止する事が出来る。

そういった意味では、初号機を先に出撃させるというミサトの指示は、彼にとって願ってもない僥倖であった。
それにこちらには、前回にはなかったロンギヌスの槍という、使徒に対抗するに於いてこの上ない武器がまだ残されている…。

チャンスだ。

彼の集中が、ここに来て急激な高まりを見せる。



だがそこへ、ゲンドウの声が降って来た。



「その必要はない」

「?!」

振り向くリツコ達。
ゲンドウの声が引き金となり、発令所の扉が開く。

するとそこには、諜報部員4人に前後・そして脇を固められた、過去のシンジとアスカの姿があったのだ…。







The Door into Summer
#17
"Don't Be"







「!!」
息を呑む片目のシンジ。

騒然となる発令所。
アスカはともかく、彼女の傍らに居る少年──彼は紛れもなく、プラグスーツを纏った碇シンジと、全く同じ顔形をしていたからだ。

「どっ…!どういうことですか?!これって!」
日向が、信じられないといった様子で喚く。
マヤは衝撃が強すぎたのか、悲鳴すらも出せずに、口元に手を当てたまま、硬直している。

皆、目の前に突如として起こった光景に、ただ言葉を失い、立ち尽くしていた。

「シンジ──」

屈強な黒装の男に腕を掴まれたアスカが、茫然としている隻眼の少年を辛そうな表情で見上げている。

今朝、アスカと過去のシンジが潜む廃マンションにNERVの諜報部員達が押しかけ、2人に全く抵抗を許さずにジオフロントの本部へと連行した。
連れて行かれた先の発令所には、片目のシンジが生きて存在していた事に心より安堵した彼女であったが、それでも彼に与えた仕打ち。それに対する罪悪感は計り知れない。

彼女の変化を察したのか、傍らの過去のシンジが気遣うような視線を送る。
その一方で、彼も驚きを隠せなかった。

右眼を失った碇シンジが存在すると云う事は、既にアスカの口より聞いていた。
だが、プラグスーツに身を包み、こちらの方を青ざめた表情で見詰めている隻眼の少年の姿は、信じられないほどに自分に瓜二つであった。

「君が…──」
おずおずと顔を上げ、片目のシンジに向き合った過去のシンジは、驚愕に震える声で問いかける。

「…君が、メールをくれたんだね」
過去のシンジの問いに気付き、肯く片目の少年。

「──あの時は…ごめん。君が、…代わりに戦ってくれたのに…」
頭を垂れる過去のシンジ。アスカも、片目のシンジを心配げな目で見詰めている。


──もうひとりの僕も、アスカも…。
    僕の事、怒ってないの…?──


隻眼のシンジからすれば、結果的にだがこの過去の世界に元々居たシンジの居場所を奪い、また、アスカの想いを拒んでしまった。
彼らから恨まれて当然と考えていた片目の少年は、アスカ達が自分を気遣ってくれた事に驚きを隠せなかった。

彼の行いは、けして無駄ではなかった。
その事に気付かされ、少し救われた心持ちになれた片目のシンジは、暖かい瞳、自然な口調でこう言えた。

「いいんだ…。もうひとりの僕も、アスカも…──怪我はない?」
頷くふたり。安堵の色を露わにしたアスカが、口を開いた

「シンジ…。アンタ、一体…」



「私が、説明しよう」
彼らの頭上から、NERV副司令・冬月の声が降って来た。

「…諸君。──もう、ひと月以上前になるが──
 我々NERVは、数々の規則違反及び退任願いにより、
 サードチルドレン・碇シンジの登録を抹消した」

苦虫を噛み潰したような表情で、淡々と言葉を紡ぐ冬月の傍らで、ゲンドウの目が、眼下の端末を前にした人々をサングラス越しにねめつけて行く。

発令所に集う職員達の視線が、2人の"碇シンジ"に注がれる。
日向たちの表情が、強張っている…。

「──だが」
冬月は一呼吸置くと、

「それと時を前後して、NERVに潜入し、
 我々の使命──使徒撃退の妨害を企てようとする者が現れた」

その発言に、発令所が一斉にざわめきだす。

「…その者は、エヴァ四号機に侵食した使徒を排除する為に起動した
 ダミープラグの中に、その正常な機能を妨げるウィルスを仕込んだのだ…」

「!!」

マヤが、思わずリツコの方に向き直る。
その表情は、驚きに染まり、青ざめた色彩を浮かべている。
それに対しリツコは、マヤと視線を合わそうとせず、黙々と端末の画面に視線を落としている。

「…その後、その者はサードチルドレンと入れ替わりにNERVに潜伏した。
 登録抹消された方のサードチルドレンは──、確かにこの第3新東京市より去っている。
 そして昨日、諜報部にセカンドと共に居る所を発見されるまで強羅近辺に潜伏していた…」

人々の目が、一斉に片目のシンジに向けられる。
音もなく…アスカと過去のシンジを捕えていた諜報部員4名の内2人が離れ、片目の少年の背後に忍び寄り、その両腕を鷲掴みする。

「!!」

「ちょ…っ!何してんのよ、アンタ達?!」
「シンジ君!」

アスカが、日向が、口々に叫ぶ。

「…諸君らも覚えていると思うが、
 先月、使徒ならざる未確認移動物体の騒ぎがあった…。
 ──犯人は"S"と名乗る者だ。
 彼がこの一連の妨害工作を企てた張本人という事が、我々の調べにより判った。
 …では、この"S"とは誰か…?」

能面の如く固い面持ちの冬月の傍らで、手を組み着席しているゲンドウの横顔が、「続けろ」という無言の指示を彼に送っている。

(…つまらん役割だ。)
抑揚の感じられない声で口上を紡ぐ冬月が、胸の内で臍を噛んだ。

「…5年程前、我々はとある実験を行った…。
 だが不幸にしてその実験は失敗。
 …被験者がひとり、亡き者となった…──」

渋々と言葉を紡ぐ冬月。
ゲンドウの口元には、薄い笑みさえ浮かんでいる。

冬月は一旦言葉を切ると、傍らの男にまるで念を押すように視線を落とす。
サングラスの男は、老人に冷徹な一瞥をくれると、躊躇の視線を寄越して来た副指令に代わって口を開いた。

「それが今再び、我々の滅亡を願い、復讐の為に甦ったのだ──。
 …そうだろう? 片目の初号機パイロット、碇シンジ。
 いや、"汐浦ヒロシ"よ」

語気を強めたゲンドウの声が、眼下の諜報部員に捕えられ、組み伏せられた片目の少年を射抜いた。

言うまでもなく、ゲンドウ・冬月らが主張する話は、片目のシンジを捕えたいが為の穴だらけのでっちあげに過ぎない。
だが、抗弁しようにも片目のシンジは、屈強な男ふたりに両腕を固められた状態でうつ伏せにされ、全く動きを封じられている。

「…っ!」

彼の視線は、宙を彷徨い、発令所を見渡す。
職員の誰しもが、表情を青ざめ、視線を逸らしている。

今、ここで片目のシンジを助けるような素振りを見せれば、NERVに於いて絶対的な存在であるゲンドウの逆鱗に触れる事は確実だ。
場合によっては、懲罰以上の目に遭うかもしれない──

人々が、助けを求める片目のシンジから目を背けるのは、致し方ない事であった。

「──綾波…」

彼の苦しげな目は、発令所の隅で立ち尽くしている、白いプラグスーツを身に纏った少女に向けられる。

「!!…」

躊躇するレイ。
何故なら、彼女の挙動は、頭上のゲンドウに監視されている…。

昨夕、ゲンドウが彼女に告げた言葉が脳裏をかすめた。


──お前は、私の計画から逃れる事は、できないのだ──


「………!」

眼を瞑り、かぶりを振る。
それでもレイは、片目の少年の元へ駆け寄ろうと、一歩、踏み出す。


だが──


「レイ!」

頭上から、ゲンドウの冷徹な圧力に満ちた怒声が降ってきた。

少女の動きが止まる。
蒼白となった彼女の表情。

やがて…

「……」

苦しげに、震えつつ…、片目のシンジから視線を外すように、俯いた。



「連れて行け」



「綾波………!!」

すべてが崩れ去った、無念の表情の片目のシンジが、両脇を抱えられ、発令所の外へ引き摺られて行った。

レイは、その場に蹲り、泣き出さんばかりの表情で俯いている。

その彼女に浴びせられたのは、片目のシンジの後を追わんとして、諜報部員に羽交い絞めにされているアスカの叫びだった。

「ファースト!アンタ、それでいいの?!なんとも思わないの?!」
両足をばたつかせながら、彼女はレイに食って掛かる。

「偽者だろうと、妨害者だろうと…、
 アンタを身体張って守ったのは、片目のアイツじゃない?!」

俯くレイのその表情は、悲痛に彩られている。

「アンタ、碇司令の言う事しか、聞けないの?!」

暴れるアスカを抑えようとして片手を伸ばした、もうひとりの諜報部員がアスカに蹴飛ばされる。
過去のシンジはその隙に、蹴飛ばされた諜報部員の手から逃れて、アスカを捕えている諜報部員に体当たりを食らわす。
続いて、アスカがバランスを崩した、背後の諜報部員の股間を痛烈に蹴り上げ、脱出する。

「アイツは、アンタだからあそこまでしたのよ!」

片目のシンジを追って、走り出すアスカ、そして過去のシンジ。
跪いたままのレイに、アスカの声が被さる。

「アンタを、守りたかったのよ!!」

「!!」

アスカの叫びに、弾かれたように顔を上げるレイ。
だが、もう片目のシンジもアスカ達も此処にはいない。

アスカ達が去って行った発令所。
両手で顔を覆ったレイは、悄然と立ち上がり、出口へと消えた。








片目のシンジは、ゲンドウの執務室、その奥にある『Door』の部屋まで連れて来られていた。

暗い階段を引き摺られ、躓きながら降りて、粗末な作りの扉を開ける。
隠し部屋は、火事の跡が未だに残されていた。

換気が悪く、焦げ臭い空間。
黒ずんだ壁。
燃えかすの散らばる床──

そしてその部屋の中央には、壊れたはずの『Door』が設置されていた。

「!!」
驚愕する片目のシンジ。
『Door』は、火事によって消失したのではなかったのか──

不意に、傍の端末が光を放つ。
そこには、発令所のゲンドウが映っていた。

「汐浦ヒロシよ、貴様が乗ってきた『Door』だ…。
 赤木博士に幾らかは修復させたが、生憎と半分も修復は済んではいない」

端末に繋がっているスピーカーから、ゲンドウの声が響く。
それに食ってかかろうとした片目のシンジだが、諜報部員達によって再び床に組み伏せられる。

ボディに幾つもの焦げ跡が見られる『Door』だが、驚くべき事に、それは僅かな振動と起動音を伝えている。

『Door』は、動いている。

「ひとまず起動は出来るようになったが──
 この未完成の状態で実験体を入れ、時間跳躍を進めると…
 粒子分解の途中で実験体は砕け散るそうだ。
 貴様には、これに乗ってもらう」

片目のシンジは悟った。
ゲンドウは、病院で意識を失っていた彼を暗殺する事を選択せず、あえて彼を生かし、修復の済んでいない暴走確実な『Door』に乗せて、自分を亡き者にするつもりだったのだ。

「『Door』に乗ってやって来た貴様だ。
 最期はあの時と同じく、時間の狭間で果てるがいい…」

「そして」

次の瞬間、片目のシンジの表情が青ざめる。
端末の映像が衛星に切り替わり、零号機に乗って、使徒と対峙しているレイの姿が映し出されたのだ。
螺旋状の環と化していた使徒が、一転して光の矢となり、零号機に襲い掛かる。

「うわああっ!綾波っ、綾波ぃっ!」

悲鳴を上げる隻眼の少年。
双方向回線と繋がっているのか、ゲンドウのレイに語りかける声が、こちらの端末のスピーカーにも聞こえている。

「赤木博士の見た未来では、第十六使徒、アルミサエルを道連れに
 零号機、及び綾波レイは自爆──消滅する」

ゲンドウは、リツコが話した未来を信じた時から、彼女の言う歴史の通りの手順で、残りの使徒戦を戦う事を決意していた。
そうする事で、少なくとも使徒は、歴史通りにすべて殲滅できると踏んだのだ。

その後は、自分の好きなように未来を操作し、彼の望む補完計画を完成させる事が出来る。
だから、先日のアラエル戦でも強権を発動してまで、アスカを真っ先に精神汚染に晒したのだ。

「レイ、お前は私の計画を遂行するには、要らぬ心を持ち過ぎた」
背に氷柱を突き立てるような、低く、そして恐ろしく冷たいゲンドウの声。

彼は、レイが隻眼の少年に、強く想いを寄せている事を知っていた。
このような感情を持ったレイでは、ダミープラグはおろか、この先の補完計画で彼女をリリスに還す際にも支障が出る。

だから、2人目のレイは、リツコの話す歴史通り、死んでもらう事にした。
代わりは、いくらでも存在するのだから。

「お前は、私の計画の成就の為だけに生まれて来た筈だ…。
 こうなった以上せめて、最期くらいは私の計画の役に立ってもらおうか」

「うあぁあぁあぁああっ!やめろっ!やめてよ──っ!」

片目の少年が叫ぶ。
叫んで、死に物狂いで身を捩って、彼の身体を捕えている諜報部員の拘束から逃れようとする。
だが、それも虚しく、床に頭を何度も叩きつけられる。

「ぅ…ぁ…綾…波…」
少年の視界が、悔恨の涙に濡れる。

「はい…碇司令…」

回線を通じて、消え入りそうなレイの声が響いた。
零号機の機体を、使徒が貫く。

侵食が始まる。

泣き叫ぶ片目のシンジ。

「今回はこの使徒が殲滅されればそれでいい。
 妨害者も消え、用無しも使徒と共に消えるがいい」

隻眼の少年を戒めていた男達は、もう一度彼の頭を床に叩きつけると、ぐったりとなったその身体を引き上げ、無造作に『Door』のカプセルに詰め込んだ。

そしてでたらめに、端末の時間跳躍の目盛を回し、発動キーを押し込んだ。
唸りを上げる『Door』。

端末のスピーカーから、アスカの叫び声がする。
ミサトの声も、日向たちの声も。
皆一様に、ゲンドウに食って掛かっている。

彼らもまた、前回のアラエル戦、ダミープラグの件もあって、ゲンドウの横暴に憤りを感じていた。
だが、ミサトやオペレーターたちの抗議も、全くゲンドウは耳を貸そうとしない。

自分はまだしもレイを、捨て駒にしようとしている。

怒りの限界を超えた片目のシンジ。
カプセルの内壁を、叩く。

叩き続ける。

「零号機、危険な状態です!」
「シンジ!早くファーストを助けて!」

恐慌状態のマヤと、アスカの怒声が交錯する。
衛星からの映像は、地上に射出された初号機の姿を映し出していた。

走る初号機。

映像が、零号機のプラグ内のカメラ映像に切り替わる。

「ごめん…なさ…い…碇…く…ん」

レイの目に、大粒の涙が…

握った拳が切れて、血が流れる。
それでも片目のシンジは、泣き叫びながらカプセルの内壁を打つ。

ゲンドウが、口元を笑みに歪ませながら言い放った。







「レイ、お前には失望した」







零号機が、爆発する。






絶叫する片目のシンジ。
次の瞬間、隻眼の少年が『Door』の発振に攫われ、その身を粉々にされてゆく。




そして、最期には、跡形もなく消滅してしまった。







<続く>









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